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さり気なく十歳になった

 個人領を貰ってすぐに買い取った真珠の加工が終わったと言われ、箱に恭しく納められたソレを見た瞬間零れたのは感嘆の吐息だった。

 ちょっと扱いを間違えれば、その大きさから下品な印象を与えかねないその真珠は、しっかりとした土台のプラチナに飾られ、その周囲には細やかに宝石がちりばめられ、これであれば国宝に相応しいと、グレイ様に献上しても文句を言われることはないだろう。


「素晴らしい出来です。貴方に依頼をして正解でした」

「勿体ないお言葉でございます」


 デザインから加工までを依頼した鍛冶職人を素直に褒めれば、深々と頭を下げられ、むしろこのような宝飾品に触れられたことが誇らしいと言われた。

 さて、これをいつのタイミングでグレイ様に献上するかだけれども、まだ十歳になったばかりのわたくしでは正式な式典に出ることも出来ず、かといって代理でお父様やロブ兄様にまかせるのでは、わたくしが頂いた個人領のお礼という体裁が弱くなってしまう。

 さて、どうしようかな。

 個人的に渡すタイミングはいくらでもあるのだけれども、出来ることならば、効果的な場面で渡したほうがうるさい古狸どもを黙らせる事が出来る。

 せめて、グレイ様の誕生日式典に参加出来ればよかったのだけれども、間に合わなかったし、そもそも参加出来ないし。

 鍛冶職人が退出した部屋で、ほうじ茶を飲みながら眉間にしわを寄せていると、ハン兄様が帰って来たらしくそのまま応接室にノックをして入ってきた。


「お帰りなさい、ハン兄様」

「ただいまツェツィ。難しい顔をしてどうかしたのかい?」

「以前から依頼していた、グレイ様への献上品が出来上がったんだけど、どうやって贈ろうか悩んでいるの」

「なるほど」


 ハン兄様はそう言ってわたくしの向かいの席に座ると、メイドが出した紅茶に口をつける。


「あらかたの行事は済んでしまっているし、来年の社交シーズンまで待ったとしても、ツェツィは大人の社交行事には参加出来ないからなぁ」

「そうなのよね。わたくしの代理を頼んでもいいのだけれど、お父様やロブ兄様からだと、どうしても実家の影響が強くなってしまうでしょう? これはあくまでもわたくしがもらった個人領へのお礼だから」


 どうしよう? と首を傾げると、ハン兄様は「うーん」と腕を組んだ後、「そうだ!」と思いついたように手を叩いた。


「ツェツィが領地を任せている文官が居るだろう?」

「ええ、五人居るわ」

「彼らは陛下の信頼も厚く、ゆくゆくは大臣補佐にと言われていた人たちだって知っているかい?」

「はぁ!?」


 そんな大物よこしたのかよっ。


「大臣になれないのは、未だはびこる貴族の派閥争いと、実力はあるのに実家の後ろ盾が弱い事が理由らしいんだ」

「そうなの」


 っていうか、ハン兄様はどこからそんな情報を?


「そこで、ツェツィの代理として、彼らの中から一人を呼んで、社交シーズンに開催される王家主催の舞踏会あたりで、正面切って『ツェツゥーリア様からの領地を賜った事への、お礼としての献上品です』って渡すのはどうかな」

「なるほど」


 それならば、確かに正規の手続きを取ってと言う形になる。

 渡すまで時間がかかってしまうが、非公式に渡して真偽を疑われるよりはずっといいだろう。


「流石はハン兄様ね。商才といい、経営の才能といい、その年ですごいわ」

「中身はともかく、見た目は僕よりもずっと幼いツェツィに言われるのはくすぐったいね」

「ハン兄様は、どこでそんな知識を身に付けたの?」

「ん~、もともと僕は兄上の予備。言ってしまえば家を継ぐ必要のない人間だからね。だから、デュランバル辺境領の発展に貢献出来ればって、もともと経済学には興味を示していたんだよ」

「そうだったのね」

「そこに、ツェツィが面白い事を始めたから、これ幸いと乗っかってるっていうわけ。メイベリアン様の助言もあったし」

「リアンの?」

「ツェツィが陛下とのお茶会に出かけている時、たまに来て仕事の打ち合わせをしているんだよ。クロエール様も来る時があるね」

「……知らなかったわ」

「アンジュル商会と深い関わりがある二人だよ?」

「言われてみればそうね」

「最近はマルガリーチェ様も来る時があるよ」

「えぇ、わたくしだけ除け者なの?」

「あはは、やきもちかい? 三人は商売の話以外はツェツィ自慢がすごくて、実の兄の僕がやきもちを焼きたいぐらいだよ」


 笑うハン兄様に、どんな話をしているのやらと、思わず肩を竦めてしまった。

 ハン兄様も、来年になって授業の単位を取り終わってしまえば、学院を卒業してしまう。

 本人が言うには、領地に行って身辺整理をするけれども、アンジュル商会があるから、王都に戻ってきてそのまま経営を続けるつもりだそうだ。

 最初は自分用の屋敷を買うと言っていたが、そうなってしまったら、この王都の屋敷にいるのがわたくしだけになってしまうので、お父様とロブ兄様が必死に止めた。

 いくら護衛が付いていても、聖王と魔王の加護があっても、使用人が居たとしても、愛娘を家族のいないところで長い期間過ごさせるなんて、とお父様が強く主張したらしいし、ロブ兄様もそれに賛同したとか。

 ちぃっ、ハン兄様もいなくなったら、堂々と納豆の開発が出来ると思っていたのに。

 でも、王太后様が独自で納豆の開発を終えたらしくて、ひさしぶりの納豆は美味しかったと感想を貰ったので、わたくしは諦めない!

 王都の屋敷は、社交シーズンになれば領地からお父様とロブ兄様、そしてナティ姉様が来るけれど、ほとんどの時期はわたくしが女主人としてふるまうことになっている。

 ナティ姉様に申し訳ないといったら、むしろ領地に引きこもる方が多い自分達の方が申し訳ないと言われてしまった。

 辺境侯爵家なんだし、本拠地が領地にあることはしかたがないことよね。

 最悪の場合、社交シーズンでも魔物の大量発生があれば顔を出すことは出来なくなるし。

 もっとも、それもわたくしが聖王と魔王の加護を受けた影響なのかは知らないけれど、今のところその兆候が見られることはない。

 このことについては、ヴェルとルジャに聞いたところ、聖王と魔王の愛し子であるわたくしの家族というか、関わりのある領地にもそれなりに恩恵が発生しているそうだ。

 それを聞いた瞬間、領地を貰った直後に採取された真珠はそのせいか! と天を仰いだよ。

 とりあえず、グレイ様への献上のタイミングにめどがついたところで、わたくしはほうじ茶の残りを飲んで、ほっと息を吐き出す。


「そういえばツェツィ」

「なぁに?」

「あのハンドクリーム、平民やメイドなんかの水仕事をする人に大人気になったよ」

「そうなの? まあ、そうよね。これからの時期は特に手荒れがひどくなるもの」

「貴族の淑女は、自分が仕事をしないことを主張する意味も込めて、手袋をするからともかく、そうじゃない階級は苦労していたんだね」

「ハン兄様も、商売人ではあるけれど、女性の苦労にはそこまで詳しくないものね」

「メイベリアン様達だって、平民の暮らしにそこまで詳しいわけじゃないよ」


 まあ、それが普通よね。

 色々やったとしても、どうしても王侯貴族だから見落としがちな些細な事ってあるもの。

 でも、リアンが大量に薬草を栽培していてくれるから、ハンドクリームも問題なく制作出来るからありがたいわ。


「平民の暮らしかぁ。マルガリーチェ様が孤児院や娼館のパトロンになって、色々情報が集まり始めて来たって言っているけど、やっぱり偏りが出てしまうよね」

「そうねえ。どうやったって、聞かせられない話って出てくると思うし、自分達は当たり前だと思っていることをわざわざ言う事も無いとか思ったり、リーチェの年齢を考えて口に出さない事ってあると思うわ」

「平民と貴族の垣根をなくすっていうのは流石に難しいからね」

「士爵位はあるけれども、王立学院にその子供が通うわけではないものね」

「でも、功績を上げた家が陛下によって男爵位や子爵位を貰う事も出て来たね」

「素晴らしい事だと思うわ。ただ、古い貴族の間には、そういう新興貴族を馬鹿にする人たちはいるわね」

「いるね。全くもって馬鹿らしいよ」


 ハン兄様はそう言ってため息を吐き出す。

 うーん。グレイ様にはこっそり教えてもらっているのだけれど、アンジュル商会の功績を考えて、ハン兄様に子爵位を授与するっていう話、まだしない方がいいかなぁ?

 他にも、グレイ様はわたくしが前世で話した冒険者ギルドとか、商会ギルドに興味を持っているのよね。

 魔法ギルドは『塔』があるから、改めて作るのは微妙って思っているみたいだし、それに関してはわたくしも賛成。

 教師に聞いて知ったんだけど、『塔』の中枢レベルになると不老の魔法薬を飲んでまで研究を続けているそうなのよね。

 魔法薬って錬金術に近いものがある気がするんだけど、一応この世界に錬金術っていう概念がないからあくまでも『魔法』なんだよね。

 あ、そういえば、前にグレイ様に『塔』の重鎮を後見にしないかって言われていたけど、そしてなんとなーく当たりは付けているけど、正式に後見として紹介されたことはないなぁ。

 わたくしってモブだから、あんまり設定盛られても困るし、このまま慎ましやか(?)に生活したいんだけどな。

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