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13話・それぞれの事情

 タスクは学生とは思えない覚悟を持っていた。

 強い意志……言うなれば、執念。

 青い瞳の奥には底知れない何かが宿っている。


 安易な詮索はやめた方がいいな。

 誰にだって、深く知られたくないことはある。

 師匠が自分の素性を決して明かさなかったように。


 空気を変える為に適当な話題を考えていると。


「貴方、またドロンに絡まれていたわね。赤い糸にでも繋がっているのかしら?」

「やめてくれ、薄気味悪い」

「ふふ、冗談よ」


 金髪の少女が再び俺たちの前に現れた。

 どうやら入試の時の出来事は覚えているらしい。


「さっきは助かった、ありがとう」

「オレもだ。助太刀感謝する」

「お礼を言われるほどのことはしてないわ。私も頭に血が上っていたし……」


 苦笑いを浮かべる少女。

 恐らく貴族であろう彼女からは、ドロンのような傲慢さが全く見当たらない。


 正義感が強いことを除けば、普通の女の子だ。


「二人は知り合いなのか?」

「入試の時にな。でも名前は知らない」


 タスクの質問に答えると、少女は言った。


「あら、じゃあ折角だし自己紹介しましょうか。私はクラージュ・アバンギャルド。一応貴族だけど、家督の継承権は持ってないから気にしなくていいわ」


 クラージュは自分の名前を名乗る。

 その際、僅かな自虐を見せていた。

 平民に対する配慮かもしれないが。


「俺はクオン。今日からよろしく頼む」

「タスク・ブルーネイルだ」

「クオンにタスクね。こちらこそよろしく」


 微笑むクラージュ。

 その後、自己紹介を終えた流れで共に下校した。

 クラスメイトと歩く帰り道。


 前世の高校時代を思い出し、懐かしむ。

 あれ……? でも誰と一緒に帰っていたっけ?

 一人、仲の良い友達がいたのは覚えているけど。


 何故か顔も名前も思い出せない。

 本当に仲が良かったのか疑わしいが、そこだけは正しいと本能が訴えていた。


 まあいい。前世より今世だ。


「私は学生寮に住んでいるけど、二人は?」


 クラージュが言う。


 関係の浅い新入生同士の会話は、どうしたって学園関連の話題になる。

 今は住居について話していた。


「オレも学生寮だ」

「俺は王都に家を借りてる」

「え、本当? 珍しいわね」


 彼女の反応は最もだ。

 普通は実家からの通いか、学生寮に住む。

 わざわざ王都の家を借りるのは少数派だ。


「家族と住む予定だったんだけど、ちょっと色々あって俺一人だけが住むことになった」


 ありのままを話す。

 下手に偽っても面倒なだけだ。

 そもそも隠す意味もない。


「そう……残念ね……」

「家族……」


 神妙な面持ちで呟く二人。

 俺としては軽く驚いて終わりの発言だと思っていたが、何らかの琴線に触れてしまったらしい。


 途端に会話のキャッチボールが途絶えてしまう。

 俺、こんなに話すの下手だったか……?

 元々得意じゃないのは確かだけど。


「あー、いや。もう済んだことだからさ。ハハッ」


 ぎこちない笑顔を浮かべるので精一杯。

 居心地の悪い空気は晴れず漂うばかり。

 ……こうなったら空気の悪さを利用しよう。


 つまり平時では聞き難いことを聞く。

 これ以上空気が悪くなる恐れはないのだから、デリケートな疑問を今のうちにぶつけて次に活かす。


 俺は言葉を選びつつ言った。


「悪い。無知の自覚を持って聞くけど、ドロンのように獣人を敵視する奴は多いのか? 俺の記憶が正しければ、特定種族の排斥は国の法に反する筈だ」

「……そうね、概ねクオンの言う通りだわ。百年以上前に種族の排斥は禁止されているもの」


 最初に答えたのはクラージュ。

 彼女はタスクの様子を伺いながら続ける。


「でも、一部の貴族の間では未だに『人間至上主義』が横行しているの。他種族は人間を繁栄させる為だけの道具だって……全く、どうかしているわ」


 心底呆れた風に彼女は言う。

 あくまで差別的なのは一部の貴族だけ、か。

 その一部が厄介極まりないのだろうけど。


「ごめん、変なこと聞いた。田舎者と笑ってくれ」

「王都に来たばかりなら仕方ないわ」

「――ああ。それにクオンはドロンの言動に惑わされず、こうしてオレと普通に話している。それが答えだ。余計なことを考えて悩む必要はない」


 穏やかな笑みを浮かべるタスク。


 まだ会って数時間も経ってないが……彼は心の広い、優しい人物だと分かった。

 クラージュも俺が平民だからと見下さない。


「ありがとう、二人とも」


 学園生活初日。

 早速気の合いそうなクラスメイトと交流出来たことに、俺は内心とても安堵していた。




 ◆




 寮生のタスクとクラージュと別れて暫く。

 俺は師匠と共に選び借りた家を訪れていた。

 外観はありふれた一軒家。


 風景に溶け込む、何処にでもありそうな木造住宅。

 一階だけの平家だが、部屋数はそこそこ多い。

 寧ろ一人暮らしでは確実に持て余すだろうな。


「ただいま」


 鍵を挿し、玄関の扉を開ける。

 一方通行の声が室内に響いた。

 扉の先はすぐに廊下。


 廊下の両サイドには部屋が二つずつあり、奥へ進むと最も広いスペースの台所とリビングがある。

 必要最低限の家具は用意されていた。


「……やっぱり、広すぎるな」


 一通り屋内を見て回った感想を呟く。

 当然か。本来は二人で住む予定だったのだから。

 ふと、右手首の腕輪に視線を落とす。


 銀色の塗装に真紅の宝石。

 この色合いは師匠の髪と目を連想させる。

 偶然か、それともワザとか。


 ……あの人なら後者だろうな。


「はぁ〜……」


 ベッドへ腰掛けると自然に声が漏れた。

 慣れない王都、慣れない集団生活。

 精神的に疲れているのは明らかだ。


 そのまま後ろに倒れ込み、天井を見上げる。

 今日からここで暮らすことに違和感はない。

 あるのは喪失感。くだらない後悔と執着。


 右腕を持ち上げる。

 単なる枷だと思っていた腕輪は、今では自分と師匠を繋ぐ数少ない品になっていた。


「……師匠」


 もし、あの時。

 恥も外聞も捨てて縋り付き、一緒に居てほしいと頼んでいたら――彼女は許してくれただろうか?


 分からない。

 あれだけ一緒の時間を過ごしたのに、肝心なところは何も知らない。それでいいと思っていた。


 平和な日常が続く保障なんて、どこにも無いのに。


 だが既に後の祭り。

 俺に残された選択肢は、二つ。

 一つはこのまま学園生活を続けること。


 もう一つは、自ら師匠を探しに行くこと。

 本来ならすぐにでも師匠を探しに行きたい。

 しかし複数の理由から躊躇っている。


 魔導学園への入学は師匠の願いだ。


 俺に足りないものを学べと直々に言われている。

 にも関わらず途中で投げ出してしまえば、仮に再会出来たとしても素直に喜べない。


 どころか、弟子失格だと言われるかも。

 あとは単純に、名前も居場所も知らない相手を探すのは困難を極める。何らかの手掛かりが欲しい。


 つまり、今の俺に出来ることは――


「――普通の学生らしく勉強しつつ、師匠の居所も探す。そして卒業したら探しに行く、か」


 これが一番、現実的だ。

 最低でもあと三年は師匠に会えない。

 そう考えたら途端に恋しくなる。


 とりあえずは友達作りだな。

 三年間ぼっちで過ごすのは嫌だ。


 タスクとクラージュの顔を思い浮かべる。

 今のところ、可能性が高いのはあの二人。

 彼らから見た俺の第一印象は悪くない筈。


「……絶対諦めないぞ、師匠」


 起き上がり、強く拳を握る。

 俺の人生にはもう、あんたは必要不可欠な人だ。

 やるべき事を終えたら必ず会いに行く。


 だからそれまで、無事でいてほしい。

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