予想以上の結果
最近の学院での噂は、内務大臣と国土開発大臣、それに伴い一部の補佐官が入れ替わりになった事で持ちきりになっている。
なんでも、『メイジュル様達の為』に行った無理がたたって体を壊してしまったんだそうな。
一部の貴族も、屋敷に籠ってしまったり、人間不信になって爵位を子供に譲って領地に移ってしまったりと、ぶっちゃけわたくしとしては予想以上の結果に笑いをこらえるのがきつい。
いやね、スラム街に行くって言ってあったのに、『私は貴族でお金持ちです』っていう格好をして、『護衛も付けていないのに』偉ぶってそこら辺の人に命令をしたりしたそうなんだよね。
スラム街の人も悪い人たちばかりじゃないとはいえ、そんな態度をされたら、それはもちろん怒るに決まっているわけで、報復はそれなりに酷いもので、寝ている間に荷物を全部奪い取られたり、嫌がらせと称して寝床に虫や害獣を放り込んだりしたそうだ。
あ、奪い取られた荷物は一部を除きちゃんと回収したよ。
盗んだ人も嫌がらせが主な目的だったから、ちゃんと事情を話したらグレイ様が手配していた監視の人に返してくれたって。
スラム街の人達だって、好きで今の生活をしているわけじゃないし、自分達の生活向上の話が持ち上がっているのに進んでいないのは、一部の貴族のせいだって話が流れていたから、大臣達がその貴族だって分かって嫌がらせをしたそうな。
まあ、中には本当の悪人もいて、盗んだ物をさっさと売りさばいた人もいるけど、そういう人はちゃんと逮捕したらしいよ。
それで、荷物も一切合切無くなって、食糧もなくなった大臣達は、当たり前のように周囲に居た人達に食料をよこせって言ったそうなんだけど、スラム街の人達はその日に自分が食べる物を確保するのも大変なわけで、失礼な態度を取ってくる人にあげるわけもなく、たまに(死なない程度に)こっそりと粗末な(それでもスラム街の人から見れば御馳走)を枕元に置いて、それで飢えをしのいでもらっていた。
寝床はスラム街にある元修道院兼孤児院だったので、大臣達は神(この場合聖王)の加護だと思ったそうで、自分達は神に選ばれた人間だと言ったらしいんだけど、それ以降差し入れていた食事も無くしたら、神に見捨てられたって、それはもう盛大に嘆いたそうだ。
その結果が、人間不信と引きこもり。
当然、大臣や補佐官としての仕事に手が回るわけもなく、グレイ様が『静養が必要だ』と言って大臣や補佐官を入れ替えたんだよね。
いやぁ、グレイ様ってば、こうなる事を予想していたように準備がよかったよ。
流れるように人が入れ替わったし、引継ぎはいつしたんだっていうぐらいに問題なかったもん。
でもまあ、一週間スラム街で過ごして、王宮に戻って結果報告をした時の大臣達の姿は、それはもうボロボロで汚れまくって、げっそりしていたっていうから、静養もあながち間違いではないんじゃないかな。
「兄上も、仕事がしやすくなって何よりじゃ」
「わたくしとしては、ツェツィの味方が王宮内で力を増したことが喜ばしいですわ」
「そうですね、いざという時の味方は多い方がいいですから」
教室の中でニコニコと話しているリアン達に、わたくしはなんだかなぁ、と微笑みを浮かべる。
新しく大臣になった人も、文官から補佐官に昇格した人も、総じてわたくしの味方というか、わたくしをよく思ってくれている人なのは、絶対にグレイ様の企みだろう。
優秀な人を起用しただけだって言われたし、実際に優秀だし、実家の後ろ盾もしっかりした人達だけど、明らかに将来わたくしに有利になるような人事配置だよね。
「しかし、これで進まなかったスラム街の改善も着手出来ますし、よかったです」
「ツェツィが提案した話ですもの。陛下もいつも以上にお心を配っているに違いありませんわ」
「そうですね。本当にツェツィはこの国の事を考えていますよね」
「兄上も、ツェツィのような信頼の置けるものが傍に居れば安心じゃな」
あはは。三人ともさりげなくわたくしを持ち上げてるなぁ。
悪いとは言わないよ? 未だに仮の婚約者もいないわたくしがグレイ様のお気に入りで、もしかしていずれはお妃様の一人になるのではって、学院でささやかれてるのは事実だしね。
王宮の人達は正妃にする気なんだって察してるみたいだけど。
親は知っていても、子供にまで教えたらわたくしへの態度を変えたり、変に噂が広まってグレイ様の気を悪くしないようにと、あえて教えないようにしている家もあるし、教えられても他言しないように言われているのか、黙っている子女は多い。
まあ、教えられたんだろうなぁっていうのは、視線とか態度でなんとなく分かるけど、あからさまな物だったり、直接言われない限りはわたくしも知らないふり。
わたくし達が教室で和やかに話していると、ふと視線を感じて、何気なくそちらを見れば、こちらを睨みつけてくる三馬鹿、じゃない、攻略対象達。
大臣達が自分達の為に犠牲になったって言われたはずなのに、どうひねくれた考えをしたのか、自分達を陥れるためにわたくしがグレイ様におねだりをしたっていう考えになっているらしい。
攻略対象達を陥れたいのは山々だけど、別に今じゃなくてもいいし。
ヒロインが現れたらまとめて引き取ってもらえばいいだけだし。
今も、どこの伯爵家の庶子なのか探りを入れているんだけど、愛人を抱える伯爵って多いし、庶子である事は母親が亡くなるまでヒロイン自身も知らずに過ごしていたから、多分だけど該当の伯爵自身もヒロインの存在を知らない可能性があるんだよね。
これも世界の強制力なのかねぇ。
「お前達、兄上が妃の元に毎晩通っているという話を知っているか?」
「ええ、それはもう親密な夜を過ごしているそうですね」
「お子が出来ないのが不思議なほどだと」
「まったくだ。兄上に子をなす力がないのではないかと疑ってしまいそうだな」
大声でこれ見よがしに高らかに笑うメイジュル様に、クラスメイトから冷たい視線が投げられる。
あからさまに不敬な発言だし、グレイ様がお妃様を『しかたなく』迎えているのは、ちゃんと社交界の噂話に耳を向けていればわかるものだ。
毎夜通っているという話も、『全てのお妃様』がそれぞれ吹聴しているので、その矛盾から嘘だってわかるしね。
ちなみに、大人のご婦人方、つまりは後宮にいるお妃様が開くお茶会での情報だから、その度に「私こそが」って言い合いになるみたいで、今や後宮で開かれるお茶会の一種の名物になっているそうだ。
でもまあ、グレイ様には一部幼女趣味っていう噂もあるわけで、そっちを面白がっているご夫人もいたりするから、なかなかにカオスだよね。
「このままでは崇高なる王族の血が途絶えてしまう。まあ、俺が居るから、何の心配もないがな」
そう声を上げるメイジュル様に、わたくし達は目を細める。
王族の血というのであれば、リアンだっているし、なんだったら今は他国にいる第一王女と第二王女もいる。
順番からしてみれば、そちらの方が優先されるべきだ。
第一王女は留学先の国の第三王子の正妃になったそうだし、第二王女も留学先の王太子の側妃になる事が決まっているけどね。
帰国せずに、そのままそっちの国で結婚っていう事になっているから、我が国からはお祝いの品物と祝辞を述べる大使を送るだけでいいそうだ。
ちなみに、第一王女のお母様は、第一王女の結婚と共に後宮を出て、実家の領地に屋敷を貰いそこで暮らしている。
最後まで後宮にいるとごねたそうだけど、王太后様もいない後宮に残って、後宮の乗っ取りを計っているのかと脅され、じゃない、説得されて後宮を後にしたらしい。
それを受けて、昔の王太后様に続く権力大好きな第二王女のお母様は、今から第二王女が結婚した後の生活を贅沢な物にする為に、実家や自分にすり寄る貴族から色々巻き上げているらしい。
領地に行くといっても、社交シーズンには王都に戻ってくる事も出来るからね。
王太后様は、「社交とか面倒くさい。スローライフ万歳」と言って無視したけど。
それでも、今なおわたくしより上の年齢の方々がこだわっている厚化粧のせいか、女性が社交界から身を引くのは男性よりも早い。
鉛入りの白粉は身体に害をなすって噂を流しているのに、アンジュル商会の品物を売りたいがための嘘だって決めつける人が年上には多いんだよね。
「そういえば、この俺の妃になりたいという令嬢がまた増えた」
「それは、……」
「まったく、俺のように魅力的な存在はやはり罪作りだな」
「メイジュル様、あまり令嬢を弄ぶ真似はしない方がいいですよ」
「何を言うラッセル。俺を慕ってくる令嬢を放っておく方が可哀想という物だ。なあ、ルーカス」
「……メイジュル様には、ご婚約者が」
「だからなんだ?」
「妃は、国王か王太子にしか認められてはいません」
「だから、それの何が問題なんだ?」
「メイジュル様は、公爵家に婿入りするじゃないですか」
「まったく、分かっていないなラッセル。この俺がそれだけで終わる男のわけがないだろう」
堂々とした発言に、メイジュル様に向けられていた冷たかった視線が、驚愕を含んだものになる。
「おい、愚弟」
「愚弟だと? 俺を誰だと思っている!」
「お前など愚弟で十分じゃ。今の発言は、まるで兄上の玉座を奪わんとしているかのような発言じゃな。内乱罪で処されても構わぬのじゃな」
「なっ……い、今のは言葉の綾だ。……そ、そうだ。俺は公爵となって兄上を支えるべき男だ。だから、ただの公爵で終わるわけがないという意味だ」
目が泳いでるぞ。
それに、あくまでも公爵家に『婿入り』するのであって、メイジュル様が公爵になるわけじゃないからな。
「ふむ。しかし、ルーカスが言うように国王と王太子にしか妃は認められていない。それなのに、『妃』とはどういう意味じゃ?」
「あ……そ、そうだ。公爵も複数の妃を持てるように働きかけようと考えている!」
「ほう? それはなぜじゃ?」
「え?」
「何か理由があっての事じゃろう?」
「あ……」
何も言えなくなったメイジュル様に、リアンが深くため息を吐き出す。
「己の欲望を満たすためだけに国法を変えようとしたのか? 愚かすぎて呆れるのう。どうせ愛人だと言って女を囲うのじゃ、わざわざ複数の妃など用意せんでもよかろう」
「ぐっ……」
「そもそも、我が家はわたくしが女公爵になるのであって、仮にメイジュル様が婿に来ても、公爵になる事は『絶対に』ありえませんわ」
「なんだと!」
クロエの言葉にメイジュル様が顔を真っ赤にする。
本当に、何度言ったら理解するんだろうねえ。
クラスメイトはこのやり取りも飽きているのか、メイジュル様に向ける視線は侮蔑が含まれている。
公爵になるつもりなのも呆れるが、国法を変えようと、しかも私利私欲のためにとなれば、それこそ内乱罪が適用されてもおかしくないのだ。
いやね、このクラスにいる令嬢は、家の派閥もあってメイジュル様に言い寄るように言われている子もいるらしいけど、あまりの馬鹿さ加減に、それを無視しているんだよね。
親には「私のような者ではとてもお相手がつとまりません。他の方の方がよろしいかと」って言っているそうだ。
そうやって、身内の他の令嬢にお役目を押し付けるのもどうかと思うけど、本気で気に入っている子には徹底してメイジュル様に近づかないように言っているそうなので、切り捨てられる令嬢はその程度の令嬢なのだろう。