胃痛の顔合わせ
グレイ様に冒険者ギルドと商会ギルドの職員として働く文官と、護衛の武官を派遣してもらい、それが全員わたくしの見知った人で、わたくしは思わず「こんなところに来て大丈夫なのですか?」と尋ねてしまった。
全員、あのまま王宮に残っていれば出世コースだったはずなのに、こんな事をしてしまったらその道を外れてしまう事になる。
しかしながら、返ってきた答えは、「ツェツゥーリア様のお役に立てるなら喜んで!」と、どこぞの居酒屋か? と聞きたくなるような元気なものだった。
宰相閣下の発案で、一定年数働いた希望者はちゃんと王宮に戻る事も可能で、むしろ『実戦経験を積んだ』として重宝する事になっているのだとか。
そしてそれは、わたくしが貰った個人領や、今後貰う予定の個人領にもそれが当てはまるんだって。
ちゃっかりしているわぁ。王太后様の言う通りになってんじゃん。
しかしながら、最初の顔合わせからすんなりうまくいっているわけではない。
商会ギルドの人から見れば、王都から来た文官は下手をしたら自分達の利益に影響をもたらすかもしれない警戒対象で、文官からしてみれば自分達の知らぬところでどんな不正をするか分からない要注意人物だ。
うん、笑顔の下で腹の探り合いをするとか、十歳の子供には胃が痛いよ。
それで、どうやって和解させたのかと言うと……。
「だから、それでは飢饉が起きた時に平民の命に関わると言っているのです」
「しかしながら、国は適切な食料と支援金をしっかりと配給しています」
「十二年前、それが正しく行われず、どれだけの国民が命を落としたと思っているのです!」
「あの時も、国は既定の量を被害を受けた領地に配給しています」
「そんなはずはない」
「いえ、しっかりと王宮の記録にも載っています。領主が直々に受け取ったのですから間違いはありません」
「領主が?」
「はい。御疑いでしたら、王都から証文の写しを取り寄せます」
「なあ、それってあそこの領主が着服したんじゃないか? 飢饉があったっていうのに、あそこの領主の暮らしは変わらなかったっていう話だろう」
「そういえばそうだな。他にも、怪しい動きをした貴族が居たよな」
「陛下は通常の税金で不正をしていた貴族は取り締まりましたが、過去の緊急時に出した支援金を横領した貴族までは手が出せなかったのかもしれません」
「なるほど」
そう、共通の敵を作ることにしてみました!
頭の悪くない人達だからね。ディスカッションしていけば、落としどころが見つかるんじゃないかと思ったんだけど、思わぬ収穫があったんじゃないかな?
この国では、飢饉なんかの天災なんかが起きて被害を受けた場合、その被害を受けた領地の領主が、国王から支援を受けるという形になっている。
そんでもって、その支援の活用方法については、その領主の采配に任される事になっているんだよね。
つまり、着服しようと思えばいくらでも出来るわけだ。
「一つご提案があるのですが」
「なんですか、ツェツゥーリア様」
「今後、飢饉などの天災が起きて支援が必要になった場合、商会ギルドが陛下より任命されて復興に当たるというのはどうでしょうか? もちろん、そこの領主がそれに『協力』するというのでしたら、無理に止める必要はないと思います」
わたくし、別に貴族の力をそごうとしているわけじゃないよ?
ただ、この国の貴族は貴族至上主義が多すぎて、平民は道具、自分達は働かなくてもお金を自由に使える特権階級って、思い込んでいるバカが多いから、ちょーっと現実を見させたいだけだよ。
収入源が減ったり規制されたら、妄想に浸るか現実を見るかしか出来ないもんね。
「なるほど、『協力』ですか」
「はい。あくまでも『協力』です。自分の治める領地ですから気にならないはずがありませんけれど、陛下から復興を『任命』されているのは商会ギルドですから、あくまでも『協力』しか出来ませんよね」
にっこりと微笑んで言うわたくしに、皆さんはちょっと顔を赤らめながら「なるほど」と頷いてくれた。
しかしながら、今はデュランバル辺境侯爵領の中でのみの活動ということになるので、所属する商会は少ないし、貴族というか、我が家が後押しをしている商会がアンジュル商会なので、大きな問題は起きないけど、これが王都になって本格的に動くとなると、また揉めそう。
事業って、大きくなればなるほど、ぐちゃぐちゃどろどろと複雑になって行くもんね。
だからこそ、カリスマ的リーダーシップを執る人が欲しいんだけど、今、商会ギルド長をお願いしている人に、そこまでのカリスマがあるかといわれると、正直ないっていうのが本音。
立派な人だけど、あくまでもこの地でっていう制限があるもんね。
いや、目星がないわけではないんだよ。
わたくしがお願いすれば、ちょっと迷うかもしれないけど承諾はしてくれると思うし。
ただ、グレイ様がそれに伴い爵位を与えないわけもなく、それを受け取るかって言うと、微妙なんだよねぇ。
だって、爵位のない自由な身分を楽しんでいる感じもあるし。
とりあえず、どっちにしろ三年間の試験期間を無事に終わらせないといけないよね。
今後、長期休暇は一ヶ月をデュランバル辺境侯爵領、一ヶ月を海沿いの領地(名前はまだない)、残りは王都だけど、新しく拝領したらそっちで生活する事になるかな。
うーん、わたくしってまだ子供なのに、こんなに忙しくしていいものなの?
全てがちゃんと軌道に乗って、わたくしが信頼できる部下に全部任せて、わたくしは報告を聞くだけで、たまに手を出すぐらいの状態になれば、もっと余裕が出来ると思うんだけどな。
乙女ゲームが始まるまでに、その余裕が出来る事を願っておこう。
わたくし自身に余裕が無かったら、リアン達を守るなんて言えないもん。
「ツェツゥーリア様、冒険者ギルドの方との連携についての話なのですが、確認してもよろしいですか?」
「どうぞ」
「今まで、個人ごとに買い取っていた魔物の素材は、今後は冒険者ギルドで一括して買い取り、それを商会ギルドを通して各所に回すという事ですよね」
「はい」
「そこに関わる手数料についてです」
「それぞれ、五%の手数料をかける予定です」
「一律で、ですか?」
「はい。どんなレアなアイテムに関しても、一律でです」
わたくしの言葉に、商人の人達が眉間にしわを寄せる。
レアな素材は、必要としている人達には高く売れるのだ。
それこそ、ぼったくりという値段であっても、買う人は出てくる。
それは商人にとって、手数料という名の利益を得る最大のチャンスだ。
それを規制するような言葉は、流石に反感を得るだろう。
「子供の言葉なので、馬鹿げていると思うかもしれませんが、商売とは目先の利益にばかり目を向けるものではないと思います。実際、『塔』では未来を見据えた研究が行われ、魔法薬という成果を上げています。その利益は正体不明と言われている『塔』を支えるほどの物でありますが、かつては利益など度外視していたのだと聞きました。先を読む目、固定観念に囚われない機転、目先ではなくそのはるか先にある利益を見ることこそ、商売には必要なのではないでしょうか?」
わたくしは長々と話して疲れたのどを潤すべく、紅茶を一口飲んで、さらに続ける。
「例えば、飢饉が起きて作物の収穫が減ったとします。少ない作物ともなれば、値段は当たり前のように高騰してしまいます。心無い人は、それすらも買いあさり、更なる高値で売ってしまおうとするでしょう。それによって被害に遭うのは、他でもない農民を含む平民です。今日食べる物にも困れば、明日畑を耕すべき体力が残るはずもありません。真に必要なのは、繰り返しますが目先の利益ではありません。その先に、長く続く利益です。ここにお集まりの皆様は、愚か者ではないとわたくしは思っております」
はぁ、長々と喋って疲れた。
偉い人ってもっと長々と喋るよね、すさまじいわ。
しかし、わたくしの言葉に思う所があったのか、商人さん達は顔を見合わせたり、視線で会話をしたりしている。
うまくいくかなぁ。うまくいって欲しいなぁ。
「そういう理由であるのなら、ツェツゥーリア様のお言葉に従いましょう」
「ありがとうございます」
「いえ。陛下も素晴らしき女性を得る事が出来て、ようございました。今はまだ頭の固い貴族も居ますが、我々はツェツゥーリア様を応援いたしましょう」
「? ありがとうございます」
商人さん達の言葉にちょっと首を傾げてしまったけれど、話がまとまってよかった。
ここで手数料に関して文句を言われたら、これ以上どうやって説明しようか悩んでいたんだよね。
わたくしって、そこまで経営学に詳しいわけじゃないし。
そっち方面はリアンも詳しいけど、やっぱり自分が領地運営をする事になるから、めちゃくちゃ勉強しているクロエが一番かな。
わたくしの親友達が、それぞれの分野で大活躍していて、このまま乙女ゲームが始まって婚約解消になっても、社交界で後ろ指差されずに済みそうで何よりだよ。
理想としては、乙女ゲームの開始までに婚約解消なんだけど、グレイ様に聞いても難しい顔をされちゃうんだよね。
リーチェの方も、やっぱりパイモンド様に爵位がないっていうのがネックになっているみたい。
養子縁組の話もあるけど、あくまでも学院での成績しだいってことだし、まだ確定事項じゃないからね。
はあ、これが世界の強制力か。