お小遣いを減らしていく
「おい」
朝、教室に入って四人で授業が始まるまでの間のおしゃべりを楽しんでいると、不意に声をかけられたけれども、わたくし達はあえて『聞こえないふり』をする。
「おい!」
「そういえばリアン。陛下が後宮にある離宮の住み替えを実施なさったんですってね」
「そうなのじゃ。兄上の妃が増えたり、父上の妃が減ったりしておるからの。姉上達の使っていた離宮なども放置されていたし、今後を見据えて少々手が入ったようじゃ」
「リアンは今までよりも大きな離宮を与えられましたわね」
「うむ。茶会なども開くし、妾も自分の領地を持って文官などが出入りするようになったからの」
声を無視して話していると、今度は「こっちを向け!」と声が掛けられたが、相変わらず誰を指名しているかという事が分かる物ではないので、『聞こえないふり』を続ける。
「しかし、離宮の住み替えを行うに伴い、様々な離宮に手入れが入ったのじゃが、ある離宮には魔物が住み着いていたそうなのじゃ」
「まあ、そんな恐ろしい事が起きたのですか」
「うむ。全くもってその離宮の主人の管理不足じゃな。万が一、意図して飼育していたとすれば、大問題じゃ」
「子供の遊びにしては、随分危険ですわね。そんな危険思考を持った方が後宮にいるなんて、陛下にご同情申し上げますわ」
「魔物はもちろん駆除されたそうじゃし、離宮の使用人も入れ替えられたそうじゃ」
「そうでしょうね。けれども魔物が住み着いて生き延びていたという事は、それ相応の餌が必要だったのではないですか?」
「うむ、それについては捜査を行ったが、未だに確定情報は得られていないらしいの。しかし、兄上の影は優秀じゃからな」
リアンの言葉に、背後でビクリと空気が震えたのがわかる。
それを感じ取って、わたくし達は扇子を広げてクスリと笑った。
「王宮で許可なく魔物を飼っていたとなったら、子供の遊びだとしても、相応の処罰が必要ですよね」
「その離宮の主の後ろ盾が庇っているそうじゃが、そのせいで、随分発言権を失ったと聞く」
「それは大変ですわね。けれども、それを補うように他家に縋りつくような無様な真似をするのも、どうかと思いますわ」
「そうですね。もしそれが、国を代表するような高貴な家であれば、なおさら滑稽という物です」
わたくし達はクスクスと笑ってから、今気が付いたように振り返る。
「まあ、メイジュル様。わたくし共に何か御用でして? わたくしへの接触は婚約者の義務以外は必要最低限に、と婚約の契約にはあると思うのですが、わざわざわたくしに接触してくるという事は、余程の事がありますのよね?」
「そ、……そうだ、貴様に言いたい事がある!」
「なんですの?」
「俺と結婚をしたら、別邸を建てるそうだな」
「そうですわね」
「ふん、やっと身の程を分かったのか。貴様如き、別邸で惨めに暮らせばいいのだ」
「何をおっしゃっているかわかりかねますわね。それで、そんな事を言うために、わたくしに声をかけましたの?」
「そ、それだけじゃない! お爺様から聞いたぞ、俺がお前に贈り物などをしないからと、兄上に不要な税金を使う必要がないと言ったそうだな!」
「事実ですわよね? 婚約者の義務を何一つ行わないメイジュル様に、婚約者補正予算など不要でしょう」
「ふざけるな! お前に俺へ割り当てられた予算を制限されるいわれはない!」
「わたくしはご提案しただけで、判断して実行なさったのは陛下です。そもそも、婚約者補正予算はわたくしに対してのみ使用を許された予算。義務を果たしていない以上、不必要でしょう? よかったですわね、これからは予算がない事を言い訳に、わたくしへの贈り物をしなくてすみますわよ。もちろん、今後はわたくしからも婚約者の義務をさせていただくことはございませんけれども」
「そのせいで、俺に割り当てられた予算が減ったんだぞ!」
「あら? 無くなったのは婚約者補正予算だけだと聞いていますわ。まさかとは思いますが、婚約者補正予算を着服なさっていたとは言いませんわよね?」
「そっ……」
「そういえば、今まで組み込まれていた予算はどうなさいましたの? まさか使ったなんておっしゃいませんわよね? わたくしは何一つ頂いたことがないのですもの。もし、割り当てられた予算が減ったと感じているのでしたら、ありえないとは思いますが、不正に使用した予算を回収するためかもしれませんわ」
よく通る声で言ったクロエの言葉に、メイジュル様が顔を真っ赤にする。
横領罪を適用しないかわりにお小遣いを減らされてるってわけか。
社交予算はまた別にあるし、個人で使う予算から今まで着服した予算を回収するってなったら、そりゃ減らされるよね。
「それで、まだ何かわたくしに御用でして?」
「~~~っ、もういい!」
そう言って離れていくメイジュル様を見送って、リーチェが「そうですね」と声を上げた。
「クロエの提案は素晴らしいと思います。私も賛成です。お父様に話して、同じく婚約者の義務を一切果たしていないラッセル様の家への支援金を見直していただくようお話しします。ええ、だって、支援金には当然、私への贈り物に割くための予算が組み込まれているはずなのに、それが果たされていないのですから、当たり前ですよね。そうすれば、私も今まで行っていた婚約者の義務を果たさなくていい理由が出来ます」
リーチェの言葉に、教室の後ろの方に居たラッセル様が睨んでくるが、リーチェはそれを無視している。
ただでさえ、ここ最近のジュンティル侯爵家の財政はよくないと聞くのに、これ以上支援金を減らしたら大変だねぇ。
家長が騎士団長をしているから、決して収入が低いわけではないけど、それでも、侯爵家としての体裁を保ったり、有事の際の武具の調達費用なんかを考えると、騎士団長のお給料と領地からの税収だけじゃ難しいもんね。
お茶会を開くのも、侯爵家としての体裁を考えると、それなりに予算をかけないといけないからね。
そういえば、最近はジュンティル侯爵家主催のお茶会が開催されたっていう話、聞かないなぁ。
「羨ましいの。妾はあやつが自分で用立てていないとはいえ、最低限の婚約者の義務は果たしている故、それが出来ぬ。しかし、婚約者の義務をしないでいいとなれば、妾にとっても苦痛が減るというもの。宰相に今後は互いに婚約者の義務をする必要がないから、小遣いを減らせと言ってもいいかもしれぬ」
リアンが嬉しそうにそう言うと、ルーカス様も睨んでくるけど、相手の事を全く考えない贈り物を押し付けられる側になってみろってもんだよ。
そんな事に使うお小遣いを渡すぐらいなら、寄付金に回してもらった方がいいよね。
三人の使えるお金が減ったら、自然にヒロインへの貢物も減るし、いい事ばっかりなんじゃないかな?
そもそも、ヒロインが引き取られる伯爵家って別に困窮しているって設定じゃなかったはずだから、それなりの物は手に入るはずだもん。
設定でも、冷遇されてるっていうのはあくまでも『ヒロインの発言』であって、スチルで描かれていたドレスはどれもちゃんとしていたからね。
それに、光属性の魔法を使える子供を庶子として引き取っておきながら、ぞんざいに扱ったら、それこそ他の貴族から叩かれるよ。
光属性を持っているって言うだけで、特別予算が組まれて『本人に』生活支援金として渡されるんだからな。
ぶっちゃけ、攻略対象が貢ぐ必要は、一切ない!
わたくし達の会話に、メイジュル様達がずっと睨んできているけど、今までの自分の行いを顧みてから睨めよ?
そうしてしばらく談笑していると、予鈴が鳴ったのでいつものように四人仲良く最前列に座る。
お付きのメイド達がもう教科書やノートを準備してくれているから、わたくし達は本当に着席すればいいんだよね。
しかも、わたくし達って上位貴族の子女なわけで、授業中の飲食も許可されているわけだ。
音を立てたり、質問を受けている時の飲食はマナー違反だけど、教師のご高説を聞いている時は可能。
まあ、このクラス自体に魔道具が使われていて、気温なんかは適温に保たれているから、暑いとか寒いっていう事はないんだけど、それでも真剣に授業を受けていると喉が渇くこともあるし、昼食前は小腹だって空く。
淑女として、お腹を鳴らすわけにはいかないんだよ。
お付きを付けてもらえない生徒は、自分で用意しなくちゃいけないんだけど、まあ、そこはそれぞれの家の事情があるから何とも言えないね。
これも改善されて行く事を願うしかない。