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3ー1.火災報知器、鳴っちゃいました

秘伝のタレが売りの焼き鳥屋、実は市販のタレを使っていた!?

焼き鳥香りバカが踊る、爆走グルメコメディ!

 早朝、元祖屋の事務室。仁誠たちの店とは違い、大きな店なので、奥に事務室があるのだ。内鍵の掛けられたその室内にいるのは、向井と、六十歳くらいの男。


 二人の間にあるテーブルの上には、人差し指ほどの大きさの、小さくて黒い謎の箱。

 その箱を、男は手に取り、そっと胸ポケットにしまった。


「借りておく。だけどまだ、お前たちを信用してるわけじゃない。本当かどうかは、私の目で決める」


 向井は陰気にニヤリと笑う。


「何かあってからじゃ遅いぜ。こういうことは、先手を打っておいた方が良い」



          *



「いいか、初動が肝心! 復唱!」

「初動が肝心!」

「よし! いつ何があるか分からないからな、それだけは覚えておけよ。まあ、とにかく腹ごしらえだ。好きなの頼め。奢ってやる」

「ありがとうございます!」


 若い男たちは一斉に先輩に頭を下げた。

 その様子を見ていた仁誠は、生の串を炭火に掛けながら笑った。


「今年も金剛さんが後輩を連れて来る季節になりましたか」

「訓練も厳しいからね、最初に美味いもので釣っておかないとな」


 浅黒い顔の金剛はガハハと笑った。非番なので全員私服だが、彼らは消防士だ。金剛はなじみの客で、毎年春には必ず新米消防士を連れてやって来る。


「任してください、人の胃袋をつかまえるのは得意ですから」


 仁誠は調理台に置かれたトレーに手を伸ばした。が、届かない。

 その様子に真実が気付き、駆け寄ってトレーを仁誠の方に寄せた。


「すまん」

「イス、キャスター付きにする?」


 真実は仁誠の足元を見た。普段は立って焼いているが、今はカウンターのイスを持ってきて座っている。


 仁誠の右足首は、包帯でぐるぐる巻かれていた。脚立から転げ落ちたせいで足首を捻挫したのだ。杖なしで歩けはするものの、大事をとって座って作業している。


「それよりはマジックハンドかなあ。格好良いかもよ、やきとり屋のロボット店長!」

「炭火でプラスチック溶けるよ」


 店内に漂うタレの匂いに、消防士の若い男が鼻をひくつかせた。


「めっちゃ良い匂いじゃないですか! こんな店があったなんて、俺知らなかったですよ」

「そうだろう、隠れた名店なんだ」

「隠れる気はないんですけどね」

「それに俺と同い年なんだ、ここの秘伝のタレ」


 タレ!?

「おうふっ!」


 仁誠の手元が狂い、串の先に刺してあった生肉二片がとんでもない方向に飛んでいった。


「危ない!」


 真実がすかさず手を伸ばすも、肉はあえなくそれをすり抜けた。


「うわあああっ」


 そして奇跡は起こった。ちょうど店に入ってきた男の右目と左目に、生肉がびたんと貼り付いたのだ。

 仁誠は思わず「あれっ」と声を上げた。


「戸利さん! どうしたんですか、こんな時間に」


 生肉がゆっくりと滑り落ちていく。当たったのは肉眼ではなく、黒縁メガネのレンズだった。レンズから落ちそうになったそれらを手で受け止めると、戸利はじっと眺めてぷにぷにと触った。


「渋山若鶏のもも肉だな。汁気なし、弾力あり、新鮮そのもの。今朝私が届けたやつだ」


 戸利は、毎朝店に鶏肉を届けてくれている、精肉店の店長だった。


「いつもお世話になってます!」

「すみません、こんな歓迎で」


 真実は慌てて綺麗な布巾を戸利に差し出した。飛んでいった二片は、その後仁誠が食べた。


「ははは、蔵吉さんがいなくても元気にやってるみたいだね」


 戸利はメガネを拭いてカウンター席に座った。彼はタバコを出そうと胸ポケットに手を伸ばして、やめた。今そこに入っているのは、タバコではなかった。


 “やきとり本家”が肉の仕入れ先を変えようとしている。戸利は向井から、そんな噂を聞いたのだ。跡を継いだ仁誠が、店の趣向をより高級な方に変えようとしており、肉は自分で仕入れようとしているという。


 ただ、戸利との契約があるため、すぐに仕入れ契約を切ることはできない。そのため、戸利の店の評判を落とす不祥事を画策しており、戸利をそれにはめて契約を切ろうとしているのだ、と。


 嘘をつくにしても、あまりに荒唐無稽だ。いつもの戸利なら、鼻で笑って相手にしないだろう。しかし街の人口減少で経営が怪しくなってきている今、得意先を一つでも失うことは大きな痛手だった。


 彼の胸ポケットに入っているのは、盗聴器だ。店の内部事情を押さえるために仕掛けてはどうだと、向井から渡されたのだった。

 ただ彼は、まだ迷っていた。こんな人の良さそうな若者に、そんなことが出来るのだろうか?


 なんて、こんなきな臭い話をしていたら、いつの間にか店の中まで煙くなってしまったようだ。

 戸利はけほっとむせた。


「なんか、煙たくないか?」

「いつもこんな感じですよ」


 しかし、店内がふと静かになった時、仁誠は違和感を覚えた。営業中って、こんなに静かになることあったっけ?


 テーブル席の方からスマホの着信音が聞こえた。


「なにっ」


 金剛の大きな声に、みな振り返る。金剛は電話を切ると、切羽詰まった様子で仁誠に声を掛けた。


「おい、あとどれくらい掛かるか? 人が出払っちゃったんで、早めに署に戻りたい」

「もうすぐ出来ますよ。パックに包みましょうか?」

「悪いな、頼む」


 ガコン! 仁誠の頭上で大きな音がしたのはその時だった。見上げてみて、仁誠は違和感の正体に気づいた。


 換気扇の回る音が聞こえない。

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