思った以上に面倒
予定外の個人領を手に入れたことにより、わたくしの領地への滞在は予定以上に、というか、長期休暇いっぱいまで伸びた。
今まで不正を働いていたところを直したり、今まで捨てられていた魚に価値があるんだって広めるため、アンジュル商会に出向いてもらって新しい料理を広めたり。
わたくしが居ない間にこの領地を管理する人に、色々落とし込んだり、とにかく怒涛の日々だった。
付き合って残ってくれたリアン達が居なかったら、くじけて倒れていたかもしれない。
不正を正したことと、今まであまり注目を浴びていなかった海産物に価値を与えたことで、領民の生活は向上することが見込まれたし、仕事が新たに増えると期待して、魔法士も参入したことにより、領民の生活水準はよくなるはずだよね。
元ミビノル伯爵家の人々だけど、この領地を追い出された後の消息は不明。
出て行く時に、「自分達には後ろ盾がある!」とか喚いていたから、そこに身を寄せて再起の時を待っているのかもしれない。
だがあえて言わせてもらおう! おめーの席ねぇから!
「明日にはツェツゥーリア様達は王都に戻ってしまうのですね」
「そうですね。学院が始まるまでに戻らないといけませんから。わたくしの居ない間、この地の事は任せました」
「お任せください。王都とまではいかないかもしれませんが、ツェツゥーリア様の顔に泥を塗るような真似は致しません。もしそのようなことになれば、この首を差し出します」
「そ、そうですか……」
グレイ様が手配してくれた人だし、王宮でよく見かけていた文官さんだけど、なんかこう、熱い。
他にも数人、文官が居るけど、全員、熱い。
仕事熱心なのはいい事だし、真面目なのもいい事だと思うよ。
ちょっと、そんなに命かけなくてもって思わなくもないけど……。
「ツェツゥーリア様! 大変です!」
「何事ですか?」
え、もう明日には王都に出立しないといけないのに、今更大問題発生とかやめてよ?
駆け込んできた文官は、なんだか小箱を二つ抱え込んできており、わたくしの前に来ると、乱れた息を整えて、げほっごふっとむせた。
落ち着け、とりあえず落ち着け。
心の中で三十五秒ほど数えたところで、駆け込んできた文官が「コホン」と咳払いをした。
「申し訳ありません。至急お見せしなければと、お恥ずかしい」
「大丈夫です。それで、何があったのですか? わたくしは明日には王都に向けて出立しますので、対処すべきことは早めに手を付けなければなりません」
「あ、いえ……とりあえず、こちらをご覧ください」
そう言って文官が差し出してきた小箱。
豪華なものではないけれど、しっかりとした作りの物で、平民が大切なものをしまうのに使われるんじゃないかと推測出来る物。
そっとその蓋を同時に開けられ、中にある物がわたくしの目に飛び込んできて、わたくしは思わず目を瞬かせてしまった。
そこにあるのは、白銀に輝く大きな真珠と、黒金に輝くこれまた大きな真珠。前世でもこんなの見たことないぞ?
あったかもしれないけど、一般人のわたくしは少なくとも縁がなかった。
「今朝海に潜った者が、まるで波に流されるように導かれてこれを見つけたと。その時、頭の中に真っ先にツェツゥーリア様の事が思い浮かび、急ぎ献上したとのことです」
「……え? 献上? 売却ではなく、献上ですか?」
「はい」
いや、駄目だろう。こんな大きな珍しい真珠だよ?
売ったらどんだけの価値が付くかわかんないよ? 平民だったら当分遊んで暮らせる金額になるかもしれないんだよ?
「献上なんていけません。きちんと鑑定をして、相応の金額をお支払いします」
「よろしいのですか?」
「成果には報酬を支払うべきです。それに、わたくしはこの領地を任されて間もないですし、まだ成果もあげていません。このような素晴らしい品物を、献上してもらうわけにはいきません」
わたくしがそうキッパリと言うと、文官達は「なんと心の清い!」と感激しているけど、本当にもらえないからっ。
えぇ、でもいくらぐらいになるんだろう。
わたくしのポケマネで足りるかな?
「とにかく、鑑定士を手配してください。この領地は元々真珠などの宝石の鑑定をする人がいるのですよね?」
「はい。すぐに手配いたします!」
そう言って文官が深々とお辞儀をして部屋を出て行ったけど、どうしよう、この真珠。
直径三センチってところかな? 綺麗な円形だし、絶対に高いわ。
ポケマネで足りなかったらお父様に泣きつこう、そうしよう。
買い取るのはいいけど、このままっていうわけにもいかないよね?
どう考えても国宝級だよ。
グレイ様に押し付けるっていうのはどうよ。
領地も貰ったし、そのお礼を兼ねてプレゼント。うん、いいかもしれない。
個人で持ってたら面倒そうだし。
そういえば、真珠の養殖にもそのうち手を出してみるのもいいかもしれない。
安定した収入がある方がいいよね、やっぱり。
真珠の養殖方法ってどんなんだったかなぁ。貝から作らないといけないんだよね。
植物の生長を促す魔法はあるけど、同じように貝の成長も促せるかな? 同じ生き物だし。
それで考えると、人間だって生き物だから、成長促進出来るんじゃね? と思えなくもないけど、そこまでいくとホムンクルスになっちゃうかもしれんな。
一応、植物と動物は区別されているみたいだし。
どっちにしろ、明日王都に戻るわたくしがどうこう出来る問題じゃないから、王都に居る間に真珠養殖の工程を思い出して、来年チャレンジかな。
とりあえず、真珠の事は忘れて、領地運営に関して話をしていると、今度は扉がノックされて、先ほど出て行った文官が一人の男を連れて入ってきた。
「ツェツゥーリア様、鑑定士をお連れしました。申し訳ありません、本来なら複数の鑑定士をお連れすべきなのですが……」
「いえ、ご苦労様です」
「これはこれは領主様。この度は着任おめでとうございます。私めに御用があると伺いました」
「……その前に一つ。この領地に、貴方以外の宝飾品の鑑定士は居ないという事で間違いはないのですね?」
「はい。今は私しかおりません」
「以前は居たという事ですね? その方達はどうしました?」
「以前の領主様のご命令で、他の場所に移りました」
「どうして貴方だけが残っているのですか?」
「私が優秀な鑑定士だからでございます」
「……そうですか。では早速ですが、これを鑑定してもらえますか?」
そう言ってわたくしは、机の引き出しに手を入れて『真珠を使った髪飾り』を取り出した。
「以前の領主のご令嬢の部屋から出てきたものなのですが、売ってしまおうにも価格がはっきりしないといけませんからね」
「そうでしたか。私の方では買取も行っておりますので、よろしければ私が買い取りましょうか?」
「話が早くて助かります」
「では、早速、失礼して……」
鑑定士は恭しく髪飾りを手に取ると、ルーペのようなもので見たり、光にかざしたり、大きさを計ったり、重さを確かめたり、全体的なバランスを見たりと、鑑定方法に問題はなさそうである。
「価格は、そうでございますね……。十六万ガルという所でしょうか」
「そうですか。分かりました」
わたくしの言葉に、鑑定士が「では買取を」と言って財布を取り出そうとしたところで、わたくしはパチンと扇子を開いた。
「貴方の目は腐っているようですね。この品物は、最低でも五十万ガルはするものですよ」
「はっ、……御冗談を。いや、領主様はまだお小さいので、物の価値に疎くていらっしゃるのですね」
「なるほど。貴方はあくまでも、この髪飾りには十六万ガルの価値しかないと言うのですか?」
「もちろんです」
「そうですか。この髪飾りは、陛下がわたくしの誕生日に下さったものです。真珠の他にも宝石が使われており、王都の鑑定士の鑑定書もある、れっきとした品物です」
「なっ」
「貴方には聞かなければいけないことがありそうですね。この者を牢屋へ。前領主と癒着をしていた可能性があります」
わたくしの言葉に、護衛が即座に鑑定士を拘束して部屋から連れ出した。
なるほどね、自分に有利な鑑定をする鑑定士だけを残しておけば、領民も文句を付けにくいと言うわけか。
そんでもって、わたくしは子供だからと足元を見られたわけだ。
後顧の憂いは絶っておくってグレイ様は言ってたけど、残っていたのはわざとかな?
ここにちゃんとした鑑定士も数人派遣しておかないとね。
あー、しっかし、あの真珠どうしよう。
王都で鑑定する? 鑑定もしないでグレイ様に押し付けるのも不敬って言われそうだしな。
二つの真珠は王都に帰ってから対処するしかないか。
どうせなら装飾を施して付加価値を上げて、新しい領地は祝福されてますよとか、噂を広めちゃう?
悪くないかもしれない。
どうせ、わたくしが新しく個人領を貰ったことは、お偉いさんは絶対気に入らないだろうし、嫌味を言ってくるだろうから、黙らせないといけないしね。
少なくとも、前の領主よりもこの土地を発展させないといけない。
うわぁ、グレイ様への嫌がらせで受けたけど、やっぱりめんどくさいわ。
とりあえず、一年間は様子見も兼ねて今進めている事業に集中ね。
長年苦しんできたんだろうし、いきなり領主が新しくなったから、生活が楽になるとか誰も信じないだろうし、子供が領主とか、わたくしだったらふざけんなとか思うわ。
子供の遊び場じゃないって暴動が起きないように、頑張らないと。
それに、この領地は海を介しての諸外国との交易の要でもあるんだから、気を抜けないわね。
「ツェツゥーリア様、各商会の代表の方々との話し合いのお時間です」
「わかりました」
今までここで活動していた商会と、新しく参入することになったアンジュル商会。
溝が生まれないように調整をして、今後のこの領地での活動方針を話し合って、えーっと、行商人をまとめている商会もあるから、色々噂もばらまいてもらって。
やることいっぱいだわ。今日の夕食、食べられるかなぁ。