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2ー2.うちの店を継ぐ気はあるのか!

秘伝のタレが売りの焼き鳥屋、実は市販のタレを使っていた!?

焼き鳥香りバカが踊る、爆走グルメコメディ!

 たくさん仕入れた鶏肉も、お客さんに出せばすぐなくなる。それはタレだって同じだ。

 日々の接客の他に、仁誠にはもう一つ、乗り越えなければならない問題があった。タレの調達である。


 以前は蔵吉がやっていた。夜店を閉める頃には減っていたタレが、朝になるといつの間にか元の量に戻っている。こう言うと魔法じみているが、蔵吉は本当に、仁誠や真実に気づかれることなく、それをやってのけていた。

 しかし仁誠が店を継ぎ、タレの秘密を知ってしまった今、彼ももう他人事ではいられない。


 その日の夜十一時、店を閉めた後のこと。

 仕事を終えた仁誠と真実は、テーブル席のイスにゆったり腰掛けて、チエからもらった高級まんじゅうをほくほく食べていたところだった。店の勝手口が開いて、蔵吉が顔を出した。


「あれ、親父さん。寝てなくて大丈夫ですか」


 仁誠があわてて立ち上がる。


「大丈夫だ。店の片付けは終わったか」

「あとは帰って寝るだけですよ」

「そうか。悪いが仁誠くん、今日はもう一仕事あるんだ」


 蔵吉は勝手口のドアにもたれるようにして、真実の方を向いた。がさり、と音がして、仁誠は蔵吉が手に紙袋を持っていることに気がついた。見慣れないものだが、一体中に何が入っているのだろう。


「真実、今日はもう家に帰りなさい」

「えー! 私も手伝うよ」


 蔵吉は首を横に振り、声を低くした。


「秘伝のタレの仕込みだ」


 真実がはっと息をのんだ。


「仕込み?」


 義父の手前、仁誠は一見しっかりしているような振る舞いをしていたが、なにしろ仕事終わりの深夜。彼はすっかりゆるみきっており、その頭はまんじゅうとふかふか布団のことでいっぱいだった。


「仕込みもなにも、あのタレ、普通に店で売っ――」

「うおっほ、ごっほごっほん!」

「ど、どうしたんですか親父さん!」

「とにかく!」


 蔵吉は声を張り上げた。


「そういうわけだ。先に帰っていなさい」

「はーい……」


 真実は料理をしない。帳簿を見ながら細かい数字を調理する方が得意なのだ。彼女は立ち上がり、ついでにもう一個まんじゅうを手に取って口に運んだ。


「ひゃ、はんはって」


 真実はひらっと手を振り、蔵吉と入れ違いに勝手口から出て行った。

 蔵吉の白眉が、再び仁誠の方に向く。


「きみが運転した方が良いだろう。酒は、飲んでいないな?」

「ええっと」


 仁誠はテーブルの上の箱に目を落とした。そこには“酒まんじゅう”の文字。パッケージをひっくり返し、アルコールが入っていないか確認してから、仁誠は顔を上げてにっと笑った。


「ばっちり、飲んでないです」



            *



 五分後、仁誠は店のワゴン車の運転席に、蔵吉は助手席に座っていた。蔵吉に指示された通りに、仁誠は暗い街中を進んでいった。


 いつもは仕事で車を使うことはほとんどない。日々の食材や消耗品類は、いつも業者に頼んで店まで持ってきてもらっていた。品目も数もおよそ決まっているので、それで事足りるのだ。

 やきとりの主役である鶏肉も、蔵吉が昔から付き合いのある精肉店のオヤジが毎日運び入れてくれる。


 だからタレも、きっと店まで届けてもらっているのだと、仁誠はそう思いこんでいた。

 それを蔵吉に話すと、彼は首を振った。


「駄目だ。段ボール箱に、商品名が書かれているだろう。万が一そんなものを見られたら、店の評判はガタ落ちだよ」

「じゃあ、これから業務スーパーに行って買ってくるんですか? こんな時間じゃ、どこも閉まってますよ。それにこの道じゃ、街からどんどん離れて……」


 よほど遠くまで行く気だろうか。仁誠がそんなことを考えていた矢先、蔵吉が突然「止めてくれ」と言った。


「ここ、ですか?」

「ああ。すまないが、車の電気を全部消してくれないか」


 そこは明るいスーパーとはほど遠い、うっそうとした雑木林だった。エンジンを止めてライトを消すと、手元すら見えなくなるような暗がり。


 そこは森林公園の外れを通っている、車がやっとすれ違えるほど狭い道だった。公園入り口の方はこの間まで桜が見事に咲いていたが、こんな外れの方は桜のさの字も見当たらない。ほとんど手入れされておらず、荒れ放題だ。もちろん街灯も見当たらない。


 林の向こう側には柵が並んでいて、さらにその向こうは、明鏡寺というお寺の裏手だ。


「明鏡寺……?」


 仁誠はふと眉をひそめる。今日どこかで、この寺の話を聞いたような。

 人気のない所なので、境内と公園を隔てる柵はさびついていて、ツタが絡みついている。場所によっては柵が曲がり、境内へ通れるようになっていた。

 そこで仁誠は、昼間の大学生三人組の会話を思い出した。


「親父さん、まずいです! 今日お客さんから聞いたんですよ。このあたり、本物の幽霊が出るって――」


 仁誠の手に、もさっとしたものが絡みついたのは、その時だった。


「うひいいいいぎぎぎぎ」


 仁誠は飛び上がって、もさもさした謎の物体を振り落とした。体重×キロの仁誠がシートベルトをつけたまま飛んだものだから、車体がまるで仁誠の着ぐるみのようにぶるんと揺れた。


「仁誠くんの分も買っておいた」

「買っておいた?」

「それを被るんだ」

「被る?」


 助手席でがさごそと音がした。あの謎の紙袋を、蔵吉は持ってきていたのだ。


「あとこれも。羽織りなさい」


 仁誠の手に、先ほどとは違う感触のものが置かれた。薄くて軽い。布のようだ。


「あの、全然状況がつかめないんですが、これって一体――」

「しっ!」


 車内がしんと静まる。そこで仁誠は、微かに人の声が聞こえることに気づいた。お寺の方から、男の話し声がする。


「まずいな。誰かと鉢合わせると面倒だ」


 蔵吉は、仁誠の手に二つの謎の物体を押しつけた。そして、ささやき声だが強い口調で、


「これを! 早く!」

「いや、そもそも何なんですか、これ!」

「見れば分かるだろ! つべこべ言ってないで!」

「見えないから分かんないですよ!」

「きみは本当にうちの店を継ぐ気があるのか!」

「ありますよ、ありますけど! でもこれ、タレと何の関係があるんですか!」


 ざり。思いの外近くで砂利を踏む音がして、二人はさっと黙った。

 蔵吉がため息をつく。


「……仕方ない、今日はわたしだけでやろう。よく見ておきなさい」


 彼はそう言い残すと、ごそごそと身じたくをして、静かに車のドアを開けた。ゆっくりと、柵の方へ歩いて行く。


 さて、柵の向こう、お寺の裏手といえば、そこにあるのは当然お墓である。林を抜けた蔵吉のその姿が、月明かりに浮かび上がる――。


「ひいいやああああああ!!」


 仁誠は叫ばずにはいられなかった。

 そこにいたのは蔵吉ではなかった。杖をついて歩く、白装束の、髪の長い女。


 それはまごうことなき、幽霊の姿だった。

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