利用するしかない
「リュナ、メイジュル様達にお会い出来なくて寂しかったですぅ」
昼休みに食事をする為に移動しようとしたところ、聞こえてきた声にチラリと視線を向けると、最近メイジュル様達に取り入っていると噂のパリュナン様が教室に入って来て、入口に近い席に座っていたメイジュル様達に近づいて、媚びるようににっこりと笑っている。
下位貴族のクラスの生徒が上位貴族のクラスに来ることは、マナー違反とまでは言わないけれど、あまり歓迎される事ではない。
実際、メイジュル様達の傍に居るから誰も何も言わないけれど、向けられる視線は冷たい。
「リュナは可愛いな。その可愛さに免じて、今日も一緒に食事をする事を許そう」
「きゃぁ、リュナ嬉しい」
「天気も悪いし、サロンがいいだろう。そうだな、ルーカス」
「はい」
「男爵令嬢であるリュナが俺達と一緒にサロンで食事を出来るんだ、もちろん分かっているな?」
「もちろんですよぉ。お礼はちゃーんとします。ふふ、メイジュル様達のおかげで、私ってばクラスで皆に一目置かれているんですよぉ」
「俺のお気に入りなんだ。当たり前だな」
「リュナ、もっとメイジュル様達と一緒に居たいですぅ」
「可愛い事を言うものだな。どこかの愚か者とは大違いだ」
「そんな事言っちゃだめですよぉ。お高くとまった人達って、自分の過ちに気が付かないんですからぁ」
「リュナはいい事を言う。まったく、見習ってほしいものだな」
メイジュル様はそう言うとパリュナン様を連れて教室を出て行き、ルーカス様とラッセル様もその後を付いて行った。
わずかな沈黙の後、ヒソヒソと生徒達が会話を交わす。
「サロンでっていう事は、あの特等席に男爵令嬢如きをまた招き入れるという事ですわよね?」
「信じられませんわ。そもそも、婚約者が居ながらメイド見習いでもない令嬢を傍に置くなんて、何を考えていらっしゃるのかしら」
「あの令嬢って、自分は本当なら侯爵家の人間なんだからって言ってくる奴だよな」
「そうそう。伯爵子息の俺達より身分が上って、偉そうにしてくる奴」
「あれだろう? 陛下が即位した後に行われた粛清で降格させられたんだよな」
「それって、家が不正してたって事だろう? なんであんなに偉そうなんだよ」
「わたくし、あの方をお茶会に呼んだ事がございますが、マナーもいまいちですし、話題も少なく、そのくせ話が途切れるとこちらを睨んできましたのよ」
「分かります。メイジュル様達はあの方の何がよろしいのかしら? メイベリアン様やクロエール様、マルガリーチェ様の方がよっぽど素晴らしいですのに」
ザワザワと話が聞こえてくる会話に、わたくし達は微笑みという名の苦笑を浮かべ、リアンがパチンと音を立てて扇子を開いた。
「確か、あの令嬢は何度か義務でお茶会に招待したこ事があったの」
「そうですわね。最低限でしたけれども、ご挨拶だけは致しましたわ」
「であれば、もう義務は果たされたと見ても良いかのう」
「よろしいのではありません事? わたくし達よりもメイジュル様達と仲良くなさりたいようですもの、お邪魔するなんて無粋な真似は出来ませんわ」
第三王女と国一番の資産家の公爵令嬢による、自分達主催のお茶会への招待拒否の言葉に、令嬢達が視線を交わした。
貴族の派閥の関係上、全くお茶会に招待されなくなるという事は、まあ、今すぐはないかもしれないが、格段に減ることは間違いない。
過去にもメイジュル様達との仲の良さでマウントを取ってくる令嬢は居たけど、あそこまで正面切って喧嘩を売ってくる発言をしたのは悪手だねぇ。
っていうか、お高くとまってるとか何その盛大なブーメラン。
ザワザワとしていた教室は落ち着きを取り戻し、各自食事を取るために移動したり、席で食事を取るための準備を始める。
「しかし、サロンで食事を取ると言っていたが、予約をしていたとしても妾達が先であろう。あの口調では自分達が一番の席に案内されると思ってるようじゃな」
「今この学院で最も高位の生徒はリアンですから、先に予約をしていたこともあり、私達よりも下の席になるでしょうね」
「騒がしい昼食になりそうですね。今からでも場所を変えたいですが、あいにくの雨ですし、仕方がないですね」
わたくし達はそう言って移動を始める。
サロンは身分や予約の順序によって案内される席が決められており、常識が通じないとはいえメイジュル様がサロンに行ったところで案内されるのは隔離されている特等席とはいえ、最上位ではない。
今日の授業の内容の話などをしながらサロンに行くと、既に多くの生徒が昼食を取っており、わたくし達を見るとスッと目礼してくる。
サロン付きの使用人に案内されるまま、隔離された特等席に向かうと、案の定というか、喚き声が聞こえてきてわたくし達は扇子を開いて口元を隠して騒ぎなど気にしないように歩いていく。
「なぜ俺がこっちの席なんだ! 俺を誰だと思っている!」
「申し訳ありませんが、あちらの席は既に予約済みでございます」
「いつもはそのようなことは言わないでしょう。なぜ今日に限って?」
「そういう物だからです。メイジュル様達もこの学院の生徒である以上、規則はご存じのはず。先に予約をし、身分が上の方であれば、その方により良い席をご用意するのは当たり前ではありませんか」
「この俺以上に高貴なものなどいるわけがないだろう!」
「不敬だな。俺の剣の錆にされたくなかったらいつも通りに席を用意しろ」
「そうですよぉ。メイジュル様達に逆らうなんて、生意気ですぅ」
馬鹿が居るな。
喚いているメイジュル様達の横を抜けて、最上位の席に行こうとすると、「待て!」と声がかけられた。
「どこに行くつもりだ」
「食事をする為に席に行くのじゃ。邪魔をしないでもらおうかの」
「貴様っ。その席は俺のためのものだ!」
「姉に向かって貴様とは、礼儀を知らぬ愚弟じゃな」
リアンが呆れたように言うと、メイジュル様が顔を真っ赤にする。
そもそも、今日このサロンで食事をする事は、登校時に予約をしており、いつも『予約をしない』メイジュル様達が後回しにされるのは当然の事。
しかも、自分が一番高位と言っているけれども、同じ王族で、三ヶ月誕生日が早いリアンの方が身分が高い事を告げると、癇癪を起こした子供のように地団太を踏んだ。
「どぉしてそんなひどい事を言うんですかぁ? 婚約者に見向きもされていない僻みだとしても、あんまりですぅ」
「僻み? 面白い事を言いますわね」
「全くです。自意識過剰にもほどがあります」
「なっ。事実じゃないですかっ。有名ですよぉ、貴女達が婚約者であるメイジュル様達に相手にされていないってぇ」
「確かに、そのような噂もあるの」
「ほらぁ」
「しかし、そのような噂は、一部の貴族至上主義派の、しかも本当に自分の利益しか見ていないような、愚か者達の間で広まっているものじゃ。現実を見れぬのはどちらであろうな」
クスクスと笑うリアン達に、わたくしは扇子で口元を隠しつつ、冷静にメイジュル様達を観察する。
癇癪を起しているのはメイジュル様だけれども、ルーカス様もラッセル様も不快だという感情を隠すことなく表に出しているわね。
「婚約者の顔を立てて、身を引くという事をいい加減覚えたらいかがですか?」
「お前は何も出来ない役立たずなんだ。大人しく身の程をわきまえろ」
あ、顔に出すだけじゃなく言葉にも出したよ。
昔からこの態度は変わらないよねぇ。
再教育とか、本当に意味ないなぁ。税金の無駄だから止めたいけど、グレイ様は今更止められないって言ってたし、困ったものだよね。
「ほう? 妾に引けと? そなたは何様のつもりじゃ? 妾の婚約者とは言え、今は侯爵家の長子でしかないそなたが、第三王女である妾に引けと?」
「それが、婚約者としての常識でしょう」
「それはまた、妾の中にある常識とは随分と違うようじゃ。おぬしのような、身の程をわきまえぬ愚か者と婚約しているとは、兄上の為とは言え、本当に苦痛で仕方がないのう」
リアン、声が大きいって、わざとか。
隔離されている場所とは言え、同じサロンの中だから、このぐらいの声の大きさだったらサロンの中には響いちゃうよねぇ。
「私が役に立たないというのでしたら、いつでも婚約解消をしていただいて構いませんよ。だって、私だってラッセル様のような、自己中心的で、自分勝手で、弱い者を虐げる方なんてごめんですから」
リーチェも声が大きいなぁ。この三人が堂々と浮気をしているのを機会に婚約解消に持っていこうとしてるね。
「女癖も悪く、癇癪持ち。いつまでも幼い子供のような精神ではとても公爵家に迎える事が出来るとは思えませんわね。本当に、我が家から婚約解消を申し込むのが難しいから我慢しておりますけれど、本当なら今すぐにでも婚約解消したいですわ」
クロエまで……。いや、わたくしも止める気はないけど。
ここで婚約解消出来るとは、三人も思ってないだろうしねえ。
例えメイジュル様達が婚約解消だの婚約破棄だの言っても、家の人が許すわけがないもん。
でも、攻略対象の三人は顔を真っ赤にして体を震わせている。
ここまで正面切って馬鹿にされるなんて、今までなかったもんねぇ。
噂は広めていたし、さりげなく馬鹿にはしていたみたいだけど、正面から言われたら攻撃力は高いか。
「こ、このっ。黙って聞いていれば調子に乗りやがって! この俺がお前のような低俗な公爵家を継いでやろうというのに!」
「父上のご命令で我慢している私の事を考えられないなんて、なんて傲慢なんでしょう。貴女のような人を嫁に貰うなど、恐ろしくてたまりません」
「貴様のような役立たずで取柄も無い女を、この俺が貰ってやると言ってやっているのに、その言い方は何だ!」
「貴様など」
「貴女など」
「お前など」
『婚約破棄だ(です)』
サロン中に響く声で宣言された言葉に、リアン達がにんまりと扇子の下で笑ったのは当たり前の事で、攻略対象三人がリアン達に婚約破棄を突き付けたのは瞬く間に噂として学院中に広まった。
それはもちろん子供から親にも伝わるわけで、社交界では愚かな男三人の発言に、責任も持てない子供の発言だからと一笑した。
ただ、一部の令嬢はその噂にここぞとばかりにメイジュル様達に取り入ろうと動いたのは言うまでもなく、リアン達は今回の事で婚約破棄にならずとも、しっかりと利用する事にしたようだ。
これに関しては、グレイ様と宰相閣下と騎士団長が頭を抱え、それぞれの家に正式に謝罪を送ったけれども、当然のように婚約の条件を書き換えられた。




