隣国の第六王子
わたくし達にとって、社交シーズンの最大イベントであるリアンの誕生日パーティー。
主催はグレイ様だけれども、準備はメイド長と女官長さんが行っている。
メイド長さんが、「今年は女官の方々がいて、本当に、本当にっ」と涙を流していたのは印象的だったわ。
そんなにしんどかったんだ。
ちなみに、今回準備に携わった女官さんは、口から魂が抜けていた。
それにしても、ルーカス様はリアンに婚約者としての義務を果たさなくていいという事を理由に、お小遣いを減らされたからって、あてこすりなのか、こんな公式の場でもエスコートしないわけね。
リアンもして欲しいとは思わないだろうけど、仮にも婚約者の誕生日に「おめでとうございます」の一言だけ言って立ち去るってどうなの?
関係ない人もプレゼントをするのに、婚約者の義務がなくなったからって、プレゼントを贈らないとか、何を考えてるんだかねぇ。
とはいえ、今年の誕生日パーティーはいつもと違うお客様が来ている。
ルンツェル王国の第六王子のマドレイル様。
昨年、下位とはいえ、聖獣の加護を受けてしまった事により、王位継承権の争いに巻き込まれない為、来年度から我が国に避難という名の留学をする事になったらしい。
明かせないけど、わたくしは聖王の加護を受けているし、常にヴェルが居るから下位の聖獣が居たところで何の問題も無いからね。
それに、さっきリアンに紹介されたけど、話した限りでは好印象。
いや、攻略対象達がひどすぎて比べるのも烏滸がましいんだけど、それでも、聖獣が加護を与えるっていう事は心が綺麗な証だよね。
そんな感じで、リアンの誕生日パーティーは、来年度から王立学院に編入するマドレイル様の事を中心に盛り上がった。
もっとも、それを面白く思わない人もいるわけで。
それが三馬鹿なんだけども、リアンがやって来た客人にマドレイル様を紹介して歩いていると、三人が近づいていくのが見える。
「陛下、あの三人がマドレイル様にご迷惑をかけてしまっては問題なのではありませんか?」
「そうだな。デュランバル辺境侯爵、申し訳ないがメイベリアンとマドレイル殿をこちらに呼んで来てはくれないか?」
「かしこまりました」
お父様がそう言って離れていくと、わたくしはエスコートしてくれていた人が居なくなるわけで、グレイ様の傍で、グレイ様のお妃様から殺気が飛んでくるんだよね。
「陛下も大変ですね。お仕事のお役目上とはいえ、そのような子供の相手をしないといけないなんて」
「本当に。そのような子供の相手など退屈でしょう? わたくしのお父様が陛下とぜひ話したいと言っていましたのよ」
「ねぇ、ツェツゥーリア様。いつものようにお友達とお過ごしになっては如何です? 陛下に子守りをさせるなんて、ねえ」
「陛下、もうすぐ社交シーズンも終わってしまいますし、今度の夜会は私をエスコートしてくださいな」
「あら、それでしたらわたしをエスコートしていただけまして? 他の方よりも、芸術面に通じておりますし、色々な意味で退屈させませんわ」
「あら、ツェツゥーリア様はいつまで陛下のお傍にいらっしゃるおつもり?」
お妃様達のその言葉に、グレイ様はいつもの考えが読めない微笑みを浮かべながら、わたくしの肩に手を回して引き寄せた。
その瞬間、お妃様達から更なる殺気が飛んできたけど、気にしたら負けだわ。
「ツェツィは私が好ましく思っている娘。それに対して随分な物言いだな? 家の都合で後宮に慈悲で入れてもらっているお前達とは違う。弁えよ」
きっぱりと言ったグレイ様に、お妃様達が硬直する。
もしかしたら顔色が変わっているのかもしれないけど、厚化粧のせいで分からんな。
そんなお妃様達に視線を向けつつ、わたくしはにっこりと微笑みながら、グレイ様から貰った扇子を広げて見せつけるように優雅な所作で口元を隠す。
火に油を注いでますが、なにか?
案の定、お妃様達はそれぞれ持っていた扇子をきつく握りしめる。
グレイ様はわたくしの肩に手を回したまま、周囲に視線を向け、とっととこの場を離れるようにと視線で指示を出す。
それが分かったお妃様は悔しそうな顔をしつつも離れて行ったけど、分からないのか、自分は違うと思っているのか、二人のお妃様は残っている。
「ふむ。そなた達は、私の妃以前に、貴族としての作法がなっていないようだな」
「「なっ」」
「それとも、分かっていてあえての行為か? それだったら、それ相応の答えを言ってみよ」
グレイ様の問いかけで、やっと状況が分かったのか、お妃様達は慌てて離れて行った。
「陛下、お人が悪いのではありませんか?」
「かまわん。身の程をわきまえぬ愚か者はこうして公の場で醜態をさらせばいい」
「今まさに、晒している方が三人ほどいますが?」
「あの三人は、そうとう切羽詰まっているからな」
「と、いいますと?」
「一つは金銭面だな。自分の自由になる金銭が少なくなった事によって、心の余裕がなくなっている。二つ目は、今まで権力によって身分が下の者をこき使っていたが、各親の名のもとに、子供にその権力はないと宣言している為、それが出来なくなっている」
「メイジュル様は?」
「あれは……。あれでも王族だからな。取り入ろうとしている頭の軽い令嬢や親が多いのだろう」
そうなんだよねぇ。
あのあと、家に乗り込んで権力を立てにレイプしてるんじゃないかって探りを入れたんだけど、その逆。
むしろ令嬢の方がノリノリだったみたいなんだよね。
お茶会でクロエにさり気なく、「私はメイジュル様と特別な関係」とかマウント取ってくるんだよ。
馬鹿が多くて笑えるわ。
そんな会話をしていると、お父様とリアン、そしてマドレイル様がやって来た。
「お待たせしました。いやはや、お二人は人気で、お連れするタイミングが中々なくて」
「すまぬな、兄上。しかし、参加している学院の関係者には全て紹介が終わったのじゃ」
「そうか、ご苦労だったな、メイベリアン。せっかくの誕生日だというのに面倒事を押し付けてすまない」
「これは王女としての役目じゃ。兄上の為ではない」
ふいっと顔をそむけるリアン。相変わらずグレイ様にはツンデレなのね。
マドレイル様はそんなリアンを優しい目で見つつ、すっとわたくしに視線を向ける。
「ツェツゥーリア様。先ほどもご挨拶していただきましたが、来年度からどうぞよろしくお願いいたします」
「ええ、よろしくお願いします。祖国では成績優秀と聞きますし、わたくしも負けないように努力いたします」
「そうじゃな。こう言ってはなんじゃが、編入してきたマドレイル様に早々に順位を抜かされたとなっては、妾のプライドが傷ついてしまうからの」
にこやかにわたくしを見てくるマドレイル様に、グレイ様はさりげなくわたくしとの距離を縮めた。
こんな子供相手に嫉妬か? 止めとけ、大人げない。
「……しかし、この国に来る事になって本当によかったと思っています」
「ほう? そう言っていただけるのは嬉しいが、何ゆえに?」
「他でもない、ツェツゥーリア様のように素晴らしい方に出会う事が出来ましたから」
その言葉に、リアンが面白そうな顔をして、お父様の目から笑みの色が消え、グレイ様の笑みが深くなった。
あはは。こえーよ。
「私はこれでも下位の聖獣の加護を受けていますからね。その影響なのか、分かる事は分かります。この場で不用意なことは言いませんが、ツェツゥーリア様のような方は、大変貴重だと思います。グレイバール陛下のご寵愛を受けるのも当然でしょう」
……ふむ? 下位とはいえ聖獣の加護を受けているから、わたくしが聖王の加護を受けているってわかる?
もしくはそこまでは分からなくても、自分よりも高位の存在の加護を受けているのは分かるっていう感じかな?
うーん、分からないけど、わたくしに対して悪印象ではないからOKかな。
「兄上、マドレイル様は留学してきたら王宮に住まうのであろう? まさか後宮とは言わぬな?」
「本宮の客室の一つに滞在してもらう」
「ふむ。……まあ客室がある場所は、兄上の執務室や私室とは距離があるから、まあよいか」
どういう意味かな?
「さて、ツェツィ。挨拶も済んだし、妾達はしばしゆっくりとしようと思うのじゃが?」
「そうですね。陛下、御前を失礼してもよろしいですか?」
「ん? ……そうだな、メイベリアン達と一緒ならいいだろう。メイベリアン、分かっているな?」
「ふん、兄上に言われずとも、ツェツィは妾の親友じゃ」
リアンはそう言ってわたくしの手を取ってクロエとリーチェを探すべく会場を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
Side ケェツェル
「この国は、我が国よりも男性優位と聞いていましたが、メイベリアン様達を見ていると、そうでもないようですね」
「そうだな、今後は我が国も女性の立場向上を願っている」
「素晴らしいと思います。我が国にも、女性は子供を産む道具などという愚か者はいますからね。まったく、兄上が即位なさったらそんな考えは即時撤廃するよう動くでしょうが、父上はあまり乗り気ではないのが問題ですね」
「古い考えは変えていかなければ時代は進まないからな」
楽し気に話している陛下とマドレイル様から一歩離れた場所に立ち、私はどうして残されたんだろうとため息を吐きたくなる。
ツェツィを陛下のお妃様候補、強いて言うのであれば正妃にしようとしているのは、一部の貴族の間では暗黙の了解だし、私もツェツィに申し込まれている縁談の話はすべて断っている。
そもそも、我が家は辺境侯爵家なので、権力的には公爵家の一つ下。
相手が権力を笠に着て強引に事を進めたくとも、我が家にはそれは通用しない。
公爵家や王族、もしくは他国の王族を出されてしまえば少々面倒だが、陛下がそれを見逃すとは思えないし、ツェツィに似合いの年頃の公爵子息は全て婚約済みだ。
問題は他国の王族だが、……マドレイル様はツェツィに好意を持っているが、恋愛感情ではなさそうだな。
瞳に宿る熱が、恋愛感情のそれではない。
国同士の政略結婚もあるし、実際に第一王女と第二王女はそれを目的に留学したが、この方はどうなのだろうか?
政権争いに巻き込まれたくないという事だったが、真意は見えない。
ただでさえ、ツェツィのおかげで我が国は他国に比べて、急速に発展しているのだから、探りを入れられてもしかたがないだろう。
我が領地にも他国から、行商人に扮した間者が紛れ込んでいるからな。
王太后様がいるという事も関係しているんだろうが、王都の次に探りを入れられているのが我が領地だ。
だが、警備を強化しようにも最近は穏やかになっているとはいえ、魔の森とダンジョンを抱えている為、有事の際の為、資金調整は難しい。
まったく、父上と母上は息子が苦労すると分かっていたにもかかわらず、早々に隠居して「ちょっと世界漫遊してくる」と言って旅立ったしな。
手紙は時折送られてくるが、返信しようにも所在が分からないので返信出来ない。
絶対にツェツィの存在も知らないぞ。
ハンが生まれて、「これで我が家も安泰」とか言っていたしな。
自由人過ぎて、逆に私がしっかりしなくてはと幼心に思ったものだ。
あんな性格でも、国一番の剣豪で、母上は『塔』からも誘いを受けるほどの魔法士だったのだから、意味が分からない。
「しかし、このままではデュランバル辺境侯爵に権力が偏ると危惧する者が現れるのでは?」
っと、しまった。思考にふけって話を聞いていなかった。
「そこの部分も考えていますが、辺境を守る貴族を『田舎者』などと言う愚か者もいるようなので、少々権限を持たせるのもいいかと思いまして」
「なるほど」
いや、田舎者でいいんだがな。
私は静かに暮らしていたいし、なんだったら社交シーズンも王都に出て来ずに領地に引きこもりたい。
「だが、あのように可愛らしいご令嬢とは、グレイバール陛下が羨ましい」
「差し上げませんよ?」
「そんな恐ろしい事、出来るわけがありません」
恐ろしいと言われる我が娘……。
いや、私だってツェツィの為ならこの命はいくらでも差し出すが、実際に愛娘が恐ろしいと言われると、なんとも複雑な心境になってしまうな。
しかし、陛下はツェツィを正妃にするにあたり、学院を卒業するまでには貴族の膿と後宮の整理をすると言っているが、並大抵の事じゃないのだが、やってのけそうなところが恐ろしい。
そもそも、即位してすぐに宰相と結託して多くの貴族の不正を炙り出し、邪魔だと言わんばかりに爵位を下げたり家を取り潰したのだから、もとから才能はあったんだろうが、十二歳の子供がする事じゃないだろう。
もちろん、ツェツィのしている事も子供らしくないが、ツェツィには異世界で過ごした前世の記憶があるからな。
……もしや、陛下にも前世の記憶があるのか?
いや、まさかな……。