やだ、この人も腹黒い
学院の廊下を歩いていると、前方や後方にわたくし達のファンだという令嬢達がこっそりと様子を窺うようになって来たのはいつからかな?
これもあれも、この間リアンが、階段から落ちかけた令嬢を抱えて、咄嗟に庇って下に落ちたせいだよね。
まあ、軽い打ち身ですんで、リアンも三日ほどの静養ですぐに復帰したけど、あの時は肝が冷えたよ。
グレイ様も魔法薬を惜しみなく使ってくれたから、リアンの体には傷一つ残らないのが幸いね。まあ、打ち身だったけど。
とにかく、そんなこんなでリアンの株は令嬢から爆上がり。
件の令嬢は、毎日リアンに向けて花束とメッセージカードを送り、復帰したら学院の校門の前で朝早くから待ち構えていて、リアンの無事な姿を見て号泣。
その時、リアンが「そなたを守るのは妾の義務。泣く事はない」と言ってハンカチを差し出したものだから、それはもう令嬢達の間で噂があっという間に広まって、リアンは白馬の王子様扱いだよ。
おかげでここしばらく、リアンのファンや、それまで隠れていたらしいわたくし達のファンが遠巻きにわたくし達を観察するようになったんだよね。
うーん、別に見られるのはいいし、プライベートを確保したい時はちゃんとサロンとかパビリオンに行けばいいからいいんだけど、問題は三馬鹿。
令嬢達に人気が出たわたくし達を目の敵にし始めたのよね。
こちらと顔を合わせようものなら、あからさまな無視。
少しでもわたくし達の評価が上がれば、悪口を広めて陥れようとする。
メイジュル様達の流す噂を信じる人なんてごく少数だけど、そのごく少数が信じて、メイジュル様達を持ち上げるから、メイジュル様達はそれで満足みたい。
都合のいい頭で羨ましいわ。
今日も歩いていると、令嬢の団体がリアンをチラチラ見ている。
リアンがパチンと扇子を開いたので、リーチェが進み出て、その令嬢に笑みを向けた。
「ごきげんよう。何か御用でしょうか?」
「ごきげんよう、マルガリーチェ様。あの、こちら、アンジュル商会の新商品で、みっ皆様でぜひ召し上がってくださればと」
そう言って差し出されたのは、抹茶味のカヌレかな?
新商品ってなるとそれだしね。
「まあ、ありがとうございます」
「いえっ」
リーチェがそう言って微笑み、令嬢がリアンを見て「きゃぁ~」と黄色い声を控えめに上げてそそくさと立ち去っていく。
う~ん、可愛い光景なんだけど。ここは女子校か?
受け取った箱をリーチェはお付きのメイドに渡して、何食わぬ顔でわたくし達のいつもの席の方に歩いてくる。
「相変わらず人気ですね、リアン」
「大丈夫かの?」
「……まあ、大丈夫でしょう。無理そうなら休暇を取らせます」
「そうなると、こっちでも毒の鑑定魔法を使える使用人を用意しないといけませんね」
「兄上に手配を頼もう。そもそも、妾がきっかけじゃしな」
リアンがそう言ってため息を吐き出すと、わたくし達は思わず苦笑してしまう。
あの時のリアンの行動が最善だったのは事実であるし、リアンが庇わなければ、恐らくあの令嬢は貴族の令嬢としては致命的な傷を負っただろう。
それよりは、打ち身ですんだのだからよかったのだが、万が一リアンが傷を負っていたらと思うと、ぞっとしてしまう。
小さな傷が肌に残っているだけでも、女は傷物とされて、貴族の令嬢であれば嫁の貰い手がなくなってしまうと言われている。
男の傷は勲章だと言われているのに、解せない。
しかし数年前に比べたら、結構食事の材料が集まって来たかな。
レシピの公開は、アンジュル商会が運営する飲食店でちゃんと働けば提供するのに、奪う事ばっかり考える人が多いからなぁ。
「おはようございます、薔薇の姫君達」
「おや、マドレイル様。おはよう。今日は少々遅れたようじゃな」
「そうですね、出かけに少し捕まってしまって」
「捕まった?」
「すぐにいらっしゃいますよ」
そう言ってマドレイル様が教室の出入り口を見ると、そこからメイジュル様達が入って来たので、わたくし達は「ああ」と納得した。
メイジュル様に一緒に行こうとか言われたのだろう。
王子同士、親睦を深めるためとかめちゃくちゃな事を言いそうだもんなぁ。
「馬車の中で、失礼な事をしてはおらぬか?」
「予習をしていたので、何をおっしゃっていたのか覚えていませんね」
「それであればよいのじゃが」
リアンがそう言ってため息を吐き出すと、メイジュル様が自慢げな顔をして近づいてくる。
その顔がうぜぇ。
「やあ、マドレイル殿。今朝は有意義な時間を過ごせた」
「それであればよかったです」
「しかし、俺への義理立てをしなくてもいいんだぞ?」
「と、言いますと?」
「俺と仲が良すぎると、そこの女が兄上から不興を買うと気を使っているのだろう? 俺と同じ執政者になる者としてのその気遣いは良いと思うが、その女達は所詮は使い捨てだ」
堂々と言った言葉に、わたくし達の視線の温度が下がって行く。
「使い捨て? それはまさか、こちらの薔薇の姫君方を言っているのですか? それに執政者? メイジュル様は大臣職に就くおつもりですか?」
「は? 大臣など俺が為るわけがないだろう」
「……そうですか。それで、執政者ですか。なるほど、これは随分と面白い。それで、使い捨てという発言の撤回はなさらないのですか? 後ろに控える方々も、自分の婚約者をこんな風に言われて、何も感じないのですか?」
マドレイル様が静かに言うと、メイジュル様が訳が分からないというような顔をするし、ルーカス様とラッセル様も眉間にしわを寄せている。
「なぜ訂正する必要がある? マドレイル殿の国も女は子供を産むための道具でしかないだろう?」
「なるほど? 後ろの二人も同じ考え、と?」
「ええ」
「そうだな」
その言葉に、マドレイル様がクスクスと笑う。
「そこまで言うのなら、女性がこなせることを優位に立つ男性である貴方達に出来ないわけがありませんよね?」
「当たり前だ」
「それは何よりです。そうですね、まずは、女性が体験する月経の痛みを体験していただくというのはどうでしょう? 実際に子供を出産する時はもっと痛いと言いますし、女性でも出来る事なのですから、男性である貴方達三人は問題なく乗り越える事が出来ますよね」
「「「あ、当たり前だ(です)」」」
おお、マドレイル様ってばやるぅ。
でも痛みを実感してもらうなんて、どうやって体験してもらうんだろう?
そう考えていると、マドレイル様がにっこりと笑って三つの瓶をアイテムボックスから取り出す。
「これは、『塔』が開発した魔法薬なのですが、性別を誤って生まれてしまった人のために開発をしている最中で、生憎まだ完成とまではいかず、十日間しか性別が変わらないのですが、十分でしょう? あと、こちらの魔法薬は、排卵誘発及び促進剤です」
え、何そのえげつない物。
『塔』の研究内容が相変わらず謎の方向性すぎてわからん。
「女性には出来る事なのですから、問題ありませんよね? 一生女性になるわけではないのですから、少しの間の我慢ですよ。まさかとは思いますが、それも出来ないなんて、情けない事は言いませんよね?」
ニコニコと笑顔で追い詰めて行ってるわ。
こんな人前でそんな事言われたら、このプライドの高い三人が断るわけないよね。
案の定、三人は渋々という感じに頷いた。
それを確認したマドレイル様は、恐らく付随している契約書を取り出して、そこにそれぞれサインをさせた。
しかし、メイジュル様とラッセル様は中身をよく見ずにサインしたけどいいの?
ルーカス様はちゃんと読んでいるっぽいけど、どうなるのかねぇ。
生理痛は人によるけど、痛い人は痛い。
そんな風に考えてマドレイル様を見ると、グレイ様に通じる雰囲気を感じ取り、そっとサイン済みのメイジュル様の契約書を四人で見る。
そこにはしっかりと、女性が感じる月経痛の重い悩みを体感する。とあった。
うわぁ、やっちまったな。
リアン達は生理痛は今のところそんなにひどい物ではないそうだけど、重い人は重いのはこの世界でも同じらしい。
それでもリアンは貧血で休まないといけない時があるし、クロエは頭痛がひどくなるから同じく休む時がある。
リーチェは特に重い症状はないけど、生理付近になると体が全体的にだるくなってしまうのだとか。
娼館のお姐さんの話によると、やっぱりわたくしが前世で体験したような腹痛に腰痛、貧血に頭痛、吐き気にだるさというフルボッコだドンの人もいるらしいんだよね。
そういう人に限って一度の量が多かったりして、頻繁に生理用品を交換しないと血の海が広がるんだよね。
それを体験する羽目になるとか、やだなにそれ、カワイソーw
「では、サインも終わったので早速この魔法薬を飲んでください。ああ、ドレスがありませんね。でも、学院に予備のドレスがあるはずですから問題ありませんね」
「「「は?」」」
「おや、飲まないんですか? 契約をしておいて飲まないなんて、今更臆病風を吹かせるんですか? ああ、別にそれでもかまいませんよ。貴方達が所詮はその程度だと思うだけですから」
「だ、だれも飲まないとは言っていないだろう! よこせ!」
メイジュル様が魔法薬の入った瓶を三本受け取ってそれぞれ飲み干すと、ルーカス様とラッセル様も三本ずつ受け取ってそれを飲む。
すぐには効果が出ないのか、まだ目に見えての変化はない。
「……っ!」
と、思ったんだけど、そうでもないのかな?
三人の目が大きく見開かれて、こう言ったらなんだけど股間に手を当てて声にならない悲鳴を上げている。
胸は目立つほど大きくならなかったのか、もしくは着やせして見えないだけ?
「ああ、効き目が早速出ましたね。早くお着替えに行かれてはいかがですか? レディ方」
マドレイル様がそう微笑むと、メイジュル様達は顔を真っ赤にして教室を出て行った。
あの三人、予備のドレスがどこにあるか知っているのかしら?
保健室にあるのだけれど、大丈夫?
というか、性別転換の魔法薬以外も即効性だとしたら、生理が速攻で来ると思うんだけど、どうするつもりなのかな?