もう無理ぽ
「ねぇ、お聞きになってます? メイベリアン様の誕生日パーティーでの一幕」
「もちろんですわ」
「陛下のお言葉もありますし、どなたが薔薇様方を射止めるのでしょう?」
「あら、ツェツゥーリア様はもう予約済みではなくて?」
「そうですわよ。あんな風に陛下がおっしゃったのですもの。それに、以前からご寵愛は噂されていましたし」
「辺境侯爵家のご令嬢なのに婚約者がいないのは、そういう意味でしたのね」
「いつからそのように話が進んでいたのでしょう?」
「わたくしは陛下がデュランバル辺境侯爵領と手を組んだ辺りだと思っています」
「妥当と言えば妥当ですわね」
「けれど、デュランバル辺境侯爵家は恋愛結婚を推奨していると。政略による結婚はさせないとご当主がおっしゃられたと」
「まあ! それでしたらツェツゥーリア様と陛下はそのような仲という事でして?」
「素敵! まるで物語のようですね」
リアンの誕生日パーティーでのグレイ様の発言により、貴族の間ではすっかりこの話題で持ち切り。
社交シーズンが終わった学院でもそれは変わらず、むしろわたくしがいるせいか余計に盛り上がっている感じ。
元々クラスではリアン達と四人で過ごす事が多いし、話しかけられる側の立場じゃないから、スルーしてしまえばいいんだけど、こう、あからさまにチラチラと視線を向けられるのは面倒くさいな。
社交シーズンが終わって、グレイ様にどういうつもりなのか聞いたら、どうにも、『グレイ様お気に入りのわたくし』を狙って留学して来ている人もいるそうな。
しかも、そういう人に限って品行方正成績優秀、家柄もよく人当たりも良いと来ていて、留学を断る事も出来なかったと。
だから、あえて紹介を兼ねたリアンの誕生日パーティーでアピールしたんだそうだ。
もちろん、リアン達が今後婚約解消しても、後ろ盾にグレイ様がいるという事も狙いだったんだって。
なんであの時だったのかと言えば、上位貴族が子供も大人もそれなりに集まって、尚且つ他国の人間もいて、メイジュル様達が盛大にやらかしてくれたから、国王として切り捨てているという対外的なアピールも出来たからだそうだ。
ハン兄様に爵位を与えるのも数年後、パイモンド様はもし養子縁組した先に子供が生まれたら籍を抜けて平民になるという条件を出している最中、クロエに限ってはマルドニア様が完全に自分の感情を隠しているからクロエは気付いていない。
とはいえ、あれだけの事をやらかしたメイジュル様達を放置する事も出来ないから、婚約解消に向けて本格的に動き始めているそうだ。
いい事だと思うけど、それだと乙女ゲーム開始前に婚約解消準備整うんじゃない?
別にいいけど。
授業が始まる前、クラスメイトの令嬢達のざわめきを聞きながら、わたくし達はのんびりと今日の授業の事等をいつものように話している。
「この学年に入って、実技が増えてきましたわね」
「妾達にとっては復習のような物じゃが、ちゃんとした家庭教師に学べなかった者は大変じゃな」
「社交シーズンに入る前の基本的マナーの実技でも、注意されている方がいましたね」
「上位貴族クラスであれでしたから、下位貴族クラスが気になるところです」
「そうですわね。お茶会でもぎこちない仕草の方は、やはり下位貴族のご令嬢に多いですものね」
「その点、作法の実技で教師に絶賛されたツェツィは流石じゃな」
「ええ、親友として誇らしいです」
「家庭教師がよいですからね。万が一注意されるような事があれば、家庭教師に頭を下げなければいけませんよ」
話をしていると、じっとこちらを見てくる視線に気が付き、さりげなく見ると、わたくし達とは関わりが少ない令嬢の集団がこちらを見ていたけれども、噂好きな集団というのも知っているので、あえて気が付かないふりをした。
リアン達もそれには気が付いているのか、視線を交わすと、彼女達が求めているのとはまた別な話題を提供する事にする。
「財務大臣と兄上が話していたのじゃが、兄上が即位した際に、それまで不正をしていた貴族を一斉に叩いたであろう? 数年経って、また細々と不正を働き始める貴族が出てきたようで、兄上もまた対処するのが億劫で、今後は今までのように『各家の収入と支出』以外に、『詳細な使用明細』を提出させようとしているそうじゃ」
「それはそれで面倒なのではありません?」
「流石に、何を買ったまでは提出させぬが、『誰がいくら使った』かは提出させるようじゃ」
リアンの言葉に教室がざわりと揺れる。
都合の悪い家もそれなりにあるのだからこれに関してはこうなるだろう。
「まあ、やましいことなどなければ、何の問題もありませんわね」
「陛下は不正を嫌っていますし、散財してもちゃんと正当なお金で理由付けもあれば問題ありません」
「ふふ、ツェツィがそう言うのなら確かですね。でも、……思い当たる節がある家は、今からでもどうにかした方がよろしいですね」
リーチェがよく通る声でそう言うと、クラスメイトの何人かが体調不良と言って一時間目も始まっていないのに早退していった。
帰った子女の家は大変な事になるだろうね。
でも、今の貴族の支出の申告って、大雑把なんだよね。
やろうと思えば不正出来るんだもん。税収を報告して、そこから国に治める税金を決めるんだけど、各家にいちいち財務を担当している文官が確認に出向くわけにもいかないから、後手に回るしかないんだよね。
そこで、『誰』が『何』に使ったという細かい明細を提出させる事で、誤魔化しがききにくいようにするわけだ。
おのずと、どの家が貯蓄をしているかわかるし。
ただ、欠点は各貴族が個人的に行っている事業に関しては、流石に関われない。
しかしながら、商会ギルドが稼働する事により、この問題は解決する予定。
わたくしだって、この国の未来の為に色々考えて提案しているのよ。
いつも食べ物の事ばっかり考えているわけじゃないんだから。
予鈴がなる少し前に、やっとメイジュル様達が教室に入って来て、定位置になっている席に座る。
いつも思うけど、サボりやすいからって後ろの席になったところで、教師にはサボっているかどうかなんて分かるんだけどね。
さて、本日の一時間目の授業、貴族としての嗜みである、この世界に伝わる伝承の授業は密かに令嬢に人気がある。
聖王と魔王、そして聖獣や魔獣、聖女や勇者。
それらの物語は、この世界では共通して語られるものであり、世界に共通している信仰に繋がっている。
もちろん、基本的には聖王を崇めるのだけれども、国によっては魔王を崇める国もある。
破壊神と言われる魔王ではあるけれども、破壊は誕生の始まりであるという聖王の言葉により、魔王こそが世界を清浄化するのだと信じる派閥だ。
聖王と魔王が対立していると言われているのは、主にこういった、人間側の対立を反映された言い伝えなのだろう。
実際は酒を飲み交わす仲のようだし。
「皆さんもご存じのように、光属性、または闇属性を持っている人間は、その属性を磨き、勇者または聖女と呼ばれるようになります。光属性の魔法には癒しの力や浄化の力があります。闇属性の魔法には幻惑や呪いの力があります。一見、闇魔法は邪悪に感じるかもしれませんが、全ては使う人間次第だという事を忘れてはいけません。実際、闇属性の魔法士でなければ、魅了魔法に対抗する魔道具は作れませんからね」
教師の言葉に、わたくし達は復習を兼ねてノートを取って行く。
ご高説を聞きながら、真面目に授業を受けていると、教師の話が終わり、ふと、教室の後方に視線を向ける。
「では、メイジュル様。御伽噺でも出てくる話ですが、聖王と魔王の役割をお答えください」
「は? そんなもの簡単だ。聖王は再生を、魔王は破壊を司っている」
「そう言われていますね。では、それはその眷属である、聖獣と魔獣にも言える事でしょうか?」
「そうだろう? 下部は主に従うものだ」
「そうですか。では、マドレイル様。実際に聖獣の加護を受けている貴方はどのような意見でしょうか?」
「はい。私に加護を与えてくれている聖獣は確かに、守りに特化していますが、再生の力まで持っているわけではありません。それに、加護を与えた者に危害を与えられれば、聖獣はいとも簡単に相手を襲います」
「よろしいでしょう」
「ふん。そんなもの、加護を与えた聖獣が弱いからだろう」
「メイジュル様。今は貴方に質問をしていませんよ」
「あ?」
「……ではメイジュル様。聖獣や魔獣と契約する際の基本的なルールをお答えください」
「自分の魔力と引き換えに、従わせるのだろう」
「それだけですか?」
「個人単位の契約内容など、面倒だから基本には含まれない。それで十分だろう」
「そうですか。では、ルーカス様はどうですか?」
「はい。聖獣や魔獣との契約した場合、聖獣や魔獣がその力を振るえるのは、契約した当人が提出出来る魔力量に比例します。もちろん、身の丈に合わない魔力を提出した場合、契約者は死亡します。そのため契約の際は必ず、使用する魔力の上限を決めて契約するのが常識です」
「よろしいでしょう」
教師の言葉に、ルーカス様が満足そうに笑みを浮かべ、メイジュル様が舌打ちをした。
側近に『常識』が分かっていないと言われたのも同然なので、メイジュル様としては気に入らないのだろう。
ラッセル様は、自分が当てられない限り興味がなさそうだし、そんなんでいいのか?
グレイ様に見捨てられているとはいえ、お前らはまだ第二王子とその側近なんだぞ?