もろたで!
「なるほどな。ツェツィ達が見聞きした話は事実だろう。こちらで調べたものと合わせても、納得がいくし、辻褄が合う」
グレイ様の言葉に、わたくし達は思わず半目になった。
一生懸命わたくし達が調べた情報のほとんどは、既にグレイ様は把握していたようで、情報的には確認程度の物でしかないようだ。
くっそ、どこまでがグレイ様の手の上なんだ?
もしかして、わたくしが海に行きたいといったあたりから、こうなることを想定していた?
それとももっと前から? だからこの機会にわざわざ自分で視察に来た?
うわぁ、グレイ様が腹黒だから疑い始めるときりがないっていうか、何もかもが怪しく思えてくるわ。
「ここ最近、テレスト商会が功績の割に羽振りが悪い事、そしてミビノル伯爵家が降格と税収の割に羽振りがよくなったことは、報告にあったんだ」
グレイ様の話では、事業を任せている関係でミビノル伯爵領には見張りをつけていたらしく、不審な動きがあるっていうのはすぐに気が付いたらしい。
それでも、決定的な証拠がなかったから、わざと動きが出るように造船の事業を任せたりしたそうだ。
そこで、ミビノル伯爵家が事業予算を貰っているにも関わらず、商人に出資させて造船作業を実行。それも、グレイ様の、国王のご意向だからっていう話で。
あからさまな着服だけど、決定的な証拠がなかったらしく、今回グレイ様本人が訪問して、この領地の商人と接することでボロを出させる方法を取ったんだとか。
気軽に自分の身分を使うなよ、と思わなくもないけど、おかげで疑問を抱いた商人達から、これまでの事も含めて、ミビノル伯爵家との理不尽な契約書が山のように提出されたんだって。
その中には、真珠の裏取引もあって、やっぱり脱税目的で領民から奪い取った真珠を加工して、高値で売りさばいていたっていうものもあるそうだ。
そして、一番不利益な契約を結ばされていたのが、ミビノル伯爵の実弟が婿入りしたテレスト商会。
親戚になったのだからと、わけの分からない理由を付けられて、ミビノル伯爵家に有利な契約を押し付けられ、もし歯向かうのであれば、領地から追い出し、各貴族にテレスト商会はミビノル伯爵領で不正を働いていたと噂を広めると脅されていたとか。
商売は信用第一。そんな噂を広められたら、事実でなくとも立ち直るまで時間がかかってしまう。その間に出る損害は計り知れないだろう。
従業員や関係者の事も考えて、テレスト商会はミビノル伯爵家に従うしかなかったそうだ。
はぁ~。わたくし達が一生懸命動いても、グレイ様の足元にも及ばないってわけね。
クロエなんて、持ってる扇子がプルプル震えてるし、リーチェは微妙な顔をしているし、リアンは真顔だよ。
「こんなことなら、何も気にせず遊べばよかったわ」
「ツェツィがここに来ると言い出さなかったら、対応はもっと遅れていたぞ?」
「どうだか」
わたくしは持っていた扇子で、わたくしの膝の上にあったグレイ様の手をペチンと叩く。
「それで、今後はどうするつもりなのじゃ?」
「もちろん、横領に脱税、平民への傍若無人。これらを鑑みて、ミビノル伯爵家は降格だ」
「これ以上降格しては、この領地は任せられぬのでは?」
「ああ。領地は没収だ。ここは王家直轄となる」
グレイ様が、心底面倒くさそうに言葉を放った。
ただでさえ貴族から没収した領地が余っているのに、重要な領地をさらに管轄しなければいけなくなったのが、本当に面倒なのだろう。
「王家直轄って、じゃあ色々な事業はどうするのよ。責任者を置くにしても、雇用改善が必要よ」
「信用の置けるものを派遣する、としか言えないな。…………そういえばツェツィ」
「なに?」
「個人の領地はいらないか?」
「謹んでお断りするわ。わたくしは実家の領地改革なんかで忙しいもの」
「それは残念だ。ここをツェツィが管理するようになれば、海産物は好きなように出来るだろうに」
グレイ様の言葉に、ピクリと扇子を持つ手が揺れた。
いや、よく考えろ。
ただでさえ長期休暇は、実家の領地の状態把握と改良に忙しく、三ヶ月の休みのうち一ヶ月は引きこもるんだぞ。
ここで個人の領地を持つことになったら、その領地の管理の為にさらに一ヶ月その領地に引きこもる羽目になる。
そうなれば、残りの一ヶ月は王都とかで行っている事業の改良と状況把握に時間が取られるから、忙しくてゆっくりしている暇なんてほとんど無くなってしまう。
…………ん?
領地を貰う→領地に拘束されて王都にいない→王都に戻ったら忙しい→グレイ様とのお茶会の時間も無くなる=ざまぁ。
こ れ だ。
「ふふ、そこまで言うなら仕方がないわね」
「「「ツェツィ!?」」」
「ここはわたくしが個人的な領地として受け取るわ。王都に帰ったら早速手続きをするけど、その前にミビノル伯爵家を後腐れなく追い落としておいてね」
「任せろ」
「いやぁ、楽しみだわ。移動時間や領地運営の事を考えると、長期休暇に王都に居る時間がガクっと減るけど、仕方がないわね」
「……」
「他でもないグレイ様の提案だもの。断るなんて勿体ないわよね。王都に居る間も、色々忙しくなるから、ゆっくりする時間なんて取れないかもしれないけど、仕方がないわよね」
「…………」
「策士策に溺れるじゃな」
「因果応報ではありませんこと?」
「自業自得とも言いますね」
「リアン達と会う時間が減るのは、本当にものすごく残念だし、グレイ様のご提案なんだし、ここはグレイ様との時間を削るしかないわね」
わたくしがドヤ顔で言うと、グレイ様の微笑みが引きつり、そーっとわたくしに手を伸ばしてきたので、遠慮なく扇子でその手をペチンと叩いてやったわ。
◇ ◇ ◇
Side グレイバール
「この書類を至急、王都の宰相の所に届けろ。勅命だ。こうるさい大臣どもの小言も聞かなくていい」
「かしこまりました」
ミビノル伯爵家を士爵にする等の書類を整え、王都の宰相に届けるように指示を出し、ため息を吐き出す。
本来なら、平民に落としてしまいたいのだが、そこまですると、まだ力を誇示している貴族共がうるさい。
もっとも、この領地から追放するようには指示するし、資産も平民として一年ほど暮らせる金額を残して全て没収。
文官として働く頭も、武官として働く腕も、メイドとして仕える忠誠心も持たないあの者達では、すぐに生活が破綻するだろう。
どこかの貴族が保護する可能性もあるが、保護したとしてもうまみはない。
テレスト商会に弟が婿入りしているとはいえ、弟は正式に貴族籍を抜けており、実際のところ縁は切れている。
それに、今までの責任を取る形で、弟は婿入りした家を出て、一行商人から再出発すると決意したそうだ。
息子と娘がいるが、ミビノル伯爵家に良好な感情はなく、むしろ悪意しかないことは確認済みだから、情に訴えられても手を貸すことはないだろう。
しかし……。
「迂闊だった」
「「「「ざまぁ」」」」
宰相に書類を届けに姿を消した影以外の、今この場に残っている影が声を揃えた。
こいつら、本当に主を何だと思っているんだ。
ツェツィは諸外国の物に興味を示していたし、海産物にも興味を示していたから、良かれと思って提案した個人領だったのに、まさかこんな結果になるとは。
確かに、実家の領地の状況把握と改良に余念のないツェツィが、自分の領を持ったら、他人に任せるなんてことをするはずがない。
冗談だったと今更言ったところで、メイベリアン達がツェツィの味方をするに決まっている。
いくら突貫作業が続いて疲れていたとはいえ、軽率だったな。
先ほどの書類には、しっかりとこの領地をツェツィに任せるという内容も含まれている。
表向きは、デュランバル辺境侯爵家で功績を上げているツェツィへの褒美になっているが、狸爺共は私がツェツィ可愛さに甘やかしていると受け取るだろう。
事実だがな。
「それで、ミビノル伯爵家の人間はどう始末します?」
「勝手に自滅するとは思いますが、万が一ツェツゥーリア様に何かされたら困りますよ」
「この領地からの追放と立ち入り禁止、そして王都への立ち入り禁止で大ダメージにはなるが、そうだな……。仮にも、平民が一年は暮らしていける財産は残るんだ。この領地から出た途端に、ならず者に絡まれるかもしれないな」
「あー、はいはい。ついでにこの領地近辺のやばいのを全部片づけろって事ですね」
「おや、私は可能性を呟いただけだぞ?」
「……俺、ツェツゥーリア様の護衛に配置換えして欲しい」
「「「わかる」」」
本当に、こいつらの忠誠は私にあるんだよな?