毒見はしないといけない
新学期になり、予定通りにマドレイル様が編入してきた。
容姿端麗で、身分に問題もなく、優秀で品行方正、本人が隠していない為聖獣の加護を受けているという事もあり、瞬く間に人気になったのは言うまでもない。
いやさ、こんなキャラいなかったよね。
わたくしが死んだあとに追加されたキャラ?
少なくともパソコン版にはいなかったキャラだし、聖獣の加護を受けているっていう事は、性根が曲がっているという事はない。
攻略対象に見えるけど、攻略対象じゃないのかな?
でも、もしもだけどヒロインが転生者だったら、しかもお約束のビッチ系ヒロインだったらこんなイケメン放置しないと思うんだよね。
うわぁ、国際問題になるからやめて欲しいわ。
しかし、改めて見てもマドレイル様ってかっこいいねぇ。
二重だけど切れ長の目はぱっちりとしていて、赤と緑のオッドアイが神秘的だし、艶やかな藍色の髪はサラサラとして風が吹くたびに揺れている。
短く切りそろえられている為、見えている項が、幼いながらもちょっとした色気を感じる。
うーん、攻略対象じゃないのが不思議なぐらいなんだよねぇ。
やっぱりアプリ版での追加キャラかな?
そうなると、悪役令嬢は誰になるんだろう? グレイ様と同じように隠しキャラで居ないとか?
マドレイル様に聞いても、祖国に婚約者がいるというわけでもなく、兄君が即位後は臣下に下って、断種の上で一代限りの爵位を貰う予定だそうだ。
本人曰く、お兄様大好きのブラコンで、一回り以上離れているお兄様を、小さい頃はそれこそ両親以上に慕ってくっついて回っていたらしい。
可愛かっただろうなぁ。絶対に今もだけど美少年だったもん。
とはいえ、うるさいのが三名いるため、わたくし達が必要以上にマドレイル様と接触することは出来ず、多くの人が見ている前で、社交辞令を言い合ったり、たわいもないおしゃべりをするぐらいしかない。
本来なら、王族であるリアンはマドレイル様をおもてなししないといけないんだけど、それを理解出来ない馬鹿が居るからね。
メイジュル様? ハハ、そんなの出会った瞬間グレイ様に戦力外通告されたよ。
「マドレイル様、編入してしばらくになるが、学院生活はどうじゃ?」
「そうですね、概ね問題はありませんよ」
「それは何よりじゃ。何か問題があったら、兄上にも言われているし、遠慮なく妾達に申しておくれ」
「ありがとうございます。それにしても、女生徒は問題なく統率出来ていますが、男子生徒はそうでもないのですね」
にっこりと微笑んで言われた言葉に、わたくし達はにっこりと微笑み返すと、パチンと扇子を開いて口元を隠す。
「手本になるべき方々が、どうにもうまく機能していないようです」
「お恥ずかしい限りですわ。わたくし達も何度も注意しているのですが、全く効果がありませんの」
「存じていますよ。この学院に来てまだそこまで過ごしていない私の耳にも、もう様々な噂が聞こえてきますから」
「情けない事です。私共の婚約者とはいえ、本当に早く婚約解消したいものです」
「大変ですね。しかし、英雄色を好むとはよく言ったものです。我が父は確かに良き王ではありますが、いかんせん妃と子供が多すぎます。後宮に使う費用で財務大臣が頭を抱えていますよ」
「我が国では、決まった予算以上は実家に請求が行きますからね。とはいえ、基本金がありますから、確かに数多くのお妃様がいると、税金が無駄にかかってしまいますね」
「その点、この国は羨ましい。『今はともかく』、いずれは子供はともかく妃用の費用は、ね」
そう言って微笑まれ、わたくしは微笑みを返す。
どこまでだ? どこまで知っているんだ?
今はこの国に居るとはいえ、他国の王子がそんなに早くつかめる情報なのか?
「ああ、ご安心ください。私はこう見えて、人を見る目があります。グレイバール陛下がどんな目をしてお妃様方を見ているか、ツェツゥーリア様を見ているかは分かりますよ」
「そうですか」
そういや、この人も魑魅魍魎の住む後宮で育った生粋の化け物さんなんだったわ。
リアンが結構そういう面を見せないから忘れそうになるし、メイジュル様はアレだから完全に忘れてたけど、生粋の後宮育ちって、一癖も二癖もあるんだったわ。
マドレイル様は、すっと視線を教室の後ろで固まっている三人に視線を向けると、クスっと笑う。
「この国は、本当に『優しい』ですね。私の祖国でしたら、『処理』されていてもおかしくありませんよ」
「そうですね。『事故』はいつ起きてもおかしくはないと陛下はおっしゃっていますけれども。おっしゃる通り『優しい』ので」
「ふふ、冷酷と噂のグレイバール陛下も、甘いところがあるというところなのですね」
「けれど、守るためなら手段を選ばないのも、陛下の良いところだと思いますよ」
「おやおや、それは怖い。私はなるべく目立たないように行動しましょう。せっかく逃げてきているのに、この国でまで面倒事には巻き込まれたくありません」
そりゃそうだな。
しかし、本当に分かんなくなって来たなぁ。
モブであるわたくしには変な設定盛り込むし、知らない攻略対象っぽい人は登場させるし、どうなっているんだろうなぁ。
昼休みの移動前にそんな会話をしていると、マドレイル様は準備を終えて複数人の令嬢や子息に名前を呼ばれる。
今日は彼らと食事をするらしい。
今は編入したてという事もあって、同じクラスの人を中心に順繰りで昼食を一緒にしているようだ。
少しずつ他の学年にも手を出しているようなので、もしかしなくてもメイジュル様よりも人気はあるよね。比べるのもおかしな話だけど。
「ツェツィ、わたくし達も食事を頂きましょう?」
「そうですね」
クロエの言葉に頷いてから移動を始める。
今日は天気がいいのでパビリオンでの昼食だ。
もともと、侯爵家以上の子女にしか使用を許されておらず、学年で使用出来る場所が決まっており、尚且つわたくし達のお気に入りの場所となっている為、わたくし達を差し置いてパビリオンを使おうとする猛者はいない。
メイジュル様達は、「パビリオンなど食事にゴミが入るだけだ」とか言うしね。
パビリオンに施された魔法の数々を知らない証拠だよ。
四人で仲良く歩いていると、明らかにわたくし達に話しかけて欲しそうな年下の令嬢が居て、わたくし達は歩みをゆっくりとさせてから、優雅に足を止める。
「ごきげんよう、このようなところでどうしました?」
「マルガリーチェ様。あの、もしよろしければこちらを……、その、皆様でっ」
そう言って差し出されたのは綺麗にラッピングされた包み。
視線がリアンを見ているので、わたくし達というよりはリアンに食べて欲しいんだろうな。
「まあ、よろしいのですか? 見ない包装ですが、どちらのお店のでしょうか?」
「いえっ、私が、自分で」
「まあっ」
「すみませんっ。で、でも……その。アンジュル商会のクッキーが美味しくて、お店で働かせてもらって、その、美味しく作れるようになったって言われて、その、み、皆様に、召し上がっていただきたくて」
顔を真っ赤にして言う下級生に、確か男爵家のご令嬢だったと思い出してリアン達と視線を交わす。
「ありがとうございます。私達でいただきますね」
「はいっ」
女生徒はそう言って深々とカーテシーをしてから、わたくし達の前から立ち去って行った。
リーチェは包みをメイドに渡すと、そのまま『何事も無かったように』わたくし達とパビリオンに歩いて行った。
パビリオンに到着すると、わたくし達はメイドが準備するのを横目に、先に準備された飲み物を飲んで今日の授業の話などをする。
その間に用意された食事をそれぞれ始めると、ほうれん草のおひたしを食べていたリアンが、チラリとリーチェのメイドを見る。
「どうじゃった?」
「毒は含まれていませんでした。ただ、味見は必要かと」
答えたリーチェのメイドの額にはうっすらと汗がにじんでいる。
毒を判別する魔法って大変だっていうもんね。
「では、味見は私がいたしましょう」
「頼みます」
グレイ様が付けてくれた影も兼ねたメイドがそう言うと、リーチェのメイドからクッキーの入った包みを受け取り、無造作に一枚選ぶと口に運び、味わうようにじっくりと咀嚼する。
ごくりと飲み込んで、水で口をさっぱりさせた後、メイドはそっと包みをクロエのメイドに渡した。
クロエのメイドが同じ動作を繰り返したところで、クロエのメイドは今度はそっとそのクッキーの包みをアイテムボックスに仕舞ってしまった。
「問題があったのか?」
「練習を重ねたのだというのは分かります。ただ、お嬢様達にお出しできる物かと言われると、難しいですね」
「具体的には?」
「パサパサしていて、口の中の水分を全部持っていかれるうえ、砂糖を入れ過ぎているのか、お嬢様達の好み以上に甘すぎます。尚且つ、焼き具合も程よいと言うよりは焼きすぎていて固くなってしまっています」
うまく出来るようになったと言われているはずなんだけど、緊張してうまく出来なかったとか?
味見はしなかったのかなぁ?
「お店で働かせてもらって、と言っていましたね? あの家は令嬢が働きに出ないといけないほど財政が圧迫していましたか?」
「うーん、わたくしの記憶ではそんな事はなかったはずなんだけど。ただ、他の子供を優先してどこかにしわ寄せがあるっていうのは、可能性があるわね。もしくは、将来平民になる事を想定して、今からその下準備をしているか、だわ」
「後者の可能性が高そうですわね。あの家は特に問題らしい問題はなかったはずですもの」
とはいえ、それなりに上手に作れるようになったかもしれないけど、わたくし達にそこそこの物を持ってきちゃう辺りは、どうしようもないんだよなぁ。
せめて自分で味見をしたら止めていたかもしれないけど、していないか、緊張でテンション上がって味が分かんなくなったとか?
うーん、毒見とかするっていう感覚がないのかな?
それとも、わたくし達が優しくて、本気でちゃんと何のためらいもなく食べると思ったのかな?
それだとしたら、騙したようで申し訳ないんだけど、これでも高位貴族の令嬢だからね。
ちゃんと毒見の対策とかはしておかないといけないんだよ。