実は毎晩モフってる
Side ケェツェル
社交シーズンに入り、ロブとヤナティアンと共に王都に到着すると、ハンとツェツィが笑顔で出迎えてくれ、それだけで王都に来た意味があると思えてしまう。
正直、社交シーズンにかまけているよりも、領地で過ごしていたいのだが、辺境侯爵家の人間が社交界に全く顔を出さないとなると、我が家の権威を甘く見てくる輩も出てくるため、疎かにする事は出来ない。
ただでさえ『田舎者』などと言う阿呆が居るからな。
子供の社交行事が主にお茶会や狩りなのであれば、大人の社交行事はお茶会や狩りに、音楽会、観劇会、晩餐会、舞踏会が加わる。
主催者を変え、趣向を変え、ほぼ毎日のようにどこかしらの夜会に出席するというのは、正直苦痛でしかないが、疲労を理由に断ってしまえば、私に辺境を守るほどの力がないのではないかと言われるので、意地でも参加するしかない。
ロブも成人してから私の苦労が分かるようになったと言っているが、まだ子供がいない分、周囲からのプレッシャーは私よりもあるかもしれない。
特にヤナティアンは実家からの突き上げがひどいようで、笑顔を浮かべて躱してはいるようだが、疲労はたまるだろう。
どうしても女性は子供を産む事が仕事だと考える貴族はいるからな。
「これはデュランバル辺境侯爵殿。息災のようで何よりです。お子様方のご活躍は、私の耳にも入っておりますよ」
「お恥ずかしい限りです。しかしながら、ロブルツィアもハンジュウェルもまだまだ未熟ですよ」
「おや、もう一人いらっしゃるではありませんか。ツェツゥーリア様を忘れてはお可哀想ですよ」
「何をおっしゃいます。あの子はまだ十二歳の子供ですよ」
「そうでしたな。しかしながら、学院では、メイベリアン様達と並んで薔薇の姫君と言われているそうではありませんか。陛下の覚えもよく、個人領を賜っているそうで。もっとも、それを有効活用出来るかは、やはり難しいようですが」
海沿いの領地はともかく、鉱山がある領地の事か。
計画は立てているが、まだ実行していないだけと言えば、したり顔を変える事が出来るか?
いや、ツェツィが折角努力しているのだし、私が台無しにするような真似は止めよう。
それに、こんな事にいちいち反応していてもきりがないからな。
特に後宮に自分の親戚がいる貴族は、陛下のお気に入りのツェツィが気に入らず、攻撃の糸口を探している。
「父親として、お嬢様の手助けはなさらないのですか?」
「信頼しておりますので、あの子の自由にさせています。もちろん、教育を望んでくるのであれば、きちんとした家庭教師を付けますよ」
「親の鑑ですね。私も見習いたいものです。しかし、毎年の事とはいえ、社交シーズンに王都に来るのも大変でしょう? 今はハンジュウェル様もいるのですし、王都での社交は任せてはどうです?」
「おや、ハンジュウェルは私の息子ではありますが跡取りではありません。まさか、お忘れですか?」
「おや、そうでしたね。これは失礼を。成人なさってもずっと王都のお屋敷に滞在していると聞いているので、てっきりそう言う役目を任せるためかと」
「まさか。ハンジュウェルが王都の屋敷に住んでいるのは、ツェツゥーリアを守るためですよ。あんな大きな屋敷に使用人がいるとはいえ、子供を一人にするわけにはいかないでしょう? 親なら、子供の事を考えて当然ですよ」
「なるほど。流石は家族思いと有名なデュランバル辺境侯爵殿ですね」
「ありがとうございます」
そんな感じに、行く先々で褒め言葉と嫌味を織り交ぜた、貴族の会話を繰り返しつつ、今日の舞踏会も終わりを迎えようかという所で、陛下のお妃様の一人が近づいてくるのが見えた。
「御機嫌よう、デュランバル辺境侯爵様」
「ごきげんよう」
「お一人でして?」
「見ての通り、そろそろお暇しようと思っていたところです」
「そうですか。もしよろしければ、わたくしとお話を如何です?」
「このような老いぼれでは、ヴェヴェル様のお相手は務まりますまい」
「ご謙遜を。デュランバル辺境侯爵様がいらっしゃらなければ、この国の国防はどうなっているか。考えただけでも恐ろしいですわ」
そう言ってにっこりと微笑むヴェヴェル様に、内心嘆息する。
陛下の後宮に真っ先に入った方で、後ろ盾もしっかりしており、婚約者とは完全に政略と割り切っていたせいか、相手に自分より好条件の婚約者と慰謝料という名の金で縁を切った女性。
もちろん、後宮に入った背景には実家や縁者の思惑もあるそうだけれども、私が見た限り純粋に陛下を慕っているという感じだな。
元々は、年齢的な物であきらめていたのだろうが、とんだ番狂わせという所なのだろう。
頭が悪いわけではないので、他の妃のように墓穴を掘るという事も難しそうだ。
「それにしても、後宮も慌ただしく、穏やかに過ごす時間が欲しいものです」
「そうですか。辺境で過ごしている私には分かりかねますね」
「親族の者にも、今以上に陛下のご寵愛を受けるようにと言われていまして、困っていますの」
「大変ですね」
「他の妃が何を言っているかは知っていますが、わたくしは他の妃と違って、陛下の事を一番に考えていますの。栄光や権力だけを求める方々と一緒にして欲しくない物です」
「それはそうでしょうね」
「ところで、ツェツゥーリア様は陛下のお気に入りですが、それは陛下がデュランバル辺境侯爵領で行っている事業と関係があるというのは本当でして?」
「他にあると?」
「ふふ、ごめんなさいね。あまりにも陛下がツェツゥーリア様を大切にしているので、勘繰ってしまいました。まさか、デュランバル辺境侯爵様はご自分の愛娘を陛下の妃にするなんて、おっしゃいませんわよね?」
「十歳も年の差がありますよ」
「王侯貴族では、十歳ぐらいは可笑しな年の差ではないでしょう?」
「そうかもしれませんが、生憎我が家は恋愛結婚を重視している変わり者の家なのですよ」
「つまり、政治的な意味合いでツェツゥーリア様を嫁がせることはないと?」
「当たり前です」
「そうですの。……まあ、陛下も幼いころに即位なさったので、妹のように甘えてくる存在を可愛く思っているのかもしれませんわね」
「そうかもしれませんね」
「ああ、随分お時間を頂いてしまいました。お帰りになるところなのでしたわね。では、またお会いいたしましょう」
そう言ってにこやかに立ち去っていくヴェヴェル様には、すぐに大勢の紳士が集まって行く。
後宮に、陛下のお妃様にならなければ、嫁いだとしても愛人の申し込みが殺到しただろうに、それを捨てて陛下への想いを選んだという点では評価出来るが、それ以外は他の貴族の女性と変わらないな。
権力や栄光を求めていないとは言うが、それであれば後宮入りを辞退すべきだったのだ。
陛下は初夜以外、後宮に居るお妃様の所にお渡りにはなっていない。
三年お渡りが無かったり、子供が出来なければ、陛下の意思でいつだってお妃様を後宮から出すことが出来る。
だからこそ、ヴェヴェル様は焦っているのだろう。
何もしてなくても、陛下のご意志でいつだって後宮を追い出されるのだから。
そして、頭が回るゆえに、そのきっかけがツェツィにある事も気が付いているのかもしれない。
メイベリアン様の母君だけを後宮に残すわけにもいかない為、どうしても一人は後宮にお妃様を残しておかなければいけない。
長期間後宮に女主人を置かないわけにはいかないのだから、その調整は陛下でも頭を悩ませるだろう。
下手に減らしても、替え玉が送り込まれて面倒が増える場合もあるし、長い間放置して、何の権力も持っていないにも関わらず、長い間後宮に居ると言うだけで、我が物顔をされても困る。
やれやれ、本当に王都というのは、王族というのは面倒な物だな。
ツェツィが数年後にはその渦中にいるのかと思うと、今ぐらいは好きに行動して欲しいものだ。
…………いや、少しは自重させた方がいいかもしれない。
◇ ◇ ◇
夜会から帰って来たお父様が、寝る前に話があると言ってきたので、夜着の上にガウンを羽織って部屋に入ってもらうと、いざというときの為に、出来るだけ多くの味方を作っておくこと、そして、好きに動いて構わないが、ハン兄様がフォロー出来る範囲に自重するようにと言われてしまった。
今日、お父様が参加したのは舞踏会だったわよね?
何かあったのかな?
「お父様、もしかしてまた何か言われたの?」
「言われたと言うほどではないな」
「そうなの?」
だったらいいんだけど、ふだん領地に居るお父様を馬鹿にする貴族って、少なからずいるし、知らずにストレス溜めてるのかな?
「寝る前に邪魔をしたな」と言って部屋を出て行ったお父様を見送って、わたくしは首を傾げる。
言われた内容は、別に急を要する事でもないし、重要と思える事でもない。
「ヴェルとルジャはどう思う?」
『特に邪気に纏われているという事はないな』
『精神的に摩耗しているようにも見えない』
「そっかぁ。だったらいいんだけど、それなら余計に何だったんだろう?」
『夜会でツェツィに関する事を言われたのでは?』
「わたくしに関するかぁ。今に始まったことじゃないよね?」
『無視出来ない人間の物だったのではないか?』
「だれだろう? 流石にお父様達がどこの夜会に出席してるかは分かっても、参加者までは分からないからなぁ」
わたくしはそう言うと、メイドにもう寝る、と言って寝室に入り、ガウンを脱いでサイドにある椅子に掛けると、ころん、とベッドに横になる。
すぐにヴェルとルジャが左右の枕もとで丸まって、今夜もモフモフを堪能しながら、目を閉じた。