わたくしも試される
デュランバル辺境侯爵領での産業に関しては、かなり発展してきていると言ってもいいかもしれない。
アンジュル商会も出店しているし、畜産業や農業も問題なく運営されている。
元からこの領地にある魔の森やダンジョンに出る魔物目当てで集まった人達がいるので、そのリーダー格というか、現役引退して若い人達の育成をしたり、そのまま領地に住み着いてくれた人を探して、冒険者ギルドっぽいものを作ってみることにした。
まあ、内容としては、依頼の仲介なんだけど、仲介を置く事で依頼する側から不当に賃金を減らされたり、逆に賃金だけ受け取って仕事をしないという事を減らすのが目的だ。
後ろ盾にデュランバル辺境侯爵家が付いているとあれば、依頼人も依頼を受ける側も下手な事は簡単には出来ない。
そして、商会ギルドの原型にも手を出した。
今までは個人でやっていて、何があっても個人の責任で泣き寝入りをしたり、騙されて多額の借金を背負う事になったり、一時的に体に不調を負う事になって生活が立ち行かなくなった人達への補助金を出したり、そして、商売をする場所や仕事の斡旋をするというものだ。
もちろん、これは事前にちゃんと王都で行う事業の実験段階だと話しており、軌道に乗ったら王都を本部にして運営していく事は話している。
それでも、商会ギルドはともかくとして、冒険者ギルドは王都に本部があったとしても、実際に多く稼働するとなるのはダンジョンがある地域やデュランバル辺境侯爵領のように魔の森に隣接している場所になる。
今までは、販売する場所によって魔物のドロップ品の値段が変わってしまっていたが、冒険者ギルドを利用する事で、その時の相場という物はあれども、店によって値段が変わるという事も無くなり、正当な収入を得る事が出来るようになる。
また、子供であっても、今まで無給同然でさせられていた仕事も、正式な仕事として依頼をする事により、正当な報酬を得る事が出来るようになる。
もちろん、反対が無いわけではないけれども、その理由が自分の利益を優先しているものが殆どなので、正論をぶつけたり、後ろ暗い事をしている証拠を突き付けてしまえば、そういった輩は黙るしかなかった。
面倒くさかったのは、冒険者ギルドや商会ギルドを作る事によって、今まで自由商売をしている事によりバランスを保っていたのに、国王にそういった権力が集中してしまい、貴族などの一部の特権階級が今までにもまして偉ぶるのではないかと声を上げた者を説得する事だった。
確かに、今の後ろ盾はデュランバル辺境侯爵家だけれども、実際に稼働してしまえばその後ろ盾は王族、すなわち国王であるグレイ様になる。
冒険者や商人が個人で動くのではなく、グレイ様に従うとなったら、彼らが言うように、グレイ様を通して『自分達に傅く』と馬鹿な考えを起こす貴族が出てきてもおかしくはない。
けれども、そんな事をさせるわたくしではない。
実際に商会ギルドが立ち上がったら、貴族が立ち上げている『全て』の商会も、『むしろ率先して』商会ギルドに所属し、その経営の許可に関しては商会ギルドに委ねられるという物にする。
つまり、如何に貴族と言えども、商売をするにあたっては、商会ギルドを通さなければ何も出来ないという物になるのだ。
これに関しては、宰相閣下やグレイ様とも何度も打ち合わせをして、様々な規律を作った。
わざと作った抜け道はいくつかあったけれども、その抜け道を使う貴族が現れたら、今度はその貴族が国家反逆罪として捕まるという仕組みになっている。
なんたって、その抜け道そのものが、国に害をなす事に繋がるような事になるからね。
冒険者ギルドに関しても、そこは本当に実力主義で、所属してしまえば家の身分は一切関係ないものとして、公平な判断で実力が図られる事になり、昇格をする場合の試験は『余程の事がない限り』公平な審判が同行して行動をチェックする事になっている。
いやね、まだ実験段階だし、ちゃんと形になるのは時間がかかるかもしれないけど、これはファンタジーには必要不可欠な物だと思うんだよね。
そもそも、冒険者が単独で行動しているから、ぼったくりとかにあったり、無理に命を懸ける羽目になったり、平民は使い捨ての道具みたいに見られて貴族に使われる事になるんだよ。
ったく、優秀な人間をきちんと取り立てるっていうグレイ様の方針に真っ向から逆らって、古狸や貴族至上主義の奴らは困ったものだよね。
「それで、ツェツゥーリア様はこの老い耄れにその冒険者ギルドの長になって欲しいと?」
「老い耄れって、サンマルジュ様はお爺様の一番弟子。今もまだ実力は衰えていないと聞きます。その実力に憧れる方も多く、弟子にして欲しいと志願が絶えないとも」
「ふーむ。恩師のお孫様の頼みとあっては、聞いて差し上げたいのは山々ですがね。そんな夢物語みたいな話、そう簡単に頷くわけにもいかないんですよ」
「そうでしょうね。わたくしだって、いきなりこのような話を持ちかけられたら困ると思います」
「ですよね」
「けれど、先ほども言ったように、この話にはメリットも多数あります」
ギルドが発行するランクにより、無謀な依頼を受けるリスクが減り、命を散らす確率も減る。
「デメリットとしては、その冒険者ギルドに登録した人間は、冒険者ギルド無くしては何も出来なくなるという点ですね」
サンマルジュ様の言葉に、やっぱりそこをついてくるかと内心舌打ちをした。
「俺達冒険者は騎士や兵士じゃない。言ってしまえば自由を愛する人間だ。束縛される事を望まないと言えばわかりますか?」
「ええ」
「そんな人間を枠にはめようなんざ、子供の浅はかな考えだと思いませんかね」
「…………おっしゃる通りです」
「俺も、今さら型にはめられるなんて、考えるつもりはないんですよ」
「では、言い方を変えます。枠にはまるのは、冒険者である貴方達ではありません、依頼をする側の人間です」
わたくしの言葉に首を傾げるサンマルジュ様に、わたくしはにっこりと微笑みを向ける。
「今まで、貴方達を不当に扱っていた貴族、まあ、依頼人が、好き勝手に出来なくなるのですよ」
「つまり?」
「正式な手続きをしなければ、依頼が出来なくなる。冒険者ギルドの職員は不正が出来ないよう、しっかりとした人選を行います。もし、何かしらの理由で職員を脅すような事があれば、それを行った時点で、その者は罪人となります」
「そこまでですか?」
「あら、おかしな事がありますか? もとより、国家事業とは公平であるべきなのですから、何もおかしな事はありませんよ。陛下は、即位した時より、貴族にはびこる不正を正す事に尽力していますからね」
わたくしの言葉に、サンマルジュ様が考え込むように顎に手を当てる。
わたくしはその間に、すっかりぬるくなってしまった紅茶に口をつけた。
うん、冷めても美味しい。でも出来るならぬるいんじゃなくてキンキンに冷えていて欲しかったよ。
サンマルジュ様が熟考してどのぐらい経ったのかは分からないけど、紅茶は二杯目、お茶菓子のクッキーもそれなりに減ってきた。
そこでサンマルジュ様が「ふぅ」と息を吐き出した。
「三年」
「はい?」
「まずは三年様子を見せていただきます」
「それでよろしいのですか?」
「この領地は良くも悪くも目立っています。魔物から得られる素材を頼りにやってくる者、新しく始まった事業に関わって金を稼ぎたい者。本当に様々な人員が集まってきています。これに関しては、商会ギルドの方も同じ事を言われたと思いますが、そんなものを短期間で纏めるなど無理な話です」
「そうですね」
「正直、三年でも少ないと思っています」
「分かります。商会ギルドの方も同じことを言われました」
「あたりまえです。いくら陛下の威光があったとしても、ツェツゥーリア様はただの十歳の子供ですから」
そうだよねぇ、そこが説得力に欠ける部分でもあるんだよね。
商会ギルドの方も、わたくしの後ろ盾にグレイ様がいるって言っても、正式な書状を見せても、なかなか納得してくれなかった。
まあ、必死に説明というか、誠意を見せて、メリットだけじゃなくてデメリットも話したうえで、それでも商会ギルドを作る事が、如何にこの国にとって必要な事になるのかを説明して、同じく三年の試験期間を貰ったんだよね。
「ツェツゥーリア様、三年という期間は、貴女が試される期間でもあるのですよ」
「わたくしが?」
「はい。表向きの理由はともかく、確かにこの領地をここまで富ませているのは貴女の実績でしょう。しかしながら、一時的に富ませる事等、運と実力があれば誰にだって出来うる事でもあるのです」
「はい」
「大切なのは持続する事です。辺境侯爵家の長女とはいえ、長子ではなく、今のところどこの家に嫁ぐ事も決まっていないツェツゥーリア様は、言ってしまえば不安定な状態とも言えます。いくら領地を持っていても、爵位を持っているわけではありませんからね」
「はい」
「まあ、領地を持っているのに爵位を持っていないのがおかしいのですが。外堀を埋めるのだけは完璧か」
「え?」
ぼそりと呟かれた言葉は、わたくしはよく聞き取れなかったのだけれども、サンマルジュ様は「いえ」と首を振った。
「とにかく、三年の間、どのように冒険者ギルドという物を動かすのか、しっかりと見定めさせてもらいます。覚悟した方がいい、冒険者という者は誰しもが一癖も二癖もある者ばかり。自分の実力をちゃんと理解せずにいる者も、逆に自分の実力を過小評価する者も、権力者に媚びへつらう事で甘い汁を吸う者もいます」
「はい」
「商会ギルドに関しても同じ事が言えます。ツェツゥーリア様がすべき事は、『陛下の代理』として、派遣された者をしっかりと指導し、『正しく』運営する事です」
「そうですね」
サンマルジュ様の言葉に、わたくしはしっかりと頷く。
商会ギルドの長を頼んだ人にも同じ事を言われたけれど、わたくしは自分のなすべき事をしなければいけない。
冒険者ギルドが出来て、不当な仕事が嫌になって犯罪に手を出すしかなくなった人にも、まっとうな仕事を与える事が出来れば、悪役令嬢の強姦イベントをつぶす事が出来るかもしれない。
グレイ様も、街の警備を強化するために動いてくれるそうだし、乙女ゲームが始まるまでに準備を怠るわけにはいかないのよ。
でも、犯罪者っていうのは何処の世界でもなくなるものではない。
どんなに対策を講じても、道を踏み外す人はどうしたって出てきてしまうのだ。
だから、わたくしがしている事はあくまでも確率を低くする事でしかない。
しないよりはましなだけかもしれないけれども、わたくしは大切な親友が、『乙女ゲームのイベント如き』で傷つく姿なんて見たくはない。