2ー3.うちの店を継ぐ気はあるのか!
秘伝のタレが売りの焼き鳥屋、実は市販のタレを使っていた!?
焼き鳥香りバカが踊る、爆走グルメコメディ!
蔵吉は立ち止まり、辺りを見回した。いつもこの辺りに、目当てのものがあるはずだった。タレのボトルの入った段ボール箱が。
卸業者から仕入れると商品名の書かれた段ボールで届けられるが、長年の試行錯誤の上、蔵吉はそうでない仕入れルートを見つけたのだ。
それは、業務用ではなく、個人向けの、安く大量に仕入れられる大手通販サイト。そうすれば、商品名の入った段ボールではなく、通販サイトのロゴのみ書かれた段ボールで届く。一見、何が入っているか分からない。
ちなみにその通販サイトの名前は、アマゾネス。ローマ字の小文字で"amazoness"だが、ロゴでは"z"と"n"が目に、"o"が口に見立てられている。
以前は自宅や店にこっそり届けてもらってはいたが、ご近所の目もあり、徐々に店から離れた場所を指定するようになった。そして今では、ここでこっそり受け取っている、ということなのだ。
なのだ、なんて言い切っても、結局どういうことなのかはさっぱり分からないが。
しかし今日は、なぜかその箱が見当たらない。
男たちの声が聞こえてきたのは、その時だった。
「はあー、これ持って帰るのかあ」
蔵吉ははっと顔を上げる。十メートル先に、男が二人。こちらに背を向けて歩いているので顔は見えないが、それぞれ小ぶりの段ボールを抱えている。それはまさに、エハラ万能のタレが入っている箱だったのだ。
蔵吉はごくりと唾をのんだ。これはまずい。あのタレを持っていかれたら、営業が成り立たなくなる。それにもし中身を見られたら、店の秘密までばれてしまう。
蔵吉は全身全霊で早歩きをしたが、到底追いつきそうにない。
こうなったら、最後の手段だ。
*
段ボール箱を抱えて歩いている男たちは、お察しの通り、昼間、本家やきとりで幽霊の噂をしていた大学生のうちの二人だ。例のメガネ男と、細い目の男。
店でメガネ男を叱っていた茶髪は、ここにはいない。明鏡寺の正面にある駐車場で、二人が戻ってくるのをニヤニヤしながら待っていることだろう。
昼間のうちに、茶髪男は寺の境内に“あるもの”を置いてきた。それを夜中に取ってくるよう、メガネ男たちに指示していたのだ。
「にしても、直さんひどいわ。よりによって、こんなものを」
「でも、間違いないよ。言われたとおりじゃないか。茶色くて、顔がついてて、お寺に絶対なさそうなもの、って」
メガネ男は段ボール箱を抱え直して、箱に書かれた“amazoness”のロゴの顔を眺める。
「こう重いと、肩こりそうだわ」
「それ、中身何なんだろう。あはは、実は空箱だったりして。なにかその、目に見えないものがのしかかって、それで重くなってたりして」
「やめろよ!」
「じゃあ、ちょっと中身を確かめてみないか?」
二人は顔を見合わせてうなずく。メガネ男は箱をおろし、封をしていたガムテープに手を掛けた。
「……やめろ……」
「やめろって何だよ。お前が開けてみろって言ったんじゃないか」
「おれ、言ってない」
「え?」
「おれ今、何も言ってないよ」
「……開けるな……」
二人はばっと顔を上げた。
後ろを振り返ると、十メートルほど離れたところに、異様な存在がいた。白装束に長い髪、蔵吉だ。
「……かえせ……かえせ……」
二人は恐怖のあまり押し黙り、蔵吉を見つめた。そのヒザががくがくと震えだす。
蔵吉は息も切れ切れに、ゆっくりと二人に歩み寄っていく。
「でっ」
「出たあああ!」
二人は箱を置いて一目散に逃げだした。
*
仁誠は車の中で、大学生二人の叫び声を聞いた。蔵吉が境内の中へ入っていってしまったため、仁誠はその一部始終を見ることはできなかった。
しかし彼は、その代わり、墓地に不思議な物が置かれていることに気づいた。ある墓石の上に、小さなふわふわしたものが乗っかっている。
はじめは動物かと思ったが、それにしては不自然な格好だし、ぴくりとも動かない。目をこらすと、どうやらぬいぐるみのようだった。
「なんで、あんなところに……」
ぽっ、と音がした。車の窓ガラスに雨が当たったのだ。
誰が置いたのか分からないが、ぬいぐるみとはいえ、野ざらしで雨に濡れるのはさすがにかわいそうだ。
一度に一つのことしか考えられない仁誠は、ぬいぐるみのことで頭がいっぱいになり、夜の墓地の怖さも、蔵吉の帰りを待っていたことも忘れて、車の外に出た。
それはテディベアだった。茶色くて、顔がついてて、お寺に絶対なさそうなもの。そう、直が境内に置いてきたのはこれだったのだ。
「おまえ、どうしたんだよ、こんなところで」
手にとって、その表面についた雨粒を払ってやると、首のリボンに紙が挟まっているのに気づいた。開いてみると、それは直からメガネ男たちにあてたもので、「これを持って帰ってこい、じゃないとおまえは一生モテない」と書かれていた。
そこで仁誠は気づいたのだ。先ほどの叫び声が、昼間店に来ていた大学生であること。そのぬいぐるみが、もしかしたら彼らの持ち物なのではないかと。
「大変だ。届けないと!」
仁誠はあたりを見回した。耳を澄ますと、遠くから男たちの話し声が聞こえた。寺の正面の方からだ。
仁誠はテディベアを抱えて車に戻り、寺の正面へ急いだ。
蔵吉が段ボールの箱を引きずってよたよたと帰ってきた時、既にそこに車はなかった。
*
「いた!」
仁誠は思わずつぶやいた。寺の正面の駐車場で話していた男たちは、やはり昼間の大学生たちだった。
メガネ男ともう一人は、取り乱した様子で、先ほど見たことを直に話していた。
「タタリだよ、タタリ! おれたちきっと取り憑かれちまったんだ!」
直は車のボンネットに寄りかかり、肩をすくめた。
「なんだよ、おれの言ったものを持ってきてねえじゃねえか。だからおまえらは負け犬なんだよ」
直はスマホを開いた。
「あーあ、時間切れだ。これ以上ここにいたら明日のバイト間に合わねえわ。つまんねえな」
仁誠は駐車場の前で車を止めた。
やはりこのテディベアは、彼らの持ち物なのだ。仁誠は車を停めようとしたが、その時、道の向こうからやってくる別の車の存在に気づいた。
暗い夜道に冴えるような、真っ赤な車。
人口の少ないこんな街を走る赤い車なんて、たかが知れている。遠いのでナンバーは見えないが、仁誠はその赤に心当たりがあった。
もしかしたら、あれは向井の車じゃないか?
なぜこんなところにいるか分からないが、夜中にこんな場所にいるのを見られたら、さぞ怪しむに違いない。
人を疑いたくはなかったが、状況が状況だ。仁誠はとっさに、道の脇の茂みに車を寄せて停めた。エンジンを切り、車内のライトを消す。
駐車場では、直たちが車に乗り込んでいく。このままだと行ってしまう。しかし、どうにかテディベアを届けないといけない。でも、向井が近くに。一体どうやって……。
仁誠の手に、もさっとしたものが触れる。蔵吉に渡された、変装用のカツラだった。