断腸の思い
Side ロマリア
華やかな舞踏会。
社交界シーズンの王家主催の物とあって、貴族の当主や次期当主、他国の大使などが集まった大掛かりな物で、陛下は一段と高い場所に座りながらも、影を使って会場内を把握したり、挨拶に来る貴族や大使の対応をしていますね。
前国王の妃達も、陛下の妃達も、ファーストダンスは親族の者と踊ってからは、それぞれ好き勝手にしているようですし、出だしは順調と言う所でしょうか。
それにしても、実家の者にバレないように今日の事を企てるのは大変でした。
私付きのメイドの多くは実家の息がかかっていますからね。
それでなくとも、急に態度を変えるようになった私を訝しんでいますし、少しでも不穏な態度を取れば、実家に報告されてしまったでしょう。
まったく、前世でブラック企業に近い会社の社畜人生で、恐らく過労死をしたと思ったら、今度は家の言うがままに権力をむさぼる立場とか、本当に信じられません。
しかも、思い出した時はもう色々手遅れとか、正直泣きたくなりました。
記憶を取り戻して対面した息子のメイジュルは、どうやったらあんなに愚かになれるのかと思えるほどの愚かさで、会社の後輩に勧められて読んだ小説に出てくる馬鹿王子そのもので、『頭痛が痛い』と思ってしまいました。
陛下は再教育をしていると言いましたが、あれは無理ですね。
性根そのものが腐っています。魂に刻まれていると言ってもいいかもしれません。三つ子の魂百まで、とはよく言った物です。
ああ、前国王陛下は押しに弱いけれど普通の人でしたので、アレは確実に実家の血筋ですね。
記憶を取り戻す前の私も、似たようなところがありましたから。
はあ、本当に黒歴史です。
せめて、余生は穏やかに過ごしたいと思い、色々調べた結果、陛下、もしくはその陛下が寵愛しているツェツゥーリア様が転生者なのではないかと考え、少々強引に会いに行きましたが、転生者はツェツゥーリア様の方でした。
いえ、本当に……。この国の王族って、腐っているんじゃないでしょうか?
むしろこんな国、滅んだ方がいいのでは?
国王がロリコンとか、キモ。
権力を使って幼女相手にセクハラとか、キッショ。
前国王から頂いた影をつけて見張らせてからは、そういったことはないようですが、私が隠居してからは、あの影が望むのであればツェツゥーリア様に譲ってもいいかもしれません。
あの影は弟子が数人いますし。
そう思いながら会場を見渡すと、実家の者が偉ぶって他の貴族に挨拶をしているのが見えます。
実際に公爵家なので偉いのですが、私が王太后だからなのか、他の公爵家よりも偉いのだと振舞っているのはいただけませんね。
本当は私が王太后になったのを土台にして、一族の者から宰相を輩出したかったようですが、陛下と他の公爵家がそれを認めず、今の宰相が継続して辣腕を振るっています。
今考えると、私の実家はとことんこの国を我が物にしようと考えているようです。
陛下の母君の死にも、父が関与していると私は考えています。
だって、陛下の母君がお亡くなりになる前にお父様が言ったのですよ。『王妃が死ねば、第二王子の母であるお前が王妃になる』と。
当時、前世の記憶のない私は素直にその言葉に頷きましたが、黒いですよね。
けれども、遺体が火葬されてしまった今となっては、調べるのも難しいでしょうし、証拠も証人も、あの父の事です、処分しているに違いありません。
糞ゴミ屑がっ。……っと、つい前世の癖が出てしまいました。
「王太后殿。そろそろ例の件を発表したいのだが、いいだろうか?」
不意に陛下にそう声をかけられ、私は扇子を開いてゆっくりと頷きました。
その仕草を確認して、陛下はパンパンと手を叩いて注目を集めます。
「皆、この場にて報告すべきことがある」
大きな声ではない物の、広い会場内に良く響く声を出せるのは、国王には必須のスキルですね。
何事かと固唾をのみこむ貴族、我こそは正妃に選ばれるのではないかと目を輝かせる妃達。
そして、まさか、と目を見開く私のお父様。
ふふ、この場で陛下の発言を遮るなんて不敬以外の何物でもないから、流石のお父様も口出しは出来ないでしょうね。
その内容が余程の物であれば別だけれど、これから伝えられることは、じっくり下準備をしていたものです。
「王太后であるロマリア=ジャンビュレングは、以前より体調不良が続いていたが、この社交シーズンが始まる前、医師の診断によって公務から離れ静養した方がいいという事になった。本人の希望もあり、王都から離れた場所で今後はゆっくりと静養する事と相成った」
陛下の言葉に、ざわりと会場内の空気が揺れ、中には顔面蒼白で倒れそうになっている人もいます。
まあ、私を後ろ盾に好き勝手にしていた人なのですけれどもね。
「相違ないな、王太后殿」
「はい。陛下のおっしゃる通り、今まで前国王の意思を引き継ぎ、また、実家の為にも色々と無理をしてきましたが、限界のようです。陛下も今年で二十歳になられますし、私が口を出すこともないでしょう。ただ息子の教育は、行き届かないところがあるまま王都を離れることになりますが、このまま私があの子の傍に居ては、より一層『教育に良くない』と判断しました」
「王太后殿が今後住まう土地は、希望によりデュランバル辺境侯爵領になった。住む屋敷も、連れて行く使用人も、全て『王太后殿の采配で』決定済みだ」
ええ、本当にデュランバル辺境侯爵には手間をかけさせてしまいましたが、うまくいきましたね。
実家の息がかかっていない使用人を陛下から頂いたり、デュランバル辺境侯爵に紹介していただいたり。
私が住まうという事で、初めは豪華な屋敷にしようとしていたようですが、連れて行く使用人の数を伝えたところ、賄えないと判断したのか、当初の予定よりだいぶ小ぶりの屋敷になりました。
隠居生活なのですから、豪華な屋敷など邪魔なだけです。
陛下と私の言葉に、会場内がざわついていますが、話はこれで終わりだと陛下がおっしゃいました。
その途端、もの言いたげな視線が向けられましたが、私はそれに気が付かないと言わんばかりに、『では、体調が優れないので失礼します』と言って会場から退出しました。
会場を出て廊下を歩いていると、背後からバタバタと駆け寄ってくる足音に、来たか、と思い振り返れば、予想通り今まで私を使って好き勝手に動いていた貴族や実家の人間の姿があります。
「騒がしいですね」
「ロマリア! 何を考えている!」
「あらお父様。私は今まで家の為に、十分働きましたでしょう? もう疲れてしまいましたの。我が家の見栄の為に、陛下に苦労を背負わせるのも申し訳ありませんし、何よりも、このような所に居たら体調が悪くなります」
「ふざけるな! お前にはまだ働いてもらわねばならないのだ!」
「これ以上、お父様の言いなりになるのはごめんです。今までの贖罪も込めて、王都から離れて慎ましやかに暮らします。本当はメイジュルも連れて行きたいところですが」
「そんなの許すわけがないだろう! あれは大事な手駒なのだぞ!」
「そう言うと思って諦めたんですよ。せいぜい、ハウフーン公爵家に見捨てられないように教育なさいませ」
切って捨てるように言うと、お父様は顔を真っ赤にしてまだ言い足りないと喚き散らしますが、無視します。
ちらりとお父様の背後を見れば、私の後ろ盾を使っていた陛下の妃が顔を青くしています。
それはそうでしょうね。私が後ろにいると他の妃に言って、威張り散らしていたのですもの。私の後ろ盾を失えば、総攻撃を食らうでしょう。
他にも、私にすり寄って甘い汁を吸っていた貴族が、今からでも先ほどの発言を撤回して欲しいと、顔にありありと浮かべています。
するわけがないでしょう。
なんのために、開きたくもないお茶会を開いて、『最近体調が思わしくない』だの、『第二王子は本当に愚息で陛下に申し訳ない』だの、『最近、実家が私を使って良からぬことを企てている』だの、『もう色々と疲れたので静かに暮らしたい』と噂を広めたと思っているのでしょうね。
私の実家とは派閥を別とする方を呼んでのお茶会だったりしたので、何かと面倒でしたが、おかげで短期間で噂は広まって行きました。
予想通り、実家関係には都合よく噂が届かないようにしてくれたようですしね。
ともかく、この社交シーズンが終わったら、私はデュランバル辺境侯爵領に移動します。
必要な物はあちらで用意してくれるとのことなので、私は本当は身一つで行けばいいのですが、一応荷造りはしませんとね。
荷造りと並行して、無駄なドレスを換金したり、宝石を換金したり、ああ、国庫から長年借りていた物はちゃんとお返ししなければ。
本当は、もっと王都に居てロリコンを監視したいところですが、私が王都に居るだけで邪な輩が出てきますからね。
本当に断腸の思いではありますが、仕方がありません。