効果はなさそう
Side ラッセル
なんだってこんな事に。
メイジュル様の側近にさえならなければ、こんな巻き添えに遭う事はなかったのに、同じ年齢だからって大損だ。
いずれ騎士団長になる為の箔付けに必要だと我慢しているが、この俺が平民と同じ暮らしをする?
メイジュル様が普段威張り散らしているせいで、陛下の不興を買ったに違いない。
そうじゃなきゃこんな嫌がらせをされるなんて、ありえないだろう。
西の辺境領なんて、碌な産業も無いただの隣国との関所みたいな場所だっていうぞ。
傭兵崩れが集まって、物騒だっていう話も聞くし、くそっ、本当になんでこんな目に遭わないといけないんだ。
「ルーカス、監視の目を盗んで逃げだす事は可能か?」
「メイジュル様。それは私もずっと考えていましたが、監視がどの程度あるのかも分かりませんし、平民の生活をさせるために護衛も世話役もいないと言われています。私達だけで逃げ出して、無事に王都まで行けるかは……」
「ちっ。役に立たないな。ラッセル、お前は剣術だけが取り柄だろう。強引に監視をどうにか出来ないか?」
「それはっ、陛下が付けた監視ですから、流石の俺でも難しいですよ」
「二人そろって使えないな。この俺の側近にしてやっているというのに」
側近にしてやっている? 側近になってやっているんだ。
しかし、ルーカスは本当に役に立たないな。小賢しい頭しか取り柄がないんだから、監視の目をごまかす方法ぐらい考えつけよ。
しかし、メイジュル様も言うのが遅いんだよ。
もう馬車で移動して三日目、なんだったら西の辺境領に到着してんだよ。
逃げ出すにしても、もっと王都に近い時に言うべきだろうが。
イライラとそんな事を考えていると馬車が止まり、御者に出るように言われたので外に出ると、申し訳程度の平民が暮らすような家があった。
「おい、まさかここで暮らせと言うわけじゃないだろうな」
「そうですよ。街にも近いですし、必要な家財もあります。『三人で』生活するには何の問題もありません」
そう言うと御者はルーカスに三つの鍵を渡すと、馬車に戻って俺達を置いて行ってしまった。
恐らくこの家の鍵だと思われるので、ルーカスが鍵を使って扉を開けると、中は想像以上に粗末な部屋だった。
「おい、こんな所で三ヶ月も暮らせっていうのか?」
「テーブルの上に手紙がありますね」
そう言って中に入って手紙を手に取って中を見るルーカスが、盛大に顔をしかめた。
「どうした?」
「……三ヶ月分の食費は、こちらに来る時の荷物に入れているので、自分達で調達するようにと。街に、食料品を販売している店や露店があるそうです。掃除も着替えも、洗浄魔法を使うのも全て自分で行えと」
「ふざけるな! この俺を誰だと思ってる!」
メイジュル様が叫ぶが、ルーカスの顔を見るに本当にそう書かれているのだろう。
店や露店なんて、王都の貴族街の物にしか行った事がないぞ。
平民の食べる物なんて、俺の口に合うとは思えない。
「俺はそんな事はしないからな。お前達がやれ! 俺の側近だろう!」
「私だって、自分一人で着替えなんてした事はありませんよ。掃除だってした事もないのに、どうしてこんな事をしなくちゃいけないんです。食料を買いに行くなど、使用人のする事をしないといけないなんて屈辱です」
まったくだ。
ドレスや装飾品、武具を買いに行くのとはわけが違うんだぞ。
使用人にやらせればいいものを、どうして俺がしなければならない。
「とりあえず、ラッセル。お前が買いに行け」
「は? 俺が?」
「文句があるのか?」
「もちろんです。どうして俺がそんな事をしないといけないんですか」
「俺がそう決めたんだ」
「いくらなんでも横暴ですよ。俺は使用人じゃないんですよ」
メイジュル様の言葉にイライラとしてしまう。
「お前は俺の側近だろう! 言う事を聞け!」
「それだったらルーカスに行かせればいいじゃないですか!」
「そいつはこの家の掃除なんかをさせなくちゃいけないんだ! 剣術馬鹿のお前は買い出しぐらいしか出来ないだろう!」
「私に掃除を? 何を言っているんですメイジュル様。そんな使用人の真似事をするつもりはありません」
ルーカスはそう言うと、勝手に扉の一つに入って行ってしまい、中からガチャリと音が聞こえた。
メイジュル様は恨めしそうに俺を見てきたが、俺も使用人の真似事なんてするつもりがないので、ルーカスのように適当に部屋に入って中から鍵を閉めた。
◇ ◇ ◇
Side アカリア
最近、この街に三人の私と同い年の子供が住み着いた。
お母さんは期間限定らしいって言ってるけど、もしかして私には分からない事情があるのかな?
でも、街の人からのその三人への評判は最悪。
私も、正直あの三人の事は好きじゃないな。
だって、街に来てもいつも偉そうにしていて、お店の物にいつも文句を言うし、バラバラに買い物に来てるのに鉢合わせをすると、喧嘩を始めるのよ。
街の男の子だってあんな乱暴者はいないわ。
あーあ、王都から来たっていうから王子様みたいな素敵な人を想像していたのにがっかり。
最近流行っている小説みたいに、いつか私にも素敵な王子様が現れないかしら?
「おい! 買い物に来るんだったら俺の分も買ってこい!」
「そんな事を言うんだったら、そっちこそまとめて買ってくればいいじゃないですか」
「そうだ。こっちはやりたくもない仕事をしてるんですよ」
「うるさい! 俺に逆らうな!」
また騒いでる。
それにしても、本当に汚らしいわ。
生地はちゃんとしているのになんか服は汚いししわくちゃだし、髪もぼさぼさで、ちゃんとお風呂に入ってるのかって思うぐらいに近くに行くと臭いもの。
顔も隈がひどいし、なんか頬がこけてるし、孤児院の子供かって思っちゃうほどひどいわ。
一度、可哀想に思って声をかけたら、「平民如きが」って怒鳴られたのよね。
お貴族様なのかもしれないけど、信じられない。
うちの領主様とは大違いだわ。
私にはお父さんが居ないけど、お母さんはお父さんは立派な人だって言ってるし、生きてたら貴族になんかに負けないぐらい素敵な人に違いないわ。
「おい、そこの平民!」
「…………え、私?」
「当たり前だろう! ありがたく思え、この俺の世話をさせてやるぞ。お前は平民にしては可愛らしい顔をしているし、従順そうだからな」
「はあ? 冗談でしょ」
いきなり何を言ってるの?
私はまだ十一歳だし、お母さんが屋敷メイドをしているわけじゃないから、メイドの仕事を覚えているわけでもないのに。
それに何より、お母さんが働いているから、家の事は私がしなくちゃいけないのに、こんな不潔で乱暴な人たちの面倒を見るなんて冗談じゃないわ。
「お断りよ! 貴方達みたいな人、近づきたくもないわ!」
私はそう言ってその場から駆け出した。
後ろから怒鳴り声が聞こえてくるけど、関係ないわ。
期間限定なんだし、もう関わる事も無さそうだもの、今後はあの人達が出歩く時間をさけて買い物をする事にしよう。
◇ ◇ ◇
Side メイジュル
兄上の陰謀で西の辺境領に来てから約三ヶ月。
輝かしかった俺はこの短い期間ですっかり様変わりしてしまった。
きっと王都中の、いや、国中の貴族がこの事を嘆き、兄上に抗議する事だろう。
実の弟をこんなにも追い詰めるなんて、国王のすべき事ではない。
ふん、冷血国王の名にふさわしいが、そんな国王が国を率いていては、他国からあらぬ疑いをかけられてしまう。
やはりこの俺こそが国王になるべきなんだ。
それにしても、本当にここでの日々は酷いものだ。
食事も貧しく、何よりも自分で調達しなければいけない。
ルーカスやラッセルは俺の側近のくせに何の役にも立たないし、むしろ俺に反抗してくる。
兄上のせいであの二人も冷静さを欠いているのだろうが、きっとそれも含めて兄上の策略に違いない。
お爺様に頼んで、兄上を失脚させてもらうべきだろう。
なんだったら、気がふれた母上に手紙を書いて、俺の為に王都に戻ってもらってもいい。
俺が国王になる為には、気がふれていても、王太后という肩書は役に立つからな。
そう考えながらアイテムボックスから鏡を取り出して覗き込む。
あんなにも美しかった俺は、今では平民の浮浪者のようになってしまっている。
ああ、どうしてこんな事に。
何もかもが兄上のせいだ。俺の才能に、血筋に、人気に嫉妬して、俺を追い落とそうとしているんだ。
忌々しく思いながら鏡をアイテムボックスに仕舞い、買ってきた粗末なパンを手に取る。
王宮で食べていたものと違い、硬くてとてもじゃないが飲み物が無いと食べれた物じゃない。
王宮に帰ったら、豪華な食事を用意させて、ああ、そうだ風呂にも入らなければ。
ここに来てから風呂に入っていない。
あの二人に風呂の準備をしろと命令しても、風呂の準備の仕方など分からないと言われる始末だ。
くそっ、体も髪もかゆいし、街に出れば俺は客だっていうのに店に入るなと怒鳴られる。
部屋の掃除もされないから埃がたまって不愉快だし、ベッドも整えられないからただでさえ寝心地の悪いベッドは日に日に不快度を増していく。
くそっくそっ。王都に帰ったら憂さ晴らしをしないと気が済まない。
どうせまた金を握らせれば、俺に子供をよこす奴はいるんだ。
俺の気が済むまでいたぶってやる。
俺はこの時知らなかった。
俺が居ない間に離宮の移動という名の監査が入り、地下室で育てていたスライムを消滅させられた上に、無断で王宮で魔物を飼育していた俺は、俺と貴族が面会をする時は、必ず兄上の息がかかった第三者の立ち合いが付けられることになるという事を。