第一目標捕捉
わたくし達は、平民の子供が着るようなワンピースに身を包み、保護者に見える護衛と、見えない位置から密かに護衛する人達を連れて、街に繰り出した。
ミビノル伯爵家の人達は、グレイ様に付きっきりで接待をするらしく、わたくし達の事は完全に放置。
いやぁ、わたくし達って一応、『国王の代理』でミビノル伯爵領の街を視察に行くんだけど、わたくし達を監視するよりも、今日グレイ様が会う予定の商人達が、変なことを言わないように見張る方が大切なんだろうね。
よかろう、それであるのならこっちはこっちで自由にやらせてもらう!
「早速、港に行きましょう」
「「「街は!?」」」
「そんなもの後よ。何のために朝っぱらから繰り出したと思っているのよ」
ミビノル伯爵家の使用人にこっそり聞いたところ、海釣りは生業としてあるらしく、早朝に漁に出てこの時間には引き上げてくるらしい。
ちなみに、現在時刻は八時。本当はもっと早い時間に出たかったんだけど、朝食を一緒にって言われたから泣く泣くこんな時間に。
「港に行く目的は、以前に話していた海産物なのじゃな?」
「当たり前じゃない」
「わたくしは、昨日に引き続き陛下ご提案の事業の現場を見たいですわ」
「それも気になるわね。でも、まずは漁の水揚げの様子を見なくちゃ」
わたくしの言葉に、リアン達は肩をすくめて、事前に調べていた場所に向かって歩いていく。
到着した場所は、小さいながらも漁港という感じで、船からは収穫した魚がすっかり下ろされて、今は選別作業をしている所のようだ。
「おはようございます。見学してもいいですか?」
「あ? ガキがこんなところで何やってんだ。邪魔だ」
「そんな事言わないでくださいよ。王都から観光でここに来たんですけど、海なんて初めてなんです。見たことの無い魚がいっぱいだし、興味があるんですよ」
「……邪魔すんじゃねーぞ」
「はーい」
渋々ではあるけど、漁師のおじさん達に了承を貰えたので、わたくし達はじっと魚の選別を見学する。
やっぱり、食べられる魚が廃棄予定の方に分別されてる!
「ちっ、またこいつかよ。きもちわりぃな」
タコぉっ! それタコだからぁ! ポイしちゃだめぇっ!
目の前で次々と廃棄予定にされて行く海産物に、内心涙を流しつつ、大人しく見学を続ける。
一時間ほどして選別が終わったのか、廃棄予定の海産物が入った籠をおじさんの一人が持ち上げた瞬間。
「それ、買い取らせてください!」
「は?」
「いくらですか?」
「いや、捨てちまうもんだから、いくらって言われても……なあ?」
おじさんが困ったように他の人に声をかけるけど、他の人も同じように戸惑っている。
無料? 無料でくれるの?
いや、だめだろう。世の中タダより高い物はないんだぞ。
「あ、じゃあ。その捨てるはずの魚の価値を変えるっていうのはどうですか?」
「んなこといっても、……ったく、ガキのお遊びに付き合うほど暇じゃねーっての。好きなだけ持って行け」
目の前に乱雑にドン、と海産物の入った籠が置かれる。
「リアン、クロエ、リーチェ。やるわよ!」
「まったく、持ってきてよかったですわ。マイ包丁」
「うむ、鍋とまな板も持ってきておるぞ」
「薬味と調味料も準備万端ですよ」
「流石よ! やっぱり王道のあら汁かしらね。野菜も持ってきておいて正解だったわ!」
というか、あれだね。
皆、旅程の間はアイテムボックスに常時入れっぱなしだったから、取り出すの忘れてたよね。
さて、邪魔にならないかつ、わたくし達が台に使っても大丈夫そうなところはどこかな?
「あ、ツェツィ、あそこなんてどうです?」
「いいかも。すみません、あそこのスペースを借りてもいいですか?」
「何をおっぱじめる気だ? ここは子供の遊び場じゃねーんだぞ」
「まあいいじゃねぇか。俺達はどうせしばらくの間、あっちのほうにいかねぇといけないんだし。ここにゃ盗まれて困るようなものなんざないぜ」
「皆さんはどこにいくんですか?」
「海藻の養殖場だよ。領主様が最近始めた事業なんだが、きつい仕事の割に低賃金でやってらんねーぜ」
「まったくだよ。魔法士に払う給金もケチってるっていうじゃねーか」
「そうなんですか!? お給金がちゃんと支払われていないって、王様が怒るんじゃないですか?」
「そこんところはあの領主の事だ、うまくやってんだろう」
「魔法士が給料分しか働かないせいで、俺達が余計な仕事が増えるんだよな」
「はあ。王様の肝いりっていうから期待したのに、がっかりだぜ」
「まったくだな」
おじさん達はそんな事を言いながら、全員が同じ方向に進んでいく。
なるほどねぇ。むっちゃ黒だわ。
わたくし達は廃棄予定だった籠を持ってもらって、台所に行くと、鍋などを取り出して準備をしていく。
魔法で水を出したり火をおこしたりは出来るから、道具さえあれば大丈夫なのよ。
「じゃあ、わたくしは魚をさばくから、お水出して熱湯にしておいて。大根と人参は皮をむいていちょう切り、生姜は皮をむいて千切りね。長ネギは斜め切りだよ」
「では、私が大根と長ネギを処理しますね」
「わたくしは人参と生姜を」
「妾は熱湯の準備じゃな」
籠の中を探ってブリを取り出すと、まな板の上に置いてサクサクさばいていく。
さばいたブリのアラを塩水で三回ぐらい洗って、沸騰した熱湯の中にどーん。
最初は血なまぐさいけど、蓋をしないで三十分ぐらい強火で煮込む。アクが浮かんで来たらそれも取るよ。
煮込んでいる間に、もう一つ鍋を出してそこでも熱湯を作ってもらって、取り出したタコを塩で揉みこむ。
本当なら米ぬかがいいんだけど、無いから仕方がないね。
タコはとどめを刺すまで生きて動いていたから、流石にリアン達も「ヒッ」てなったけど、サクっととどめを刺して動かなくしたよ。
数分間茹でて赤くなったところを、準備してもらった冷水の中に移動。
その工程を何度か繰り返して、三匹の茹蛸の出来上がり。
あら汁の方がいい感じに煮込まれたので、アラを取り出して大根と人参を入れて煮込んで、柔らかくなったところで味噌・生姜をアラを取り出した出汁に投入。
おじさん達が帰ってくるまで、とりあえず火を止めて待機。
その間にタコを切っていく。
お刺身にしたいんだけどね、多分いきなり生食は受け入れてもらえないだろうからね。
他にも、ブリの切り身を唐揚げにしたり、その他の魚も揚げ物にしたり、すり身にしてつみれを作ったり、気づいてみれば、廃棄する魚の方が少なかった。
うん、流石にね、見たこともない魚に関しては、わたくしも手を出せない。
料理が終わって、新しい食事についてあーだこーだ話していると、漁師のおじさん達が戻って来た。
「なんだぁ、まだいたのか」
「おかえりなさい! 待ってたんですよ!」
「あぁ? って、何だこの匂い」
「いっぱい料理を作ったんです。ぜひ食べてみてください!」
「料理ぃ? こんな怪しげなものが食えるのか?」
「もちろんです。心配なら先に食べますね」
そう言って、わたくし達は自分の分を適当に盛り付けると、パクパクと戸惑いなく食べていく。
「ツェツィ、これ美味しいですわ」
「寒いから温かいものがより一層うまく感じるの」
「ちょっとコリコリしていて美味しいですね」
「そうでしょ、そうでしょ。こんな美味しいものを捨てるなんて大問題よ」
わたくし達が笑顔で食べているせいか、それとも時間的にお腹が空いたのか、おじさん達が視線を交わしながら、恐る恐るといった感じに料理に手を付け始めた。
結果。大好評!
かなりの量を作ったはずなんだけど、おじさん達の人数が多い事と、初めての味に手が止まらなかったせいであっという間になくなっちゃった。
「くぅ、あの雑魚がこんなに美味くなるとはな」
「化け物だと思ってたあの気持ち悪い生き物、食うと美味いんだな」
「お前ら、王都から来たって言ってたよな。王都にはこんな美味いもんがあるのか?」
「最近、王都の方に魚なんかの注文が増えたって聞いたが、なるほど、こんな風になるんだったら納得だな」
次々と投げかけられる質問に、わたくしは丁寧に答えていく。
「知らない魚には手を出しませんでしたけど、毒を持った魚もいるので、何でもかんでも食べるのは危険かもしれません」
「アレは確かに見た目と滑っとした触感はちょっと気持ち悪いかもしれませんが、こうして食べると美味しいんですよ」
「王都でも、最近になって色々な調理法が広まって来たんですよ。材料の関係で、まだそこまで広まってませんし、貴族は今までのような料理を食べることが多いですね」
「他にも食べ方はありますけど、火を通した方が今のところ安全ですからね。生で食べるのには抵抗がありそうですし」
そんな風に交流していくと、胃袋を掴まれたおじさん達とはすっかり打ち解けることが出来た。
背後でリアン達が「天使の微笑みは強い」とか言ってるけど、何の事だろう?
「生って、俺らでもそんなもの食わねーぞ」
豪快に笑われたけど、お刺身とかカルパッチョとか、お寿司は美味しいよ?
でもまあ、まだいきなりは難しいよね。
ぶっちゃけ、わたくしだけが楽しむのでもいいんだし!
「これからは、今話した魚も出荷してもらえると、嬉しいです」
「そうだな。今まで捨てるだけだったものが金になるんだったら、こっちも助かるってもんだ」
「そういえば、貝類はどうやって採っているんですか?」
「そりゃ、女共が海に潜るんだ」
「へえ」
海女さんかな? 冷えは女性の天敵なのにっ。
「稀に真珠が取れるからな。貴重な収入源なんだぜ」
「でも、領主に買いたたかれちまうけどな」
「そうそう、質が悪いだの小さいだの言うんだよ。あいつらは自分が苦労してないからって好きかって言いやがって」
「……貝の中身はどうしてますか?」
「捨てちまうな」
「もったいない! それも出荷してください!」
あ、でも真珠狙いだと、口が開いた状態ってことだよね。
捨てるのはもったいないし、冷凍で運べば大丈夫だとは思うけど、どんな貝が取れるんだろう。
そう思って聞いてみると、大きな特徴があるものを除いて「貝は貝」って言われてしまった。
シジミ汁とかアサリ汁飲みたい。
色々な貝の特徴を伝えると、「見たことがあるかもしれない」と言われたので、そういった物は今度は捨てずに販売するようにお願いした。
「しかし、お前らも変わってるな。そんな服を着てるけど、いいところのお嬢さんだろう?」
「え」
「仕草とか見りゃ分かるって。王様が来てるって話だし、メイド見習いとかそんなところだろ?」
「あ、そうです。えへへ、分かっちゃいます?」
「やっぱりなぁ。でも、気を付けろよ? 領主の話じゃ、王様ってのは冷酷な人だそうだぜ」
「そうそう。平民の事なんて道具としか思ってないとかな」
「貴族の親玉だろう? あの領主を野放しにしているんだ、その程度だって」
おじさんの言葉に、リアンが腰を浮かしたけど、クロエとリーチェがしっかりと押さえ込んだ。
「領主様っていい人じゃないんですか?」
「ろくでもないぜ。弟のアルロン様が優秀な分、いい気になってるしな」
「そうそう。自分は何もしなくても、弟から金を巻き上げればいい、弟の功績は自分の物ってな」
「そのくせ、何か不満が出ると、アルロン様に言えって逃げるんだよな」
「そうなんですか。さっき、お給料もそんなに出さないって言ってましたよね? 聞いた話では、王様は新事業にちゃんと資金を出しているって話ですよ?」
「ああ? んなわけねーよ。こうして掛け持ちで仕事しなくちゃやってらんねーんだしな」
「そうなんですか」
なーるほどねー。典型的な腐った貴族って感じなのかな。
これは、グレイ様に報告しないといけないな。