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16話・特別演習

 魔導学園に入学して一週間が経った日のこと。


「来週、特別演習が行われます」


 朝のホームルームでマガト先生が言った。

 聞き慣れない単語に騒つくクラスメイト達。

 だがアムール先生の咳払い一つで静かになる。


 レッドイーグルはすっかり彼女に調教されていた。

 毎度毎度、限界まで肉体を行使される。

 内容は一から十まで正しいので文句も言えない。


「毎年この時期に行われる行事のようなものですが、決して遊びではありません。毎年の負傷者は勿論、残念ながら死傷者が出た年もあります」


 もう一段階、空気が引き締まる。


 負傷者だけならまだしも、死傷者は無視出来ない。

 命を落とす可能性のある行事……しかも実際に死者が出ながらも続いているのだから驚く。


「特別演習は賢狼師団協力の元、行われます。内容はとある森の中でのサバイバル。詳細は追って話しますが、非常に危険なものであることは理解してください」


 森の中でのサバイバルか。

 それなら一応、経験はある。

 師匠に修行の一環で山奥に放り出された。


 水も食料も無い状況でどうにか七日間を生き抜いたのは今も覚えている――よく生きていたな、俺。

 昆虫食に抵抗が無くなったのはあの日からだ。


「本来は二年生、三年生の実力を計る為に行われますが……一年生の参加も認められています。演習内の課題をクリアすれば、素質ありと見なされ賢狼師団からの評価を得られるでしょう。勿論学園側からも」


 おお、と一部の生徒が声を漏らす。


 その中にはクラージュも混じっていた。

 彼女のように賢狼師団入りを目指す者にとっては、千載一遇のチャンスかもしれない。


「――ですが、私は参加をお勧めできません」


 マガト先生はいつもの穏やかな雰囲気を潜め、迫力のある険しい表情を浮かべながら言う。


「まず第一に、危険です。演習に使われる森は広大かつ、モンスターも生息しています。そんな森の中で課題……隠された五つのスポットを探し回り、日没までに帰還する。正直、今の皆さんにとっては難しい課題です。参加は来年以降も出来ますので、一年間実力をつけてからでも遅くはありません」


 マガト先生の言葉は俺たちの身を案じてのこと。


 今回を逃しても、二度も参加のチャンスがある。

 だから入学したばかりの時期に挑む必要はない――非常に論理的で、冷静な判断。


 実力不足の状態で参加しても、最悪死ぬだけ。

 多くの生徒はそう考えたことだろう。

 だが……


「……丁度良い。刺激になる訓練だ」


 隣に座るタスクや、視線の先で今も闘志を絶やしてないクラージュのように……茨の道を好き好んで進む酔狂者、あるいは夢追い人もこのクラスにはいた。




 ◆




「私、特別演習に参加するわ」


 昼休み。食堂でクラージュは宣言した。


 今日のメニューはビーフシチューにパン。

 因みに三人全員同じ物を頼んでいる。余った食材の処分とかで、値段が半額になっていたからだ。


 俺やタスクはともかく、貴族のクラージュも半額メニューに目を輝かせていたのは何故?

 ビーフシチューが好きなだけかもしれないけどさ。


「オレも参加するつもりだ」

「タスクもか。大丈夫なのか?」


 パンを千切りながら言う。

 二人の実力をまだ正確に把握してないので、何とも言えない。授業と実戦は何もかも違う。


「リスクは承知の上よ。アピール出来るチャンスがあるなら、活用しないと勿体無いわ」


 クラージュの最終的な目標は、力の証明。


 賢狼師団もあくまで通過点の一つ。

 だと言うのに入団前から躊躇していたら、それこそ夢のまた夢ってワケか。


 理屈は分かるが、生き急いでいる感じはある。


「オレは良い経験になると思った。普段の授業で学べないことは、積極的に吸収したい」

「随分熱心だな」

「……そういえば、まだ話してなかったな。オレがこの学園の門を叩いた理由を」


 パクリと、ビーフシチューを一口食べるタスク。

 しっかり飲み込んでから、その理由を話した。


「強くなりたい――それだけの為に、オレはここにいる。故郷に篭っているだけじゃ限界だと考えた」


 ストイックな目的。


 強さへの執着を感じた。

 力を得て何を成すつもりなのかは分からないが、その気持ちは理解出来る。俺も強さを求めていたから。


 とにかく二人の覚悟は本物だ。


 何も知らない俺が口を出す権利はない。

 それに死傷者が出ると言っても、毎年十人以上バタバタと死んでいるワケでも無さそうだし。


「二人の気持ちは分かった。頑張ってくれ。ただ、危ないと思ったら退くのも忘れないでほしい」

「ありがとう。気を引き締めて挑むわ」

「安心しろ、引き際は弁えている」


 ビーフシチューを食べながら応援する。

 うーん、これも美味い。

 食堂のメニューは総じてクオリティが高いな。


 この後は三人で普通に食事を楽しんだ。

 英気を養い、さあ午後の授業だと席を立った時……不敵な笑みを浮かべたドロンが俺の前にやって来る。


 途端に警戒心を強めるタスクとクラージュ。

 ドロンとは初日に揉めている。

 幸いあの日以降は絡んで来ることもなかった。


「クオン。貴様に用がある、ついて来い」


 妙に余裕のある態度。


 いきなり怒鳴る予兆もない。

 初日のドロンとは様子が違う。

 強引なのは相変わらずだけど。


「分かった」

「ちょっと、クオン!?」

「怪しすぎる。無視するべきだ」


 軽く手をあげて大丈夫だと示す。


「この前と違って、今日のコイツは冷静だ。先に戻ってていいぞ」

「……まあ、貴方がそう言うなら」

「警戒だけは解くなよ」


 タスクとクラージュは渋々引き下がり、先にレッドイーグルの教室へ戻って行く。

 二人を見届けてからドロンは動いた。


「邪魔者は消えたな。行くぞ」


 食堂を出て暫く歩く。

 辿り着いたのは二階へと続く螺旋階段の途中。

 人気は無く、密談に向いている場所だ。


「特別演習のことは覚えているな?」

「ああ。それがどうした」


 腕を組み、俺と向き合うドロン。

 今気づいたが、右手に指輪を付けていた。

 血走った眼球の装飾が施されている。


「その特別演習で――オレと勝負しろ」

「は?」

「勝負だ、勝負。勝利条件は先に課題をクリアすること。そして負けた方がこの学園を去る。どうだ? 分かりやすくていいだろ?」

「……」


 軽々しく退学と口にするドロン。

 自分が負けるとは微塵も考えてない。

 単なるバカか、あるいは秘策でもあるのか。


 どちらにせよ俺が受けるメリットはない。


「何を企んでいる?」

「別に、何も企んじゃいないさ。オレはお前が目障りで、常々排除したいと考えていた。お前もオレを疎ましく思っているだろ?」


 そもそもお前が逆恨みさえしなければ、俺は何とも思わないのだが……まあいい。

 言って聞くような奴じゃないのは承知済みだ。


「受けろよ、クオン。伯爵家の嫡男であるこのオレが、平民如きと対等な勝負をしてやると言っているんだ。それとも勝てない勝負はしたくないか?」


 自信満々に笑うドロン。

 内心でため息を吐き、考える。

 これほど露骨な『罠』は逆に清々しい。


 だが断って付き纏われるのも面倒だ。


「分かった。その勝負受けるぞ」

「それでいい。当日が楽しみだ」


 無駄に大仰な仕草で階段を登るドロン。

 さて、まさかこういう展開になるとはな。

 あとでマガト先生に参加を伝えよう。


 しかし……ドロンは何を企んでいるのだろうか。

 外部組織の賢狼師団が関わっている以上、大胆な不正行為は自分の首を絞めるだけ。


 そもそも奴が素直に約束を守るとは思えない。


 だからこれは『線引き』だ。

 もし今回の勝負で俺が勝利してもドロンが退学せず、逆恨みを続けるなら――容赦無く排除する。


 この排除は、退学という意味だけに終わらない。

 色々な意味を含めた排除。

 願わくば、大人しく退学してほしいものだ。

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