14話・スパルタトレーニング
翌日。学園生活二日目。
クラス・レッドイーグルの面々は、制服から訓練着に着替えて屋外訓練所に集められていた。
屋外訓練所はとにかく広い。
サッカーコートが余裕で収まるサイズ感だ。
この広い空間で魔導学園最初の授業を受ける。
因みに訓練着は黒のタンクトップが共通で男子はカーゴパンツ、女子はスパッツ。
必然的に増える露出に男子勢は興味津々だ。
「――整列!」
そんな弛緩した空気を正す、アムール先生の声。
俺たちは大慌てで事前に教わった列順に並ぶ。
一発目の授業は彼女が担当の『実技訓練』。
否が応でも緊張感は高まっていた。
「遅い。が、今の段階でお前達に集団行動を教えていたら日が暮れる。今回は不問としよう」
ギロリとクラスメイト達を睨むアムール先生。
抜き身の刃物のような視線に数名が慄く。
入試の時から思っていたけど、この人怖いな。
自他共に厳しい気配が漂っている。
隣に立つクラージュは青い顔を浮かべていた。
「さて、記念すべき最初の授業だが……お前達には、現実を知ってもらう。自分が大した実力も無いのに魔導師を目指す愚か者だとな」
アムール先生の強気な言動は止まらない。
相手が貴族の子供だろうとお構い無しだ。
しかしこの段階で異論を挟むほど幼稚な者は流石にいないのか、授業は進む。
だがそれも次の瞬間までだった。
「まずは私がやめと言うまで、外周を走れ」
「え……は、走り込みですか?」
「そうだ」
男子生徒の疑問に、彼女は淡々と返す。
走り込み。最早説明不要の体力トレーニング。
俺は師匠の教えで身体能力の重要性を知っていたが、他のクラスメイト達は違う。
「あ、あの、魔法は使わないんですか?」
「言い忘れていたが、魔法の使用は禁止だ」
「き、禁止!?」
多くの生徒が動揺する。
無理もない。魔導学園は魔法を学ぶ教育機関だ。
実技訓練と聞けば魔法の使用を想定するだろう。
けれどアムール先生はそれを禁じた。
魔法抜きの、単なるマラソン。
しかも明確な終わりが見えない。
俺も同じ立場なら「何をバカな」と考える。
「早く走れ。時間は有限だぞ」
「でっでも……」
「これ以上の異論反論は許可しない。文句があるなら、あとで聞く。分かったらさっさと走れ!」
「は、はいぃ!」
結局アムール先生の圧に負けて、全員走り出す。
訓練所の外周は広い。
何も考えずに走ればあっという間にガス欠だ。
かと言って遅いと何を言われるか分からない。
とりあえずはフルマラソンを完走する想定でペース配分を考え、適宜周りの様子を見て判断しよう。
「まさか最初の授業が走り込みなんてね……流石に想像出来なかったわ」
クラージュが並走しながら呟く。
「長距離を走るのは苦手か?」
「実家にいた頃は体力作りのために毎朝走っていたわ。ただ、特別長距離ってワケでも無いし……」
彼女の懸念は最もだ。
マラソンランナーでも無ければ、日常的に長距離を走り続けるトレーニングは難しい。例えば球技であれば体力作りの他に、メインの球を使った訓練に時間を割く。
「なら、無理に早く走ろうと考える必要はない。多少遅くてもいいから、一定のペースで走るといい。近くに他の走者がいると、意外に速度の影響を受けやすいからな。意識することが大切だ」
「詳しいのね。アドバイスありがとう、クオン」
「どういたしまして」
クラージュの表情が僅かに和らぐ。
高校の体育教師が言っていたことを丸パクリしてしまったが、間違いではないので大丈夫だろう。
タスクはー……先頭を走っているな。
獣人は生まれつき身体能力に優れる。
その力を遠慮無く発揮していた。
それから数十分後。
三周目を終えた辺りで集団の速度が落ち始めた。
速度を落としてないのは一部のみで、既に多くの生徒が呼吸を乱し辛そうにしている。
先頭を走るのはタスク。最後尾はコクヨウだった。
俺とクラージュは集団の中間付近で並走。
皆の脳裏に「いつまで続くんだ?」と泣き言が浮かぶ頃、アムール先生は腕を組みながら告げた。
「追加ルールを発表する! 走り込みの終了時、最後尾だった者は放課後に補修だ!」
「「「!?」」」
嘘だろ、と表情を歪ませるクラスメイト一同。
ただでさえ厳しい彼女の補修授業だ。
何をやらされるのか、考えたくもない。
最初に動き出したのは、コクヨウ。
最後尾だった彼女は明らかに速度を上げた。
しかも全く呼吸を乱してない。
平然とした様子で中間付近にまで駆け上がる。
「凄いペースだな、大丈夫か?」
「……補修の方が面倒」
それだけ言ってコクヨウは更に先へ進む。
「あの子、さっきまでは本気じゃなかったのね……!」
軽く汗ばんでいるクラージュが言う。
彼女もまだまだ元気そうだ。
その後、補修という罰が生まれたことで尻に火がついたように走るクラスメイトたち。
だが心境の変化で体力は増えない。
「……もっ、もう……む、りぃ……!」
まず一人の女子生徒が膝をついた。
最後尾では無いという心理が働いたのか、彼女を皮切りに脱落者が続出する。
この時点で授業開始から二十分弱。
満足に走れているのは俺、タスク、そして驚異的な力を隠していたコクヨウの三人だけ。
クラージュも頑張ったが、脱落してしまった。
ただまあ、水分補給も無しにこれ以上の運動は危険が生じるのでタイミング的には丁度良い。
「もういい、やめろ」
そしてこの状況を見越していただろうアムール先生が、遂に終了の合図を告げる。
声を聞いた途端、生徒たちは腰を下ろした。
中には仰向けに倒れる者も。
「ァ……ハアッ……ハアッ……!」
クラージュも全身汗塗れで息を乱している。
カチューシャを外し、額から雫を落とす。
少しエロいなと思ったのは内緒だ。
「フン。揃いも揃ってなんてザマだ、嘆かわしい。この様子だと、卒業までに何人残っているか疑わしいものだ……水分補給の後、口頭でお前達に足りないものを教える。それまでは各自休憩――」
「ふ、ふざけんなよっ!」
生徒達を見下ろしながらアムール先生は言う。
大半の生徒は聞く余裕もなかったが、一人の男子生徒は我慢出来ないとばかりに叫んだ。
「ここは魔導学園だろっ!? なのになんで、魔法に関係無いことをやらなくちゃいけない!」
「……ほぉ」
ニヤリと笑うアムール先生。
まるで彼を待っていたかのように。
ああ、成る程。そういうことか。
「魔法に関係無い、か」
「そうだ! 魔導師に必要なのは魔力と魔法の知識だろ! こんな走り込みは騎士や兵士がすることだ!」
「分かった。ではライト、私に魔法を撃ってみろ。それでこの授業の『意味』を理解出来る筈だ」
「は……?」
ライトという名前の男子生徒は呆ける。
それは他のクラスメイトも同じだ。
両者の距離は十メートルもない。
「どうした? 魔力は有り余っているだろう?」
「……俺は加減出来ませんよ」
「知っている。お前程度の実力では、魔法の細かいコントロールは難しい」
「っ、この――!」
激情に駆られたライトは右手を突き出す。
狙いを定める為だろう。
そのまま詠唱を始めるが。
「バレッ――」
「遅い」
「がっ!?」
アムール先生の前蹴りが炸裂。
ハイヒールの爪先がライトの腹部に埋まっていた。
タイトスカートを履いているとは思えないほどの俊敏な動きに、受けた本人も驚く。
「う、く……!?」
「どうした、早く詠唱しろ」
「っ、ば、バレ……」
直後、今度はライトの喉を掴む。
詠唱どころか普通に喋ることも出来ない。
「ま、こういう事だ……少し早いが、この授業の意味をお前らに教えてやる」
ライトの首から手を離したアムール先生は言う。
「お前達に不足しているもの……それは『基礎体力』だ。どれだけ強力な魔法を数多く覚えても、結局使うのは自分の肉体。今のやり取りを見れば分かる筈だ」
ライトは魔法を使うことそのものを封じられた。
仮に強化魔法で肉体性能を上げるとしても、その前に攻撃されてしまえば関係無い。
「ああ、お前達は今こう考えたな? 走り終えた直後で、ライトは疲れていたから手も足も出なかったと。だがな、実戦において万全の状態で戦えることの方が珍しい。全員、足りない頭で想像しろ」
アムール先生は指先で頭を突く。
「モンスターの討伐、テロリストの鎮圧。何でもいい、召集されたお前達は任務に出向き、見事対象の無力化に成功。意気揚々と帰還している途中、敵の残党が先回りして待ち構えていた。先の戦闘で勝利はしたが、味方の消耗も激しい。そんな時お前達はどうする? まさか『疲れているから後にしてほしい』とでも言うのか?」
彼女の言葉に誰も反論出来ない。
魔力が潤沢な状態でも、体力が無ければ何も出来ないと知った今だからこそ余計に響く。
「魔導師は厳しい職業だ。有事の際は真っ先に徴兵され、前線に立たされることも多い。加えて定期的に何かしらの成果を提出しなければ、すぐに資格を剥奪される。研究分野に強いのであれば問題無いが、疎い者の成果の上げ方はモンスター討伐等の武功になるだろう。これは賢狼師団に入っても同じだ」
賢狼師団とは魔導師だけの軍隊だ。
入団している間は資格の保持が永続的に認められるが、日々の仕事は苛烈を極める。
「要するに、魔導師と戦闘は切っても切れない関係だ。そして今のお前達が戦場に出ても、大半は何も出来ずに死ぬだろう。これは誇張でも何でもない、学園の資料室に行けば毎年の殉職者リストを閲覧出来る。初陣で命を落とした先人達の人数を調べるといい」
陰鬱な空気が漂う。
魔導師の現実。自分がどれだけ危険な世界に足を踏み入れようとしているのか、彼女は丁寧に説明した。
「これが、この授業の意味だ。分かったか? 今のお前達は魔法を『使う』だけの存在。魔力や魔法を『導く』魔導師には程遠い。多少、マシな奴もいるようだが……まあいい。授業は終わりだ。どうしても体調が優れない者は言え、治療室に連れて行く」
こうして初の授業は終わった。
クラスメイトはすっかり意気消沈している。
そういえば……一番アムール先生に噛み付きそうなドロンが静かだったな。
気になって彼を探すと――
「ひゅーっ……ひゅーっ……」
体力を使い果たしたのか、虫の息で倒れていた。
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