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手のひらクルクル

 新しく造船された物は、出来上がりは見事なもので、今後の活躍には十分期待を持てる物だそうだ。

 例え、それが夕食の席でのお世辞だとしても。


「しかし、造船に関してはミビノル伯爵に采配を任せていたが、随分と商人が出入りしていたようだな」

「それが我が領地の特色でございます。貴族至上主義の者達と違い、我が家は平民を大切にしているのですよ」

「それは何よりだ。ミビノル伯爵家は平民と縁を深く結んでいると聞くからな」

「はい。確かに爵位に関しましては正当な血筋を維持いたしますが、それだけでは平民に不満がたまってしまいます」

「そうか。確か、そなたの弟が商家に婿入りしているのだったな」

「不詳の弟ではありますが、今回の造船作業には尽力してくれました」

「良き弟を持ったようだな」


 グレイ様とミビノル伯爵の会話を聞きながら、わたくし達は顔には微笑みを張り付け、もくもくと料理を口に運ぶ作業に集中している。

 炭の味が香辛料と不協和音を奏でていて、飲み込むのがしんどい。


「ここ数年のミビノル伯爵領の功績は、評価しなくてはいけないな」


 グレイ様がそう言うと、ミビノル伯爵の目が輝いた。

 数年前に辺境伯から伯爵位に降格させられたから、グレイ様の言葉に辺境伯に戻れると思ったのかもしれないけど、数年で爵位が戻るとか、甘いな。

 そもそも、貴族至上主義じゃないとか言ってるけど、降格させられた理由が、領民を蔑ろにして税収をごまかし、納税を怠ったからだっていうのに、短期間で手のひら返しするような人を、グレイ様が信じるわけがないじゃん。

 取引する領地の事だからね、わたくしだってそれなりに事情は調べているわけよ。

 表向きは降格させられたことで反省して、王家への忠誠を改めて心に誓い、この国の為に働くという事にしているみたい。

 特産物である塩を以前よりも安値で卸したりね。

 でもさ、卸値を下げるって言う事は、売上金も減ると言うわけで、それすなわち、雇用している平民への賃金に影響が出てくる可能性があるわけなのよ。

 クロエが言っていた、対価が見合っていないっていう話を鑑みるに、ブラックなんだろうなぁ。

 事業に関しては商人に任せるという形を取っているみたいだけど、一応、国王であるグレイ様の肝いりの事業を、ほいほい商人に任せていいものなのかね。


「王都や各領地にも、ミビノル伯爵領からの商人が多く出入りしているようだし、繁栄しているようでなによりだ」

「そうですな」


 ミビノル伯爵が胸を張って頷くし、夫人も自慢げに頷いている。


「しかし、移動中に少し見ただけでしかないが、領民に活気が見られないようだが、何かあるのか?」

「それはっ」

「報告によれば、新しい事業や造船事業に伴い、仕事が増えたことにより領地に活気が出てきて税収も上がったとあったが」

「その通りでございます。活気がないのは、その……そ、そうです。困った事に我が領地には、我が家の乗っ取りをもくろむ悪徳商人が居ましてな」

「悪徳商人?」

「はい、その者達のせいで領民が困っているのでございます」

「それは大変だな」


 グレイ様が痛ましそうに微笑んでいるから、ミビノル伯爵夫妻は安心したように頷いている。

 しかしながら、悪徳商人がいると分かっているのに対処していないと、自分で宣言しているようなものなんだけど、分かってないよね。


「して、その悪徳商人というのに目星は付いているのだろうな? 領民が困るほどの商人ともなれば、小規模であるはずもないだろう」

「はっ……それは、その……そうです。その者達は自らがこの領地の支配者のように振舞っております。陛下達を出迎えた商人こそ、我が領民を苦しめる者達なのです」

「そうか。私達はそのようなものにもてなされたというわけか。なるほど、流石は悪徳商人というところだな」

「全くです。身の程をわきまえぬ不心得者でございます」

「苦労しているのだな。確かに、私達を歓待していたあの商人は、随分裕福な暮らしぶりのようであった」

「ええ、私共に入るはずである利益を不当に搾取しているのです」


 この話に乗ると決めたのか、ミビノル伯爵は饒舌に語るし、夫人は苦しそうに眉を寄せ、話に何度も頷いている。


「夫人やご令嬢も、同意見という事でいいのか?」

「もちろんです。あの者達は、領民を苦しめる元凶なのです」

「お母様の言う通りです。卑しいあの者達は、私達の優しさに付け込んで好き勝手にしているのですよ」

「ふむ、ミビノル伯爵。相違ないという事でいいのか?」

「二人の言う通りでございます」


 後先考えずに言い切ったよ。こんなんでよく今まで社交界を生き抜いて来れたな。

 グレイ様がカトラリーを置いたので、わたくし達もそれに倣いカトラリーを置く。

 クロエがちょっと悔しそうにしているけど、相手はわたくし達より年上だし、何より国王だからね、情報戦で負けるのも仕方がないね。


「そうか。ミビノル伯爵も苦労しているな」

「はい」

「実の弟とはいえ、そのような不心得者であるのなら、切り捨てる選択をせねばなるまい」

「は、い……?」

「どうした? ミビノル伯爵が言ったのではないか。私達をはじめに歓待したのは商家に婿入りした実の弟で、造船の仕事を任せられるほどの実力者だと」

「っ……」

「ああ、実力があるから下手に切り捨てられないのか?」

「そ、うで、ございます」


 ミビノル伯爵の顔色が悪いな。あ、夫人とご令嬢の顔色も悪いわ。

 やっと自分達の失言に気が付いたのかな?

 水で口に残った炭の味を消しつつ、のんきに様子を見ていると、グレイ様がチラリとわたくしを見た。

 え、嫌な予感。


「そういえば、ミビノル伯爵領に所属している商人が、他の領地を頻繁に行き来しているが、それについてどう思う?」

「え、あ……。素晴らしいことだと思います」


 話がそれたと思ったのか、ミビノル伯爵がコクコクと何度も頷く。


「真珠が随分と高値で取引されているそうだ。大ぶりな銀細工の装飾品を取り扱っているそうだが。これに関しては、夫人とご令嬢の意見を取り入れているのだろうか?」

「もちろんですわ」

「辺境に住んでいるとはいえ、学院でお友達がたくさん出来ましたから、流行に取り残されることはありません」


 令嬢が胸を張ってそう言った瞬間、ハッとしたようにわたくし達を見た。

 わたくし達が身に着けているのは『華奢な』細工物。

 夫人とミビノル伯爵も気まずそうに視線を伏せる。


「……他の交易品について、ミビノル伯爵はどう考えている?」

「や、やはり。我が領地の特産品である塩は欠かせませんな。塩なくしては料理もままなりません」

「そうだな」

「……諸外国との交易も重要ですな。我が領地を介しての交易は、この国の為になると自負しております」

「全くもってその通りだ」

「…………こ、これからもこの国の為に、尽くす所存で」

「この領地に任せている新規事業について、どう思う?」

「は? 造船の事でございますか? また新しく作るのでしょうか?」

「他にも、以前から任せているものがあるだろう」

「あれは……、その、……わ、我が領地の領民の働き口を増やすためのものでございましょう」

「もちろんそれも目的の一つではあるな」


 夫人もそうだけど、ミビノル伯爵も新規事業を蔑ろにしてるんだね。

 まあ、確かにそこまで大規模な事業っていうわけじゃないから、重要視しないのもわからないでもないけど、先読みが出来ないのは、貴族としても商人としてもちょっとな。


「ところで、各領地に出入りしている商人は、誰がまとめているのだ?」

「それは、各商家が独自で行っているものでございます」

「そうなのか。つまり、ミビノル伯爵家のお墨付きの商人は居ないという事なのだな」

「え……」

「実の弟が婿入りした商家も、悪徳商人なのだろう? いやはや、ミビノル伯爵は苦労しているようだな」

「は、……はぃ」

「しかし、忌々しき事態になったな」


 グレイ様が微笑みを湛えたまま、静かに声を出した。

 その声に、ミビノル伯爵はびくりと肩を震わせてグレイ様を見る。


「王都もだが、様々な領地に出入りしている商人は、ミビノル伯爵家の後ろ盾があると吹聴している。取り扱う品物がその証だとも言っているな。それに、造船に関しても、不審な商人が手を加えているとなると、こちらとしても手を打たなければならない」

「わ、我が領地のことでございますれば、陛下の、お手を煩わすなど」

「私が提案した事業に関することだ。気にかけて当然だろう。デュランバル辺境侯爵領とて、今なお、王都の繁栄の為にその力を貸してくれている。ミビノル伯爵領にも同じように我が国に貢献して欲しいと思っている」

「そ、それは、もちろん、です」

「ああ、私としたことがすっかり話がそれてしまったな。それで、悪徳商人の処置はどうするのだ? 実の弟とは言え、悪事を放置するつもりではあるまい?」

「も、もちろんです」

「では、悪事を公にする為に人を貸そう。なに、遠慮することはない。国のために重要な領地を正すことは、国益に繋がるからな」

「……はい」


 うーん、お人好しのミビノル伯爵が利益をむさぼられているとも思ったけど、これはあれだねえ、こっちが黒かな。


「そういえばツェツィ」

「はい。陛下」

「ミビノル伯爵領の商人が、異国の物と言って様々なものを持ってきてくれているが、聞いての通りのようだ。今後は、ミビノル伯爵領の者としてではなく、個人の商人として接した方がいいだろう」

「そうですね。ミビノル伯爵家の後ろ盾があると思っていましたので、とても残念です。けれども、そうなると商人が取り扱う他の品物の保証もないことになりますね」

「そうなるな」

「それは残念です。こちらの領地から持ち込まれる装飾品も、価値が下がってしまいますね」


 わたくしの言葉に、ミビノル伯爵家の人達が顔を青くさせた。


「全くだな。ああ、折角の夕食の席なのに話が暗くなってしまったな。今日はもう失礼することにしよう。明日は私は商人達と話をする予定だったが、ツェツィ達はどうなっている?」

「街を見学する予定です」

「そうか。私は気軽に街の様子を見に行けないからな。よく見て来てくれ」


 わたくし達の予定なんて、知っているはずなのにこうして確認してくるとか、本当に腹黒いわ。

 ミビノル伯爵家、結構伝統のある家なんだけど、大丈夫かしら?

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