政治を変えるのは難しい
「わかりましたわ。こちらの植物も我が領地で育てればよろしいのですわね」
「お願いね、クロエ」
「ふふ、ツェツィのおすすめですもの。どのようなものが育つのか楽しみですわ」
「リアンはこっちをお願い」
「ふむ、それは構わぬが、兄上に領地を増やしてもらってよかったかもしれぬな」
「ふふ、リアンもクロエもすっかり事業家ですね」
「何を言っているの。リーチェはパトロンをしている画家とか役者さんに、この装飾品とか調度品を広めてもらうんだから」
「任せてください。それにしても、このかんざしという物は、中々に扱いが難しそうですね」
「うーん、この国にある髪飾りと似たような扱いなんだけど、確かに形とかちょっと違うからね」
「どのように使うのか教えてもらえますか?」
リーチェがそう言うので、わたくしは自分の髪をほどいて、ささっとかんざしを使って結い上げていく。
ピンも使わずにかんざし数本で纏め上げていくのを見て、リーチェ達は驚いたように目を丸くした。
「これは、すごいですわね。ツェツィったら髪結い師の才能もありますの?」
「そんな大層なものじゃないよ。このぐらい、コツを覚えれば誰だって出来るって」
「そうかのう? しかし、その髪型も面白いの」
「ええ、そのように髪を結い上げてシンプルに飾るのもいいですわね。この国にある髪飾りと合わせてみるのもいいかもしれませんわ」
「私の方で、髪結い師にパターンを考案させますね」
「お願いするわ。今この国にある髪型って、ガッチガチに髪を結ぶから、正直結い上げられるときに頭皮が痛かったのよね」
「分かります。淑女としての嗜みだと言われても、髪を引っ張られるのは辛いですよね」
「わたくしの理想としては、緩めのハーフアップとか、ゆる編みとか、むしろ結わないで垂らすとか、そういう感じなんだけどね」
「うーん、寝る前でもない限り髪を結わないという事はありませんので、それは難しいかもしれませんね」
「そこで、リーチェの出番ね」
「ふふ分わかっていますよ。さりげなく、髪を結わなかったり、今のギチギチに編み込んだりする髪型を変えるように誘導していきますね。そもそも、平民は髪をそこまで結いませんし」
「話が早くて助かるわ」
持つべきものは親友だわ。
最近ではちょっと話しただけで、わたくしの考えていることをくみ取ってくれるから、本当にありがたい。
新しいハーブも入手出来たし、何よりもヨモギが手に入ったから、お菓子作りなんかの幅も広がったし、念願のよもぎ蒸し風呂が出来る!
うふふ、本当にいい仕事をしてくれたわ。
本当ならわたくしのこの目で、その国に行って色々みたいんだけど、流石に帰還率三割の所に行くってなったら、聖王と魔王の加護があるとはいえ絶対に許可は出ないだろうな。
わたくしはよくても、一緒に行った人の安否まで保証出来ないし。
……聖王と魔王が言っていた中継場所っていうのがそこにあれば、わたくしも魔の森にある聖なる祠を経由して行けるのでは?
転移魔法が使えなくても、そういう方法があれば、ワンチャンありなのでは?
『然り。あの聖なる祠と同じものは世界の各所にある。ただし、この国にある聖なる祠のように、手入れをされているとは限らない』
『この国は聖獣や魔獣への信仰に厚いが、他の国も同じとは限らない。魔獣を魔物と同一視している国もある』
頭に聞こえて来たヴェルとルジャの言葉に、そうなんだぁ。と息を吐き出す。
魔物と魔獣を同一視かぁ。
文化の違いなのかもしれないけど、そこには明確な違いがあるのに、なんだかなぁ。
魔獣はこっちから手を出さない限り、余程の事情が無ければ攻撃してこない知性があるのに対して、魔物は瘴気が生み出した知性のない生き物。よくダンジョンや瘴気溜まりに発生する。
瘴気は言ってしまえば負のエネルギーだね。
人間の増悪だったり、世界のよどみだったり、とにかくよろしくないエネルギーの集合体。
魔獣は確かに見た目はちょっと怖いかもしれないけど、聖獣と属性こそ違えども格は同じなんだけどな。
「しかしながら、わたくし達も長期休暇の間中、ずっと王都に居続けるわけにもいかなくなりますわね」
「そうじゃな。仮にも領地を治めている以上、視察をせぬわけにはいかぬし、代行者を信じていないわけではないが、妾達が子供と侮られないとも限らぬ」
「私はまだ領地は拝領していませんが、来年の社交シーズンに正式に頂くことになるそうですし、同じようになりますね。陛下からは、この国の芸術文化をさらに広めるような場所に、尚且つ、貧困にあえぐ人を救済するような領地にして欲しいと書状を頂きました」
「子供に無茶な要求をするね」
「私達の事を、陛下はただの子供だと思っていないのでしょうね。誰かさんのせいで」
リーチェがそう言うと、リアンとクロエもわたくしを見る。
あははー。ダレノコトダロウナー。
「それにしても、妾達が新たに領地を賜るという事は、貴族の間では噂として広まっているようじゃ」
「そのようですわね」
「あら、わたくしが居ない間にそんな事になっているの?」
「うむ。表向きは妾達の功績を考えてという事じゃが、やはり反対する者がいるからの。ましてや妾達は十歳の子供、管理など出来るわけがないと喚いておる」
「クロエは一応実家に与えるという事になるんでしょ?」
「名義はわたくしですし、管理もわたくしがする事は周知の事実ですわね」
「私もオズワルド侯爵家に与えられるという事になっていますが、同じように名義と管理に関しては私がする事になりますね。今から家庭教師が増えています」
「やはり補佐が欲しいところじゃな」
「わたくしはお父様が新しい補佐を付けてくださいましたわ」
「ほう?」
「マルドニア様です。ご存じでしょう?」
「ああ、あの人か。いいんじゃない? 真面目だし、優秀だし」
「長子ではないが、確か姉君の補佐を目指していたのではなかったかの」
「そのお姉様からわたくしの補佐をするように言われたようです。我が家に住み込みで、わたくしの侍従見習いという事になりましたわ」
「ふむ、わかりやすく取り入ったと言う所じゃな」
「羨ましいです。私もパイモンドを侍従にしたいですね」
「流石に無理じゃろう。長子ではないとはいえ、あれじゃろ、今の成績を保って教師からの評価も良いままであったら、親類の家に養子に行く予定なのじゃろう?」
「ええ、まだ仮の仮、そんな事があったらいいかな? ぐらいの話のようですけどね」
リーチェはそう言ってため息を吐き出す。
婚約者がいるから、完全に両想いなのに男女の距離をしっかり取っているし、必要最低限の会話しかしないもんね。
もどかしいんだろうなあ。
クロエみたいに侍従見習いとして傍に置いたら、あのラッセル様の事だし、何を言ってくるか分かったものじゃないもんね。
ラッセル様って思いっきりパイモンド様の事ライバル視しているし、絶対にリーチェの傍に置かせないだろうな。
傍に置こうものなら、リーチェが浮気しているとか大騒ぎするに決まってる。家が決めた侍従とか言っても、絶対に浮気だってある事ない事言いふらすに決まってるわ。
でも、確かに学院の生徒であり、子供であるわたくし達には、領地を代理運営してくれる人が必要なんだよね。
わたくしの場合はグレイ様が手配してくれるからいいけど、リアンとリーチェ、クロエはどうするんだろう?
クロエの王都での執務はマルドニア様が手伝うとしても、領地の方はどうにかしないといけないわけだし。
「三人は実際に領地の運営代理についてはどう考えているの?」
「妾は兄上の推薦じゃな」
「わたくしはお父様の推薦ですわ」
「私はどうするべきでしょうね。お父様の推薦でもいいのですが、やはり自分の目で確かめたいですね」
やっぱり推薦が多いか、って、リーチェは自分で決めたい派なのね。
いいと思うよ、その考え。
リーチェは物を見る目がしっかりしているから、人選もしっかりしそうだもん。
しかし、リアンは嫁入り道具の前倒しっていう名義で個人領を貰ったんだけど、わたくしってそう考えると本当に規格外だよね。
実家が辺境侯爵家だから、離れた位置に領地を持てないっていう理屈は分かるんだけど、だからって無爵位なのに個人領って……。
うん、本当に去年は散々嫌味をいろんな人に言われたよねえ。
特にグレイ様のお妃様の親類縁者や関係者だと思われる人には、「おねだりが随分得意なんですね」だの、「子供の玩具にしては随分なものを貰って生意気」だの、挙句の果てには「手切れ金を貰ったんだから陛下に近づくな」とまで言われたわ。
もれなくグレイ様に報告したけどね。リアンが!
後宮の方は、やっぱりお妃様が入れ替えになった。前は五人だったけど、三人いなくなって四人増えたよ。
そう、増えたんだよ! 想定していたけど、増えたんだよ!
その事についてグレイ様を睨みつけたら、数年後には追い出すからって苦笑された。
古狸の派閥争いはまだあるし、グレイ様も苦労しているけどやっぱり長年はびこる老害を除去するのは大変みたい。
恐怖政治をすれば簡単だって言ってはいたけど、そこまですると今度は貴族からの信用と国民からの信用がなくなるから、この手段は取れないから、どうしても回りくどい手になってしまうらしい。
ちなみに最終手段は、老害が謎の伝染病で亡くなる事なんだって。
いやぁ、腹黒の考える事って怖いよねぇ。
この間捕まった大臣のおかげでそれなりに貴族が釣れたけど、まだ足りないらしいから、尻尾を出すのを虎視眈々と狙っているらしいよ。
どこの国にだって闇の部分や腐敗はあるけど、この国って結構それが多いよね。
今までの国王も暗愚っていうわけじゃないけど、長い物には巻かれろというか、押しに弱い人が多かったみたいで、貴族の力が強くなってしまったんだそうな。
とはいえ、貴族が結託しているがゆえに、他国からの侵略を防ぐ事も出来ていたのも事実で、悪い事ばかりじゃないから厳しく取り締まれなかったらしい。
でも、周辺諸国と平等な同盟を組んで、諸外国との関係も穏やか、戦闘狂の国王も今のところ誕生していないし、(建前上)魔王も封印されている今は、国を纏め上げるという意味で、貴族主導による政治よりも、国王主導による政治に戻す必要があるっていうのがグレイ様の考え。
宰相やグレイ様の考えに賛同する貴族もいるし、新しく発行した政策や、貴族至上主義ではなく実力重視にするという考えは平民にも受けがいい。
まあ、だからといって、一朝一夕で出来る物じゃないから、これに関しては時間をかけるしかないね。
馬鹿な貴族が決定的な失態を犯してくれれば、話は別なんだけどなぁ。