お赤飯は甘い派
モグモグとローストビーフを食べ続ける。
実の所、これで三皿目だったりするし、お腹もかなりいっぱいなのだけれども、なんだか物足りなくて、お代わりを続けている。
スープというか、副菜(?)もポトフにしているし、なんというか、わたくしらしくないバランスの料理に、コックも首を傾げているけれども、なんだか今日は妙にお肉が食べたい気分で、肉料理をメインにしてしまっているのだ。
しかも、お腹がいっぱいなのにやたらと食べたい。
ハン兄様はデュランバル辺境侯爵領に行ってしまっているし、使用人も心配そうに見てくる事はあるけれども、強くわたくしの行動を止める事は出来ない。
このぐらいの行動を強く止める必要がないと思っているだけだとも言うけどね。
そんな感じで、ローストビーフが四皿目になり、それを食べ終えたところで、流石にこれ以上食べたら吐くと思い、食事を止めた。
「うーん」
『ツェツィ、どうかしたのか?』
『体調が悪いのか?』
「いや、それはないと思うんだよね」
部屋に帰ってソファーに座って、ハチミツ入りのミルクティーを飲みながらヴェルとルジャと会話をしている。
左右をモフモフに囲まれて、いつもなら気分は最高潮のはずなのだが、今日はなんだかしっくりこない。
いや、しっくりこないというか、なんと言えばいいのだろう、体が落ち着かない感じがしてしまうのだ。
左右のふわふわさらさらでモフモフを撫でて首を傾げてしまう。
聖王の加護があるから、病気にはならないはずなので、体調不良という事はないだろうけれども、なんだろう?
考えるけれども、結果が分かるわけでもなく、わたくしはメイドが少しでも気分が安らぐようにと、ラベンダーの香油を垂らしてくれたお風呂に入り、ベッドに横になった。
長期休暇の間は忙しかったし、留学生が来て何かと緊張する日々を送っているから、ここにきて疲れが出たのかな?
『ツェツィ、眠れないのか?』
「むしろむっちゃ眠い」
『では寝るがよい』
「ん~、おやすみ」
そう言ってわたくしは目を閉じると、ヴェルとルジャの毛並みに顔をうずめながら、夢の世界に旅立っていった。
◇ ◇ ◇
眠っていると、ゆさゆさと揺さぶられ、「う~」と声を上げて目を開けると、ヴェルとルジャが左右からわたくしの体を揺らしていた。
「どうしたの?」
『ツェツィ、血の匂いだ』
「ちぃ?」
まだ夢の中にいる感じなので、ルジャの言葉がうまく頭の中で変換できず、ろれつの回らないままゴロンと寝返りを打つと、ヴェルがペチリと肉球を頬っぺたに当てて来た。
『起きよ。ツェツィから血の匂いがする』
「ん~……ちぃ……ち……血!?」
やっと頭の中で変換をする事が出来て、飛び起きると、掛け布団をガバリと剥いで体に傷が出来ていないか確認する。
しかしながら、ぱっと見は傷も無ければ、血が出ているようにも見えない。
「勘違いじゃない?」
『それはない』
『うむ。ここだ』
そう言ってヴェルとルジャが座っているお尻というか、足の付け根の部分に前足を置いたので、わたくしはもしかして、とゆっくりとベッドから降りて立ち上がってから、ベッドに血の汚れが付いていないことを確認して、夜着の裾の部分からゆっくりとまくり上げて行って、下着を確認すれば、確かに少量ではあるけれども血が付着していた。
「おお」
これは生理が始まったと考えていいのかもしれない。
うーん、特にこれといった前兆は無かったよね?
胸の痛みとか、おりものっぽいのは結構前からあったし。
あ、でも今日は妙にお肉を食べたかったから、もしかしてあれが前兆? しかも妙に眠かったし。
頭痛とか、熱っぽいとか、お腹が痛いとか、むくんでるっていう感じはなかったけど、この体は生理前は肉を求める系かな?
前世の友人にもそういう人がいたもんね。
お肉に含まれるアナンダマイドっていう成分で、生理前のイライラを解消するんだったかな。
生理自体はめっちゃ重かったけど、生理前の症状は前世では眠気ぐらいだったから、気が付かなかったわ。
しかし、そっかぁ。わたくしもついに生理が来たのか。
うん、胸も年相応の大きさだし、いつ来てもおかしくないとは思っていたけど、そっかぁ。感慨深いなぁ。
とりあえずは、ショーツの取り換えとナプキンの準備かな。
初潮はそんなに血が出る事もない、よね?
ぶっちゃけわたくし自身の体験は数十年前で覚えてないけど、この世界に来て習った知識ではそのはず。
でも、初潮が来たっていう事は、これからはナプキンとタンポンを常に持ち歩くようにしないとな。
前世では、生理不順もあったけど、一応生理前は異常に眠くなるっていう症状があったから、それが来るとそろそろかなー? って準備が出来ていたけど、この体で周期が安定するようになるまでは、どうなるか分かんないもんね。
リアン達もまだ周期が安定しているわけじゃないそうだし。
今後はわたくしが主催するお茶会も、いきなり生理で苦しみながらっていう事もあるかもしれないのかぁ。
リアン達も生理の最中にお茶会を開催したり、出席したりして、いつもと態度を変えないようにするのが大変って愚痴ってたよね。
お茶会自体は長くても二時間だけど、多い日に重なったらしんどいもんなぁ。
鎮痛剤はあれども、前世のような物ではなく、あくまでもハーブを使った民間療法の域だしな。
魔法薬? あるけど高いよ?
しかも、それこそ本当に足が折れたとか、腕がもげた人が飲むような、そんなくっそ強力な物だよ。
漢方系は結局まだ入手出来ていないんだよね。
ハーブ系の鎮痛剤があるだけましだと思っておこう。
まあ、この体がどのぐらい生理が重いかによるんだけど、まだ始まったばっかりで分かんないしね。
「ねえ、ヴェル、ルジャ」
『『なんだ?』』
「わたくしが生理になる前って、分かったりする?」
『ツェツィに血の気配はするのは察する事は出来る』
『然り。ツェツィの血の巡りが変わるから分かるぞ』
「そうなんだ。だったら、今後は生理になる前は教えてもらえる?」
『『了承した』』
ヴェルとルジャが頷いたのを確認して、寝室を出ると、夜番のメイドがすっとショーツと腹巻と新しい夜着を出してくれた。
寝室での会話でも聞こえていたのかな?
そうじゃなかったら怖いし、そうだと思っておこう。
「あ、お赤飯炊いた方がいいかな?」
『お赤飯とは、あの赤い飯か』
『メイベリアン達の時にも作っていたな』
「お祝い事の時に食べるんだよ」
とはいえ、わたくしが作る赤飯って甘いんだけどね。
これについては前世でも友人と口論したなぁ。
地域差って言えばそれまでなんだけど、わたくしの中では赤飯は甘いんだよね。
しかし、自分のお祝い事に赤飯……。
でも、リアン達の時に作ってわたくし自身の時に作らないっていうのもおかしな話かもしれないし、作るかぁ。
着替えてそんな事を考え、明日の朝はちょっと早起きをして赤飯を作っておにぎりにしてお弁当にすると決めつつ、ナプキンもしっかり装着してずれないのを確認して寝室に戻る。
いつの間にか、乱雑に剥いでいたはずの掛け布団は整えられており、優秀過ぎる使用人に心のどこかが遠のいてしまいそうになる。
「はぁ、とりあえず寝よう」
『うむ』
『体に不調はないか?』
「今のところはないよ」
ベッドに入ると、腹巻を撒いている分いつもと感覚が違うので、すこしいずかった(※しっくりこないなどの意味)けど、しばらくもぞもぞしていたらヴェルとルジャが布団の中に入り込んでくれて、お腹の上にそれぞれ温めるように顎を置いてくれて、なんだか安心したからか、急激に眠気が襲ってきた。
◇ ◇ ◇
翌日、お弁当に赤飯のおにぎりを作ってリアン達に分けたことで、わたくしが初潮を迎えたことがしっかりばれ、いや、隠す気も無かったけど、お祝いの言葉を貰って、今後は何かあればお互いにフォローしやすいようにと改めて後日話し合いの場を設けることになった。
まあ、話し合いと言っても、いつも行っている女子会なんだけどね。
「しっかし、どうしようかなぁ」
「何がじゃ?」
「グレイ様になんて報告しようかって思って」
「陛下に? これといって報告する必要がございますの? いえ、まあ、報告した方がいいのかもしれませんけれども、自身の口で言うのは、なんと申しますか……」
「そうですよ。わざわざ言わずとも、陛下が寄越している使用人が伝えるのでは?」
その可能性は大いにある。
むしろ、すでに手遅れかもしれないけれども、グレイ様とは一つ約束めいたものがあるからなぁ。
……いや、いっか。
どうせ影に報告されているだろうし、わたくしが報告したら、キスして欲しいって言ってるとか勘違いされそうだし。
うん、わたくしは黙ってよう。
グレイ様だったら、しかるべきタイミングでわたくしの体の事を話すに決まっているよね。
食後のお茶は、カモミールティーをチョイスして飲みつつ、そんな事を考えていたのだけれども、それがのちに後悔に繋がるとは、この時のわたくしは思っても居なかった。