俺は国王になるべき男
Side メイジュル
突然兄上の執務室に呼び出され、無表情の宰相に冷たい視線を向けられ、俺はどうしたらいいのか分からず、兄上を見る。
「お前がこれほどまでに愚かだとは、再教育も効果がないし、実の弟だと分かっているが、情けなくてお前を殴りたくて仕方がない」
「な、何の事ですか?」
「クロエールに、婚約破棄だと言ったそうだな」
「ああ、その事ですか。もともと、あんな生意気でブサイクな女が俺の婚約者なのがおかしいんですよ。婚約破棄出来て清々しました」
「婚約破棄が出来たとでも思っているのか?」
「王族である俺が婚約破棄を宣言したんですよ。出来るに決まっているでしょう」
「そんなわけがあるか」
冷たい兄上の声に、思わずビクリと体がすくんでしまう。
「お前の婚約は、王太后殿の実家がハウフーン公爵家に申し込んだものであり、それは家同士の契約だ。子供の言葉一つで破棄など出来るわけがないだろう」
「そんな! 俺は王族ですよ!」
「だからなんだ? 王族なら何を言っても許されると? 叶うとでも思っているのか?」
「当たり前です!」
「愚かな。お前には一ヶ月の謹慎を言い渡す。自分がどれだけ愚かな事をしたのか、反省しろ」
「なにをっ。いくら兄上とはいえ横暴です!」
訴えたが、護衛によって俺は執務室を強制的に追い出され、そのまま俺の離宮に連れていかれた。
くそ、なんだってこんな目に。
あの女がこの俺を敬わないから悪いのに、どうして兄上はわかってくれないんだ。
国王なのに貴族のご機嫌伺いをしなければいけないなんて、威厳も何もあった物じゃないな。
早く兄上の代わりに俺が国王になって、この国を正しく導かなければ。
そうだ。俺は第二王子なんかで終わるような人間じゃない。
そう考えていると、来客がある事を侍従に告げられ、誰だと機嫌悪く言えば、お爺様がいらしたとのことで、すぐに応接室にお通しするように命令した。
身支度を整えて応接室に行くと、厳しい顔つきのお爺様が居て、俺は兄上と対峙した時以上に緊張してしまう。
「お爺様、急にどうしたんですか?」
「ハウフーン家の娘に婚約破棄を告げたというのは本当か?」
「は、はい」
「何という事を。子供の戯言と今回は凌げたが、大分向こうに有利な条件を出された」
「戯言などっ」
「黙れ」
お爺様の低い声に体がすくむ。
「このままお前の態度が変わらないようであれば、お前がハウフーン公爵家に婿に行っても、公爵家の敷地内に別邸を建て、そこにお前を住まわせるなどと言う条件を出された。しかも、婿入りしてくるのだから、その後はハウフーン公爵家の人間であるため、我が家は一切口出しをするなとなっ」
忌々しそうに言うお爺様に、俺は混乱してしまう。
この俺が婚約破棄を告げたのに、婚約破棄が出来ないだと?
しかもお爺様の言い分では、まるで俺が悪いみたいじゃないか。
「陛下にも、お前の教育について、我が家は今後一切口出しをするなと言われたぞ。ロマリアが居なくなったせいでただでさえやりにくくなったというのに」
「お爺様。兄上の言葉など気にする事はありません。お爺様はよく俺に言ってくれているじゃないですか。真に王の座に相応しいのは俺だと。兄上が偉そうにしていられるのは今だけですよ」
俺の言葉に、お爺様の目つきが鋭くなる。
なんだ? お爺様が言っているんじゃないか。俺こそが国王に相応しいと。
「もう良い。陛下のご命令通り、お前はこの離宮で大人しく謹慎していろ。あとの事は儂が取りなす」
疲れたように言ったお爺様はそう言って席を立つと、俺を見ることなく応接室を出て行った。
なんだっていうんだ。くそ、偉そうにしていても所詮は年を取って耄碌したか。
「おい。誰でもいいから女を用意しろ。いや、身分が低い女がいいな」
控えている侍従に命令すると、侍従が「謹慎中ですが」と言ってきたので、テーブルの上にあった紅茶の入ったティーカップを投げつけた。
「この俺の命令が聞けないのか! いいから連れて来い!」
大きな声で命令すると、やっと頭を下げて出て行った。
まったく、この俺を誰だと思っているんだ。
王太后の息子なんだぞ。この国で最も高貴な存在なのだ。
数時間後やって来た最近可愛がっている令嬢は、俺を見て甘えるような笑みを向けてくる。
可愛い奴だ。
「メイジュル様。聞きましたわ、クロエール様に婚約破棄を突き付けたのですってね」
「ああ、しかし兄上もお爺様も婚約破棄は出来ないと言ってきかない」
「そんな、お可哀想なメイジュル様」
「まったくだ。……おまえは、男爵家の三女だったな」
「はい」
「だったら、居なくなっても問題ないな」
「え?」
俺はアイテムボックスから瓶に入ったスライムを取り出す。
俺にしたがっている貴族が紹介した商人から手に入れたものだが、なんでも使った相手を従順にするものだそうだ。
瓶からスライムを開放して、女に投げつける。
「ひっ」
震えて逃げようとする女の腕を掴んで、アイテムボックスから取り出したロープで逃げられないように縛り上げた。
「メイジュル様、何をっ」
「この俺の役に立てるんだ。喜んで奉仕しろ」
「やっひぃっ! お止めくださいっ」
女の悲鳴に僅かに機嫌が戻ってくる。
「おい、この女を地下牢に入れろ」
「よろしいのですか? このご令嬢がこの離宮に来た事は家の方はご存じかと思いますが」
「だからなんだ? 俺の所に来る前に消えた女の事など知るものか」
ニヤリと笑う俺に、侍従は黙って令嬢の腕を掴んで、そのまま引きずって応接室を出て行った。
俺に従順になる道具か。いざというときの為に増やしておいて損はないだろう。
その後も爵位が低くいなくなっても構わない女を数人使ったが、女達の親に僅かばかりの金と仕事を斡旋してやったら何も言わなかった。
謹慎中、以前にもまして家庭教師を付けられたが、うるさいばかりで何の役にも立ちはしない。
「メイジュル様。そのような態度を取っているからクロエール様から見捨てられるのです」
「なんだと?」
たかが家庭教師の分際で、この俺にたてついただけでなく、俺が見捨てられたなどという妄言を吐くなんて……。
「貴様は首だ! 二度と俺の前に姿を見せるな!」
「私は陛下のご命令でここに来ております。メイジュル様に私の人事権はありません」
「不愉快だ!」
あまりにも怒りがわいたので、手近にあったものを無我夢中で家庭教師に投げつけた。
当たり所が悪い物があったのか、血を流し気を失った姿を見て少しだけ怒りをおさめ、侍従に命令して離宮の外に追い出した。
まったく、どいつもこいつも俺を馬鹿にして。
俺が国王になったら全員処刑してやる。
一ヵ月後、社交シーズンになり謹慎処分もとけ、俺は社交に繰り出した。
ルーカスやラッセルも同じように、一ヶ月もの間家で謹慎をさせられていたそうで、同じように相手が悪いのに自分が責められるという理不尽に憤っていた。
三人で存分に婚約者の愚痴を言っていると、周囲に人が少なくなっていることに気が付き、人が集まっている方を睨みつける。
「婚約破棄を……」
「だって、相手はいやいや……」
「……だそうで、謹慎……」
「……令嬢が、消えた……」
「メイジュル様の……」
聞こえてきた言葉に、そちらに歩いていくと蜘蛛の子を散らすように解散したのを見て、所詮は弱者の言いがかりだと鼻息を荒くした。
聞かされた話だと、俺に近づく令嬢が行方不明になるという噂が広まっていたが、あくまでも噂であり、俺が可愛がっている女は相変わらず可愛がっているままなので、いつの間にかその噂は消えていた。
社交シーズンの間、俺の離宮には何人もの令嬢が遊びに来て、俺の暇つぶしに付き合ってくれた。
おもちゃを育てる材料は十分のようだし、また噂が広まったら俺が国王になった時に問題だからな。
俺は賢いから、何の心配もない。
「メイジュル様ぁ。メイベリアン様達がリュナを虐めるんですぅ」
「なに?」
「お茶会に招待してくれないだけじゃなくて、他の子にも私を招待しないようにって言ってるんですよぉ」
「あいつら、俺がお前を気に入っているというのに」
「きっと嫉妬してるんですよぉ。リュナが可愛いくて、メイジュル様達と仲がいいから。醜いですよねぇ」
「全くだな」
リュナの言葉に、今度メイベリアン達にきつく言っておかなければと心に決めたが、それは叶う事はなかった。
社交シーズン中にメイベリアンの離宮を訪ねても門前払い。
クロエールの家を訪ねても、娘は忙しくしているから会えないと言われてしまう。
そんな時、ルーカスが貴族の間で流れている噂を仕入れてきた。
『メイベリアン様とクロエール様とマルガリーチェ様は、婚約者を心の底から軽蔑しており、常日頃から婚約の解消を願い出ている。それが受理されないのは、婚約者がみっともなく縋っているからだ』
なんてことだ。冗談じゃない!
こんな不名誉な噂、すぐに消さなくてはっ。
しかし、俺が躍起になって噂を消そうとすればするほど噂は真実なのだと広がっていった。
社交シーズンが終わって、通常の学院生活が戻ってきても、クロエール達は俺達と接触する事を最小限にしているようで、こちらから接触しようとしても不敬にも取り巻き共に邪魔をされる。
そうしているうちに、俺の周囲には決まった子息や令嬢しか近づかないようになっていたが、この俺を馬鹿にしてくる奴らは全員俺が国王になったら処刑してやる。