クロエが一番純情
社交シーズンの合間の女子会で、わたくしはじーっとクロエを見る。
「ツェツィ、そんなに見つめてどうしましたの? おはぎが食べたいのですか?」
「いや……、なんかさクロエ、胸がおっきくなったよね?」
「そうですわね。ドレスのサイズを計った時にも言われましたわね。ただ、これからもっと大きくなるので、バストサイズについては調整出来るデザインにすると言われましたわ」
「ふーん」
明らかに、わたくし達で一番胸の発育がいいのがクロエ。次いでリアンかな?
この二人は生理も始まっているから、最初の成長期に入ってるんだろうけど、わ、わたくしだってこれからだもんっ。
リーチェはそんなに変わった感じはないかな? 生理もまだって言ってるし、乙女ゲームのスチルでも悪役令嬢の中では控えめな方だったもんね。
「ツェツィはどうなんです?」
「それなりには。胸がチクチクするから、胸当ての付いている下着にしてるわ」
「ああ、あれはいいですわよね。わたくしも愛用していますわ」
「妾もじゃ」
「私もです」
「リーチェも!?」
「え? ええ」
い、いや。おかしくない、おかしくはないけどなんだろう。裏切られた感じがするのはどうしてだろう。
くそ、この世界には水着がないからドレスの上からじゃ、正確な胸の大きさが分からん。
一緒にお風呂に入ろうって誘う? 流石に引かれるかな。
……サウナを作るか?
よもぎ蒸し風呂は、そこそこ娼婦のお姐さんを中心に人気が出てきているし、その派生だとか言えば、合法的にリアン達の裸が見れるのでは?
いや、いっそ公衆浴場、ハマムを作る?
元が十八禁の乙女ゲームなら、裸を見られる事にもそこまで抵抗は……あるわ。
あれはあくまでもイベントだから許される事だったわ。
いくら年頃の令嬢のドレスの胸や背中がバックリ開いていても、あくまでも見せないエロスを追及しているんだったわ。
実際にドレスがボロボロになったヒロインや悪役令嬢は、好奇の視線にさらされるんだよ。
わたくし達の胸の大きさじゃ、まだデザイン的に胸元バックリじゃないからなぁ、どうやって確認すれば……。
「ツェツィ、どうしました? お土産のツェツィお手製のハンバーグを食べますか?」
「妾の肉じゃがもあるぞ、ツェツィの手作りじゃから味はばっちりじゃ」
「ツェツィになら、このお土産で持ってきてくれたおはぎを分けますわよ?」
「……胸の肉」
「「「は?」」」
「わたくしは、三人の胸の成長具合を知りたい!」
「「「はぁ!?」」」
あ、本能のままに声に出してしまった。
リアン達が口をあんぐりと開けて固まってるじゃん。
「あ、いや。違うのよ? えっと、女の子同士、体の成長度合いの違いを確認したいというかね?」
しどろもどろになりつつあたふたと口にするが、言えば言うほど泥沼にはまって行く気がする。
しばし言い訳をして、ついに黙ってしまったわたくしに、リーチェが「ふぅ」とため息を吐き出した。
「つまり、ツェツィは私達と裸の付き合いがしたいという事ですね?」
「え? あ、うん? そうなるのかな?」
「裸の付き合い! よいの! まさに真に結ばれた運命の親友の特権じゃ!」
「リアン、今度はどんな本を読みましたの? いかがわしいものではありませんわよね?」
「そのような物ではない。令嬢同士が互いの想いを確かめ合う健全な小説じゃ。確かに、同じベッドで寝るとか、一緒にお風呂に入るなどというシーンはあったが、健全じゃ」
「本当ですの? またメイドに知識を広げるためだと言われて、妙な物を渡されていないでしょうね?」
「だ、大丈夫じゃ。あれはそういった本ではない」
「リアン、目が泳いでいますわ」
「男女や女性同士、男性同士の直接的表現のある小説は、流石に妾にはまだ早いと渡されてはおらぬぞっ」
まて。今なんて言った?
男女はともかくとして、女性同士と男性同士って言わなかったか?
え、この世界にもそういう性癖があるの? まじで?
乙女ゲームの舞台の世界なのに、あっていいの?
「あ、あたりまえですわ。男性はその、そういう勉強も始めている方もいますが、わたくし達にはまだ早いのですから」
「じゃから、そういう物は読んではおらぬ。……ちょっと、匂わせている表現はあるが」
「リアン?」
「ちょっとじゃ、ちょっと! 互いに胸を触ったりする程度じゃ」
「さわっ。そんな破廉恥なものを読むなんてっ」
「内容は面白いのじゃぞ。そ、そうじゃクロエも読んでみてはどうじゃ?」
「遠慮しますわ。そ、そのような破廉恥な書物っ」
クロエ、顔が真っ赤だよ。
リーチェは何とも思ってないどころかニコニコしてるから、知ってる感じかな?
小説家のパトロンもしてるし、中にはそういう系の物を書く人もいるのかも。
「コホン、とにかくツェツィはそういった裸の付き合いをしたいのですね。けれど、私とリアンはともかく、クロエは難しそうですよ?」
「あ、そう、ね……」
未だに真っ赤なクロエに視線を向ければ、無理と言わんばかりに首を横に振られた。
メイドに裸を見られる事に慣れてはいても、無理かぁ。
「ハ、はなシ、は変わりますがっ。この社交シーズンのメイジュル様達の噂は聞いていまして?」
あからさまな話題そらしだな。
でも、可哀想だし話に乗ってあげるしかないよね。そもそもわたくしが悪いんだし!
「ああ、離宮に令嬢を呼びつけようとして、体調不良とかで断られているっていうやつ?」
「そうですわ。それでも、強制的に離宮に呼び出したものの、陛下の付けた監視が居て、それを追いだそうとしてもめたとか」
「その話は事実じゃ。ちょっとした騒ぎになったからの」
「他にも、下位貴族の屋敷に訪問したというのもありますよ」
「そうですの? それは知りませんでしたわ」
「数時間も滞在していたそうですけれど、果たして何をなさっていたのかは分かりませんね」
「どこの家?」
「王太后様のご実家の系列の、末席の家が数件」
「リーチェ、後程どこの家か教えていただけまして?」
「もちろんです」
そうね、その家の令嬢が手籠めにされてる可能性があるもんね。
性教育は受けているだろうから、女好きの設定がある以上、自分の自由になる令嬢に手を出すというのは、考えられる。
それが無理だったら、平民か娼館だね。
「同意だったら、まあ……自己責任もあるけど、レイプ、強姦だったらどうする?」
「当然、そんな方と婚約を続けるわけがありませんわ。証拠をつかみ次第婚約解消ではなく、婚約破棄ですわね」
「だよね」
でも、頭の緩い令嬢はまだいるからなぁ。
姿が戻ったメイジュル様に言い寄り始めたというか、距離を戻し始めた子っているんだよね。
はぁ、本当に厄介だなぁ。
「ルーカスとラッセルは、最近はあまり動いておらぬの」
「ラッセル様は財政上、あまり社交に参加出来ないのでしょうね。ルーカス様はどうなのでしょう?」
「社交シーズン前の試験で、十位以内から落ちたから、必死に勉強しているとか?」
「だったらいいのじゃがの」
よっぽど体を元に戻すことに集中していたのか、唯一の取柄も無くして必死だったら笑えるんだけどなぁ。
しかし、ラッセル様も追い詰められてるな。
やっぱり資金面で攻めていくのは正解だったのかも。
「でも、再教育も効果がないとか、あの三人はもうだめだね」
「そんな事はもとより分かっておる。ハンジュウェルが地位を得る事が出来れば、即刻婚約解消を申し付けるのじゃがの」
「代理の準備は出来てるんだっけ?」
「うむ、表ざたにはしておらぬが、仮婚約は済ませておるそうじゃ」
「リーチェの方はどう? パイモンド様の養子の話は進みそうなの?」
「難しいですね。まだ子供なので、下手に養子に貰った後で態度が変わっては困ると思っているそうで」
「そっかぁ。誠意を見せる事が出来ればいいんだけど、どうやればいいんだろう?」
「良好な関係は築いているようです。ただし養子予定の家に、まだ子供が出来ないと決まったわけでもないと……」
「その問題もあるのか」
一般的に高齢出産に差し掛かりそうではあるけど、わたくしのお母様の例もあるし、無い話じゃないよね。
「皆様、お相手が居てよろしいですわね」
クロエがため息を吐き出した。
「わたくしも、爵位も年齢もこのさい妥協するので、真面目でまっとうな人をとお父様に話しているのですが、難しいようですわ」
「……そう」
「どうかしましたの?」
「あ、いや。なんでもない」
「? ならよろしいのですけれど」
「あのさ、マルドニア様はどう?」
「よく学んでいますわね。将来は良き補佐となってくださるでしょう。けれど不思議ですわ。わたくしの家に来たのは、生家の繁栄の為だと言っていましたのに、他の家に養子に入りましたでしょう? ツェツィのお母様のご実家なので後ろ盾としてはよくなったのかもしれませんが、本当に理由が分からないのですわ。実はご実家と仲が悪かったのでしょうか?」
「ど、どうかなぁ?」
「お父様も、今の方がいいからとおっしゃいましたし、何を考えているのか分かりませんわ」
あはは、クロエの婚約者候補だとは言えねぇな。
そんな事を知ったら、絶対に距離を置くよ。
わたくしはクロエの味方だけど、この一年マルドニア様を観察して、真剣にクロエとの事を考えてるんだろうなっていうのは感じている。
でも、本当にあくまでもクロエの意思が優先だから!