12話・レッドイーグル
「何だ?」
クラスメイトの視線が一箇所に集まる。
怒鳴り声の発声源は、教室の出入り口。
そこには赤に近い銅色髪の少年が立っていた。
見たことあるような、無いような。
妙な既視感に困惑する。
入試の時にすれ違っていたのかもしれない。
彼は周りの視線を気にせず、堂々と歩く。
そして何故かタスクの目前に立ち塞がった。
明らかな喧嘩腰の少年に、緊張感が高まる。
「……オレに用か?」
「あぁ。貴様のような獣人がいると、教室の空気が汚れて不快だ。即刻出て行け」
挑発的な表情。侮蔑的な言葉。
俺は少年の露骨な差別言動に唖然とした。
クラスメイトも同様で、皆騒ついている。
一方、侮辱された本人のタスクは冷静。
まるで慣れていると言わんばかりに。
「……言いたいことはそれだけか?」
「何?」
「一応、聞くだけ聞いてやる。お前の主張に正当性があれば従いもしよう。まあ、無理だろうがな」
「ッ!」
ダン! と少年は机を叩く。
大きな音は相手を萎縮させるのに手っ取り早い。
しかしタスクは全く動じなかった。
苛立ちを募らせる少年は吐き捨てるように言う。
「オレはワルナー家の嫡男だ。オレにとって貴様など、吹けば飛ぶ存在に過ぎない。意味は分かるな?」
退学をチラつかせる少年。
……まて、ワルナー家?
数ヶ月前。入試の記憶が蘇る。
「お前、もしかしてドロン・ワルナー?」
「気安く呼ぶ、な」
今までタスクしか見ていなかったドロンだったが、俺の存在に気づくと驚愕の表情を浮かべた。
続けてギリ、と奥歯を噛み締め拳を握る。
「きっ、貴様は入試の!?」
「久しぶりだな」
「く……あの日受けた屈辱、オレは覚えているぞ!」
ドロンの纏う気配が変わる。
明確な敵意と共に漏れ出す魔力。
ここで『始める』つもりのようだ。
真っ先に反応したのはタスク。
立ち上がり、ドロンの様子を伺う。
先に手を出せば後で何を言われるか分からない。
俺も戦闘の準備だけに留める。
さっきまでの口論とはワケが違う雰囲気に、静観していたクラスメイト達にも動揺が走った。
「お、おい。あれヤバくないか?」
「でも相手はあのドロンだし……」
「とんでもないクラスに入っちまったかもな」
まさに一触即発。
何らかのキッカケがあれば、三者三様の魔法が教室内を飛び交うことになる。
俺は最後通告をした。
「やめとけドロン。ここでやり合っても、お互いに損をするだけだ」
「関係無い! 入試の恨み、ここで晴らす!」
「……はぁ」
逆恨みで絡まれていたらキリがない。
別クラスならまだしも、同じクラスかぁ。
どうして会いたくない奴には会ってしまう。
何はともあれ、無力化の準備に移る。
この距離なら肉弾戦の方が有利。
ドロンの詠唱よりも早く、拳を叩き込む。
タスクも同じ考えのようで握り拳を作っていた。
さて、どうなる――と、出方を伺っていたら。
「待ちなさい!」
またも既視感のある展開。
ただし今度は明確に覚えていた。
その人物は俺とドロンの間に割って入る。
金髪紫眼。
腰まで届く長髪に白のカチューシャ。
ポンチョの下に赤いカーディガンを着込んでいる。
黒いミニスカートと膝上まで覆うロングブーツの間には、肉付きの良い色白の太ももが露出していた。
薄い胸を張りながら彼女は言う。
「黙って見ていたけど……ドロン、貴方いい加減にしなさい。どう考えても貴方が悪いわ!」
「煩い。部外者は引っ込んでいろ!」
「いいえ、私たちはもうクラスメイト。しかもここは学園の教室。残念ながら、部外者じゃないのよ。貴方の横暴な態度を許すワケにはいかないわ」
一歩も引かない金髪の少女。
不条理を許さない姿勢は以前と変わってない。
ついでに胸の大きさも変わらず小さかった。
「ごちゃごちゃと雑音を……いいだろう。まずはお前から始末してくれる」
「望むところよ。その決闘、受けてあげるわ」
睨み合う両者は売り言葉に買い言葉。
歯止めの効かない展開に、俺は本気で二人とも気絶させようかと考える。
が、どうやら杞憂に終わりそうだ。
「何だこの騒ぎは。いつからここは託児所になった! 特にそこの四人! すぐに着席しろ!」
新たな乱入者。やって来たのは二人の教師。
流石に教師の前でやり合うつもりはないのか、ドロンは舌打ちしながら離れた位置の席に座る。
「随分と元気が有り余っているようじゃないか、新入生諸君。今すぐ授業を始めても私は構わないぞ」
「まあまあアムール先生、落ち着いて」
「ふんっ。マガト先生は優しすぎます」
中年男性の教師が教卓を前に立つ。
若い女教師は黒板の端に寄る。
二人とも実技試験を監督していた教師だ。
「全員揃っていますね。まずは入学、おめでとう。今日より皆さんは魔導学園の生徒です。その自覚を持ち、勉学に励んでくれることを私は望みます」
短い祝辞。
その後は軽い自己紹介へ。
「私はマガト・サモニクス。一年生のレッドイーグル、つまりは皆さんの担任教師です。担当科目は召喚。召喚魔法以外の系統も有名どころは一通り使えるので、分からないことがあればいつでも質問に来てください」
緑の頭髪にフチが銀色の眼鏡。
細身だが頼りない印象は薄い。
温厚な雰囲気と合っているのだろう。
近所のおじさんって感じだ。
次に女教師が教卓の横に立つ。
年齢は三十歳手前くらい。
ウェーブがかった長い茶髪。
瞳も髪と同色のブラウン。
深緑色の軍服っぽいスーツを着ている。
タイトスカートから伸びる両脚は、チョコレート色のタイツとハイヒールに包まれていた。
彼女はクラス全体を一瞥してから言う。
「アムール・カシオン。お前達の副担任だ。担当科目は実技全般。最初に言っておくが、私は容赦しない。ついて来れない者は、そのまま置いて行く。お前達が進もうとしている世界は、そういう所だ。全員、覚えておけ。以上だ」
ヒールを鳴らして元の位置に戻るアムール先生。
見ての通り、厳しい人のようだ。
けれど豊かな胸部が刺々しさを和らげる。
……そう思うのは男子だけか。
「今日はホームルームだけですが、明日から早速授業が始まります。入学前に配られた資料の内容を繰り返すことになりますが、今一度説明します」
アホなことを考えていると、マガト先生が魔導学園について軽いレクチャーを始めた。
内容に特筆すべき点はない。
「――以上です。これにて本日のホームルームを終えます。皆さん、また明日」
ほぼ同時に鐘の音が鳴った。
授業の始まりと終わりには、必ず鐘が鳴る。
時間厳守なのは何処の学校も同じか。
教師二人が退出すると、クラスメイト達は続々と帰り支度を済ませ出て行く。
俺はドロンの動きを注視した。
だが予想に反し、奴はさっさと帰った。
ホームルーム中に頭が冷えた……と、思いたい。
出来れば逆恨みの感情も消えてほしいが。
「とんだ災難だったな。お互いに」
タスクへ話しかける。
「ああ。クオン、まさかお前まで一緒に絡まれるとはな。一体何をしたんだ?」
「入試の時にちょっとな。多分、逆恨みだ」
「そうか。まあ、ヤツの態度を見ていれば分かる。自尊心が高すぎる、典型的な貴族だ。自分の失敗や間違いを認めたくないのだろう」
タスクは物怖じせずに貴族批判を行う。
度胸があるのとは、また違った感じ。
心の底からどうでもいいと考えている様子だ。
「怖くないのか? ドロンは悪名高い貴族だぞ」
「知らん。オレは、オレの目的を達成する為に魔導学園へ入った。学費と時間を使ってな。あんな小心者に時間を割いてやる義理はない。それにもし、ヤツの力に屈するようなことがあれば――オレは所詮、その程度の男だったというだけだ」




