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2ー4.うちの店を継ぐ気はあるのか!

秘伝のタレが売りの焼き鳥屋、実は市販のタレを使っていた!?

焼き鳥香りバカが踊る、爆走グルメコメディ!

「おい、嘘だろ」


 後部座席に座っていたメガネ男が、窓の外を指さした。彼の指が震えていたのは、夜風のせいだけではなかった。


「なんだよ、また幽霊か」


 直はシートベルトを締めながら、ぶっきらぼうに返す。


「いや、さっきのと違うぞ」

「なんだ、あれは……」


 小雨の降る中、大入道に長い黒髪を乗っけたような、不気味な女が、車に向かってくる。仁誠である。

 仁誠は車の窓枠をがしっとつかみ、身を乗り出した。


「あの、これ、きみたちのだよね?」


 持ち上げて見せたのは、力なくぶら下がったテディベアだった。


「うわあああ!」


 車内で一番飛び上がったのは直だった。彼はすぐさまエンジンをかけ、夢中でアクセルを踏んだ。いくら幽霊や大入道相手とはいえ、危ないので決して真似はしないでほしい。


「うぐっ!」


 車が急発進したせいで、窓枠に重心を掛けていた仁誠は派手にすっ転んだ。その拍子にテディベアが仁誠の手から離れ、運良く車の中に放り込まれる。


 仁誠は気付かなかった。その時、シャッター音がしたことを。変装した彼の姿が、写真に収められていたことを。そしてそれが、いずれ向井の手に渡ったことも。


           *


「まったく! きみにはもっと責任感を持ってほしいものだね」


 そう言うやいなや、上着を着こんだ蔵吉はげほげほと咳き込んだ。小雨の中、仁誠の車が戻ってくるのを待っていたのだ。春とはいえ、夜は冷え込む。


 車で店に帰る道すがら、仁誠は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「すみません、本当に。次は自分がやりますから」


 バックミラーを見たが、赤い車は追いかけてこなかった。思い違いだったのかもしれない。

 蔵吉は腕を組んだ。


「やつら、なんであんなに驚いてたんだ」

「なんで、あんな格好でタレを取りに行かないといけないんですか」

「正体がバレないだろ。ワンピースを着た女が歩いていても、まさか本家やきとりの亭主だとは思わない」


 あれは白装束ではなく、ワンピースだったのか。

 蔵吉は車窓を眺めた。雨で濡れた窓ガラスの向こうには商店街が見える。


「分かっているとは思うが、店を続けるのは大変なんだ」


 深夜なので全ての店のシャッターが閉まってはいるが、実は昼間も、今の様子とそれほど変わらない。つまり、ほとんどの店が営業していないのだ。

 それは元祖屋が客を吸い取っているから、だけでなく、もっと根深い問題があった。


「わたしがまだ若かった時分は、明鏡寺の参拝客もいて、にぎやかな観光地だった。それが今じゃ、年々お客も人口も減る一方。どんなに努力したって、頑張ったって、他の店と比べて飛び抜けたものがなければ、生き残れない」

「だから、秘伝のタレを使ってるなんて嘘をついていたんですか」


 蔵吉は頭をかいた。


「はじめは冗談のつもりだったんだけどね。お客さんがそれを本気にし始めて、気づいたら、後に戻れなくなってたのさ」


 本家やきとりの裏手で、仁誠は車を停めた。ブレーキを踏んだ時、彼はふと足首に違和感を覚えた。駐車場ですっ転んだ時にひねったのだろうか。

 店の裏は垣根で囲まれており、そこにはゴミ箱と、エアコンの室外機と、カギのついた物置があった。


「予備のタレはいつも、あの物置にしまっているんだ。店の神棚に、ダルマが置いてあるだろ。カギはその中にある。取ってきてくれないか」

「ダルマの中?」

「ダルマの底は取り外せるようになってる。裏側の空洞に、テープで貼り付けてある。分かっていると思うが、もう夜も遅い。大きな音を立てると近所に怪しまれるから、気をつけて」


 カギを持ってきて物置を開け、二人は静かにそうっとタレのボトルを入れていった。しかし困ったことに、どうしても三本だけ入らない。この間壊れたストーブを入れたせいで、スペースがなくなってしまったのだ。

 タレのボトルを抱えたまま、仁誠は物置をのぞきこんだ。


「ストーブ、出しちゃいましょう」


 その時、店の裏をライトが照らした。二人が振り返ると、一台の自転車が入ってきたところだった。乗っていたのは、真実だった。

 蔵吉が勢いよく物置のドアを閉めた。先ほどまでの努力も虚しく、深夜の閑静な商店街に、ドラを叩いたようなでかい音が響き渡る。


「良かった、いつもより遅いんで心配になっちゃって。終わった?」

「ああ。だから、安心して帰ってなさい」


 蔵吉がさっと仁誠の前に立つ。なぜ、と思ったが、理由はすぐに分かった。仁誠がボトルを手に持っていたので、真実から見えないようにしたのだ。

 仁誠は上体をよじり、三本のボトルを体で隠した。

 何も知らない真実は、自転車から降り、無邪気に二人に歩み寄る。


「もう二時だよ、こんな時間に一人で帰らせる気?」


 仁誠と蔵吉は、むかでのように一緒に後ずさりをした。仁誠の背中が、店の壁にぶつかる。


「いや、まだ片付けが……」

「終わったんでしょ? 片付けぐらい手伝うってば」


 彼女が立ち去る気配はない。どうする。物置はぴっちり閉まっているし、そもそもしまうスペースがない。店の裏手にはもう、三本ものボトルを隠せるような場所はなかった。


 仁誠はその体勢のままちょこちょこと横移動し、蔵吉もそれに合わせて横移動し、やっと店の勝手口のところまで来た。仁誠がドアノブを回す。体を傾けた途端、一本が腕から転げ落ちた。とっさにヒザを曲げ、ドアと足で挟んで落下を食い止める。


「それにしても、タレを仕込んでた割にタレの匂いはしないね」

「そりゃそうだ、作り方も秘伝だからな」


 真実と蔵吉が話しているうちに、仁誠は片足でコサックダンスをするような格好で、そのまま店内へ滑り込んだ。間髪入れずに蔵吉がドアを閉める。


 仁誠は暗い店内をさっと眺めた。さあ、どうする。


 店の真ん中に脚立が置かれていた。神棚のダルマを取るため、さきほど仁誠が置いたものだ。とはいえ、神棚にタレを隠すことはできない。

 そこで目に入ったのが、神棚の下にある棚だった。壁に取り付けられた引き戸式の棚で、脚立がなければ届かない位置のため、物を出し入れすることは滅多にない。隠すならここだ。


 そうして仁誠はタレのボトルを棚の中に隠したのだが、わずか三日後にそれを後悔することになろうとは、彼はツユ知らなかった。タレだけど。

 仁誠は棚に収まった三本のボトルを眺めた。


「これが、秘伝のタレを守るってことなのか……」


 そうして脚立から降りようと下を見た時、視界の端で何かが金色に光った。


 招き猫だった。レジ前に置かれている、お腹に“誠実”と書かれた、例の。じっと見つめられている気がして、気まずくなり目をそらそうとした拍子に、仁誠はバランスを崩して――。


「うわーっ!」

絶体絶命! タレの入っている戸棚をみんなの前で開けることに!?

ああ、こんな時に、時間を巻き戻せるリセットボタンがあれば……!!


次章、「第3章 火災報知器、鳴っちゃいました」

お楽しみに!

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