その問題は想定外
「小粒ではありますが、真珠の養殖には成功していますね。このまま続ければ、大きな物も養殖出来るようになるでしょう」
「初めは信じられませんでしたが、領主様のおっしゃる通りになりましたね」
「真珠の需要は下がってきているとはいえ、無くなっているわけではありません。他の鉱石と組み合わせても良いでしょうね。それに、色味の珍しい物が出来れば、それにはまた付加価値が付きますから」
「はい。今後も努力を重ねます!」
長期休暇中、海沿いの領地の経営状態を確認し、今後の方針を決めて行く。
真珠の養殖は手探りな所もあるけれども、今のところは問題らしい問題は起きていないようだ。
給料面も以前の領主とは比べ物にならないほど改善している為、治安もよくなり、働き手も満足して仕事をしているように見える。
この領地は海産物を中心にした新しい料理が広まっており、それを目当てに来る観光客もいるそうで、思った以上の効果が出ているのかもしれない。
デュランバル辺境侯爵領の方は、ハン兄様が定期的に顔を出しているという事と、王太后様がアドバイスを出してくれるおかげで、特に問題らしい事も起きていない。
問題と言えば、もう一つの領地、鉱山のある領地なのだけれども、手を入れるにはもう少し時間がかかりそうだ。
もちろん、今すぐに出してもいいのだけれども、流石にわたくしのポケットマネーで全てを賄うにはちょっと心細い。
お父様やハン兄様が援助してくれるとは言っているのだけれども、お父様の財産は有事の際に備えて貯蓄に回してほしいし、ハン兄様は今後物入りになるだろうからやはり貯蓄に回してほしいので遠慮している。
鉱夫を雇うだけなら今すぐ可能なのだが、土魔法と風魔法を使える魔法士も雇うとなると、流石に資金が足りない。
土魔法は言うまでもなく、採掘した場所の地盤固めをしてもらったり、地質調査で鉱石がある場所を探るのに役に立つのだけれども、風魔法の魔法士が居なければ、奥に入って行けば行く程、通気の関係で居ないと換気が出来ずに大変な事になるし、万が一毒ガスが発生した場合に抑え込む必要があるからだ。
炭鉱ではないので、火災はそう簡単には起きないから火魔法を使う魔法士までは雇わなくていいだろうし、水魔法を使う魔法士も大丈夫だろう。
光源に関しては、安値で魔法具が出回っているから問題はない。
魔法士への賃金は、その貴重性から普通の人材を雇うよりももちろん賃金は高くなる。
労働能力に見合う対価を払うのだから当たり前だが、ここでケチってしまえば今後に響いてくる。
ただでさえ、海沿いの領地での初期投資でそれなりにポケットマネーを使っているのだから、真珠の養殖がもう少し軌道に乗って資金を稼げるようになるまでは難しいかもしれない。
うん、あれだよね。グレイ様へ献上したブレスレッドにお金をかけ過ぎたのも原因かもしれない。
ちょっと国宝級に仕上げちゃったから、お金かかったよね。
外れの領地って言われているだけあって、新しく貰った領地は鉱山が稼働しないと税収もほとんどないからなぁ。
去年ぐるっと見た感じでは、どこにでもある普通の領地っていう感じで、これといった特産品も無かったし、作物や酪農も自分達が暮らしていく分を作っているという感じだ。
まあ、税収があるだけましな方なのかもしれないけれども、今はまだ少ないんだよね。
うーん、今の収入を考えれば、早くて二年後には稼働出来ると思うけど、いきなり鉱石の大当たりっていうのは楽観的過ぎる考えだろうし、地道に行くのが一番だよね。
聖王と魔王の加護のおかげで何が起きるか分からないけど、うん、流石に真珠みたいにいきなり大当たりはないと信じたい。
ポケットマネーが減るから、過剰に大きい鉱石が採れると扱いに困るんだよなぁ。
いや、取れたら採れたで砕いてしまうのもありか。
この世界では、宝石は魔法薬の材料にもなるけど、前世と同じようにパワーストーン的な意味合いで持ち歩く人もいるから、組み合わせて身に着ける人もいるね。
そういう人用にパワーストーンショップを作るのもいいかもしれない。
宝石店だけを運営するのもなんだしね。
わたくしは、くず鉱石も、無駄にしない!
まあ、とりあえず今はこの海沿いの領地の経営だね。
海の向こうの国に繰り出すというのは、やはりリスクが多いっていうのが欠点かなぁ。
前世の遣唐使も帰還率は二割五分だったっけ?
船のランクを上げないと難しいのかもしれないけど、船の知識がそこまであるわけじゃないもんなぁ。
弁才船を覚えていただけいいと思って欲しい。
ゴブラッタさん曰く、海を渡った国に行くには、船で一ヶ月かかるそうだし、「いってらっしゃい」と気軽に言える距離じゃないよなぁ。
海の向こうには、わたくしの待っている食材のパラダイスが待っているのに。
そういえば、竹を植えたのもあって、今までよりも精度の高い釣り竿が作れるようになって、この領地ではちょっとした釣りブームになっているんだっけ?
子供でも気軽にお小遣い稼ぎが出来るからね。
船で沖合に行くのは出来なくても、海岸沿いで釣るには十分ってわけだ。
いいと思うよ! じゃんじゃんやっちゃって!
先ほどまでいた文官さんが出て行って、白身魚のフライをおつまみにして、小腹を満たしながら書類とにらめっこをしていると、扉がノックされて返事をすると、この領地の運営代行を任せている先ほどとは別の文官さんが入ってきた。
「ツェツゥーリア様、お忙しいところ申し訳ありません。西地区にある花街なのですが」
「病気でも流行しましたか?」
「いえ、ツェツゥーリア様の考えた定期健診のおかげで体調は万全のようです。ただ、ここ最近はこの領地に流れ込んでくる人が増えている為、負担がかかっているようですね」
「あー……」
そのパターンか。
この領地は発展途中という事もあって、他の領地から流れてくる平民を受け入れているんだけど、住むところとかは新しく建設する事で何とかなるとして、そっちの処理の事は忘れてたわ。
そうだよねぇ、誰しもが相手がいる状態で来るわけじゃないんだもんねぇ。
かといって、いきなりこの領地の人から選抜して娼婦を増やすって言うわけにもいかないしな。
どうしたものか。
「年若いツェツゥーリア様にこのような話をするのは大変心苦しいのですが……」
「ああ、大丈夫ですよ。心配しないでください。けれど困りましたね、他の領地から娼婦を斡旋してもらうという方法しかないかもしれません」
「やはりそうなりますか」
もちろん、娼婦になりたいっていう人が居ないわけじゃないけれども、この領地は女性でも海女さんになって生計を立てる事が出来るようになったので、そこまで率先して娼婦になろうという人はいなくなっている。
うーん、貝類の有用性を広めてしまった弊害がこんな所で出るとは思わなかった。
孤児院出身の子も、仕事がないというわけではないので無理に娼婦に進むこともない。
この国では、娼婦は別に蔑まれる職業でもないんだけど、やっぱり病気のリスクや妊娠のリスクがある為、足踏みしてしまう職業ではある。
避妊薬はあるけれども、グレイ様が使っているようなしっかり効果がある物って高いんだよね。
安価な物は効果が絶対とは言えないからな。
避妊の道具、言ってしまえばコンドームの前の段階になる物はあるんだけどね、動物の腸を使用するため、あまり好まれない。
孤児院には娼婦のお姐さんが産んだ子供もいるし、むしろこの国は男尊女卑が激しいけれども、娼婦の子供は孤児院が手厚く保護するからましかもしれない。
妊娠が判明した娼婦も孤児院に一時的に保護されるし、そのまま孤児院で働くようになる人もいるそうな。
教会で働くっていう人もいるけど、うちの国ってそこまで宗教色が強い国じゃないしねぇ。
聖王は奉っているけど、信仰心があついっていうわけではないんだよ。聖王には申し訳ないんだけどね。
デュランバル辺境侯爵家は魔の森に接しているから、聖なる祠の管理は怠らないけど、そういう領地は珍しいんだよ。
それはまあ、ともかくとして。娼婦の問題かぁ。
放っておくと犯罪に繋がる可能性もあるから、早急に対処すべき事柄だよね。
グレイ様が派遣してくれている武官さんのおかげで、この領地の治安はいい方だけれども、貧富の格差が完全に無いというわけでもないし、全く犯罪がないというわけには流石にいかないからね。
「近隣の領地で、娼婦を持て余している所はありそうですか?」
「そうですね。こちらの領地に人が流れて来た事によって、もてあましているというか、仕事が減った娼婦を抱えている領地はあると思います」
「では、そちらにこの領地で娼婦を募集していると公募をしてください。ただし、誰でもというわけにはいきませんし、殺到されても困りますので、審査は必要ですね」
「そうですね」
「生憎、わたくしがいる間には間に合わないでしょうから、お任せしてしまいますが、条件に付いてはリストアップしておきますので面接をお願いしてもよろしいですか?」
「お任せください。私共はツェツゥーリア様のお役に立つためにここにいるのですから」
「ありがとうございます」
「では、お邪魔いたしました」
そう言って執務室を出て行く文官さんを見送って、わたくしはぬるくなってしまった紅茶を飲む。
メイドが淹れなおそうとしてくれたけれど、それを視線で止めて飲み切った。
バター紅茶だったらともかく、普通のハチミツ入りミルクティーだし、ちょっと冷めたぐらいだったら問題ないよ。
そういえば、リーチェが味の違うハチミツを作ることにこだわり始めたおかげで、ハチミツの味も増えて来たな。
あそこはあそこで、花畑が広がっているからちょっとした観光地だよね。