竜に生まれ変わったわたしは、早速密猟者に捕まりました~助けに来たのは竜を好きな元伯爵令息でした~
子どもの頃からずっと病気だった。かゆみや痛みは我慢できたけど、伴って表皮が自分の周りに落ちてしまうのが一番耐え難かった。原因が不明なことも多く、わたし――芦月依澄もそうだった。
身体だけでなく顔も荒れに荒れて、人の視線が怖くなり外出できず、働くこともやめて引きこもりになった。それを父親は見て見ぬフリをして、わたしを母親に丸投げした。何度も病院に連れていって、小さい頃は甲斐甲斐しく薬も塗っていた母親は、どうしてこれだけやっているのに治らないのかと、半分ノイローゼ気味になり、いつしかわたしの存在を疎ましく思うようになった。わたしが身体を掻くと、気持ちが悪いとでも言いたげな目を向けてきた。
一番気持ち悪いと、どうしてこんな身体なのかと、思っているのはわたしなのに。
こんな身体じゃなければ、精神も健全で、今頃しっかり働いて少しでも社会や人の役に立っていただろうに。
わたしが、生きている意味って、なんだろう。
気が付いたら、全身が別の痛みで支配されていた。いたい。血がたくさん流れていく。ドクドクと、脈を打つ音が普段より大きく聞こえる。くるしい。目の前が徐々にぼやけて暗くなっていく。
じごく、じごくかなぁ……。
地獄は嫌だけど、もう表皮が延々と落ちることはなくなるんだ。よかったぁ。
ゆっくりと瞼を閉じて、遠くなっていく意識に身を任せた。
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頬に穏やかな温かい風が当たる感覚で目が覚める。周りは少し薄暗い。ここは地獄?
辺りを見回してみると、奥に穴があってそこから草原のようなものが見えた。
草原? そんなファンタジーな……と思い、身体を動かそうとするけど上手く動いてくれそうな気配がない。というか、これ、人間の身体なの……?
首だけでも動かして身体を確認しようとしたら、頭になにかの声が流れてきた。
「起きた? 私のいとし子」
隣に気配を感じて目だけでそちらを見ると、とても大きな竜と視線が合った。
りゅ、竜……!? 食べられる!?
そう思い構えたが、食べられることはなくさっきと同じ声が頭に流れてくるだけだった。
「? お腹、空いたかしら?」
竜が長い首を少し傾げる。
この声、もしかしてこの竜から? どうして竜の声が……?
後回しになっていた自分の身体を確認してみると、どう見ても隣にいる竜のミニチュア版といった見た目をしている。つまり、子どもの竜――。
「って、竜!?」
「わっ! 大丈夫? かわいい我が子よ、どこか痛い?」
「あ、いや、だいじょうぶ!」
病気を苦に自殺したから、きっと地獄に行くだろうと思っていたのに、どうやら知らない世界で竜に生まれ変わったみたいです……。
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今いる場所は洞窟でここには隣にいた竜――この身体の母親と、祖父にあたる竜とわたしの3匹が暮らしていた。彼らからこの世界のことをそれとなく聞いてみた。
やっぱりわたしが元いた世界とは全然別の世界らしい。竜なんかいなかったから当たり前だけど。
それから、この世界では竜の鱗が武器や防具、それに万能薬にもなるとして、人間に重宝されているという。
そのことが分かった時に、乱獲されて個体数がかなり減り、絶滅する寸前までいったけど、竜の言葉を理解できるという稀な人間によって、乱獲を取り締まる法律が世界全体で施行された。
それからは、抜け落ちた鱗のみ取っていいことになった。
人間よりも遥かに長寿な種族ということもあり、法律ができてからは個体数もだいぶ元に戻ったという。それでも、法を犯す人は今でもいるから、あまり遠くまで散歩に行っては駄目だよ、と、祖父にも母親にも釘を刺された。
まさか、生前表皮が鱗のように落ちて嫌だったのに、生まれ変わったらその鱗が重宝されることになるとは思わなかったなぁ…。
こんなファンタジーな世界、引きこもっていた時に見た漫画や映画のようで、ワクワクしながら草原を歩いて回っていた。その楽しさから、住処としている洞窟から少し遠いところまで来てしまった。
そろそろ帰ろう。そんなことを考えていた時だった。
突然目の前が真っ暗になった。何が起こったのかと慌てていると、身体が宙に浮いた感覚になる。何者かに持ち上げられている。どう考えても、人間の手だ。
「や、やっぱり、まずいですよ! 重罪ですよ!?」
「……バレなければ、大丈夫だ。お前たちも絶対に他言するな」
「しかし……!」
「アルヴァレス家の今後のためだ。他の貴族に負けたままではっ」
「それは……」
「お前たちも、今のままの給金では物足りないだろう? この竜がいれば、鱗を取り続ければ、アルヴァレス家は安泰だ」
「っ! は、早く、行きましょう、当主様」
数人の男性たちの会話が聞こえる。これは、祖父が言っていた法を犯す人たち、つまり密猟者。何度も祖父や母親に気を付けろと言われていたのに。
このまま捕まってはいけないと思い暴れるけど、成竜よりも遥かに小さい身体で力もないわたしにはなす術もなく。頭には袋を被せられ、足は動かないように2本ずつに縛られた状態で、彼らが乗ってきたと思われる乗り物の、おそらく荷台に放り込まれた。
自殺して竜に生まれ変わって、わけが分からなかったけど竜生を謳歌しようと思っていたら、待っていたのは閉じ込められ自由を奪われた生活でした――。
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密猟者――アルヴァレス家という伯爵家に捕まってから、およそ百年が経った。
アルヴァレス家の地下に縛り付けられ、高値で売れるわたしの鱗を、生えている身体から直接剥ぎ取られる毎日だった。鱗にロープを括りつけ、数人がかりで引っ張り抜く。これがなかなかに痛い。捕まった当初はその痛みで暴れていたが、百年もされると徐々に慣れていった。それでも痛いのには変わりないけど。
それに、人間の時に感じていた表皮が自分の周りに落ちていくあの不快感に比べれば、全然マシだった。
少し前から、この身体はどこか絶好調といった感じだった。百年が経って、竜の寿命的に今が全盛期なのだろう。本気で暴れれば自由になれる。でも、悪い人とは言え、人間を傷付けてまでやりたいことではない。だから、実行はしなかった。
それはそれとして、さすがにそろそろ外に出たいなぁ……。
そんなことを思っていると、扉が開き、そこにはこの場所では見たことがない少年が立っていた。艶がある茶髪で、深い緑色の目をしている。
わたしの姿を捉えた少年はその瞳をキラキラと輝かせる。
「ほんとにドラゴンさんだー!」
トコトコとわたしの元まで走ってきて、長い首に小さな腕を回し抱き着いてきた。突然の出来事にオロオロとするけど、無理に追い払うのもかわいそうだから、彼がしたいようにさせていたら、弾むような口調でわたしに図鑑や絵本の内容を話してきた。
「あのね、絵本に出てくる、ドラゴンさんはね!」
「ドラゴンさんは、火が口から出せるんだよ! すごい!」
「それでね!」
彼が話す内容はすべて竜に関することだった。
よっぽど竜のことが好きなんだろう。微笑ましくなり、心が久しぶりに温かい気持ちになる。
「そうだ! ドラゴンさんはなにがすき?」
先ほどまで一方的だった少年の喋りがわたしへと投げ掛けられる。答えたところで、竜の言葉は理解できないだろうけど、無視されるのは絶対に嫌だと思う。わたしがそうだったから。
(甘いもの、かな。アトピーが悪化するかもって、あまり食べさせてもらえなかったけど)
「あとぴー?」
(え?)
この世界に来たばかりの頃、母親がやっていたように声を相手の頭の中に響かせるように思いを送る。鱗を剥ぎ取りに来た人にも何度も同じことをやったけど、誰も反応しなかった。だから、この少年も同じだと思った。
それなのに、絶対にこの世界ではないだろう単語を聞き返してきた。これって――。
思考を遮るように、また扉が開いた。数人の大人が地下へとやってくる。鱗を剥ぎ取る時間だ。
「! ヘラルド、こんなところでなにをしている」
「お父様! ドラゴンさんと、おはなししてて……」
「危ないから入るなっていつも――まあいい。お前も、じきに我が家の仕事を手伝うことになるからな。そこで見ておけ」
いつもの手順で鱗にロープを括りつけ、数人で引っ張り抜く。
(いっ……)
「! ドラゴンさん、いたがってる。お父様、ドラゴンさん、いやだって!」
「多少は痛いだろうが、これだけ大きな図体をしていると痛覚も鈍くなってくるから、大丈夫だ」
「でも……!」
少年が悲しそうな顔でわたしの目を見つめる。鱗を剥ぎ取られ痛みを感じているわたしよりも苦しそうな表情だ。
(こんなの、嫌だよ。もう自由になりたい……でも、ここにいる人たちを傷付けるようなことは、したくないから、しかたないよ)
そう自分に言い聞かせると、今にも泣きそうだった少年の目が今度は何かを決意したような鋭い目つきに変わった。キラキラと輝いたり、悲しんだり、コロコロと変わって忙しい。この何も変わりのない暗い日々に、少年が加わったら毎日がほんの少しだけ明るくなるかもしれない。
そう思っていたのに、それから少年がこの場所を訪れることはなかった。
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少年と出会った日から十数年が経ったある日、寝ていたら轟音が鳴り響いて慌てて目を覚ました。
地上へと繋がる入り口付近の天井が崩れ落ち始める。天災かなにか? いや、そんなことこの百年以上なかった。じゃあ、いったい……。
逃げるべきか。どうしようと考えていたら、その崩れ落ちた天井の瓦礫の上に人が立っているのが見えた。
こんなところにいたら危ないのに……!
土煙でぼやけている人影に目を凝らすと、どこかで見たような顔だった。
「――ドラゴンさん、迎えに来たよ」
大きくなったあの少年だった。
続いて冒険者のような格好をした人が数人現れてくる。わたしの存在を確認して驚いている様子だった。
「本当にいた……」
「というか、ヘラルド、いいのか? 竜の捕獲は禁忌とは言え、一応お前の家だろ?」
「もうこの家とは縁を切ったから。父さんのことは尊敬してたけど、俺にはドラゴンさんの方が大切だし」
少年――ヘラルドはそう言って、わたしを縛り付ける鎖を外しながら優しく微笑む。
もう、興味は薄れたんだと思っていた。よくある話だ。子どものころに熱中していたものが、大きくなったら興味がなくなる。わたしにだって、記憶は遥か昔でないけど、きっとあったはず。
でも、ヘラルドは違った。
「ドラゴンさん、外に出たいって言ってたよね。もうドラゴンさんを縛り付けるものは、なくなったから」
彼の言葉ですべてを理解する。
わたしを助けるためだけに、自分が生まれ育った家を襲撃したのだと。わざわざ縁を切ってまで。どうして、そこまで……? その考えは大きな音を立てて崩れていく天井にかき消される。
この屋敷にはたくさんの人がいたはずだ。
(怪我人、いたらどうしよう……)
「大丈夫。事前に出ていってもらったから、誰も怪我してないよ」
(よかった……)
声を送ったつもりはなかった。でも、緊急事態でつい思いが出てしまったのかもしれない。ヘラルドが問いに答えたことで、十数年前の疑念は確信に変わった。
やっぱり彼は竜の言葉を理解している。そんなの祖父の話でしか聞いたことがなかった。それは同行していた冒険者たちも同じようで。
「? 誰と話して――」
「ドラゴンさんだけど」
「竜と会話……? 御伽話じゃなかったのか?」
怪訝そうな顔をする彼らに、なんとか言葉が通じていることを伝えようと、片翼をゆっくりと軽くあげる。これで伝わるかどうかは分からないけど。
(会話、できてるよ―……)
バサッ
わたしを見つめる御一行様。やっぱりこんなのじゃ伝わらないよね……。そう思って翼を降ろそうとした。あげた時と同じようにゆっくりと。だけど、それは叶わなかった。
ヘラルドの一言のせいで。
「はは、かわいい」
(かわっ……!?)
ビュウッ
「うわ!」
勢いよく翼が定位置に戻ったせいで、彼らにそこそこ強めの風を送ってしまった。
ごめんなさい! でも、か、かわいい、とか、言われたことないから……!
驚きながら身体をよろめかしているのを見て、何度も謝罪をする。謝ったところで、ヘラルド以外の人には伝わらないだろうけど、申し訳なさそうな表情は伝わったのか、「大丈夫」と一言告げられホッとする。
幽閉されていた地下からみんなで地上に上がる。外に出て初めて知ったが、アルヴァレス家の屋敷から隣家までだいぶ距離がある。だから、周りに人はいなかったが、これだけの大騒動を起こしているから、集まってくるのも時間の問題だろう。
そのことを一緒に来ていた彼らも理解しているようで。
「ヘラルド」
「ん?」
「これからどうする気だ? 計画を話してた時は、そこまで言ってなかったよな」
「俺たちが竜を匿うのもご法度だから、群れに返すべきじゃないか?」
「んー、そうだなぁ……」
ヘラルドは顎に手を当てながら、わたしの方を見て考えている様子だ。
そっか。わたしは竜だから、竜として暮らす。当たり前のことだ。竜を守るための法律がある以上、竜の中で暮らすのがわたしにとっても、人間たちにとっても一番いい。
分かってはいるけど、お別れ、寂しいなぁ……。
「……俺は、ドラゴンさんと一緒に暮らしたい」
(へ?)
「は? ……重罪なことを分かっていても、か?」
そう、そうだよ。竜を捕らえるのは重罪。場合によっては極刑もあり得る。アルヴァレス家は運よくバレなかったけど、それは本当に偶然で、いつバレてもおかしくなかった。
彼らがそんなことをしないことは百も承知だけど、それでも今は同行している彼らも聞いているわけで。もし、告げ口されて、助けてくれたヘラルドが極刑にでもなったら……。そんなこと考えたくない。だから、わたしは竜の元へ帰るべきで……。
「ああ。俺も、群れに返すつもりだった。けど、久しぶりにドラゴンさんに会って……やっぱり、一緒にいたくなった」
(っ!)
わたしの長い首を優しい手付きで撫でる。あの初対面で抱き着いてきた時よりも、大きくなった手のひら。しっかりと成長している。けれど、ヘラルドの気持ちは楽しそうにたくさん話してくれたあの時と何も変わっていなかった。
意志の固い真っ直ぐな瞳に、仲間たちもしかたないといった表情をしていた。
「分かった。助けるまでは協力できたけど、一緒に暮らすとなると話は別だ」
「ここまで、ありがとう」
「もちろん、お前が誰といるかなんて、言いふらさないから安心してくれ」
「本当に助かるよ。みんながいたから、彼女を助けることができた。感謝している」
彼らは着々と別れの準備を進めている。
本当にわたしと一緒に暮らすつもりなの?
寂しくはあるけど、ヘラルドの人間関係をどうにかしてまで、一緒にいたいわけではない。それに、保護法のこともあるし……。
そういう眼差しでヘラルドを見ると、優しく微笑まれる。
「俺が、そうしたいんだ。ダメ、かな?」
(! だ、ダメじゃない……!)
「嬉しい」
ヘラルドの手が届く範囲まで頭を下げていたから、頬を撫でられる。大事なものに触れるような、そんな触り方に思わずドキリとする。彼は、ただ、竜っていう種族が好きなだけ。犬や猫が好きなのと同じ。多分、きっと、そう。
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アルヴァレス家から離れて行く彼らに、助けてくれてありがとう、と頭を深く下げてお礼の意を示す。なんとなく意図を察してくれ、軽く片手をあげてこの場を去って行った。
残されたのはわたしとヘラルド、一匹と一人。
(これから、どうするの?)
「そうだなぁ……あ!」
(?)
「ドラゴンさん、甘い物が食べたいって言ってたよね?」
(! よく覚えてるね)
幽閉されていた地下で初めて会った時に、伝わるはずがないだろうと声に出してしまった願望。――人間の時には満足に叶えられなかったこと。
「有名なのがあるんだ。まずはそこに行こう」
(うん!)
「それと、あともうひとつ」
(なに?)
「ドラゴンさん、じゃ、なんか味気ないから……名前を教えて?」
(名前……)
それほど長く竜の群れにいたわけじゃないから、正確には分からないけど、おそらく竜同士での呼び名はない。だから、この身体に名前はない。どうしよう……。
元の身体の名前――依澄は、自分に似合わなくて嫌いだった。身体はボロボロなのに澄むなんて字が入っていたから。でも、依の字はそこまで嫌いじゃなかった。この字にはたしか、他にも読み方が――。
(より……)
「ヨリ! ドラゴンさんに似合っててかわいい名前だ」
(か、かわいくはないよ……!)
恥ずかしくて慌てるわたしを見て、ヘラルドは嬉しそうに笑う。
さっきからヘラルドはすぐにかわいいって言う。彼の口癖なのだろうか。これからも一緒に過ごすなら慣れないといけないけど、人間の時には言われたことが一度もないので、慣れるにはまだまだ時間がかかりそうかな。
「じゃあ、行こうか」
(うん、行こう!)
ヘラルドを背に乗せて、百年以上過ごしたアルヴァレス家から共に飛び立つ。
ありがとう、助けてくれて。
ありがとう、わたしを見つけてくれて。
ありがとう、一緒にいてくれて。
ヘラルドとの生活は始まったばかりだ――。
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