実体験してもろて
昼食を終えて教室に戻ってくると、まだメイジュル様達は戻ってきていないようで、わたくし達はそれでも、予定であればそろそろ月経が始まるという事で、密かに反応を楽しみにしていたりする。
月経というか、女性の二次性徴に関しては、十歳の時に令嬢向けに特別授業という形で教えられているし、最近では生理用品を購入しに来たメイドに使い方を含めて、痛みなどの症状が出た場合の対処法も教えるようにしているので、わたくし達の学年から下あたりの年代の令嬢ではそこまでパニックは起きていない。
早い子だと十歳で初経を迎えたりするからね。
午後の授業までの間、わたくし達四人で話していると、マドレイル様達も戻ってきて視線で挨拶を交わすと、それぞれ着席する。
そして、予鈴がなって本鈴ぎりぎりでメイジュル様達が教室に入って来て、いつも通りに教室の後ろに座ると、相変わらず偉そうに、だけれども慣れないドレスに眉間にしわを寄せながら授業を嫌々受けているようだ。
そのまましばらくは普通に授業が進んでいたのだけれども、三人が同時に叫び声を上げた。
一斉に注目が集まると、三人は顔を真っ赤にして、けれども立ち上がりたくても立ち上がれないのか、両手を拳にして机の上に置くと、フルフルと震えている。
あ、もしかして始まったのかな? そんでもって、血に濡れた感覚を漏らしたとでも思った?
それぞれの侍従が声をかけたけれども、三人は顔を青ざめて「なんでもない」と言った為、そのまま授業は進んだ。
授業が終わって、帰宅時間になったにも関わらず、いつもならすぐに椅子から立ち上がって帰るメイジュル様達が立ち上がらないので、リアン達が『心配そうに』近づいて行く。
「顔色が悪いですわね。保健室に行かれてはいかがですか、メイジュル様。……あら、お腹に手を当てていらっしゃいますが、腹痛ですか? 痛みを和らげる処方薬が保健室にありますので、処方していただいてはいかがでしょうか? それにしても、先ほどから微動だになさいませんけれども、どうなさいましたの? いつもでしたらすぐにお帰りになりますわよね? ああ、そんなに具合が悪いのですか? 侍従に抱きかかえてもらってでも、やはり保健室に行くべきだと思いますわ」
「おや、なんだかソワソワしておるの? やはり着慣れぬドレスは着心地が悪いのかのう? そうじゃ、そなたは知らぬかもしれぬが、ドレスが汚れてしまうと、汚れの内容と生地によるのじゃが、汚れが落ちずに余計に洗浄魔法に魔力を注ぐ必要があるのじゃ。特に、血の汚れは早くに落としてしまわねばならぬのじゃよ。まあ、そんな事、頭のいいお主なら知っているであろうがな」
「いつもは元気が取柄のラッセル様らしくありませんね。体調が悪いのでしたら、お帰りになったほうがよろしいですよ? そういえば、ラッセル様は『何があっても』平然となさるほどお強いんですものね。私とした事が余計な事を言ってしまい申し訳ありません。元気がないように見えますが、そんな事はありませんよね。ラッセル様は私達のような令嬢と違って優れているのですから」
あはは、三人とも絶好調だね。
ここぞとばかりに責め立てる姿、いいと思うよ。日ごろの鬱憤を晴らしてるわ。
今まで散々、令嬢は役立たず、将来子供を産ませてもらえるだけありがたいと思えとか言ってたもんね。
しかし、生理が始まって粗相をしたと勘違いしたっぽいけど、流石にそろそろ生理だって気が付いたかな?
ちらっと足元を見るけど、座っているという事もあって垂れてはいないね。
だけど、そろそろ本気で処置をした方がいいと思うんだけどな。
そう考えていると、メイジュル様が何を思ったのか勢い良く立ち上がって、その瞬間ぐらりと体が揺れ、慌てた侍従に抱き留められた。
「くそっ気分が悪い」
メイジュル様の様子を見て、ルーカス様は慎重に立ち上がったけれども、立った瞬間顔をしかめて下腹部の辺りをグッと押さえた。
「……」
ちらっと足元を見ると、赤い筋が……。垂れたか。
ラッセル様はどこかに力を入れるようにして立ち上がって、無言で内股になりながら侍従を連れて教室から出て行った。
生理で体調を崩した女性を散々馬鹿にしてたんだから、明日休むなんて事するわけないとは思うけど、どうするのかなぁ?
内心そんな事を考えつつ、扇子で口角の上がる口元を隠して侍従に手を引かれながら教室を出て行ったメイジュル様とルーカス様を見送った。
翌日、メイジュル様達は『ちゃんと』登校してきた。
厚化粧なので顔色は分からないけど、あからさまに体調が悪そうなので、わたくしは『心配そうに』近づいていく。
「皆様、体調が悪いようですけれども、ご無理をなさらずに保健室でお休みになったほうが良いのではないですか? 突然女性の体になって、慣れない部分も多いでしょうし、ご無理はよくありませんよ。そういえば、どんな症状が出ていますか? 保健室に行って先生に詳しくお話することではありますが、前もって説明していただいていた方が、侍従の方々も説明しやすいと思います」
あくまでも親切を装って『心配そうに』言うと、一瞬ためらったけれども、メイジュル様達がボソボソと口を開き始める。
曰く、信じられない箇所から血が流れて来て、腹痛と腰痛は酷いし、体全体がだるくて頭痛のせいで視界がかすみ、吐き気がする為食事もままならず、そのせいで薬を飲む事も出来ない。
本当なら部屋に引きこもっていたかったのに、なぜか体が勝手に登校の準備をするように命じ、今に至るそうだ。
体が勝手に、ねぇ。
あの契約書ってもしかして『塔』の特性の魔法契約書だったりするのかな? なにそれこわい。
「そうでしたか、それは大変ですね。それで、メイジュル様達は令嬢が最近愛用している物はご購入なさいましたか?」
「は?」
「まあ、ご存じないのですか。それでしたら、保健室に行って予備の物を受け取る事をお勧めします。従来の物よりもずっと優れた物ですよ。けれども、この期間ばかりはメイドを傍仕えになさるべきでしたね。いくら気心の知れた侍従とはいえ、今は女性の体なのですから、その、世話をさせるのは難しいものがあるのでは?」
「「「は?」」」
「え? 違うのですか? まさか、皆様は侍従の方でしたら下着姿や、こういった時の処理を任せても構わないとおっしゃいますの? そ、それは差し出がましい事を申しました。もしかして、昨晩もメイドではなく侍従にお世話をさせたのでしょうか? まあ、そうだとしたら、随分と固い絆で結ばれていますね。まさに主従の鑑です」
感動したような声で言うと、三人は慌てたように目を見開いたけれども、わたくしは『申し訳なさそうに』頭を下げる。
「特別な関係である主従の事に口を挟むなど、淑女としてあるまじき行為でした。本日の皆様のお世話も、お連れになった侍従の方が全てなさるという事なのですね。もしかして、性別に関係なく、ずっと長年信頼している侍従に任せるのでしょうか? そこまでとは、考えが及ばず申し訳ありません」
そう言って深々と頭を下げ、わたくしは三人から離れる。
背後で「しまった」というような空気を感じたけれども、わたくしの発言はしっかりと、教室に居るクラスメイトが聞いているので、明日から傍仕えを変えたら、「侍従を信用していなかった」「メイドに変えるという当然の発想が無かった」と言われるので、今更変える事も出来なくなる。
その後、メイジュル様達は授業中、吐き気がすると言って途中退席をしたり、昼食は食べる気力がわかないと言って、教室でぐったりとしていたそうだ。
そりゃあ、ただでさえ敏感な時期に、あんな白粉の匂いときつい香水の匂いがあったら、吐き気もこみあげてくるでしょうよ。
ただ、何を考えているのか分からないけど、わたくしが折角忠告したのに、保健室に行って処方薬を貰ってくるとか、生理用品を貰ってくるという事はせずに、トイレに行く事はあっても、当て布を変える事はしなかったのか、午後になるとメイジュル様達のドレスには血がにじんでいた。
せめて当て布は変えようよ。
香水の匂いがきついから分からないけど、近くでちゃんと嗅いだら、血の匂いもするのかもしれない。
というか、昨日言われたよね? 血の汚れは落とすのが大変だって。
洗浄魔法があるとはいえね、汚れの度合いによって使う魔力量が変わってくるんだからね。
授業が終わり放課後になると、メイジュル様達の顔色は真っ青になっており、貧血で自分では立ち上がれないらしく、小声で侍従に手を貸すように言っていたけれども、そもそも立ち上がる事が困難なようで、最終的には侍従にお姫様抱っこをされて行った。
三人とも「こんな屈辱」とか言っていたけれども、自分の為にも早く帰った方がいいと思うんだよね。
そこら辺は、侍従の判断が優れているという感じかな。
しかし、三人が座っていた椅子に血の跡があるな。
さりげなくマドレイル様が洗浄魔法をかけて消したけれども、なんだかなぁ。
まあ、あの三人以外あの席には座らないからいいか。
「これで、女性に対する認識を少しでも改めてくれるといいのですけれどもね」
「どうかのう。あの鳥頭はすぐ忘れそうじゃ」
「女性を馬鹿にしているような発言が多いのですもの。本来ならもっと苦しんでもらっても構いませんわ」
三人の言葉に、わたくしは苦笑してしまう。
そんな感じにメイジュル様達の女体化期間が終わったけれども、薬の効果が切れたあと、メイジュル様は以前にもまして女性の体に興味を持ったらしく、以前よりも令嬢を侍らせるようになった。
ルーカス様とラッセル様は、生理で苦しむ令嬢をあからさまに馬鹿にする態度は鳴りを潜めたが、女体化を経て、やはり男の方が優位なのだという考えに至ったらしい。
少しは懲りたと思ったけど、本当にどうしようもない人たちなんだなぁ。
ヒロインが現れたら、あの三人は変わるのかなぁ。
少なくともゲームの中、(アプリ版)ではヒロインの事を大切にしていたよね。
わたくしとしては、リアン達がひどい目に遭わなければそれでいいから、メイジュル様達は好きにやってっていう感じなんだけど、世界の強制力のせいでどう巻き込まれるか分かった物じゃないから、油断は出来ないわ。