きみに会いたかった
珍しく、勉強も仕事も、女子会もお茶会も無い純粋な休日。
本気で年に二回あればいい方だと思えるこんな日は、何をするか決めている。
そう、料理!
わたくしは動きやすいワンピースに着替えて、その上からエプロンを着けると、スキップしそうな気分で厨房に向かう。
ハン兄様はデュランバル辺境侯爵領の商会ギルドの方に行っているから留守だし、今この屋敷で一番の権力を持っているのはわたくしだ!
実は、数日前から仕込んでいた物があるのよ。
わかる? わかっちゃう? わかっちゃうでしょう?
そう! 納豆!
ハン兄様がいない今がチャンスと言わんばかりに準備をして、温度を一定に保つ魔道具も買って、藁も用意して、大豆を蒸したりして、しっかりと作ったわ!
厨房で作ると、腐った物だと誤解されて捨てられるかもしれないから、部屋でこっそりと作ったのよ。
脱臭材は置いておいたけど、まあ、意味はなかったよね!
掃除に入ってくるメイドに、「この匂いは?」って何度聞かれた事か!
その度に、「そこの箱は絶対に開けちゃダメ、捨てちゃダメ!」って言いまくったわ。
そんなわけで、わたくしは今、作成が終わった藁製の納豆を持って厨房に向かっている、大切な事なので二度言うが、スキップしそうな気分で!
やっぱり最初は納豆ご飯かなぁ。納豆パスタもいいよねぇ。
納豆汁も捨てがたいし、ああ、迷うっ。
うーん、でもやっぱり、最初はオーソドックスに限る!
そんなわけで、わたくしは厨房に入ると、白米の残りを確認して、お茶碗に盛りつけると、アイテムボックスから納豆を包んだ藁を取り出して、納豆を小さな器に移し、醤油をたらし、からしを入れてまぜまぜして、お茶碗に盛ったご飯の上にかけた。
もちろん、二人分。どうせ味見されるからね。
「味見をどうぞ」
にっこりと言うと、いつもはしっかりと食器を持つ使用人達が動かない。
どうしたんだろう? と首を傾げると、コック長がギ、ギとさびた人形のような動きでわたくしを見てくる。
「お嬢様、これは、その……失礼ですが、腐っているのでは?」
「大丈夫よ。そんなに心配だったらわたくしが先に食べるわ」
「そんな事はさせられません!」
コック長はブルブルと首を横に振る。
「ひっ、ね、ねばって糸を引いてますっ」
「くっさっなにこれくっさっ」
「えぇ? お嬢様を疑いたくないけど、これは……」
散々な言われようだな。
「お、オレがっ……食べますっ」
一人のコックがそう言ってスプーンを持ってお茶碗を持ち、ごくりとつばを飲み込んで納豆と白米を一緒にすくって、目を閉じて口に運ぶと、ぎこちない動作で咀嚼し、しばらくしてごくりと飲み込んだ。
「……だ、大丈夫です」
そう言いながらも、なぜか涙目だ。
失敗したのかなぁ? 王太后様お墨付きのレシピで作ったんだけど。
その他にも「念のため」と数人が試食をするけど、誰もが微妙な顔をしている。
なんでやねん。
試食が終わったところで、わたくしも自分用の物を手に取って食べてみるけど、普通に美味しい。
うーん、やっぱり見た目と匂いが駄目なのかなぁ? 前世でも糸を引くのが無理とかいう海外の友人はいたしね。
だがなぁ、あえて言わせてもらう。
私は納豆が好きだ!
そんなわけで、平然と納豆ご飯を食べているわたくしに、使用人の皆は軽く引いている。
そこまで? そこまでなの?
いいもん。わたくしが楽しめればいいんだもん。
そう思いながらモグモグと食べていると、お付きのメイドがそっと何かをメモっているのが見えた。
一瞬の事だったからよく分からなかったけど、何をしたんだろう?
そんな事を考えていると、いつの間にかわたくしの横に教師が座っていて、わたくしは思わずゴキュンと口の中の物を飲みこんで、慌ててお茶を飲んだ。
「先生、どうしました?」
一斉に好戦的になる使用人達を手で制して、わたくしはにこやかに微笑みかける。
そうすると、教師も人当たりの良い笑みを浮かべ、テーブルに手を置いた。
「初めて見る物を食べていますね」
「納豆という物です」
「ふむ。………………大豆の発酵食品ですか。それでそのような臭いに見た目、というわけですね」
「ええ」
「大変興味深い」
「え?」
「私も食してよろしいですか?」
「え、ええ……。よろしいのですか?」
「もちろんです。未知の物を探求してこそ、という物です」
胸を張ってそう言われたので、わたくしは新しいお茶碗に白米を盛らせて、そこに納豆を準備して白米の上にかけて差し出した。
「先ほど、からしを入れましたね」
「はい」
「他に入れる物はありますか?」
「えっと、人によると思いますけど……、マヨネーズとか、卵黄とか、ラー油、ネギ、キムチ、海苔、ごま油、オクラ、メカブ、白子、山芋、わさびとかポン酢?」
「ふむ……大半を知りませんね」
教師の言葉に思わず頬が引きつりそうになった。
微笑みで誤魔化そうとしたけど、その目は後で追及する気満々っぽいなぁ、どうしようかなぁ。
「とにかく、まずは基本を頂きましょう」
そう言って教師は納豆ご飯を食べ始める。
固唾を呑んで見守っている使用人がいる中、教師は無言で納豆ご飯を食べていき、特に文句を言うことなく食べきると、食後のお茶を飲んで、「ふぅ」と息を吐き出した。
「大変美味しゅうございました」
「「「「「へ」」」」」
まて、その反応はおかしいだろうっ。
「この量でこれだけの栄養を得る事が出来るのは素晴らしい。匂いは、そうですね、確かに慣れるまでは躊躇う所もあるかもしれませんが、対処法はあるのでしょう。味に関しては問題ありません。ただ、食感がねばついていますので、苦手な人は苦手でしょう。しかし、それらの欠点を抜いたとしても、これは良い品物だと思います。ツェツゥーリア様のご様子からして、この食べ方以外にもあるようですし、ぜひ食べてみたいものですね」
ニコニコという教師に、わたくしはこの人はどこまで見通しているのだろうと思わず天井を見上げたくなってしまった。
「先生は、何かお好きな料理はありますか?」
「そうですね、これといっては」
「そうですか」
うーん、手軽でちゃちゃっと作れるものかぁ。
わたくしは冷蔵庫に似た魔道具を漁って、明日の朝食用の油揚げを見つけると、一枚拝借した。
その他にもチーズも取り出して、慣れた手つきで材料を切って行く。
教師はわたくしが料理をしている姿が珍しいのか、ニコニコとした様子で眺めてきているが、時折虚空を見て、何かを呟くように口を動かしている。
油揚げの中にチーズと納豆を層になるように入れて、ゆでる前のパスタで口を閉じて、フライパンにオリーブオイルを引いてじっくりと焼き始める。
焦げ目がついたところで、ひっくり返して逆側もじっくり焼いて行く。
そろそろいいかな? という所で火を消して蓋をして余熱で温めつつ、味付けの方の準備をする。
そのままでもいいんだけど、好みがあるからね。
一応、マヨネーズと一味唐辛子を準備しておく。お醤油は納豆をほぐすのに使っているから多分いらないでしょ。
「どうぞ、即席のおつまみです」
「随分と手際がいいですね。それにしても、これは見た事がない物ですが、どのような物でしょうか?」
「油揚げはご存じですか?」
「はい。お味噌汁などに使いますね」
「その油揚げの中に納豆とチーズをこう、層になるように入れて、パスタで口を閉じて、油でじっくり焼いたものです。マヨネーズや一味唐辛子はお好みで調節してください」
わたくしが身振り手振りで説明すると、教師は納得したように料理に手を伸ばした。
一瞬使用人達が「味見をっ」と言いそうになったけど、それは教師が視線で黙らせたようで、中途半端な形で止まって元の姿勢に戻った。
わたくしが言ったように、マヨネーズと一味唐辛子を付けて口に運ぶと、思ったよりも熱かったのか、「ホフホフ」と息を吐いたけれども、吐き出すという無作法はせず、そのまま咀嚼してあっという間に一つを食べ終えてしまう。
「これは美味しいですね。チーズの効果か、独得の臭みも和らいでいますし、粘り気も焼いたせいなのか減っています」
「それでも、苦手な人には駄目だと思います」
「逆に、こういうのが好きな人もいるのではないでしょうか?」
にっこりと言われ、わたくしはそうなのかな? と首を傾げる。
「まあ、これに関してはアンジュル商会の方に任せるべきですね。しかし、この納豆というのは、実に素晴らしい」
目を輝かせる教師に、わたくしは思わず逃げ出したくなってしまった。
研究大好きな『塔』の人のツボってどこにあるのか分かんないんだよねぇ。
「もし商品化される時は、真っ先にその情報を教えてください。一番乗りで買いに行きますので」
「先生、授業と被ったらどうするのですか?」
「分身を使うので大丈夫です」
お前は何処の忍者だ!




