18話・小悪党の末路
強化魔法を使い、身体能力を向上。
最小限の力で地面を滑るように進む。
砂塵に巻き込まれるのも厭わない。
「馬鹿が! そのまま砂塵に飲まれろ!」
「……お前には心底呆れたよ、ドロン」
顔を庇いながら砂塵の中へ突っ込む。
細かい粒子が身体を裂くも、強化したおかげで擦り傷程度のダメージしか負わない。
向かい風を物ともせず、ドロンの眼前へ迫る。
「な、何っ!?」
「歯ぁ食いしばれ」
砂塵を突破した俺は、移動速度をそのまま乗せた右ストレートを奴の顔面へ叩き込む。
肉が凹む感触を確かめつつ、力の限り振り抜く。
「あがぁ……!」
吹き飛ぶドロン。
口内から溢れた血が宙を舞い、地面へ垂れた頃には大木に激突し咳き込んでいた。
「ごほっ、がは……! き、さまぁ……!」
「立てよ。どうせ体は強化済みだろ? 不意打ちしか出来ないビビりの雑魚だもんな、お前」
「〜ッ!」
最大級の侮蔑を込めて言う。
コイツは、クズだ。
しかも周りに害しか与えない、特上のゴミクズ。
経験上……こういう奴は反省しない。
前世の両親、五年前に遭遇した盗賊。
平気で他人を踏み潰し、何もかも奪う。
その行いに対して欠片も罪悪感を抱かない。
中途半端な温情は、新たな被害を生むだけ。
だからここで、処分する。
二度と他人を傷付けさせない為に。
俺は極めて冷淡な声で奴に伝えた。
「最初に言っておく。ドロン、俺はお前を殺す――殺意と暴力は、覚悟も無く簡単に人へ向けてはダメだと学びながら逝け」
「平民風情がぁ…………調子に乗るなぁ!」
ガン! と杖を地面へ突き刺すドロン。
宝石が発光し、魔法発動の予兆を見せる。
あの杖が奴に力を与えているのは明白だ。
「アースハザードォ!」
地面から大量の土砂が噴出する。
土砂。属性変換の上級魔法だ。
すぐに距離を取って躱す。
狙いがメチャクチャなので容易かった。
「まだまだぁ! アースクエイクゥ!」
ぐらりと視界が揺れる。
否。揺れているのは地面だった。
俺の周囲にだけ起きる、超局所的地震。
震度は……五か六くらいか?
ただの人間が立っていられる揺れではなかった。
堪らず膝を折り、収まるのを待つ。
その様子を見たドロンは小気味良く叫ぶ。
「お似合いのポーズだなぁクオン! そのまま這いつくばって死ねぇ! サンドストームッ!」
「……」
俯いたままの俺に向けて放たれる暴風。
さっきの砂塵を上回る規模の風が吹き荒れた。
砂塵の上位互換、砂嵐。
上級魔法の直撃は、流石に擦り傷では済まない。
「……そろそろか」
ドロンの背後を見つめる。
自らの優位を信じて疑わない奴は気づいてない。
まぁ、気づいたところで免れないけど。
「くく、羽虫のように逃げ回るのは終わりか? 最期を素直に受け入れたのだけは褒めてやろう。減刑には至らないがなぁ。ハハハハッ!」
遂に砂嵐が四方を包む。
俺は吹き飛ばされないよう足腰に力を込め――低い姿勢のまま、魔法を唱えた。
対象は、周りに在る全て。
「――ケラヴノス」
それは、地上から昇る神の怒りに等しかった。
俺を中心に発生した雷は、荒れ狂う砂嵐を消し飛ばしながら四方八方へ威光を轟かせる。
さながら子供の癇癪と神の激昂。
どちらが強いかは、一目瞭然だ。
「あ、あぁ……」
ドロンは呆然と口を開けていた。
目前の光景が信じられないとばかりに。
俺は悠然と立ち上がりながら呟く。
「魔法は、魔力の塊だ。そして魔力は、より強い魔力に押し潰される性質を持つ。とは言え余程の差が開いてないと、片方の魔法が一方的に潰される現象は起きない。授業で習ったろ?」
つまり俺の実力は、ドロンを遥かに凌駕している。
「き、貴様……オレを、愚弄しているのか?」
「図星か」
「ふっ、ふざけるなああああっ! 貴様の魔法など、所詮紛い物! 貴族のオレこそ真の魔導師だっ!」
再び『砂嵐』を唱えるドロン。
だが未だ継続中の魔法――『雷撃』の壁を突破することは叶わず、魔力が虚しく漂うだけ。
属性変換の上級魔法、雷撃。
これは『電流』の上位互換。
全方位に雷を飛ばす魔法だ。
しかも電流が一度唱えたら軌道修正が効かないのに対し、雷撃はある程度の範囲なら軌道を操れる。
だから身を守る壁にもなれば――
「いぎっ!? ああああああああああっ!」
敵を貫く、槍にもなる。
両脚に雷を浴びたドロンは、うつ伏せに転倒。
悶絶しながらこちらを見上げた。
「へ、平民が……オレを、見下ろすなあぁぁ……! うっ、ぐううううう……!」
奴の両脚は完全に焼き焦げている。
それでも傲慢な態度は変わらない。
馬鹿に効く薬は無いってことかな。
俺はため息を吐きながら言った。
「はぁ……お前、俺に構ってる余裕あるのか? 後ろ、もっとよく見た方がいいぞ」
「何を言って――ッ!?」
「……ウゥゥゥゥ」
密林の奥からこちらを覗く、二つの眼光。
音を立てずに忍び寄っていたその影は、瞬きの間にドロンの背中へ強靭な前足を突き立てた。
「ゥ、ガアアアアアアアアアッ!」
「あぐっ……も、モンスター!? 何故っ!?」
「そりゃお前。あれだけ派手に魔法を使えば、気性の荒いモンスターの一匹や二匹、現れるだろ」
引き寄せられたのはフォレストタイガー。
見た目は緑色の虎だ。
ただ通常の虎以上に賢く、そして強い。
中々の大物が釣れたことに満足する。
これが俺の狙い。
序盤、魔法を受け続けていたのはワザとだ。
モンスターを誘き寄せ、確実に処理させる。
ドロンが俺へやろうとしていた事と同じだ。
因果応報。自業自得。人を呪わば穴二つ。
「く……退け! ケモノ如きが俺に触れるな!」
「ガアアアアアアッ!」
「い、ぎゃあああああああああああ!?」
フォレストタイガーはドロンの首元へ噛み付いた。
咄嗟に右手で庇うドロン。
だが強靭な顎は人の手首を簡単に食いちぎる。
「あがああああああっ!? このケモノがあああ殺す殺す殺す殺す! バレット! バレット! バレットオオオオオオオッ!」
錯乱しながら詠唱するドロン。
しかし何も起こらなかった。
フォレストタイガーは手首を咀嚼し続けている。
魔法は、ただ詠唱すればいいってワケじゃない。
精密な魔力のコントロールと現象のイメージ力。
双方が合わさり、初めて成立する奇跡だ。
師匠の言葉を思い出す――『ピンチの時こそ、冷静に。焦れば焦るほど、キミの寿命は減っていくよ』。
今のドロンは正しくその状況に陥っていた。
「なんでだあああああああああああっ!? なんでなんで、どうしてオレの思い通りにならん! あああああ死ね死ね死ね死ね死ね死ねっ! もういいみんな死ね! こんな世界に価値は無いいいいいいっ!」
喚き散らす言葉の内容に理性は感じられない。
我を忘れたように叫ぶドロンは、突然瞳の照準を俺に合わせて口汚く罵り始めた。
「クオンンンンンンンッ! こんな事をして貴様、許されると思っているのか!? 必ず、必ず父上が貴様を殺すぞ! いいか、絶対にだ! ワルナー家を敵に回したことを後悔しながら死ねええええっ!」
「……最期まで無様だな、お前は」
「ああっ!?」
「ワルナー家を敵に回す? どうやって? お前の死体はこれからデカい猫の胃袋へ収まる。遺留品は見つかるかもしれないが、寧ろモンスターに食い殺された説得力を上げる。お前の親父も馬鹿じゃないだろうから、誰かに嵌められて殺された可能性も考えるかもしれない。けれど証拠がない。せいぜい演習の参加者や関係者に事情聴取をするくらいだ。当然、俺は無関係を装う。相手の記憶を直接確かめる便利な魔法は存在しないからな。いくらワルナー家が裏社会に通じる闇の権力者でも、そのチカラをぶつける相手がいないんじゃ意味がない。一人二人の抹殺ならまだしも、関係者全員皆殺し、なんてのは流石に不可能だ。そして何より……」
出血し、青い顔を浮かべるドロン。
手首を食べ終えたフォレストタイガーが再び捕食を始める前に――俺は、死刑宣告のように告げた。
「お前の人間性が、補強する。常日頃傲慢で自信過剰なドロン・ワルナーなら……慢心からモンスターに殺されてもおかしくない、ってな。お前は自分自身のせいで、仇討ちもされない。ここで死ぬのも含め、全てお前の責任だ」
「あ、アアアアアアアアアッ! クオふぅあ!?」
ドロンが何か言おうとした直後。
その首元に大顎が喰らい付いた。
バチンと、獣のギロチンが落とされる。
それっきり、誰の声も響かなくなった。
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