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薄い望み

Side グレイバール


「兄上、長期休暇の間、俺達が西の辺境領で平民の暮らしを体験するとは、どういう事ですか!」

「前も『ちゃんと』説明したはずだ。お前達の傲慢さは度が過ぎる。王侯貴族である事をかさに着ているくせに、その責務を全く果たしていない」

「俺は王族として、誰に恥じることもありません!」

「ほう? 第二王子という身分を使って、罪もない子息を顎で使ったり、令嬢に対して強引に接していると報告を受けているが?」

「そんな事はありません。あいつらは喜んで俺の命令を聞き、自ら俺に身を委ねているんです!」

「……そっちの二人も、自分の行いに思い当たる節はないと言うか?」

「はい陛下。私はメイジュル様の側近として、また宰相である父上の息子として、誰に恥じる事なく過ごしています」

「俺も、メイジュル様の側近としての仕事をこなし、また騎士団長である父上の跡を継ぐべく日々鍛錬を怠っていません」


 あまりにも堂々と言われた言葉に、浮かべていた笑みが深くなる。

 婚約者を蔑ろにし、あまつさえ婚約解消一歩手前まで行き、家の事情と自分の立場を考慮した相手の慈悲により、様々な条件を追加されてぎりぎり婚約者の地位に残っているだけだと言うのに、よくもこんな事が言えたものだな。

 他にも、学院の様々な生徒からの苦情があるというのに、この者達は自分に甘い意見をささやく人間の言葉しか聞こえないようだ。

 メイジュルは、王太后殿の実家の影響を強く受けているが、やはり本人の資質もあるのだろう。

 この数年間の再教育もまったく意味をなしていない。

 ツェツィが調べさせていた、令嬢の行方不明の件も確実にメイジュルが関係している。

 なんせ、後宮に向かったところまでしっかり目撃されているのだ。

 ただ、呼び寄せたはずの令嬢が来ていないとメイジュルが認めず、離宮の人間も知らないと言い張っている以上、調べられていないがな。

 まあ、この長期休暇の間にメイジュルの住んでいる離宮を調べれば何かわかるだろう。

 ルーカスは、メイジュルの側近で居る事を不満に思っているにも関わらず、自分は誰よりも優れていると思っていて、自分に声をかけられることは光栄な事であり、それを拒否するような態度を取る生徒に対して陰で嫌がらせを行っていると報告が上がっている。

 もちろん、教師からその事について注意は行われているが、証拠を突き付けても捏造だと言い張り、未だに認めていない。

 身分が下の子息や令嬢を脅して嫌がらせを行っているし、脅された生徒も、家族や弱みを握られているせいか黙秘を貫く事が多い。

 それでも、身の安全を保障して、尚且つ宰相直々にルーカスに実権がない事を伝える事で証言をもぎ取っている最中だ。

 これだけの事をして、よくもまあ堂々としていられるものだ。

 謀略は貴族の嗜みとは言え、年齢を考えてもその稚拙さにあきれてしまう。

 ラッセルも、今でこそオズワルド侯爵家の財力を勝手に使えなくなったとはいえ、契約内容が見直されるまで散々勝手に名前を無断使用していた事が発覚している。

 そもそも、あんなに入れ込んでいた幼馴染を亡くなる直前に屋敷から放り出し、死期を早めたという疑いがある上に、その幼馴染の葬儀にも顔を出さないどころか、家にいた間の世話代を男爵家に請求したという。

 他にも、自分より格下の子息に無理やり剣術の相手をさせ、怪我を負わせても相手の力量がないのだと馬鹿にし、家に抗議が入って父親である騎士団長に問い詰められても、自分は悪くないの一点張り。

 オズワルド侯爵家では、マルガリーチェが根回しをしてガレボルット侯爵家のパイモンドを早く養子縁組出来るように動いているそうだ。

 そうなってしまえば、ラッセルの婚約はすぐにでも解消されるだろう。

 メイジュルとクロエールも、王太后殿の実家が縋っているだけで、いつでも婚約解消してもいいように準備をしていると言うし、メイベリアンも叔父上の子供を宰相の次男の嫁にやる事で替えがきくように動いている。

 言ってしまえば、本当にこの三人は現状、メイベリアン達に明確な次の婚約者がいないから、婚約をかろうじて継続『してもらっている』状態だ。

 影に探らせても、学院の生徒の噂話を通して、社交界でもメイジュル達の不義理や不貞は有名で、いつ婚約解消されてもおかしくないと言われている。

 ツェツィの言っていた世界の強制力だとしても、これはあまりにも酷すぎるのではないだろうか。


「とにかく、お前達三人には西の辺境領で長期休暇の間、しっかり自分の浅はかさを身をもって思い知れ。自分が今、どれだけ『慈悲』をかけられているのかをな」

「意味が分かりません!」

「これ以上お前達に話す事はない。荷物などは準備している、即刻西の辺境領に向かえ」


 そう言って三人を衛兵に命じて追い出すと、深く息を吐き出す。

 これで少しは変わってくれればいいのだが、どうだろうな。

 平民の暮らしとは言え、あの大臣達のようにスラム街に放り込むわけでもないからまだましだと思うが。


「まあ、これで変わらないようなら、私はツェツィ達が裏工作している話を全力で応援するだけだな」


 宰相に聞こえるように言えば、宰相は黙って頷く。

 長子相続の国法はあれども、その長子がなんらかの理由で相続出来なくなってしまった場合は、その次の子供が跡を継ぐ事が出来る。

 ルーカスの教育には失敗しているようだが、次男の教育は今のところ問題は見られないらしい。

 宰相の妻はルーカスにかまけるばかりで、次男には見向きもしていないのも功を奏しているのかもしれない。

 ラッセルも母親の影響なのだろうか?

 ツェツィは親が優秀でも子供が無能な事もあるし、逆もあると言っていた。

 まったくもってその通りだし、庶子を含めて子供間の教育の差については課題として残っている。

 家の問題だと主張されてしまえば、例え王家といえども強く出ることは難しい。

 そこの所は、ツェツィ達がうまく誘導しているようだが、それでもまだ差別がなくなっているわけではない。

 しかしながら、デビュタントの舞踏会にすら出席させずに、王立学院に入学させずに、というのは統計的に減っている。

 ……私より、ツェツィ達の方が効果を出している気がするな。

 私の名前を使っているとはいえ、効果的に使うかどうかは、ツェツィ達の裁量にかかっているのだから。


「しかし、宰相はあの三人は西の辺境領に行って少しは変わると思うか?」

「どうでしょう? 騎士団長は、今の婚約がなくなったら、養子を取ることなく爵位を返上すると言っていますね」

「そうでもしなければ、老後の生活費を賄えないだろう。今だって、オズワルド侯爵家の支援で生活しているような物だ」

「支援金を減らされて、生活が質素になっているというのに、ご夫人はともかく、ラッセル殿は自分は関係ないと思っているようですね」

「家を継ぐ教育をされた者として、ありえないな。あの騎士団長は実直ではあるし、結婚も政略結婚だったが、子供に対してこうも影響が出るとは思わなかった」

「それは我が家にも言えることですね。宰相の地位にある者として、我が子があそこまで愚かとは。予備と考えていましたが、陛下に言われて次男の教育を始めからしっかり施しておいてよかったです」


 私も、ツェツィに言われなかったら、宰相に次男の教育を気を付けるようには言わなかっただろうな。

 メイベリアンが画策しているように、叔父上の娘でかろうじて代用が出来るのが幸いか。

 その場合、メイベリアンとツェツィが言っていた、商会ギルドの長にハンジュウェルを着任させ、伯爵位以上を与えるという事をする必要があるから、まだ時間がかかるな。

 王太后の実家は、探らせてもなかなか尻尾を出さないし、面倒な事だ。


「ああ、メイジュルが居ない間にあいつの離宮を調べる事を忘れるな。ツェツィの話では地下にスライムを飼っているか、今後飼う可能性があるそうだからな」


 侍従に姿を変えている影にそう告げれば、無言で頭を下げられる。

 はあ、やる事は山のようにあるな。

 後宮の方は放置しているが、妃達が私が毎夜通っているなどという世迷言を吹聴しているのはおかしくて仕方がない。

 後宮に入った夜に、離宮に行って晩餐は共にしたし、寝所まで行って睡眠薬入りの酒を飲ませて放置し、性交をした事実は全くないのに、どうやって子供が出来ると思っているんだか。

 まあ、夢の中で都合よく抱かれるというのを見たのかもしれないが、その後に引き込んだ愛人とした時に気づかないはずがない。

 新しい妃と、残った妃はまだ愛人は引き込んでいないが、時間の問題だろうし、そうでなくとも後宮から追い出す準備は進めている。

 ツェツィが私の正妃になった時に、女関係の後顧の憂いは絶っておく必要があるからな。

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