口撃の手を緩めない
社交シーズンが終わっても、お茶会がなくなるというわけではない。
小規模の物に戻り、開催される頻度は減るけれども、無くなるという事はないのだ。
主にお茶会を主催するのは、学院で最も高位の女生徒であるリアン。
次いでクロエ、わたくし、リーチェの順に多くなっている。
他の令嬢が開催しないというわけではないが、わたくし達は基本的にどの派閥にも所属しないというか、わたくし達で独自の派閥を築いているので、招待状が届かないという事はないのだけれども、どこかの家のお茶会に行けば、他の家のお茶会に行かないわけにはいかないので、遠慮させてもらっているというのが現状だ。
いやね、本当に実際に行けないのよ。
行ったら「うちには来てくれたのよ!」って、盛大にマウント取るのが見えているから。
「ツェツゥーリア様、陛下が淑女のお化粧について、苦言を呈されているというのは本当ですか?」
「あら……。よく話題に出ていたと思いましたが、わたくしの思い違いだったようですね。ええ、陛下は今ある淑女の化粧に疑問を感じていらっしゃいます」
「な、なぜです?」
「ご存じないのですね。従来の化粧品では、肌を悪くすると言われているのですよ。それに、絵師の方々も、化粧の色味の流行り廃りこそあれど、逆に全ての貴族淑女のお化粧がほぼ同じなので、描く時に気を付けるのは体格、などと言っているとか」
「そんなっ……」
わたくしに話しかけてきたしっかりと淑女のお化粧をしている年上の公爵令嬢が震える。
はぁ、香水の匂いがきつくて折角のハーブティーの香りが台無し。
そういえば、このご令嬢の親戚がグレイ様のお妃様にいるとか、前に散々自慢されたな。
「香水の濃い香りもお好みではないようで、お妃様と一緒に食事をとる気も起きないと聞きましたよ」
わたくしの言葉に令嬢がギュッと扇子を握り締める。
しっかし、この話題って結構前から囁かれていたんだよねぇ。
今更聞いてくるとか、情弱だな。
わたくし達から下の学年では、幼いころからのスキンケアをしておくこと、きつい香水&厚塗り化粧は自分の顔に自信がない証拠という話が広まっている。
上の学年でも一部の人はこの話を知っているけど、知らない人はやっぱり知らないんだなぁ。
ちなみに、画家の話はリーチェが実際に聞いたもの。
頼まれて絵を描いても、ドレスや装飾品、体格で差を出すしかないから苦労するんだって。
しかも、顔が気に入らないともっと自分は美しいと文句を付けてくるとか、薄化粧で勝負してから言えよって感じだよ。
「わたくし達の間では半ば常識化しているのですが、お姉様方はそうではないのですね。最近では、役者の方々も薄化粧をすることが多いと聞きますよ」
「そ、それでは舞台映えしないではありませんか」
「薄化粧でも工夫次第では十分に舞台映えしますよ」
知らないんですかぁ? と言うように馬鹿にした視線を投げかけると、ご令嬢は扇子を持つ手をブルブルと震わせる。
男性に限らず、女性にとって情報とは武器そのものであり、流行を知る事、そして発信する事はステータスである。
王都から離れた場所で過ごしているのならいざ知らず、王都で暮らしているにもかかわらず流行に乗り遅れるとあっては、令嬢としてのプライドが傷つくだろう。
公爵家で親戚がグレイ様の後宮にお妃様としているともなれば、それなりに権力を持っているという事。
本来なら自分が主役というように振舞いたいのだろうけど、リアンがいるし、同じ公爵令嬢のクロエもいるからそうもいかない。
辺境侯爵令嬢のわたくしにマウントでも取りたかったのかもしれないけど、ワロス。
同じテーブルについているご令嬢方も、わたくし達の会話を聞きながら、視線を交わしている。
公爵令嬢以外はまだ厚化粧をする年齢ではないようで、どうしようか考えているのだろう。
通常であれば十二歳で厚化粧を始めるけれども、グレイ様がお気に召していないという事実、尚且つ流行を発信する役者が薄化粧を始めている。
流行に乗るのであれば、従来の化粧をせずに薄化粧という物を取り入れるべきだが、親や親族がそれを許してくれるのか悩むところだろう。
当たり前のことを変えると言うのは、それだけ勇気が必要だ。
流されるだけなら簡単だけれども、子供であるわたくし達が自分の声を大人に届けるとなれば、その勇気はさらに大きなものにしなければいけない。
「ツェツゥーリア様は、お化粧についてどのようにお考えですか?」
「わたくし達は、自分を痛めつけるような化粧も、周囲を不快にさせる香水の香りも、ましてや陛下のご不快を買うような事もしようとは思っておりません」
あえて、わたくし『達』と強調する。
わたくし達親友四人組が常に行動を共にしているのは有名で、『達』と言えばそのままリアン、クロエ、リーチェも賛同しているという事になる。
「陛下の後宮のお妃様達は、王宮から出る事が出来ませんので、こういったお話は苦手なのでしょうか?」
「それは……」
「陛下は、以前からお妃様達にお化粧や香水について話していたようですが、話を聞いてくれないとお嘆きのようですよ」
親戚なんでしょう? 言ってあげればぁ? と暗に含ませる。
「そ、そういえば。アンジュル商会で新しい化粧品が発売されたと聞きました」
「ええ、平民でも手が出せる物もあるそうですよ」
「流石は平民向けのお店が多いだけの事はありますね」
「貴族向けのお化粧品もあると聞きましたけれど、如何なものなのでしょうか」
「私達貴族と平民では、それこそ素材が違いますからね」
先ほどまでわたくしに言い負かされていた公爵令嬢が、ここぞとばかりにわたくしを馬鹿にしたように見てくる。
アンジュル商会がうちの手先だっていうのは、知っている人は知っているしね。
「貴族用と平民用は違ったブランドになっていますが、そうですね、もし今の話を王太后様がお聞きになったら、さぞかしがっかりするでしょうね」
「え?」
「今は王都にいらっしゃらないとはいえ、貴族用に新しく販売した化粧品を愛用なさっているそうですから」
わたくしの言葉に、令嬢達が顔を引きつらせる。
隠居して王都から離れたとはいえ、何か大きな失態を犯して罰せられたわけでもないので、その影響力は残っている。
まあ、本人は王都に戻ってくる気は全然ないみたいだから、わたくしは可能性を話しただけなんだけどね。
「楽しんでおるか?」
「これは、メイベリアン様」
「随分盛り上がっているようじゃな」
リアンが席を移動してきたので、わたくしがさりげなく立ち上がって席を譲る。
リアンと席を交代だ。
「しかし、先ほどの席でも思ったのじゃが、折角の飲み物のかぐわしい香りも、こうも刺激的な香りがあると、無意味で心苦しいものじゃ」
背後にリアンのそんな声が聞こえて、わたくしは扇子で口元を隠しながらクスリと笑う。
さりげなくクロエとリーチェと視線を交わしてみれば、二人は二人で席を交換したようだ。
先ほどまでリアンが座っていた席に行くと、爵位は侯爵家ながらも、上の学年のご令嬢ばかりが揃っており、なるほど、これはリアンが香水の匂いにげんなりするわけだと納得した。
「まあ、折角リアンの領地で取れたハーブを使った紅茶だというのに、様々な香りが混ざっていますね」
にっこりとジャブを放ちながら席に座る。
リアンに散々嫌味を言われた後なのか、令嬢達の顔は既に引きつったものになっている。
「そういえば、先輩である皆様は、わたくしよりも魔法のお勉強が進んでいますよね? 良ければアドバイスを頂きたいのです」
「アドバイスですか?」
てっきりリアンのように嫌味を言われると警戒していた令嬢達が、それならばと表情を取り繕う。
「植物の育成に携わる魔法については、皆様もご存じだと思います」
「ええ、土属性と水属性の魔法が必要ですね」
「土魔法によって、土の中にある植物に必要な栄養素を補充するのは研究されていますが、水魔法によってさらに栄養を補充するには、どうすればいいと思いますか?」
「え……」
「生憎、土魔法も水魔法も、大きな天災の前では効果が出ないこともありますし、その場合の対策について、皆様は何かアドバイスはありますか?」
にっこりと、他意はないような笑顔を向ける。
「そのような研究は、わたくし共の行う事ではありませんよ」
「そうですわ。そういった専門的な事は『塔』の役割でしてよ」
「あら、皆様はこの国をよくするために何も考えていないのですか? 貴族として、まさかそのような事はありませんよね?」
「もちろん、貴族としての責務は忘れていませんわ」
「それはよかったです。わたくし達、魔法の授業で教師に色々意見を聞かれていまして、少しでもこの国の為に力になろうと頑張っているんです。ああ、皆様はわたくし達より年上ですし、もちろんわたくし達よりも期待されていますよね」
さぁて、流行のお話の次はお勉強のお話で、そのたっかい鼻を折ってやろうか。