4ー1.食わしてみろよ、最高の焼き鳥を
秘伝のタレが売りの焼き鳥屋、実は市販のタレを使っていた!?
焼き鳥香りバカが踊る、爆走グルメコメディ!
ひどい雨の日だった。太陽が昇っている時間にも関わらず、黒い雨雲が家々の屋根にのしかかるように垂れこめている。時折空が白く瞬き、雷鳴が空気を震わせていた。
閑散とした駅前通りを、県外ナンバーの車が一台走って行く。漆黒に光るその車には、岩のような男たちと、一人の少年が乗っていた。
少年は遊んでいたゲーム機を放り投げ、後部座席から運転席を蹴飛ばした。
「おい、いつまで走るんだよ! こんなクソ田舎にまで連れてこさせやがって!」
隣に座っていた男が、その顔をぐにゃりとゆがめるようにして少年に笑いかける。
「もうすぐですよ、あと少しで着きますから」
「おれは忙しいんだ。油売ってるヒマはねえんだよ」
「分かっています、ええ」
「仕事ですからね」
別の男が、首を回してゴキッと鳴らした。
「とれるものとって、さっさと帰りましょう」
トランクに積まれた物々しい荷物が、車が揺れるたびにガチャガチャと音を立てる。
「すずらん商店街……ここか」
車が商店街へ入っていく。彼らが向かっていたのは、なんと、仁誠たちの店のある場所だった。
*
休業日のため、店には仁誠と真実と蔵吉しかいなかった。
危険が迫っているとも知らず、仁誠と真実はテーブルに向かい合わせに座り、店の帳簿を見ていた。正確に言えば、帳簿の数字を見ているのは真実だけで、数字の苦手な仁誠はその筆跡を眺めているだけだったのだが。
「こんなにかかるなんて。今月も赤字だな」
換気扇修理代の領収書をファイリングしながら、真実はため息をついた。
「先月は強盗にも遭ったし、売り上げも伸びないし。まずいよ、本気でお客さんを増やさないと、店潰れるよ」
「うーん。味は絶対に自信があるんだけどな。ね、親父さん」
二人から少し離れたテーブルに、蔵吉はいた。こちらに背を向けて、こそこそしている。
「……何してるんですか?」
「いや、ちょっとね」
蔵吉は広げていた紙切れをさっと隠した。
「で、何の話かい」
「店のやりくりのことだよ。引退したからって他人事にならないでよね」
「考えてるよ。でもわたしも、やれることはやってきたからなあ。タレとかね」
蔵吉は、ちらりと厨房のツボを見た。
「もっと宣伝できないかなあ」
「でも、チラシも配ってるし、ホームページの更新も頑張ってるよ」
「まあねえ」
真実は「あーあ」とため息をついて、イスにもたれてのけぞった。視線の先に神棚があったので、彼女はのけぞったまま手を合わせた。
「まじ頼みますよ。客来い客来い客来い」
やきとり本家の前に、例の黒い車が停まった。岩のような男たちが、車からぞろぞろと降りてくる。降りてきた少年に、男の一人が傘を差しかけた。
空ではギャーギャーとカラスが鳴きわめき、通りすがりの野良猫は、彼らの姿を見るや否や毛を逆立てて逃げていった。水たまりの泥を跳ね散らしながら、男たちが乱暴に店の戸を開けた。
不意の来客に、仁誠はとっさに立ち上がる。
「すみません、今日休み……」
雷鳴がとどろき、店の電気が瞬いて消えた。停電だ。
物々しい道具を抱えた男たちが、店の中になだれ込んでくる。その内の一人が、大股で仁誠に歩み寄った。そして彼の鼻先に、鋭利に光る白いものを突きつける――。
「本日はどうぞ宜しく。テレビ朝目の青木です」
「……え?」
仁誠はぽかんとして、鋭利な白いもの――もとい、名刺を受け取った。
「テレビ? ええっと、今日って何か……?」
「取材ですよ、テレビ取材。連絡しましたよね?」
仁誠と真実と蔵吉は、互いの顔を見合わせた。
最後に店に入ってきた少年が、店内を見回してつぶやいた。
「ボロいな。本当にこんな店で撮るのかよ」
その時、青木の後ろにいた男たちがコソコソと話し合い始めた。
「この店、“本家やきとり”だってよ。取材するやきとり屋って、確か、“元祖屋”とかいう名前じゃなかったか?」
「でも住所はこのへんだぞ。書き間違いじゃないの。元祖と本家なんてよく間違えるじゃん」
真実は気付いた。彼らは元祖屋と間違えて、やきとり本家に取材に来てしまったのだと。しかし、全国ネットの放送局であるテレビ朝目に取り上げられれば、千客万来も夢ではない。
仁誠はぽりぽりと頭をかく。
「元祖屋ですか? それは向かいの……」
肉がちぎれそうな勢いでヒジをつねられ、仁誠は「うえっ」とうめいた。
真実はしたたかにニヤリと笑った。
「お待ちしておりました! さあさあ座って下さい、当店自慢の炭火焼き鳥と世界に二つとない極上の秘伝のタレ――」
「御託はいい、おれは忙しいんだ」
男たちの間をぬって、少年が仁誠と真実の前に進み出る。腕を組み、二人を見上げて挑発的な目でにらんだ。
少年の顔に、見覚えがあった。
彼は最近人気のテレビ番組、“ショータのグルメ道中”に出演している城ノ内将太だった。齢十歳にして抜群の味覚センスと卓越したリポートをこなす彼を、人は天才美食家と呼んでいた。
「さっさと食って帰らせてもらうぜ。ま、こんなボロい店で出せるものなんてたかが知れてるがな」
真実のこめかみがぴくっと動く。
雷で空が光り、刹那、店内が照らし出された。
「食わしてみろよ、最高の焼き鳥ってやつを」