実戦を前提とした魔法の授業
「では、各自対象物を何の方法を使っても構いませんので、破壊してください」
一応魔法の授業ではあるのだけれども、実際の戦闘を前提とされているので、剣などを使う事も許可されている。
魔力の少ない生徒は、無理をして魔法を使わなくても構わないという配慮だ。
わたくしは無言で魔力を練り上げると、鎌鼬を作り出し対象の木偶人形を引き裂いて文字通り破壊する。
リアンとクロエは火魔法で木偶人形を焼き尽くし、リーチェは土魔法で木偶人形を土に還した。
わたくし、何気にリーチェの魔法が一番えげつないと思うよ?
問題なく今回の課題を終えたわたくし達は、まだ課題が終わっていないクラスメイトから一歩離れ、教師の近くに行って見学する。
魔法の授業は、魔力もそうだけれども魔力操作も重要であり、今回のように対象を破壊するとなると、苦戦する生徒も出てくる。
まあ、ラッセル様のように剣で力任せに破壊する人もいるんだけどね。
まったく、魔力もあるし、魔力操作もちゃんと習っているはずなのに、一貫して魔法を使わず剣を使うのは、騎士になりたいっていう拘りなのかな?
騎士でも魔法を使う人はいるんだけどね。
ルーカス様は水魔法で作り上げた球を対象にぶつけて破壊しているけど、あれだと時間がかかりそう。
メイジュル様は……うん、火魔法で燃やそうとしてるけど、普段授業を真面目に受けていないからチョロ火で中々燃え広がらない。
どんどんクラスメイト達が課題を終える中、メイジュル様は明らかに出遅れていて、いら立ってきているのか、魔力が安定しなくなってきている。
メイジュル様は王族だから、魔力は多い方なんだけど、暴走されると面倒なんだよねえ。
教師が居るから、暴走してもすぐに抑え込まれるとは思うけど、練習場に全く被害が出ないとは限らないし、暴走しないでくれるのが一番なんだよな。
「ツェツゥーリア様方、防御結界は張れますね」
「「「「はい」」」」
「では、この位置から後方を守るように半円状に。課題が終わった生徒はツェツゥーリア様達の背後に移動してください」
教師の言葉に、クラスメイト達が移動を始めるけど、課題が終わっていない生徒には教師が個人的に小さな防御結界を張っている。
教師はメイジュル様の中で荒れ狂う魔力を感じ取っているのかも。
わたくし達が防御結界を張って、固唾を呑んでメイジュル様を見守っていると、一瞬ちょろちょろと燃えていた火が消えて、そのすぐ後に、爆発したかのように燃え上がった。
まあ、こうなったのは実は初めてではないので、わたくし達は「あちゃー」という感じだし、教師も手慣れた様子でメイジュル様の魔力を抑え込んだ。
癇癪持ちが下手に魔力が多いと問題だねぇ。
魔力の多い子供が生まれると、真っ先に魔力の操作を覚えさせられるか、魔力を抑え込む魔道具を装着されるのは、周囲や本人に被害を出さない為だし。
実際クロエは生まれつき魔力が多かったこともあって、魔力操作を覚えるまで魔力を抑え込む魔道具を着けていたそうだ。
わたくしと会った時には着けてなかったらしいけど、クロエってばどれだけ優秀なの……。
リアンは魔力は成長に合わせて増えて行ったから、それに合わせて魔力操作も覚えたパターンだね。リーチェもかな。
わたくしは、お母様に魔力を封じられて、その上、聖王と魔王に魔力を吸われたけどな!
メイジュル様は暴走した魔力の負荷に耐えられなかったのか、白目をむいて気絶。
その間に他のクラスメイトが全員課題を終えていた。
しかし、メイジュル様の魔法の爆発によって、練習場の壁が一部焦げているなぁ。
あのぐらいならすぐに修復出来るけど、うまくいかないからって癇癪起こして魔力の暴走を起こすのは迷惑だわ。
魔法が駄目ならいっそ剣で、って、駄目だ。メイジュル様って剣の授業もサボっているから、そっちの腕も素人レベルなんだった。
ルーカス様の方がまだましなんだよね。
ぶっちゃけ、身分的にわたくし達って狙われやすいし、護衛が間に合わない事もあるから、個人的に護身術を習った方がいいよって言ったから、リアン達も護身術を習っているんだよね。
わたくしが辺境侯爵家の娘で、元々護身術を習っているから、当たり前のように言ったのも効果的だったのかも。
うん、乙女ゲームの街で暴漢に会って強姦されるイベントをつぶすためにも、リアン達には護身術を覚えてもらっておいた方がいいしね。
リアン達がどのぐらい強いかって言うと、格下相手にしか剣を振るわないラッセル様とタイマンしたら、わたくしは言うまでもなく、自称護身術はわたくし達の中で一番不得手というリーチェでも勝てると思う。
でもね、リーチェは護身術は確かにわたくし達の中で一番不得手かもしれないけど、何を思ったのか暗殺術を習い始めたらしく、そっちの技術はすさまじいスピードで習得しているらしい。
特にこっそり毒を仕込んだりするのが、楽しいんだって。
うん、素直に怖いと思うな。現在進行形で、リーチェはグレイ様に許可を得て、毒を仕込んで持ち歩いている。
わたくしを守る為だという理由でな!
わたくしは聖王と魔王の加護があるから、傷なんて負わないし、毒に侵されたりしないけど、言えないからわたくしの為だと言われたら、いくら影をメイドとして付き添わせているとはいえ、グレイ様も断れなかったとか。
リーチェってば、普段は控えめなくせに、こうだと決めると笑顔で押し切るところがあるよね。
「はあ、今日の課題も愚弟だけが未達成じゃな」
「情けないですわ」
「留年にならないのが不思議じゃな」
「そこは、あれですわね。側近の方々が必死にフォローしているからですわ。試験ではギリギリ赤点を逃れるようになるまで教え、赤点になっても追試には受かるように必死に勉強を教え込んでいるようですわ」
「それは、本来家庭教師に学んでいれば、問題ないはずなのじゃがな」
「サボっていらっしゃいますもの。上位貴族のクラスに所属し、あまつさえ第二王子なのに成績が下から数えた方が早いどころか両手で足りるなんて、情けないにもほどがありますわね」
「座学は何とかなるとしても、実技はどうしているのじゃ?」
「剣技は相手になる生徒を脅して、魔法実技は……まあ、分かりやすく言えば魔道具を使っていますわ」
「魔道具?」
「ええ、わたくしもまさかと思って調べさせたのですが、魔力を流し込んで魔法を発動させる使い捨ての物を持ち込んでいるようですわ」
「それって違反になりませんか?」
「魔法実技においては、常に実戦を前提にされていますので、元々『なんでもあり』ですもの。見逃されているようですわね」
なにそれ、ずっけぇ。
魔道具って高いのに、試験を乗り切るために使い捨てるとか、無駄な事に税金使わないで欲しいわ。
他の選択授業で実技が必要な科目は選ばないようにしているみたいだし、そこら辺はルーカス様の入れ知恵かな?
それにしても、ルーカス様って魔力量はそこそこあるんだけど、魔力操作っていうか、イメージが貧困なせいで、魔法が得意じゃないよね。
さっきも水球をぶつけているだけだったし。
対象物を破壊するんだから、水の塊を上から高圧力でぶつけて壊せばいいのに、どうしてその発想が湧かないんだろう?
いくつも水球を作ってぶつけるよりも簡単だし、イメージもしやすいし、使う魔力だって少なくて済むのに。
「さて、メイジュル様の方は衛兵に任せましたし。皆さんの評価に入ります。防御結界は解いて大丈夫ですよ」
そう言われても、わたくし達は防御結界を解除しない。
まだ授業は終わっていないし、何よりも以前言われた通り防御結界を解除した瞬間、「まだ実戦を前提とした魔法の授業中です」と言われて、怪我をしない程度の攻撃魔法をぶち込まれたのは忘れない。
そう、主な目的は「対象物の破壊」だけど、隙を見せれば教師からわたくし達に怪我をしない程度の攻撃が加えられる事があるのだ。
なんたって、実戦を前提とした魔法の授業なのだから。
敵や魔物は休んでいる暇なんて与えてくれない、それが教師の持論。
うん、その通りなんだけどね? へたり込んでいる生徒は流石に殆ど狙わないけど、早々に課題を終えたわたくし達の背後を狙って魔法を放つのはよくないと思うな。
おかげで、課題を終えると教師の近く、というか背後に回り込んで警戒するのが癖になったよ。
その後、運び出されたメイジュル様を除いた全員が評価を受けた。
わたくしは、鎌鼬の狙いがまだ甘く、破壊するまでの時間を後三割以上縮めないと、実戦でいざという時に間に合わないかもしれないといわれた。
無詠唱だから呪文を唱える時間が省略されている分、イメージに依存するから、意識しなくても正確に発動出来るようにしないとだめだね。
ただ、鎌鼬の威力や密度に関しては高評価を得ることが出来た。
リアンとクロエは、発火の威力は問題ない物の、やはり呪文によるタイムロスが発生してしまうため、呪文を使うのであればもっと短い詠唱を心がけるよう課題を出された。
リーチェは植物系で作った物を土に還すという発想力は褒められたものの、発動条件が限られてしまう事と魔力効率がいまいちなので今後は特に魔力効率を改善するように課題を出された。
他のクラスメイトもそれぞれいいところや改善点を出され、ちゃんと頷く。
長子でなくとも、このクラスに所属する生徒は上位貴族の家の子女なので、実戦形式の魔法の授業は重要なのだ。
長子であれば、溺愛されていれば護衛も付けてもらえるかもしれないが、そうでない子女は自力で身を守るしかないのだから、吸収出来る事はしておいて損はない。
一部、評価に不満を持った者もいるが、この後意識が戻って喚き出す一名を考えれば、文句を口に出さない分まだましだろう。