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男としての覚悟

Side マルドニア


「僕がクロエール様のエスコートを?」


 侍従見習いとしてハウフーン公爵家に滞在しているものの、このように提案された事は流石に初めてで、僕は思わずハウフーン公爵とクロエール様を交互に見てしまう。

 よく似た性格の二人は、効率重視な面もあるが、決して決まり事を蔑ろにする方々ではない。


「メイジュル様はよろしいのですか?」

「昨年は招待状が来ていたにも関わらず、欠席の連絡をせずに不参加。そもそも、婚約者の義務を果たさなくていいと言って、エスコートをする気もなさそうだからな。それであるのなら、初めから別の者をエスコートにつけた方がいい」

「ツェツゥーリア様の誕生日パーティーはエスコートが必須ではなかったと思いますが?」

「そうだな」

「では、なぜ僕が?」


 正直、クロエール様をエスコート出来るのは嬉しい。

 初めてその姿を見た時から、決して努力を怠らないその姿勢に憧れ、そして、次期女公爵となるプレッシャーに密かに苦悩している姿に、それを支える事が出来ればと思っていた。

 家族を、特に姉を説得してハウフーン公爵家に侍従見習いとして入る事が出来、気が付けば姉の策略によってツェツゥーリア様の母君のご実家の養子になってはいたけれども、どうせ長子として扱われない以上、侍従としての箔付けだと思っている。


「マルドニア君をクロエールのエスコート役にするのは他でもない。我が家とデュランバル辺境侯爵家の繋がりを内外に示すためだ」

「確かに、僕はツェツゥーリア様の母君のご実家の養子になりましたが……」

「それで十分だ。君も耳にした事はあるとは思うが、ツェツゥーリア様はいずれ陛下の正妃となる予定だ。御子が出来れば、クロエールの子供と婚約をさせるつもりでもある。そうだな、クロエール」

「はい、お父様。もっとも、ツェツィはデュランバル辺境侯爵家の人間ですから、子供の感情を無視しての婚約は結ばせませんわ。ですから、あくまでも子供同士が望めば、という事になりますわね」


 そこまで見据えているのかと、思わず感心してしまう。

 ツェツゥーリア様やクロエール様は仲が良すぎるほどに良いが、親族になりたいとまで考えるとは。

 この状態では、マルガリーチェ様も似たような事を考えているかもしれない。


「お二人の考えはわかりましたが、メイジュル様以外がクロエール様をエスコートしたと噂になれば、クロエール様に対して非難が上がるのでは?」

「あら、貴方はわたくしの侍従見習いですわ。エスコートをしない婚約者の代わりにエスコートをするには何の問題もありませんわ」

「そうですか」


 それでも、エスコート不要の誕生日パーティーでエスコートするとなると、いらぬ憶測を呼ぶ可能性はある。

 僕のせいでクロエール様にご迷惑はかけたくない。

 そう考えていると、ハウフーン公爵がクロエール様を退出させ、僕と二人になった。


「さて、君の考えている事はわかる。エスコート不要のツェツゥーリア嬢の誕生日パーティーでなぜ、と思っているのだろう?」

「はい。クロエール様に要らぬご負担がかかる可能性があります」

「それは乗り越えてもらわなければならないな。いずれ婚約解消になった際に、次の相手がいないとなればそれよりも厳しい視線を向けられる」

「どういう意味でしょうか?」


 僅かに首を傾げて尋ねてみると、ハウフーン公爵は「おや?」と目を瞬かせた。


「シャッセン侯爵家の養子になったからその覚悟が出来ていると思ったが、その様子ではそうではないようだな」

「申し訳ありません。おっしゃっている意味が……」

「私は、君をクロエールの次の婚約者にと思っている」

「はっ……!?」

「そのように君には色々学ばせているのだが、通じていなかったか」

「てっきり、クロエール様の補佐として活躍するためだと思っていました」

「間違ってはいないぞ。婿入りするのだからな」

「この事をクロエール様は?」

「知らんな。あいつは妙に頭が固い。君が次の婚約者になると知れば、距離を取るだろう」


 ハウフーン公爵の言葉に思わず頷いてしまう。

 クロエール様はそういう高潔な部分も含めて美しく気高い。


「わざわざエスコートをする事で、君がクロエールにとって、重要な位置にいると内外に周知する」

「……大人の世界では、そういう意味があるという事ですか?」

「そうだな。きちんと口にしない以上憶測という形にはなるが、今の状態、すなわち、メイジュル様との婚約が危ぶまれている以上、そう捉える者は多いだろう」


 ハウフーン公爵の言葉に、自分はまだ子供の世界で必死にもがいているのだと思い知らされる。

 ちょっとした行動がどんな結果を生み出すのか、これからも考えて行かなければいけない。

 本当にクロエール様と婚約をして結婚をする事が出来るのなら、上げ足を取られないよう、一挙一動に気を付けなければいけない。


「エスコートの件は分かりました。クロエール様に恥をかかせないよう、努力をいたします」


 僕の言葉に、ハウフーン公爵は頷いて退室するように言った。

 執務室を出て少し息を吐き出すと、そのまま与えられた部屋に向かう。

 侍従見習いではあるものの、侯爵家の次男でもある僕は、通常の使用人の部屋を与えられる事はなく、客室を与えられているし、専属の使用人もいる。

 生家である伯爵家から使用人を連れてきてもいいと言われたが、侍従になるのだからそんな事はしないと言ったら、このような待遇になった。

 自分の事は自分で出来るようになってからこちらに来たので、正直世話をしてくれる使用人はいらないのだが、今はあくまでも侍従見習いとして過ごしている侯爵家の次男だ。

 この待遇を受け入れるしかない。

 しかし、この僕が本当にクロエール様の次の婚約者?

 メイジュル様との婚約が解消になれば、メイジュル様と親しくしている令嬢からの無駄な嫌味を受ける事もなくなる。

 クロエール様は気にしていないと言うように装っているが、きっと目に見えない所でストレスを抱えているだろうから、それが無くなるだけで十分かもしれない。

 何度、僕だったらクロエール様にこんな思いはさせないと思った事か。

 本当にクロエール様の婚約者になれるのなら、もうクロエール様がストレスを抱える事が無いように支えられるよう、今以上に努力しなくてはいけないな。

 きっと、ハウフーン公爵は、僕がふさわしくないと思ったらすぐにこの話はなかった事にするだろう。

 驕ってはいけない。油断してはいけない。

 愛するクロエール様の為、僕が出来る最大限の努力を重ねるしかない。


◇ ◇ ◇


Side パイモンド


 ツェツゥーリア様の誕生日パーティー。

 それは長期休暇に入る前の一大イベントとも言える。

 流石に陛下が参加するというわけではないが、それでも有力貴族が集まる為、横の繋がりを作りたいと考える貴族には欠かせないイベントだ。

 それに、ツェツゥーリア様は陛下の妃になると言われているしな。

 発表がないので憶測という形になってはいるが、寵愛は以前から有名であったし、ツェツゥーリア様自身の能力も優れている。

 メイベリアン様にクロエール様、そしてマルガリーチェもそうだが、学院での様子を見れば、優秀な令嬢の心も掴んでいるようだし、正妃になったとしても、一部の状況を分かっていない貴族以外、反対は出ないだろう。

 今はまだ完了していないスラム街の再建も、来年度の終わりごろには終わるという。

 ツェツゥーリア様の提案で始まった初の事業と言われているが、実際の所はどうなのだろう?

 デュランバル辺境侯爵領で試験的に始めた事業は陛下の提案との事だが、本当なのかは疑わしい。

 アンジュル商会の品物を見れば、ツェツゥーリア様の手腕は年齢にそぐわない物であるし、もしかしたらツェツゥーリア様を守るために、陛下が自分の名前を使ってデュランバル辺境侯爵領での事業の真実を隠したのかもしれない。

 どちらにしろ、ツェツゥーリア様が正妃になれば、この国はより一層発展するだろう。

 そう考えながら、アンジュル商会が提供しているという食事をお皿に盛りつけ、品を失わないように口にしていく。

 平民を中心に人気が出ているが、貴族の、特に令嬢はお茶会などでこういった物が出ているので食べ慣れているのだろう。

 戸惑いなく口にするのを見て少し羨ましいと思ってしまう。

 僕も街に出てはアンジュル商会の店を訪れ口にする事はあるが、そんなに頻度が多いと言うわけではない。

 貴族街にはアンジュル商会の店はあまりないからな。

 ふと、会場を見た視線の先にマルガリーチェが見え、静かに目を細めた。

 今の僕ではマルガリーチェの助けになる力はない。

 養子の話も、受け入れ先の親がまだ子供を望めない年齢ではないという事もあり、決まりそうで決まらない。

 それに、決まったとしても伯爵家。

 侯爵家のマルガリーチェを堂々と迎えるには爵位が低いと言われたら、それまでになってしまう。

 それでも、ラッセル様のようにマルガリーチェを蔑ろにするような事だけは絶対にないと誓える。

 マルガリーチェの婚約に関しては、陛下が婚約解消を後押ししているという話もあるが、後任の婚約者が決まらない限り、彼らなりにマルガリーチェを大切にしている両親は婚約解消を認めないかもしれない。

 難しいものだな。娘を悪く言われないようにするために必死に動く心と、このまま婚約を続けても娘が不幸になるという心。

 オズワルド侯爵家のご両親は、良くも悪くも貴族らしい貴族だからな。


「パイモンド様」

「ツェツゥーリア様。主役がこのような所に居てよろしいのですか?」

「わたくしだってお腹が空いてしまいますからね」

「なるほど」


 気さくなツェツゥーリア様はそう言って、僕の後ろに回ってお皿に軽食を取ると口に運んでいく。

 その様子をじっと見るわけにもいかず、視線を会場内に向けていると、背後から独り言のような声が聞こえてくる。


「相変わらず、欠席の連絡もなくいらっしゃらない方々には困ったものです。立食式のパーティーだからいいようなものの、ディナー形式だったら大変ですね」


 誰に向かって言っているのかは分からない、という事にしているのだろう。

 ツェツゥーリア様がこちらを振り向いた気配はない。


「常識が理解出来ない方よりも、爵位が下がっても想い合い、幸せな家庭を築ける方が親友のお相手になったほうが、わたくしも嬉しいです」


 そう言ってツェツゥーリア様は食事を食べ終えたのか、その場を離れて行った。

 なんともまあ、ラッセル様のおかげで最低ラインが随分と低くなったものだな。

 しかし、そうだな。

 マルガリーチェに対して想いを貫くのなら、僕もちゃんと行動しなければいけない。

 最悪、養子先に子供が生まれてしまっても、文官として身を立てればいいんだ。

 陛下は実力のある者を認めてくださる方。文官として努力すれば爵位を下さるだろう。

 オズワルド侯爵家の方々は低い爵位には納得しないかもしれないが、そこは男として説得してこそ、だな。

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[一言] 頑張れ!パイモンド!
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