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17話・杖と指輪

 特別演習、当日。


 参加者は早朝から学園に集合し、教師と派遣された魔導師団団員の引率で演習場に向かう。

 演習場は当然、モンスター巣食う魔の森だ。


 今回の参加者総数は三十六人。


 一年生が六人、二年生が十二人、三年生が十八人。

 一年生の四人はレッドイーグルクラスで、残りの二人が各クラスから一人ずつ参加している。


 タスクやクラージュは俺の参加を驚いていたっけ。

 因みにドロンとの勝負は伝えてない。

 真剣に挑んでいる二人の邪魔をしたくなかった。


「参加者の諸君、おはよう。早速で悪いが、演習に必要な魔導具を今から配る。受け取り次第、不備がないか確認してほしい」


 演習場の森へ到着すると、挨拶もそこそこに団所属の魔導師が手早く魔導具の配布を始めた。

 配られたのはコンパスのような魔導具。


 事前説明通りなら、この魔導具を使って森の中にあるスポットを巡り時間内までに帰還するのが課題だ。

 スポットは一目見れば分かる形状らしい。


 他に発煙筒のような物も貰う。


 これはもしもの時の救援用魔導具だ。

 使った時点でリタイアだが、待機している団員と教師が助けに来てくれる。


 スタート地点は森の出入り口。


 ただし合計四箇所ある。

 参加者は九人ずつの四グループに分けられ、別々の入り口から一斉スタート。帰還時は何処でもいい。


 俺のグループに知り合いはいなかった。

 代わりにアムール先生が演習補助として来ている。


「そろそろ時間だ。全員、スタート位置へ」


 九人が動き、森の出入り口前へ立つ。


 深い緑色に埋め尽くされた森林。

 マイナスイオンが大量に発生しているのか、王都に比べて幾分肌寒い。曇り空も寒さに一役買っていた。


 俺は演習前の最終チェックを済ませる。

 と言っても与えられた魔導具以外はいつも通りの制服姿なので、軽く準備運動を行うくらいだ。


「クオン。ちょっと来い」

「先生?」


 屈伸していると、アムール先生に呼ばれる。

 今日の彼女はツナギのような作業服を着ていた。

 ジッパーに押し込められた胸の主張が激しい。


 彼女は声を潜めながらも、物憂げな表情で囁く。


「……いいか? 危ないと思ったら、迷わず救援要請を出せ。場所にもよるが、どんなに急いでも私や他の魔導師が駆けつけるまで十五分はかかる。その時間差も考慮して、早めに決断を下せ。分かったな?」


 俺の身を心配しての助言だった。

 その不器用な優しさに思わず笑みが溢れる。

 途端に先生の表情が鬼の形相へと変化した。


「お前、ふざけているのか? 今ここで強制的にリタイアされたいか?」

「ち、違います。先生、意外に優しいなって考えてただけで…………じゃあ、行って来ます!」

「あ、おいっ!」


 脱兎の如くスタート位置へ戻る。

 丁度団員が演習開始を宣言しそうな雰囲気だった。

 負けるつもりはないが、勝てる保障もない。


 余計なことは考えず、全力で挑む。


「時間だ。これより特別演習を行う。各自、己が力を発揮せよ――始め!」


 団員の号令。


 聴いた直後、九人が一斉に駆け出す。

 同時に探知魔導具を確認。

 俺は早速、違和感に気づいた。


「……指針が安定しない」


 探知魔導具の形は丸く、中心に矢印状の針が時計のように取り付けられている。

 この針が回転し、スポットの在処を指し示す。


 だが針は時折停止したかと思うと、またすぐに回転を始めてしまう。

 これでは正確な位置が掴めない。


 恐らく針は全てのスポットを示している。

 だから四方八方に針が暴れ、結果的にデタラメな方向しか持ち主に示さない……厄介だな。


 他の参加者も全員足を止めていた。

 しかしこうしている間にも時は進む。

 タイムリミットは日没まで。


「くそっ! こんな所で足止めされてたまるか!」


 一人の男子が森の中へ突撃する。

 彼を筆頭に続々と他の参加者も入って行った。

 俺は彼らを見送り、探知魔導具へ視線を落とす。


 何の備えもなく森へ入るのは自殺行為に等しい。

 進むべき方角をしっかり見極めなければ、森の中で右往左往して演習終了。俺はめでたく退学だ。


 多少時間を使ってでも、正しい方角を探す。

 条件はドロンも同じだ。焦る必要はない。

 だからと言って悠長にも過ごせないけど。


「……五つ。合っているな」


 それから十分後。

 俺はある程度信用出来る方角を見つけた。

 この針は一見、不規則な回転運動を続けている。


 だが注意深く観察すると、他と比べて明らかに止まっている回数の多い方角があった。

 その数五つ。スポットの設置数と一致している。


 この方角を信じ、森へ入って行く。


「懐かしい雰囲気だ……」


 元来、自然は人間にとって脅威だ。


 人の手が加わってない森は恐ろしい。

 簡単に方向感覚を狂わせ、鋭利な枝葉は肌を裂く。

 舗装されてない地面は歩くだけで体力を奪われる。


 ここはそういう類の森林だった。

 けれど十五年も山奥暮らしを続けていれば、容赦の無い自然も懐かしく思えてしまう。


「っと、危ない危ない……」


 目前に細く鋭い枝が伸びていたので横に避ける。

 視界は明瞭とは言えない。

 人によっては一日過ごすだけでも一苦労だな。


 五感を研ぎ澄まし、集中力を高める。

 そしてスポットを探すこと、一時間。

 遂に一つ目のスポットを見つけた。


 例えるなら……天使?

 翼を生やす女性の石像が置かれていた。

 探知魔導具の針は反応している。


 つまりはこれがスポットだ。

 確かに一目で分かるけど、わざわざこれを森に設置したであろう魔導師の姿を想像したら面白い。


「さっさと印を付けるか……」


 探知魔導具を天使像へ近づける。


 すると淡く光り、針の下の一部分が点灯した。

 これがスポットを巡った証拠。

 あと四回、同じことを繰り返す。


 しかもスポットが最後の一つになるまで、一々針が示す凡その方角を調べる必要がある。

 巡れば巡るほど楽になるが、かなり手間だ。


 流石は特別演習。簡単にはクリアさせてくれない。

 俺は次の方角を探す――瞬間。

 突如背後から、不自然な気配と魔力を感じた。


「っ!」


 咄嗟に右へ飛び退く。

 数秒後、大量の『土砂』が俺を襲う。

 幸いにも回避は間に合った。


 着地先で反転し、土砂の出所を睨む。


「何のつもりだ――ドロン」

「……チッ。避けたか」


 現れたのはドロン・ワルナー。

 奴も俺と同じ、魔導学園の制服姿。

 ただし今日は『杖』を握っている。


 岩石を思わせる無骨な形状。

 先端に宝石と、それを鷲掴む手の装飾物。

 ドロンは杖をこちらに向けたまま言った。


「何故、オレに気づいた?」

「そりゃあ近場で魔力放出現象が起きたら、何かあると思うだろ。正体がお前とは思わなかったけどな。それより……勝負のこと、忘れたのか?」


 勝利条件は先に特別演習の課題を終えること。

 直接やり合って勝敗を決めるワケじゃない。

 俺が返答を待っていると、ドロンは……


「ダストーム!」


 属性変換の中級魔法を唱えた。

 砂塵が発生し、視界を阻む。

 アレに包まれたら身体中に切り傷を負う。


「……それがお前の答えか」

「ハ、ハハハハッ! そうだっ! どうして貴族のオレが、卑しい身分の貴様と同じ土俵で争う必要がある!? 勝負を持ちかけたのは、この場で貴様を殺すため! 死体をモンスターの餌にすれば、証拠など残らないからなぁ!」


 砂塵が迫る。

 その奥でドロンは高笑いを続けていた。


「演習中、追跡の指輪で貴様の居所は常に把握していた! 全てオレの計画通り! あとは能天気にやって来た貴様を『大地の杖』で屠るだけっ!」


 悪趣味な指輪を思い出す。

 恐らく奴はマガト先生の発表以前に特別演習の情報を入手し、この計画を企てた。


 森の中で起きたことは全て事故として処理される。

 奴の言う通り、死体をモンスターに食わせれば完璧。仮に疑われても証拠が無い。


 やがて奴は殺意と狂気に染まった表情で叫ぶ。


「お前たち平民は、オレたち貴族の前で平伏さえしていればいい。愚かな弱者にはそれがお似合いだ……なのに貴様は、オレの邪魔をした。許さん、絶対に許さん! よって死刑! 鬱陶しい平民はっ、愚民はっ! 労働階級にすら必要無い! 死ね! 惨たらしく死ねえええええええええっ!」

「――」


 言葉を失う。

 そして俺は、後悔した。

 こんな奴との勝負に特別演習を利用したことを。


 夢のため、信念のため、真剣に挑んでいる者達のことを想うとただただ申し訳ない。

 ――重ねて、詫びる。


「……フィジカルアップ」


 この森を、無意味な血で汚してしまうことに。

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