都合のいい魔法薬
「グレイ様、聞きたいことがあるの」
「なにかな?」
いつものお茶会。王太后様に言われたからか、膝の上にわたくしを乗せて給餌行為をするという事も、キスの雨を降らせて来ることも、くすぐり攻撃をしてくることもなくなった。
なんせ、今までいなかったメイドさんが遠くからじっと無表情で観察しているしね!
いやぁ、グレイ様も流石に自分の子飼いの影以外の前では常識人でよかったわ。
さて、今日のメインの議題を話さなくちゃ。
事と次第によっては、大至急改善してもらわないといけないもの。
「グレイ様の性処理は、どうしているの?」
「は?」
「お妃様に手を出していない、かといってメイドに手を出しているわけでもない。娼館に行くわけでもないし、残る方法は自分で処理するしかないでしょ? オカズは何を使っているの!?」
「ツェツィ、落ち着け。とりあえず淑女がそんな事を言う物じゃない」
「ものすごく大切な事なのよ!」
もし、わたくしをオカズになんて言ったら、その瞬間後宮のお妃様の所に放り込もう。
「はあ、まったく。……ツェツィが言ったように、妃とベッドは共にしていない、当たり前だがメイドに手を出すわけがない。娼館に出向く時間もないし、娼婦を呼び出す馬鹿な真似もしない」
「じゃあっ」
グレイ様の言葉に、わたくしの顔から血の気が引いていく。
「その、確認したいのだが、オカズというのは性的興奮効果を高める対象物という事で間違いないな?」
「ええ」
「確かに私はもうすぐ二十歳で、通常ならそう言ったことをしたくてたまらない時期だな」
「そうよねっ」
「だが、何度も言っているが、私はツェツィが好きなのであって幼女趣味じゃない。いくら愛するツェツィだとしても、その幼い体に欲情はしない」
「わたくしの体を散々弄んでおいて!」
「人聞きが悪いな。まあ、はめをはずしていたのは確かだがな。それでも、繰り返して言うが、私はツェツィと戯れるのは好きだが、幼女の体に欲情はしない」
「じゃ、じゃあ普段は何をオカズにして処理をしているの?」
「しない」
「は?」
「魔法薬に、性欲を無くすものがある。性犯罪者が再犯しないように使用する物の応用、というよりも副産物の一つだな」
「国王がそんな物を使っているの!?」
「罪を犯して、重労働を強制させている罪人にも使っているぞ。性欲を労働の活力に変換する効果がある」
「ほえ~」
そんな便利な魔法薬があるのかぁ。
犯罪者に使われる魔法薬を国王が使うって、どうなんだろう?
「ちなみに、私だけじゃなく、忙しい時期の文官や武官、王宮の使用人も使うことがある」
「そうなの!?」
「表向きは、『塔』が作った体力回復の魔法薬だからな」
「へえ」
表向きって事は、今出回っている魔法薬も、実際の効能というか、効果が正しく発表されていないものもあるって事だよね?
怖いわ。頭のいい人たちっていうか、上層部って怖いわっ。
ん? まって、その魔法薬って……。
「お父様も使ってるじゃない!」
「そうだな。デュランバル辺境侯爵は愛妻家だし、他の女を抱きたいとは思わないだろうから」
「なんてことっ」
娘としては喜ぶべきなのか、判断が難しいが、そんな怪しげな魔法薬をお父様が使用しているなんて、止めた方がいいのでは!?
でも、使わなくなったらなったで、お父様が性欲に悩まされることになってしまう?
ど、どうしよう。
「デュランバル辺境侯爵に使用をしないように言ってもいいが、絶対に拒否されるぞ?」
「なんで?」
「あやつは正しい効果を知っているし、むしろ領地経営をするにあたり、率先して使用している」
「率先してって……」
「本来ならあるはずの前領主の補助が殆どないし、今は次期領主の教育もあるだろう。体力勝負の時期だ」
「あ……」
確かに、我が家において先代の領主、すなわちわたくしのお爺様とお婆様はお父様に早々に爵位を譲って、自分達は悠々自適な諸国漫遊の旅に出てしまった。
時折、お父様宛に生存確認の手紙が届くそうだけれど、剣豪と名をはせたお爺様と有名な魔法士として名をはせたお婆様は、行く先々で楽しんでいるらしい。
あ、ちなみに母方のお爺様は健在だけど、領地に隠居済みだし、お婆様はお亡くなりになっているよ。まあ、隠居とはいえ、中央部にそれなりの影響力はあるらしいんだけど、詳しくは知らないんだよね。
なんせ、お母様の実家とは関わりが無いから。
ロブ兄様は、子供の年齢的に社交で交流があるみたいだけど、わたくしは逆に年齢的なものと性別的なもので範囲外。
そもそも、母方の従兄弟はわたくしが学院に入る前に卒業しているしね。
しかし、考えれば考えるほど、お父様に魔法薬を飲むのを止めて欲しいとは言えない。
変に無理をされて倒れてしまっても困るし。
「まあ、そう言うわけで。私の性欲に関しては心配しないでくれ」
「……まあ、わかった。……けど」
「けど?」
「絶倫のグレイ様がそんなものを使ったら、どれだけ効果があるのかしら?」
「気になるのはそこか」
「かなり気になるわ」
「そうだな、睡眠時間が一日一時間ほどのうたた寝で事足りているな」
「ひっ」
それでこの艶々すべすべな肌を維持しているの? 隈一つない陶器のような肌を維持しているの?
これが、攻略対象補正なの!?
いや、それよりも。一日一時間の睡眠で事足りるほどの体力に変換されるって、どんだけの精力なの!?
わたくし、グレイ様の正妃になったら、それに付き合わないといけないの?
正妃としての仕事もあるのに、朝からの仕事もあるのに!?
身が持たないっ、わたくしにはそんなポテンシャルは、ない!
「わたくし、正妃になる自信がなくなったわ」
「なぜ?」
「グレイ様の絶倫に付き合っていたら、身が持たないわよ! 壊れちゃう!」
「……手加減はするぞ?」
「へ、変態! 絶倫! イケメン!」
「それは罵倒なのか?」
「うぅ……」
こんな絶倫の相手をするポテンシャルを持ったヒロインって、やっぱり十八禁のパソコン版仕様なんだろうな。
うん、スマホアプリ版は直接的な表現はなかったもんね。
そもそも、手加減って何? 本気になったらどれだけするの?
エロ漫画みたいに抜かず何発みたいな? 出してもすぐに復活みたいな?
え、ナニソレコワイ。
やばい、わたくしって乙女ゲームに登場していないから、成長した姿がわからないけど、一般的な体格よりは華奢よね。
グレイ様は……、体力作りも怠っていないのか、細マッチョ。
パソコン版のスチルを考えるに……。え、無理じゃない?
グレイ様の主に下半身を見て顔を引きつらせていると、グレイ様が苦笑して頭を撫でてくる。
「ツェツィが何を考えているかは、何となく想像できるが、少なくとも、ツェツィの体の準備が出来るまで手を出さないから安心しなさい」
「あ、当たり前でしょ!」
いや、パソコン版なら十六歳でいたしているぞっ。
それは果たして体の準備が出来ていると言うのか? 言っていいのか!?
まて、落ち着け。わたくしはヒロインじゃないんだから、パソコン版のように十六歳で手を出されるとは限らない。
グレイ様もこう言っているし、心身ともに準備が出来るのを待ってもらおう。そうしよう。
「しかし、まさかツェツィにそんな風に思われていたとは、些か傷ついたな」
「ぅっ。……いや、グレイ様がわたくしにいっぱいキスしたり、くすぐったり、イケボで耳元でささやくのが悪いのよ」
「ツェツィ」
「なに?」
「メイベリアンに聞いたが、私の好きな所は、顔と声だそうだな」
リーアーンーッ!
「確かに、ツェツィは私の声が好きなようだな」
「そ、そうね」
「顔も、近づけるとすぐ赤くなるな」
「そ、そうね」
「それで、私の性格や感情は、お気に召さないのか?」
「……えーっと」
「ツェツィ?」
「別に、性格もわたくしに向けてくれる感情も嫌いじゃないわ」
「だが、顔と声の方が好きなのだな?」
「仕方がないじゃないっ、リアン達にどう言えっていうのよ」
「ん?」
「声だけでゾクゾクするとかむしろ孕みそうとか、顔を見ると恥ずかしくなるとか、腹黒いところも頼もしいとか、わたくしを愛してくれるのはめちゃくちゃ嬉しいとか、なによりも、乙女ゲームのイベントやスチルでの色気やばすぎて興奮したとか、流石に言えないでしょっ」
「…………ツェツィ」
「な、なに?」
「私は今ものすごく、嫉妬心にかられている」
「ほへ?」
なんでやねん。
「前半はともかく、後半。ツェツィが興奮したのは私ではなく、その乙女ゲームとやらの私だろう」
「そうね」
「私以外にそんな感情を向けるなんて」
「え、いや。グレイ様だし」
「それは、私であって私ではないな」
そうなるのかな? ん~、そう、ともいえるのか?
パラレルワールドみたいなものだから、別人と言えば別人か。
でも、前世の最推しだから、あのイベントとスチルのグレイ様を忘れるとか、無理なんだよなぁ。
うん、思い出しただけでもにやにやしちゃう。
「はあ、ツェツィ……」
「なぁに?」
「私を睡眠不足にさせたいのか?」
「え?」
なんでそうなるの?
グレイ様の言葉に首を傾げると、グレイ様はため息を吐いてわたくしの頭を撫でて、遠くを見つめた。
「最大のライバルが、異世界で描かれた自分というのは、どう対処すればいいものか」
それは、どうしようもないんじゃないかなぁ?
にやける→にやにやするに表現変更しました。
ご指摘ありがとうございます!
今後、にやけるが出たら、遠慮なく「おまっ、またやってるで!」とご指摘ください!
予約投稿分を見直しましたが、絶対見落としているので!