整体を受けたい
「へぇ、グレイ様の後宮のお妃様が二人いなくなったの」
「うむ。早々に間男を引き込んだそうじゃ」
「早いですわね」
「それがのう、元より愛し合っていた二人が、家の都合により引き裂かれ、兄上のもとに嫁がされたものの、やはり互いの想いを捨てることは出来ず、忍んで会いに行っていた。という、なんとも都合のいい話を振りまいているようじゃな」
「そのような話を流したところで、陛下を裏切ったのは事実ですし、元お妃様に新しい貰い手が現れる事もありませんね。不貞が原因でしたら、報奨金も必要ありませんし」
「残りは四人。手ごわいのは最初からいる二人じゃな。兄上を純粋に慕っているのか、家の意向なのか、隙が見えぬ」
リアンの言葉に、それでも乙女ゲームの中のグレイ様は「妃は全員男を引き入れている」って発言してるんだよなぁって思ってしまう。
ただ、今思うとそれが事実なのかは分からない。
あの腹黒の事だし、気を引くために嘘ぐらい平気で言いそうだよね。
社交シーズン前の打ち合わせを兼ねた女子会で、わたくし達は眉間にしわを寄せながらスケジュール表や招待リストのすり合わせをしつつ、好きな物を食べている。
今日のわたくしのおつまみはパリパリに焼いたチーズ。
ポテチ感覚で食べるのがいいんだよねぇ。
カロリーは言うまでもないけど、気にしたら負けなんだよ。
「しかし、妾達の年代のお茶会も派閥がしっかりしてきている故、大規模なものになっても割り振りが楽になっているが、下の年齢の者達はまだ苦労しているようじゃな」
「そうだろうね。わたくし達のお茶会を知っている人だったら、年齢が下の人のお茶会に呼ばれて、出されたお茶菓子を見てがっかりするだろうし」
「お茶に関しては、やっとハーブティーが浸透してきましたけれど、お茶菓子はアンジュル商会で購入した物を並べるところも多いそうですよ」
「それも手ですわね。無理に美味しくないお茶菓子を出して評判を下げるより、もてなせるだけの事をしたと誠意を見せた方が、評判は上がりますもの」
そんな話をしながら、招待客リストを確認していくと、リーチェ主催のお茶会の招待客が少々偏っているような気がして、ちらりとリーチェを見る。
にっこりと微笑んだリーチェに、わたくしは小さくため息を吐き出すと、白紙の紙を手に取って、そこにいくつかお茶菓子を書き出していく。
「はい。日持ちして、栄養価の高いお茶菓子のリストとアレンジレシピ」
「ありがとうございます。話が早くて助かります」
「まあ、家での待遇があまりよくない令嬢を集めたっぽいし、お土産で持たせるにはいいでしょう」
「流石に食事を与えないという事はないでしょうが、それでも彼女達の待遇はそれなりに聞こえてきますからね」
「聞くまでもなく、体つきを見ればそこそこわかるわよね。肌艶とか見れば、どんなに噂を流しても、分かるものは分かるし」
そう言うと、リーチェはレシピの紙を受け取ってアイテムボックスに入れると、引き続きリストのチェックをしていく。
わたくしもリストをチェックしていきながら、いくつか気になった部分に印をつけて、それをリアンに渡す。
リストを受け取ったリアンは、しばらく考えてから、招待客の調整をした。
クロエはスケジュールを確認しつつ、他の家で開かれる予定のお茶会とのすり合わせをしており、他の侯爵家以上の令嬢が開くお茶会と日程が被らないように調整をしている。
この後、お茶会の招待状を送らなければいけないので、大変なのだが、わたくし達には各家の令嬢が前もって予定日を送ってくれている。
それを変更する場合は前もって教えてくれることになっているんだけど、直前の変更は参加者にもわたくし達にも喧嘩を売っている行為なので、基本的にわたくし達に提出されたお茶会の日程が変わる事はない。
最も優先されるお茶会はリアンが主催するものだけれども、家の派閥の関係上、どうしても避けられないお茶会というのはある物で、そういったお茶会が被らないように招待客の調整もしなくてはいけないし、毎年の事ながら、事情が無い限り極端にお茶会に誘わない令嬢、逆に誘う回数が多くなる令嬢を出さないようにもする。
次にわたくし達はそれぞれのお茶会で出すお茶菓子と、お茶のリストを作って行く。
これも続けて被ってしまわないように注意しないといけないし、一度も該当するお菓子を食べる事が出来なかった令嬢が出ないようにもしないといけない。
しかしながら、いくら社交シーズン前の小規模なお茶会に比べて大規模な物になるとはいえ、人を増やし過ぎてはわたくし達の目が届かなくなってしまうので、人数は限られる。
それでなくても、回数を重ねるのだから、お茶会自体以外にもドレスや装飾品の方にも気を配らなければいけない。
余程仲が良くなければ、ドレスの色被りやデザイン被りはご法度。
多少のデザインかぶりは流行という事で誤魔化しも利くが、色まで被ってしまわないように、招待状にはその日に主催者が身に着けるドレスの色を入れるという手法を使っている。
これはリーチェが考えたもので、今ではわたくし達の間で常識になっているし、気が付いた令嬢や、聞いてくる令嬢には素直に答えている為、この手法を取り入れる家は多い。
「あ゛~! 頭おかしくなるっ」
「ツェツィ、気持ちは分かりますが、毎年同じことを言っておりますわよ」
「毎年こんな事をするのがしんどいのよっ」
「そうは言っても、わたくし達が他の家の主催するお茶会に参加したら、もっと面倒な事になりますわよ」
「分かってる……」
それでもしんどいとため息を吐き出すと、メイドがそっと飲み物を変えてくれる。
シュワシュワとしたウメソーダだ。
一口飲んで、口の中ではじける感覚を楽しんで、梅のさわやかさに僅かに疲労が取れた気がした。
いや、クエン酸がそんなに速攻で効くわけでもないので、プラシーボ効果なんだけど、ないよりはましだし、なによりも、梅が手に入った事がわたくしには嬉しい。
梅昆布茶も美味しいよね。梅干しも作ったし、うふ、料理のレパートリーが増えて行くわぁ。
「そういえば、子息方の社交でメイジュル様達主催が無くなったというのは本当?」
「主催するにも金がかかるからの」
「えー、でもラッセル様はともかく、メイジュル様は社交予算があるし、ルーカス様もちゃんと社交行事用のお金は渡されてるはずでしょ?」
「メイジュル様は、個人予算が減らされたのを、社交予算で埋めているようですわ」
「うわぁ」
「ルーカスは、どうなのじゃろうな。そもそも今まで主催していたのもメイジュルに合わせてという感じであったし、メイジュルが主催しないのであれば、これ幸いと開かぬのかもしれぬ」
「普段見栄を気にする人の行動とは思えないわね」
結局、年上の上位貴族と年下の上位貴族が主催するのが増えていて、彼らがスケジュール調整を行っているらしい。
メイジュル様達を招待しないわけにもいかないけど、来たら問題を起こす可能性が高いのも事実という事もあり、失礼にならない程度にメイジュル様達を避ける事に苦戦しているのだとか。
ここまで嫌われる攻略対象もすごいと思うよ。
もうさぁ、ヒロインが現れても魅了の魔法を使って学院の生徒を誑かさない限り、悪役令嬢の虐めの証拠なんか出てこないし、そもそも孤立するでしょ。
ただでさえ、メイジュル様の傍に侍っている令嬢って、良識ある子女からは距離を取られて、婚約していた人は婚約解消をされているんだしね。
しばらくリストとにらめっこをして、やっと終わったわたくし達は深く息を吐いて、知らずに眉間に寄っていたしわをほぐす。
はぁ、メイドにしてもらうマッサージもいいけど、前世でもっと本格的にエステを学んでおけばよかったなぁ。
数時間同じ体勢で居たせいで、体が固まっちゃったよ。
そう思って肩甲骨をぐりぐり回していると、リアン達も肩をもんだりしている。
「本格的なマッサージを受けたいなぁ」
「メイドが施してくれるマッサージではなく?」
「あれはどっちかって言うとエステとかリラクゼーションマッサージでしょ? わたくしが言っているのは、整体的なもの」
「「「整体?」」」
「あーっと、肩の凝りとか、骨の歪みを治すやつだね。足つぼとか」
「それですと、舞台俳優が受けている物が近いかもしれません」
「そうなの?」
「はい。私達が受けているマッサージとはまた違うマッサージをしていると聞きました」
「へぇ、今度紹介してよ」
「かまいませんよ。話を通しておきます」
にっこりと笑うリーチェに、わたくしは肩甲骨剥がしとか出来るかなぁと期待に胸を膨らませた。
足つぼとか、前世で嵌ったなぁ。生理が重かったから、リンパの流れをよくしようと頑張ったっていうのもあるんだけどね。
打ち合わせが終わって、のんびりとした空気が流れていると、扉をノックする音に、わたくし達は若干崩していた姿勢を直す。
「なんじゃ?」
部屋に居たメイドがわずかに扉を開けて用事を確認すると、リアンに耳打ちをした。
リアンが少し驚いたように目を開いた後、少し考えてから「後で処理をする」と伝えたのが聞こえ、わたくし達は顔を合わせた。
メイドが扉の向こうの相手に言葉を伝えたのを見て、しっかりと扉が閉まったのを確認して、わたくし達はリアンを見る。
「なんだったの?」
「妾の領地に不届き者が現れたそうじゃ」
「大変じゃない!」
「すでに捕えておる。育てている薬草などを狙ったようじゃな。妾の領地で栽培される薬草は、他の領地の物よりも上質と言われているからの」
「そういう輩はわたくしの所にも居ますわね。対策に警備を雇ってはいますが、情けない事ですわ。捕らえた者の中には、背後にある貴族が居ることが分かりましたので、お父様と陛下にご報告して処罰していただいておりますわ」
「そうえば、どっかの貴族が消えてたわね。リーチェの領地は大丈夫なの?」
「そうですね。私の領地では、養蜂とそれに伴った花畑がメインですから。あるとしても、芸術家に向けたサロンや、孤児院などですからね。襲ううまみはあまりないでしょう」
「養蜂は知識なく近寄ると痛い目に遭うしね」
しみじみと言うと、わたくしの領地こそ大丈夫なのかと心配されたけれども、わたくしの領地は、それこそグレイ様の派遣してくれている文官と武官が管理してくれているので、他の領地よりも大丈夫だと頷いた。
「社交シーズンに入ったら、来年度から編入してくる留学生のお披露目もあるの」
「またリアンの誕生会でやるの?」
「それが一番効率的じゃからな」
「陛下主催の子供向けのパーティーでもいいと思いますけれどもね、問題が起きても困りますわね」
グレイ様も年に一回、社交シーズンには八歳以下の学院に通う子女の一斉顔合わせのパーティーを開くんだけど、まあ大変なのよ。
当然、貴族教育を受けているとはいえ様々な子女が集まるわけで、そこでしかグレイ様に会えない人が殆どだから取り入ろうとそれは必死で、年が下になるほど遠慮という物が少ないから非常に苦労するのだとか。
わたくしはともかく、リアン達はさっさとスパルタの淑女教育を叩き込まれて親離れしたけど、子供の性格もあるし、各家の教育方針もあって、誰もがうまくいくわけじゃないよね。
ちなみに、グレイ様が即位してから、グレイ様が主催する社交シーズンの子供向けのパーティーは『絶対参加』になっている。
そこで、各家の子供に対する教育方針なんかを値踏みするんだって。
いい性格してると思うわ。