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焼き芋大作戦!

 グレイ様とのお茶会に行く前、廊下を歩いていると不意に目の前にあまり会話をした事の無い人が居て、わたくしは失礼にならない程度に相手を見て、それが前国土開発大臣の重用していた補佐官であり、王太后様のご実家の縁者である事を思い出した。

 そして、色々すり抜けてはいるけれども、生粋の貴族至上主義の派閥の人間であり、グレイ様曰く、国の中枢には残しておきたくない人間。

 何度かグレイ様の執務室で会話をした事はあるけれども、特段親しいというわけでもないので、わたくしはそのまま通り過ぎようとすると、すっと道を塞ぐように前に出られ、護衛に付いて来ている人達がわたくしを守るように四方を固めた。

 爵位は、確か侯爵家の次男で、爵位を継げないから文官になっているんだよね。お情けで実家暮らしをしているはず。

 長子が家を継いだら追い出されるんじゃないかな。

 どちらにせよ、わたくしと親しくはないし、相手は成人しているとはいえわたくしよりも身分が下。

 わたくしが許しを与えない限り発言権はない。

 話がある時は、話しかけてもらえるように振舞ったりするのは普通だけど、こうあからさまに道を塞ぐのはちょっとなぁ。

 そう思いながらも、足を止めて無言で目を細める。

 相手は退く気はないようなので、わたくしは扇子を開いて口元を隠すと近くにいるメイドに耳打ちをする。


「……。ツェツゥーリア様は今より陛下の所に伺うのです。邪魔をするおつもりですか?」

「その前に、話を聞いて欲しいのですっ」

「…………。話があるのなら、ツェツゥーリア様ではなく、陛下や宰相閣下を通した方がよろしいのでは?」

「ツェツゥーリア様のお言葉でしたら、陛下も耳を傾けることでしょう!」

「……。下がりなさい」


 あくまでもわたくしは話していない。

 会話をしていたのはメイドと文官なので、責任云々の話になったとしても、そこにわたくしが関わる事はない。


「ツェツゥーリア様! どうか話を!」


 そう言って近づいてこようとした文官を、護衛が止める。


「ツェツゥーリア様、参りましょう」


 メイドに促されて文官の隣を迂回して通り過ぎると、背後からまだ文官の声が聞こえて来たので、わたくしは一度足を止めて、少し考えてメイドに先ほどのように耳打ちをした。

 僅かに驚かれてしまったけれども、わたくしがにっこりと微笑んでいるのを見て何か気が付いたのか、頷いて文官を押さえている護衛に視線を向けると、護衛は文官が暴れたり逃げたり出来ないように押さえながら連れて来た。


「ツェツゥーリア様、これはっ?」

「……。ツェツゥーリア様は先ほども言ったようにこれより陛下とのご用事があります。しかしながら、今貴方を見逃しても同じことを繰り返すと、恩情により『陛下の元へ』ご一緒することを許します」

「なっ! 私はツェツゥーリア様と話が出来ればっ」


 文官が動揺したように言うけれども、わたくしはただにっこりと微笑んでいるだけ。

 あくまでもわたくし個人だったら丸め込めるとでも思っているのかな? グレイ様の前だったらさぞかし都合の悪い事でもあるのかな?

 うふふ、でもねぇ。わたくしが親しくない、何だったら敵対派閥の文官にこんな風にされた時点でアウトなんだよね。

 今頃は、こうして時間稼ぎをしている間に、グレイ様が場所を移動して処刑場、じゃない、執務室に移動している所じゃないかな。


「……。グレイ様の前では何か問題が?」

「それは……そ、そうだ。これはあくまでも個人的な事で、陛下の前で言うような事ではありません」

「…………。ツェツゥーリア様はまだ成人していない子供でございますので、何かを相談されてもお助けする事は出来ません。せめてもの手助けで陛下へのお目通りの機会を作ってくださるそうです」


 ここまで言われて断ったら、逆に不審な事があるって言っているような物だから、文官は黙って付いてくるしかない。

 さて、この人は何をするつもりなんだろうねぇ。

 そのまま『いつもと違う道』を歩いて行くと、入ったことの無い執務室に案内され中に入ると、そこには既にグレイ様が居て、わたくしを手招きすると隣に座るように言った。

 わたくしは文官に一瞬視線を向け、にっこりと微笑んでからグレイ様の隣に座る。

 文官は護衛に両側をはさまれる形で、わたくし達の対面のソファーに座った。

 対面とはいえ、間には広いテーブルがあるので、手を伸ばしても簡単には届かない。


「それで、私とツェツィの貴重な時間をつぶしてまで何の用だ?」


 グレイ様が紅茶も準備されていないのにそう切り出し、文官が「ヒュッ」と息を呑んだ。


「そ、れは……」

「なんだ? 私の所に来るツェツィを止めてまで話があるのだろう? 遠慮なく言うがいい、私が許そう」

「……そ、の。……私は、この国の為、今まで身を粉にしてっきたのにも、関わらず。降格を言い渡され、ただの、文官に、され……この、ような処分はっ、決してっ、正しい、物では……ない、と」


 震えながらにも言われた言葉に、グレイ様が笑みを深めた。


「それで? 元の地位に戻してほしいとツェツィに口利きしてもらおうとしたのか?」

「ひっ、は、い」

「なるほどな。以前は私の所に目通りも出来たが、今ではそれも出来ず、子供だと思ってツェツィを脅してでもどうにかしようとしたのか」

「そんなっ」

「……まあ、いい。私も今回の処分は考えるところがあったからな」


 グレイ様の言葉に、文官の瞳に希望がにじんだのが見えた。

 しかし、お前の目の前にいるのは腹黒だぞ?


「文官や武官にも、定期的に試験を行うべきだと思っているのだ」

「え」

「なに、難しい事じゃない。確かに試験をする日は業務が滞ってしまうが、今までのように一度昇格してしまえばそれで野放しになり、実際の業務を下の者に押し付けるという行為は無くなるだろう。どう思う?」

「そ、そこまで、せず、とも……」

「なぜだ? 不服だと言うのなら、実力を見せるべきだろう? もちろん、この国に於いて血筋は尊き物だ。しかしながら、だからと言って実力を無視する事は出来ない。ただでさえ、血による争いを回避するための長子継承という国法のおかげで、屋台骨がきしんでいるからな。補佐をする意味でも、この国の財政面にもテコ入れをする為、文官の数を増やし、各家の金の動きなどを見る必要がある。それに、現場を知っているかいないかでは、その仕事の精度に差が出るだろう。各領に一時的に実地体験として送り込むと言うのも考えているのだ」

「ひっ」


 文官はグレイ様の言葉に盛大に顔をひきつらせた。

 今は優秀な文官と大臣補佐官も居るけど、降格させられたとはいえ居残っている人にはグレイ様の言う通り、今まで下の身分の人に仕事を押し付けていた人は結構いたみたいだからね。

 わたくしはいいと思うよ。


「それで、その他にツェツィに言いたかったことは何かあるか?」


 スッと目を細めたグレイ様が、獲物を狙う蛇みたいに見えるわ。

 弱っている獲物をなぶる猫でもいいけどね。


「そ、の……陛下との、……距離、が」

「私との距離?」

「近すぎるのでは、と……その、良識のある、人間はっ思って……」


 そう言うと、文官はグレイ様からの無言の圧に耐えかねるようにグッと口を閉じる。


「近い、な。それは何処が文句を言っている? 私は有用な実力者はもちろんその実力に見合った待遇を与える。もちろん、ツェツィに関してはその限りではないが、今、お前がツェツィ以上にこの国の発展について建設的な事を言えるのか?」

「も、もちろんですっ」

「では、今ここで言ってみよ」

「そんな、急にですか?」

「ああ、言えるだろう? お前はツェツィよりも長くこの国に仕えている優秀な者なのだから。遠慮はいらない、言ってみろ」


 グレイ様がそう言うと、文官はグッと言葉に詰まりつつ、南側の領地で起きた干害の対処について話し始めた。

 しかしながら、全ては机上の空論。結局の所、魔法士に高い給金を支払ってどうにかしてもらうという所に行きついてしまい、グレイ様がその資金をどうするのかと尋ねれば、税収を上げるとか、緊急備蓄予算から出すべきだと、自分は一切傷つかないようにする案しか出さない。

 三十分ぐらい話を聞いて、グレイ様はにっこりと考えの読めない笑みで話を止めさせ、「結局、金の問題になるな」と言えば、「そうです!」と我が意を得たりとばかりに笑ったけど、そうじゃないんだよなぁ。

 お金をかける方法しか考えないのが問題なんだよなぁ。


「それで、ツェツィはどう思う?」

「そうですね、南側の領地での干害というのは、降雨量不足による作物の収穫高の減少でしたね。時期的にも、これからは気温が上がりますから、このままでは作物の収穫は減るばかりかもしれません」

「対策は?」

「高い気温、少ない水分でも育つ食物を植えるという事が一番の対策ですが、わたくしが考えますに、報告書を読むとそもそも、大地に水を貯水する力が少ないのが問題だと思います」

「貯水?」

「はい。砂漠とまでは言いませんが、畑はあれども、木はあまりなく、大地が降り注ぐ水を溜めておけないからこそ、今年のように降雨量が少ないとすぐに被害を受けてしまうのです。植林はさして手間がかかりません。確かに、魔法士を雇う必要はありますし、すぐに効果が出る物ではありませんが、今後を見据えれば必要でしょう」

「ツェツィ、国民は数年先の未来よりも明日の生活が大切だ」

「その件ですが、植林と並行していくつかの植物を栽培してみてはと思います。もちろん、それに伴い大地の改善も必要にはなります。栽培する食物の候補は後程レポートにて提出させていただければと思いますが、よろしいですか?」

「いいだろう。概算はいくらほどだ?」

「そうですね。先ほどそちらの文官の方が提示した金額の五分の一以下かと」

「まさかっ!」


 わたくしの言葉に、文官が目を見開いて絶句した。

 いや、元々南側の領地についてはグレイ様から話を聞いていたし、わたくし達もそれなりに対策を考えていたわけなのよ。

 この国にもあって、暑さに強く、土の調整と水の調整でうまくいきそうな植物は何かなぁって。

 それで、サツマイモを中心に育ててもらおうとすることにしたんだよね。

 サツマイモ、それは冬の味覚!

 うん、あるのは知っていたんだけどね、そこまでの量を作る場所が無くて、どっかいい場所がないかなぁって思ってたから、ちょうどよかったんだよね。

 栄養もあるし、安価だし、育てやすいし、何よりも美味しいし!

 うふふ、サツマイモの収穫が出来たら、女子会で焼きいも大会するんだ!


「ツェツィの方はレポートを待つとして、そなたは金に任せた提案しか出来ず、尚且つあくまでも理想論で全てがうまくいった場合の事しか話さなかったな。それでよくもまあ、今まで国土開発大臣の補佐官が出来ていたものだ。もっとも、資格なしと分かったから文官になったのだがな」

「陛下っ」

「一ヵ月後、文官と武官全体にテストを行う。これは大臣補佐官や騎士団長の補佐官も含めての事だ。不正は許されない。『塔』からしっかりと魔道具を貸し出してもらうからな」


 あらま、『塔』に貸しを作っていいのかしら?

 そう思ってグレイ様を見上げると、一瞬だけふっと優しい笑みを向けられた。

 もうっ、そういう不意打ちはずるいと思うんだよね。

 結局、その後文官は意気消沈したまま執務室を出て行って、わたくしは二人の時間を邪魔されたと機嫌の悪くなったグレイ様の機嫌を取る為、手ずからお土産のスコーンを食べさせてあげる事にした。

 べ、別にしたかったわけじゃないんだからねっ。

 ……リアンの真似は止めよう。わたくしがやってもなんか虚しい。

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― 新着の感想 ―
[一言] 所詮は威張るしか脳の無いヤツだったと(笑)
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