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ゆで卵を作るのだ

 領地に帰ったわたくしは、いつもの勉強の傍ら、この世界の料理の材料について調べることにした。

 幸いこの国は海にも面している為、海産物も手に入れることが出来る。

 デュランバル辺境領は海から大分離れているので、輸送に関しては冷凍保存という方法になるな、と考えていたら、そんな高度な魔法をかけ続けるのは大変だとお父様に言われ、密かにショックを受けたけれど、お父様と話しているうちに、解釈の違いがあるという事に気が付いた。

 お父様は食材そのものに冷凍魔法をかけると思っていたようだが、わたくしは食材が入った水などを凍らせてまとめて冷凍する方法を考えていた。

 氷が溶けないようにするぐらいなのであれば、そんなに難しい魔法というわけでもないそうで、わたくしの考えている輸送方法を伝えると、お父様も問題ないと判断してくれた。

 その後、大豆、小麦、塩を取り寄せて醤油を作ったり、味噌を作ったり、魔の森に出かけてキノコ採集をしたり、キノコ栽培を開始したりした。

 海産物がデュランバル辺境領に届くようになって、早速鰹節も作った。

 魔法とは便利なもので、わたくしはまだうまく使えないけれども、そこは辺境侯爵家の権力を使って、優秀な魔法士を雇うことが出来たので、問題なく作成することが出来た。

 大豆を育てて枝豆を作ったり、農家にお邪魔して前世での農作物との違いを試したり、畜産業関係に顔を出してアドバイスをしたりと、とにかく、色々した結果、デュランバル辺境侯爵領は、海産物以外は自給自足出来るほどにまでなってしまった。

 小麦は元々馴染みがあったようだけれども、お米に関しては馴染みがなく、水辺にたまに生えている謎の植物扱いだったので、わたくしが種もみを収穫し、水田を作り本格的に栽培を始めた。

 王立学院の開校スケジュールは、四月から七月、十月から十二月である。

 長期休暇の間も、希望者は学院で学ぶことが出来る。

 夏の長期休みに関しては、社交シーズンなので、貴族が一斉に王都に集まる時期の為、学院も休みになるのだ。

 この時期ばかりはお父様も王都に行くので、領地にある屋敷はわたくしが残される形になる。

 兄達も社交シーズンということで、いつもよりもお茶会などが増え、王都で人脈を広げなければいけないのだ。

 貴族って面倒くさい。

 ともあれ、料理の材料は着実に揃ってきたので、あとはわたくしが厨房に立てるような年齢になればいい。

 こっそりとコックにわたくしが食べるお菓子に関しては、砂糖の量を控えるようにお願いしているので、以前のような、一口食べただけで歯がグギグギ言うような事はなくなっている。

 ちなみに、知覚過敏とかではないはず。本気でこの世界の貴族基準のお菓子が甘すぎるのだ。試しに砂糖をひたすら食べてみて欲しい、味覚がバカになるから。

 わたくしがそんな風に産業改革をしている間、王都にいるメイベリアン様からは定期的に手紙が届いている。

 いわゆる文通友達だ。

 どうやら、あの日以降、たまーにだけれどもグレイ様と話すようになっているそうで、その度にわたくしの事を話題に出されるため、この間は「妾の方が仲が良いですわ!」と啖呵を切ってしまったとか。

 メイベリアン様、かわいいなぁ。

 手紙では、仲の良さアピールで、わたくしの事を愛称で呼びたいと言う旨が記載されていたので、わたくしもリアンと愛称で呼ばせてもらうことを条件に快諾した。

 わたくしは今は、食材の発掘に忙しい事を伝えると、冬から春にかけての長期休暇の間、誰がその作業を引き継ぐのかと指摘されたので、わたくしは慌てて責任者を任命し、農作物の育成管理方法や、動物達のお世話の方法を教え込むことになった。


「お嬢様、本当に見ているだけですからね」

「もちろんよ。それに、卵を茹でるだけよ? 危なくなんかないわ」

「火を使いますし、もし鍋が倒れて熱湯がかかったらどうするんですか」

「ちゃんと離れた場所にいるわ」


 今日は、採れたて新鮮卵でゆで卵を作る。卵は栄養満点食品なのだ。

 本当は目玉焼きとか、卵焼きとか、スクランブルエッグにしたかったのだけど、コックが「まだ早いです」と言って火を使う事を許してくれないので、離れた位置からも指示を出しやすいゆで卵になった。

 どうしてゆで卵なのかって? 焼き物系だと、わたくしの見えない位置でコックが焦げるまで焼く未来が見えたから!

 指示を出してゆで卵を作っている間、いつになったらわたくしが自分で料理を作ってもいいか聞いたところ、王立学院に通うようになれたらと言われてしまった。

 これは、王都のコックにもいまからごまをげふん懐柔しておかなければ。

 しかし、ゆで卵を作れるようになるまで時間がかかったな、鶏舎を作って、清潔な環境を整えて、サルモネラ菌に感染しないようにしてとか、本当に頑張ったよ、わたくし。

 でも、醤油も出来たし、目指すは卵かけご飯! でも、この世界って、生卵を食べる習慣が無いからな、止められそう……。

 そもそも、王都にある屋敷でも新鮮で衛生的な卵が手に入るかが問題だよね。

 庭を一部改築する? でも、他の肉類も衛生的なものが欲しいしな。

 王都のはずれの土地を買って畜産と農産物の場所にするっていうのも手かもしれない。

 特に乳製品関連は重要だよね。ミルクはあるけど、チーズとかバターはないもん。

 本当に、料理関係死んでるわ。


「そういえばお嬢様」

「なぁに?」

「ひやけどめ、とかいうものを作ったそうですね。他にもけしょうすいだとか、にゅうえきとかいうものを」

「そうなの! わたくしってまだ幼女だから少し早いとも思うのだけど、外に出る時間も多いでしょう? だから、スキンケア用品は大切だと思うのよ」

「俺にはさっぱりですが、女ってのは化粧に憧れるもんじゃないんですかね?」

「この世界の化粧は、素材の良さを殺すわ。もっと色々作れるようになったら、ファンデーションやリップなんかにも手を出すつもりよ」

「はあ、うちのお嬢様は色々考えますね。っと、お湯が沸騰しましたけど、この後はどうするんで?」

「火を止めて、卵を冷水につけてちょうだい」

「へい」


 コックは水魔法が使えるので、水の温度もある程度は自在に操れるらしく、冷水を準備するとその中に入れていく。


「卵が冷えたら殻をむくの。……殻をむくぐらいならわたくしがやってもいいでしょう?」

「うーん、確かに危険はないでしょうけど」

「やった!」


 わたくしは冷水から取り出して殻の水分を取り除かれた卵が入ったザルから、一つ卵を手に取って、コンコンとテーブルに叩きつけ、ヒビを入れるとそこから慎重に殻をむいていく。

 お父様の所に持っていく予定だけど、マヨネーズはまだ作っていないし、ケチャップがいいかな? それとも塩?

 わたくしはその日の気分によるんだよね。


「へえ、こりゃすごい。見事なもんですね」

「ふふふ、つるんとしていて、かわいいでしょ」

「可愛いかはともかく、卵をこんな風に調理するとこうなるなんて、初めて知りましたよ」

「いつもは料理に混ぜて焦げるぐらいに焼くだけだものね」


 いや本当に、調味料改革はしたけど、調理法に関してはまだまだなのよ。

 今回は遠くから見ているって言う事で許されたけど、基本的に火を使う時は厨房に入れてもらえないし、かといって包丁は、この体にはまだ大きいし。

 ……果物ナイフならワンチャン? いや、止められるか。

 綺麗に殻をむいた卵を、コックにお願いして斜め切りの半分にしてからお皿に乗せて、メイドに持たせてお父様の執務室に向かう。

 この時間はお父様はお仕事をしているって、事前に確認をしているのよ。

 十時のおやつ休憩、にしてはゆで卵っていうのがアレだけど、小腹がすく時間だよね。

 お父様の執務室の前に到着して、扉をノックすると、中から「入りなさい」と声がしたので、メイドに扉を開けてもらう。


「お父様、休憩にしない? ゆで卵を持って来たのよ」

「ゆで卵?」

「卵を茹でたものなの」

「ふむ、鶏舎というものに力を入れていたようだが、その成果かな? 茹でると言うのは、ツェツィが考えた調理法か?」

「ええ、茹でると言うのは万能なのよ。本当は、生卵を食べたいのよ? お米に生卵をかけて、醤油をかけると最高なの」

「生卵……あまりお勧めはしないな。体を壊す」

「そうならない為に鶏舎の環境を整えたのよ」


 そう説明しながら、お父様の執務机にゆで卵の乗ったお皿を置かせる。


「ふむ……。これは見たことがないものだな」

「ケチャップとお塩、どっちがいい? わたくしは今日はケチャップにするわ」

「ケチャップとは、トマトを使って作った調味料だったな」

「ええ」


 わたくしが頷くと、お父様もケチャップにすると言って、わたくしの真似をして、半分に切ったゆで卵に少しだけケチャップをつけると口に入れた。


「っ! これは、美味いな」

「でしょう」


 わたくしはえっへんと胸を張る。


「茹でると言う調理法はこの世界では、うーん、少なくともこの国にはないわね」

「私の娘は天才だな。この短期間で、我が領地の民は仕事に困るという事はなくなったし、魔法の活用法も増え、少ない魔力の持ち主でも安定した職に就けるようになった」


 そもそも、この領地の主な産業は魔の森での魔獣や、ダンジョンに発生する魔物のドロップ品を交易すると言うものだった。

 そこにわたくしが畜産業・農業や食品加工技術を取り入れたので、魔獣討伐やダンジョンに行けるほどの力がない人でも仕事が増えるようになった。

 ファンタジーってすごいよね。普通なら数年がかりの功績を、半年ぐらいでなせるんだから、前世の知識チートがあるとはいえ、自分でも驚きだよ。


「そういえば、蒟蒻芋というものや、海藻を仕入れていたな」

「ええ。にがりも仕入れたから豆腐も作れるし、お味噌汁が作れるようになるわ。でも、まだわたくしが自分で作るわけにはいかないから、コックに作ってもらうんだけど、ちょっと不安だわ。形がなくなるまで煮込まれたら困るもの」

「私にはよくわからないが、ツェツィの好きにしなさい。ただし、危ない事はしないように。キノコを収穫しに魔の森に行くと言い出した時は、どうしようかと思ったぞ」

「あの時は、心配をかけてごめんなさい。でも、キノコ類は欠かせないからしかたがないの」


 そんな事を話しつつ、わたくしはゆで卵を一つ、お父様なんて三つも食べて休憩を終えた。

 もち米がどこかで手に入ればなぁ。

 お米があるぐらいだから、もち米もあるはずだし、根気よく探すしかないよね。

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[良い点] 面白いです!主人公がいい子なので読んでいて楽しいですね。 [一言] 西洋風世界なら、鹿肉などの脂肪の少ない肉で鰹節・・・と、いうか、鹿節を作った方が喜ばれると思います。 ヨーロッパの一流…
[気になる点] 調味料関係が一気に進んでいますが、前話(国王と会って)から一体何年たっているのでしょう? 味噌を作るには材料(麹菌含む)が全てそろっていても数か月かかると思いますし、醤油にしても味噌…
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