王太后様とお茶会
「真珠の養殖ですか」
「はい。安定して真珠を養殖出来るようになれば、諸外国への外交手段の一つにもなりますから」
王太后様の住む屋敷にお茶の招待を受けてやって来て、最近考えていることを話すと、王太后様は少し難色を示した。
なんかまずいのかな?
「流石に、真珠の養殖ともなると、植物や食品のように魔法で簡単に、とはいかないでしょう。そもそも、あの領地が真珠の育成に適しているかは分かりかねますね」
「けれど、真珠が採れないという事もありませんし、不可能ではないのでは?」
言えないけど、わたくしには聖王と魔王の加護があるから、わたくしの直轄の領地はその恩恵も受けるはずだし。
でも、王太后様はやっぱり気になる事があるみたいで、難しい顔を崩さない。
「真珠に関しては、確かに流行っていましたが、ここ最近需要があまりない事はご存じですか?」
「そうなのですか?」
「ええ、質の割に値段が上がった事も要因ではあるのですが、その他の宝石に目が行くようになった事も要因ですね」
「その他の宝石」
「西の方にある国から、珊瑚を加工した装飾品が入ってくるようになって、そちらに目が向いているのですよ」
「なるほど」
目新しい物には、どうしたって気が向いてしまうものだもんね。
真珠に並んで注目を浴びていた鉱石類は、今はこの国では採掘量があからさまに減っているから、輸入に頼る事が多くて、身に着けられる人はごく一部。
「珊瑚の装飾品に関しても、一時の事とは言え、ツェツゥーリア様は真珠だけではなく、他の宝石類にも目を向けた方がいいと思います」
「他、ですか?」
でも、鉱山なんて持ってないぞ?
王家直轄の領地の中の一つに、鉱山かもしれないものがある領地があるらしいけど、人員不足で手を付ける事が出来ない状態だそうだし。
いや、無茶をすれば強引に働かせる事は出来るんだよ。それこそ奴隷並みの扱いをすればね。
でも、グレイ様はそれを良しとしていないから、ちゃんとまっとうな労働者には対価を支払いたいと考えているから、それを邪魔しようとする貴族の阿呆と対立してしまっているらしい。
「でも、王太后様。わたくしはこれ以上領地を賜る事は出来ませんし」
「そうかしら? 貴女の提案で王都のスラム街の再開発が進むのだそうですね?」
「え?」
「王都で随分噂になっていると聞きましたよ。幼い高貴な四人の令嬢が、率先して平民の暮らしをよくしようと動いており、その中でも行く当てのない平民に仕事を与え、寝場所を与え、進むべき道を与える令嬢」
「そ、そうですか」
「確かに、平民街への顔を出す頻度や、孤児院や娼館、芸術者関係のパトロンとして顔を出す機会の多いマルガリーチェ様が平民に人気なのは事実です。同じように平民の暮らしがよくなるように自ら率先して陛下より領地を賜り、薬草を育て安価で医師に配布し平民の暮らしの質を向上させたメイベリアン様も人気です」
「そうですよね」
「また、幼いながらも次期女公爵として片鱗を見せ、領地を豊かにして、他の貧困した領地からの移民を快く受け入れ、仕事や住まう場所を用意するクロエール様も人気がありますね」
「そうなんですか」
「しかしながら、そんな彼女達を纏め上げ、新しい提案をして実行し、身分に囚われる事なく耳を傾け、国をよりよく導くべく行動しているツェツゥーリア様は、平民のみならず良識のある貴族の子女に人気があります」
「そ、それは……」
「以上の事から、正直な所馬鹿な古狸はともかくとして、良識のある者達からは、ツェツゥーリア様が与えられる領地は、あそこだけでは少ないのではないかと言われているのです」
「ええ!?」
いや、この国で唯一の海に面した領地だよ?
十分すぎるでしょっ。どういう基準なの?
「確かに、前世の知識がある私達からすると、海を有する領地を得る事は重要ですが、この国の人間は陸路に重きを置き、水路に関してはまだそこまで重要視していません」
「そうなのですか?」
「造船技術が発達していない事もあるのでしょうね。海の向こうの国に出港したとしても、戻ってくる船は三割以下。言ってしまえば、分の悪い賭けをしているようなものなのです」
「そうだったんですか」
「それに、この国は陸路で行ける国が多いですからね。そちらの国を介して遠方の国と取引をした方がいいと考えているのですよ。例え、その間に関税をかけられて割高になってもね」
最後の言葉に、王太后様は忌々しそうに眉間にしわを寄せた。
どうしたのかと聞くと、この国での宝石の採掘は先ほども言ったように思わしくなく、大概は他国からの輸入品になる。
それによって、手数料という名の関税が重くかけられ、恐らく出荷時と比べればこの国に入荷されたものは数倍の値段になっているとのことだ。
しかも、途中で加工されたものが多く、余計なお金もかけられる事が多い。
王太后的には、今となっては宝飾品はどうでもいいが、一部の国や商人が不当に利益をむさぼる今の状況は、国の中枢に関わっていたものとしては見逃せないらしい。
そこで、この国でも鉱山があると思われる領地をわたくしが拝領し、適切な労働をさせてみてはどうかと考えたようだ。
「けれど、もしわたくしの功績を考えての拝領となるのでしたら、わたくしだけではなく、リアンやクロエ、リーチェにも対等な権利を与えるべきではないでしょうか?」
「それもそうなのですが」
わたくしの言葉に王太后様は苦笑する。
「陛下の考えでは、ツェツゥーリア様だけが目立たないように、同時に四人にそれぞれ別の領地を与えるようですよ」
「そんな事が可能なのですか?」
「クロエール様には元から持っている領地の隣の領地を、メイベリアン様には今ある領地を拡大するように領地を、マルガリーチェ様にはまた新しく領地を。ツェツゥーリア様にも同じように新しく領地を、という形のようですね」
「そ、そうなのですか」
っていうか、王太后様。
王都に居ないのになんでそんなに情報通なの!?
怖いよ? 王太后様の情報網が怖くて仕方がないよ!?
でも、わたくし達がそれぞれ領地を貰うんだったら、確かに目が分散するかな。
「ちなみに、与えられる領地の中で、一番外れとされるのがツェツゥーリア様の領地ですね」
「鉱山があるのにですか?」
「あるだけで稼働しませんから」
「なるほど」
宝の持ち腐れっていうわけか。
リアンは領地を広げるっていう事は、穏やかな気候の領地なんだろうし、クロエも寒暖差にそこまで悩まされる領地っていうわけでもないか。
「リーチェの賜る領地はどのようになりますか?」
「聞くところによると、王都からは離れてしまいますが、辺境とまではいかないようです。自然にあふれているという事しか私の所には情報は入って来てはいませんね」
「十分だと思います」
いや、本当にね。
でも、皆が貰う領地には問題がなさそうでよかった。
これで問題のある領地を押し付けてくるんだったら、グレイ様に文句の百や二百言ってやらないといけないもの。
「そこで、話を戻しますが。真珠の養殖もよろしいですが時間がかかるでしょう? 合わせて、拝領する事になる領地にある鉱山で、宝石の採掘を行ってはどうでしょうか?」
「……大変魅力的なお言葉なのですが、そうなると、長期休暇の間、わたくしは三つの領地にかかりきりになってしまいますね」
「よろしいのでは?」
「え?」
「長期休暇はその名の通り、自分の領地の仕事に専念するための期間です。領地を持っているのなら、それを優先するのが当然ですから、王都に居なくてはいけないと考えなくてよろしいのですよ」
でも、それだとグレイ様が拗ねるのでは?
「陛下の事など、放っておきなさい。数ヶ月のお預けも出来ない犬など、躾け直してしかるべきです」
うわぁい、きっぱり言い切ったよ。流石は王太后様。
でも、実際の所、海に面した領地はグレイ様に想像以上の文官を手配してもらったし、警備兵として武官もかなり融通してもらっているけど、新しく領地を貰うとなると、また未来ある文官や武官の出世の道を閉ざす事になるのでは?
そもそも、鉱山の経営を任せられるほどの文官やそれを警護するための武官をそう簡単に手配出来るものなのだろうか?
「ああ、ツェツゥーリア様の代理の事でしたら安心してください。馬鹿な老害のせいで被害を被っている優秀な人間は、むしろ喜んで志願しますよ」
そ、そういうものなのかしら?
「そんなに気にするのでしたら、ツェツゥーリア様の領地の運営を任せられる事が、出世コースだとでも思わせるように、陛下に動いてもらえばいいのですよ。そもそも、あと数年で老害を駆逐しなければいけないのですから、そのぐらいしなくてはいけませんし」
駆逐って言った!? ねえ、今駆逐って言った!?
粛清よりもひどくなってない!?
確かに今年の長期休暇に入る前に、後宮のお妃様が入れ替えになったり、大臣の一人が更迭されて芋づる式に複数の貴族の罪が判明したけど、その時のグレイ様の顔が「まだまだだ」みたいに腹黒かったけど……。
あ、そういえばその大臣がしていた罪っていうのが、わかりやすく言えば売春。
下位貴族の次女とか三女、悪い時には長子ではない長女を、有力貴族のベッドに行かせて関係を持たせるっていうやつね。
その令嬢達の親は人脈作りと金儲け、元締めであった大臣は自分の派閥を広げようとしていたみたい。
中には妊娠して堕胎した令嬢や、堕胎が間に合わず望まぬ出産をした令嬢もいたそうだよ。
そのせいで婚約者がいた令嬢は婚約破棄になった例もあるんだって。最悪だよね。
リーチェがそんな令嬢を救うための団体を立ち上げるってこぶしを握っていたから、そっちは任せてもいいかもしれない。
困った事があったらいつでも相談してって言ってあるしね。