グレイ様は父親似
「グレイ様は最近忙しそうね」
「ああ、以前大臣の不正が発覚して入れ替えをしただろう。この機会に他の邪魔な大臣にもテコ入れをして、優秀な者を添えるように動いているんだ」
「そうなの」
「皆、ツェツィに心を砕いている文官から選出するから安心してくれ」
いや、そこは別にどうでもよく……はないか。
わたくしが正妃になった時に、回りが敵だらけっていうのは遠慮したいもんね。
魔法薬を飲んで元気なはずのグレイ様だけど、精神的な疲労はまた別なのか、やっぱり最近は元気がないように見える。
でも、わたくしと仲良くなったグレイ様の執務室にも出入りの出来る文官さんに聞くと、いつも通りだっていうから、こういう風に素を出しているのはわたくしの前だからなのかもしれない。
そう考えるとちょっと嬉しい。
でも、こんな風に疲れているグレイ様を元気にさせる方法って何かな?
乙女ゲームだと差し入れとかだけど、こうしてお茶会でお菓子は持ち込んでいるから、これ以上の差し入れは邪魔になっちゃうかもしれないし、難しい。
仕事を手伝うっていうのもあるけど、まだ古狸が残っているから、あんまり口出すと面倒な事になるかもしれないしなぁ。
うーん、こんな時ヒロインならどんな行動に出るんだろう?
色々な乙女ゲームとかギャルゲーを思い出してみて、ハッと思いつく。
「頑張っているご褒美」ってほっぺにキス!
って、無理っ恥ずかしい!
ヒロイン、あんな事をよくも恥ずかしげもなく出来るな。
いや、恥ずかしがっては居たけど、結構ためらいなくやってたよね? 流石ヒロイン、ポテンシャルが違うわ。
でもそうすると、他に何があるかな?
そう考えて視線をうろつかせると、ちょうど目に入ったのが、今日作ってきたシフォンケーキ。
こ、これだ!
早速一口大に切り分けて、フォークに刺すと、グレイ様の口元に持っていく。
「グレイ様、あーんして?」
「え?」
あ、グレイ様が固まった。
でも、わたくしも結構恥ずかしいから早く食べて欲しいんだけど!
「あ、あーん、はだめ?」
「駄目じゃない」
グレイ様はそう言うと、フォークを握ったわたくしの手を包み込むように握ると、そのまま口にフォークを運び、パクンとシフォンケーキを食べ、蕩けるような微笑みを浮かべて咀嚼して飲み込んだ。
くっそ、それだけの行為なのになんでこんなにエロいんだよっ。
「ああ、ツェツィの手料理は何でもおいしいが、こうして食べさせてもらうといつも以上に美味しいな」
「それは何よりだわ」
こ、これは……想像以上に恥ずかしいのでは!?
そして、どうして手を握ったまま離さないのかな?
にぎにぎと揉みこむように触れられる感触に、だんだんと顔に熱が集まってくる。
「久々にツェツィに触れられたな」
「そ、そうね」
王太后様に付けてもらった影の見張りがあるから、グレイ様からわたくしに過剰にっていうか、触れてくる事はなくなったもんね。
でも、これはセーフなの?
わたくしの方から嗾けたから、セーフ扱いなの?
「ひぅっ」
にぎにぎと触られていたら、一瞬ゾクリとして思わず声が出た。
な、なんぞっ。
その瞬間手を離されたけど、グレイ様はめちゃくちゃ満足そうな笑みを浮かべてる。
な、なんだったのぉぉぉぉぉっ。
「体力回復の魔法薬より、ツェツィに触れている方が私の疲れは取れるな」
「精神的疲労は、魔法薬では取れないだけじゃないかしら?」
「そうかもしれない。そうなると、私の疲労を回復出来るのは、ツェツィだけという事になる。今後も触れていいか?」
「へっ、い、そっ、えっ?」
「アレの目もあるから、以前のようにたくさんキスをしたり、膝の上に乗せたり、給餌行動はしないぞ?」
「そ、そうなの?」
「ああ」
「じゃあ、なにをするの?」
「………………手」
「手?」
「手を、今のように握ってもいいか?」
そ、それってさっきみたいなゾクゾクをまた感じる可能性があるって事?
でもあのぐらいなら、大丈夫、かな?
………う、うん。大丈夫。一瞬だったし、前に比べれば軽いものだし。
そう考えながら頷くと、グレイ様が嬉しそうに微笑んだ。
うぅ、イケメンの微笑みは相変わらず破壊力が高いな。
わたくしは顔が赤くなっているのをごまかすように扇子を広げると、顔の半分を隠す。
「その扇子、使ってくれているんだな」
「え? ええ、お気に入りだもの」
「そうか。そう言ってもらえると、特注した甲斐があるという物だ」
「でも、毎年誕生日に扇子を贈ってくれるけど、いいの?」
「ツェツィは成長期なのだし、一年もすれば使う扇子の大きさも変わるだろう。それに、私が贈りたくて贈っているんだ」
「そう」
まあ、他の令嬢や子息を牽制するのに役に立つからいいんだけど、毎年特注しているのか。
でもそうよね、グレイ様の個人紋が彫られているんだし、特注に決まっているわよね。
色味も、グレイ様を彷彿とさせるもので……。
って! 今気が付いたけど、これを持っているって、相当グレイ様のお気に入りって誇示しているのでは!?
いやね、確かにグレイ様のお気に入りですよぉ、後ろにグレイ様がいますよぉって、牽制に使っていたけど、もしかしてわたくしが思っている以上に効果があるのでは!?
「と、特注って。実際には何か特別な素材を使っているとか?」
「ああ、ミスリルを使っている」
「ひぇっ」
こ、子供の日用品になんちゅーものをっ。
「軽くて頑丈だし、いざというときにそれで相手を殴れば、その場しのぎにはなるだろう?」
「いや、わたくしには聖王と魔王の加護があるから、そもそも危険な目には遭わないし」
むしろ、ミスリル製の扇子でぶん殴ったら、相手が大怪我負うんじゃないの?
わたくしは大事に保管している、今までグレイ様から貰った扇子を思い出して冷や汗が止まらない。
ただでさえ、わたくしに物理的に害をなそうとすれば、ヴェルとルジャが相手を攻撃するのに、わたくし自身がそんな武器持ってどうするのっ。
わたくしは歩く危険物体じゃないんだぞ!
「私が勝手に心配をしているんだ。それに、正妃が使用する扇子は、代々ミスリル製と決まっている」
「そうなの?」
「ああ、防具にも武器にもなるし、力を込めて握りしめても滅多に壊れないからな。まあ、ツェツィにはそれは当てはまらないかもしれないが」
握りしめて壊すって何!?
「って、わたくしはミスリルを壊すような怪力じゃないわよ!」
「? ツェツィには魔王の加護があるだろう。その気になればその力でミスリルぐらいバターのように扱えると思うぞ」
………………ひ、否定出来ねぇ。
でもわたくしは今までそんな事をした事ないし、これからも大丈夫よね?
「正妃というのは、とにかくストレスがたまるものなんだ。国王である私も似たような物だが、正妃ともなると子供の養育もあるからな。ただでさえ仕事が多いのに、乳母や家庭教師に任せられるとはいえ、子供の養育の責任のほとんどは正妃に押し付けられる。側室の子供であってもな」
「へえ。王太后様も大変だったんだね」
「いや、心変わりをするまで王太后殿はそんなものは知った事じゃないという考えだったな。自分の権力にばかり固執していた。まあ、父上の事はちゃんと愛していたようだが」
「そうなんだ。グレイ様のお父様ってどんな人だったの?」
「顔つきは、そうだな私によく似ていた」
「イケメンだったのね」
「私は母上の記憶は殆どないが、周囲の話によると、私は母上よりも父上に似ているそうだ」
乙女ゲームで王太后様がグレイ様に体で迫ったのって、そこら辺も関係してそう。
在りし日の愛する人と似ている人が居て、その人を手に入れる事が出来れば更なる権力を、って思ったら、権力大好きで前国王をちゃんと愛していたら、まあ、やっちゃうかも?
共感は全くしないけどね!
メイジュル様は、そう考えると王太后様に結構似ているよね。
薄化粧の王太后様の顔は妖艶系の熟女だけど、若かりし頃は美少女だったんだろうって分かるもん。
まあ、メイジュル様の場合内面の性悪さが顔に出てて、わたくし的にはイケメンに見えないけど、一部の令嬢からしてみれば十分にかっこいいらしいし。
大半の令嬢が、メイジュル様の不実さと、わたくしがばらまいた近づいた令嬢の何人かが行方不明になっているという噂で近づかないけどね。
「それにしても、前国王様って何人もお妃様がいたんだよね。子供はお妃様の人数の割には少なかったみたいだけど」
「ん? ああ」
「もちろん、権力目当ての人も多かったんだろうけど、中には純粋に前国王に心酔したお妃様も居たんだろうなぁ」
「というと?」
「だって、グレイ様に似てるんでしょ? すっごいイケメンだもん、好きになっちゃうよ。傍に居るだけで幸せって思っても仕方がないと思うな」
「ほう?」
「しかも、チャンスがあったら抱いてもらえて、さらに運が良ければ好きな人との間に子供が出来るんだよ。それって最高じゃない」
「そうか、ツェツィはそう思うのか」
「うん。だって、グレイ様にそっくりのかっこいい大人」
乙女ゲームのスチルに出て来たような、それはもうフェロモンムンムンのイケメンだったに違いない。
王太后様の話では、押しに弱かったっていう話だから、もしかしたらちょっと母性本能をくすぐられる系で余計にキュンキュンしたのかも。
うっとりとそんな事を考えていると、グレイ様がわたくしの頬に手を当ててにっこりと微笑んで来た。
「つまり、ツェツィは私とそういう風になったら、幸せという事だな」
「ふぇ?」
「そんな蕩けたような顔して。あと数年の我慢とはいえ、今から待ち遠しいな」
「え?」
わ、わたくしどんな顔をしてるの!?
確かに、グレイ様みたいなイケメンならって思ったけど、それは前国王様のことで、決してグレイ様に似ているからっていうわけじゃなくて。
で、でもグレイ様はイケメンだし、腹黒だからこそのフェロモンに前世ではドキドキして推してたわけだし。
今も触れられた頬の指先の冷たさに、顔に熱が集まっていくし。
「わっ、わた、くしはっ」
「ん?」
「その、まだ子供だからっ……その、えっと……」
「問題ないぞ、ツェツィの体がちゃんと準備が整うまで、私は魔法薬を使うから」
違うっ、そうじゃないっ。そうじゃないんだよぉっ。
そんな色気タップリな声で言われても、なんか別の意味で新しい扉を開きそうになるだけだからっ。
「まあ、魔法薬を使っていても、準備をする分には何の問題も無い」
「何一つ安心出来ないんだけどっ!」
ナニをするつもりだっこの腹黒っ。
確かに、色々仕込むのにグレイ様が欲情する必要はないけど、ないけどっ、淡々とされたらさすがのわたくしだってプライドが傷つくんだから。
って、違う、そこじゃない。
準備だよ、まずそこに突っ込もうよわたくしっ。




