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こんなダイエットはいらない

 ミビノル伯爵家。海に面した貿易の拠点でありながらも、これまで目ぼしい特産品といえば、海水を使用して作られる塩、そして稀に採取出来る真珠である。

 多くの利権は商人が持っており、領主よりも商人の方が贅沢な暮らしをしているのではないかとも言われているほどだ。

 それがここ数年、国王の肝いりという事でいくつかの事業が立ち上げられ、以前に比べれば確かに随分と税収は上がっている。


「私にはよく分かりませんが。そもそも、商人が利権の多くを持っていることがおかしいのではありません?」

「そうですわね。聞けば、この領地に港を開いた時に、当時功績を上げた商人に利権を分けたのが始まりだと聞きましたわ」

「恩をあだで返されたのか、そもそも商才の問題なのかはともかく、領地に到着した際に、真っ先に出迎えて来たのが、ミビノル伯爵家の者ではなく、この領地でもっとも権力を持つ商人という事実が問題じゃな」


 リアンが言うように、ミビノル伯爵家の領地に入ってすぐに歓待を受けたのだけれども、その相手は貴族ではなく、ミビノル伯爵家と縁続きにある、平民の商人だったのよね。

 その後、遅れて顔を出したミビノル伯爵と一緒に屋敷に来たのはいいけれど、明らかに先ほどまで歓待を受けていた平民の商人の屋敷の方が立派なんだな、これが。

 その事をグレイ様がさりげなく聞いたら、あの屋敷は元々ミビノル伯爵家のものだったんだけど、数代前に結納品としてあげたらしいんだわ。

 んで、自分達はその当時はもっと大きな屋敷に住んでいたんだけど、気が付いたらこじんまりとした屋敷に住むようになっていたと。

 嵌められたんじゃね? 先祖代々、お人好しが過ぎて、罠にかけられているんじゃないの?


「それにしても、陛下の肝いりで立ち上げている事業なのに、活気がありませんね。指示通り動いていないようにも見えます」

「そうですね。土地柄なのでしょうか? 王都で働いている方々はもっと活気がありますよね」


 わたくしとリーチェが首を傾げていると、クロエがメイドから何かを耳打ちされて、パチンと扇子を開いた。


「対価が見合っていないようですわね」

「ほう?」

「少々メイドを使った程度なので、詳しくはわかりませんけれど。作業量の割には、と不満があるそうですわ」

「よく聞く話ではあるの。クロエ、その話をもう少し詳しく調べることは可能かの?」

「ええ」

「ではそのように」


 リアンとクロエの間で短い会話が終わり、何かが始まったようだ。

 それにしても、対価が見合っていないねえ。ブラック企業かな?

 この領地で新しく起こした事業と言えば、昆布、わかめ、天草などの海藻の量産。それと、漁の強化だよね。

 しばらくの間、造船作業があったとは思うけど、そっちは今グレイ様が見に行ってるし、戻ってきたら話を聞こうかな。

 しっかし、ミビノル伯爵家には確かにわたくし達に釣り合う年頃の子息は居ないけど、グレイ様に釣り合う年齢の令嬢が居たこと、全員が忘れていたよね。

 グレイ様の視察にくっついていくって言ってうるさくして、実際に「案内しますわ」とか言って一緒に行ったけど、果たしてちゃんと案内が出来る物なのかしら?

 あの令嬢、一応幼馴染の婚約者持ちだそうだけど、相手が子爵家の次男っていう事で、あんまりその婚約に乗り気ではないみたい。

 よくある話だね。そんでもって、令嬢は二十歳だけど、その婚約者はまだ学院に通っている年齢だから、婚約の状態を維持していると。

 う~ん、ここであわよくばグレイ様のお手付きになって後宮に、とか考えていそうだな。

 お手付きになってしまえば、長子であっても後宮に入ることは出来るし、跡取りに関しては自分の子供を変則的にあてがう、もしくは養子を取ることも出来るしね。

 なんせテンプレだからっ。

 ミビノル伯爵もなーんか、ニヤニヤ媚びへつらう感じで、好きじゃなかったわ。

 確かに、デュランバル辺境侯爵家はこのミビノル伯爵家のというか、この領地の商人と交易があるけど、このまま交易を続けてもいいものなのかな。

 でも、他に海に面した領地持っている貴族は居ないしな。

 色々考えながらも、わたくし達はグレイ様の代理という事で、新規に立ち上げた事業の現場に来ているんだけど、少なくとも歓迎はされていないね。

 鰹節の生産もしてもらっているはずなんだけど、そこまでまだ注文数があるわけじゃないから、こぢんまりとしているし。

 見学を終えて、ミビノル伯爵家に戻ったけれどグレイ様達はまだ戻って来ておらず、わたくし達はのんびりとお茶をしている。

 といっても、わたくし達をもてなすと言い出したミビノル伯爵夫人が、女性同士仲良くしましょうと言い出したせいで、休む間もなくお茶会が開かれているわけで、全く気が抜けない。

 そもそも、女性同士っていうんだったら、お前さんの娘はどうしたってツッコミたい。

 せっかくのお茶も、白粉の匂いときつい香水の匂いで台無しだよ。

 お菓子も、さっき食べてみたけど、ただひたすらに甘い砂糖の塊って感じ。

 せめて和菓子的な甘さとか、キャラメル的な甘さだったらいいんだけど、本当に砂糖の甘さ……、ピュアッピュア。


「我が領地の特産品である真珠は、それはもう、高貴な方々に愛用されていまして。発見されると我先にと買い手がつきますのよ」

「そうですね。真珠は見ているだけでも心が癒されますもの」

「中には粗悪品を売りさばく愚か者もいますが、我が伯爵家が保証した商人が扱う品物はどれも一級品ですの」

「魔法薬の材料としても、真珠は重要視されていますわね」

「ええ、もっと採れればと思ってはいるのですが、こればかりは難しいものがありますからね」

「……そういえば、陛下の提案した事業はどうですか?」


 わたくしがそう水を向けると、話の腰を折られたことに気を悪くしたのか、それとも興味がないのか、ミビノル伯爵夫人が一瞬眉をひそめた。


「正直、あのような海藻を育てて何の意味があるのか、私には分かりませんのよ。陛下もおかしなことを言ってくるものだと、夫共々首を傾げていたのですが、先だって新しい造船の仕事を持ち込まれましたでしょう? きっとそれまでの事業提案は、これへの布石だったのだと納得しましたのよ」


 その言葉に、おや? とわたくし達は視線を交わした。


「ミビノル伯爵も、以前から兄上が提案していた事業には、さして興味がないという事でよいのかの?」

「ふふ、今回のような造船事業をいきなり提案しては、私共が驚くと思っての事だったのでしょうね。陛下のお心遣いには感服してしまいます」


 ないのね。よくわかったわ。

 でも、わたくしが取引している商人は、快く品物を扱っている雰囲気だし、交易した品物で何が出来るのかっていうのにも興味深々だったよね。

 これらの事から導かれることは……。


「失礼ですが、ミビノル伯爵家は領地運営はどのようになさっておいでですの? わたくしもいずれ女公爵になる身として、参考にさせていただきたいですわ」

「以前から行っている、塩の製造と、真珠の販売ですね」

「新しい事業にはさしてご興味がないのでしょうか?」

「あのような些末な事業、気に掛ける方がおかしいとは思いません?」


 これだから子供は、とでも言いそうな口調に、わたくし達は再度視線を交わして、ミビノル伯爵夫人に向かってにっこりと微笑む。


「有意義な時間を過ごせました。わたくし達は陛下がお戻りになるまで、部屋で休むことにします」

「そうですか? 何かあれば遠慮なくメイドにお申し付けください」


 その言葉を最後に、わたくし達はまっすぐにリアンにあてがわれたこの屋敷で二番目に上等な貴賓室に向かった。

 部屋についてすぐにミビノル伯爵家のメイドを下らせ、小声で話し始める。


「小物臭がするわ」

「ツェツィが懇意にしている領地だと期待していたのですが、残念です」

「クロエ、先ほどの件はどれぐらい時間がかかりそうじゃ?」

「そうですわね。明日の昼にはわかると思いますわ」

「リアン達の話の内容も気になるんだけど、わたくし、重要なことに気づいちゃったのよね」

「なんじゃ?」

「グレイ様達が帰ってきたら夕食でしょ? それって、やっぱりアレなわけよね?」

「「「あ……」」」

「今更、食事は別でとも言えないし。どうする?」


 わたくし達が思い出しているのは、先だっての歓迎で出された食事の数々。

 それは今では少し懐かしい、黒焦げ料理にどろどろに煮込まれたもの達。

 もはやわたくし達の食欲はそういう物には湧かなくなっている。


「流石に、夜に厨房に忍び込むわけにはいかぬな」

「無作法すぎますわね」

「でも、街に出るにも騒ぎになりそうですよ」

「街に出ても、王都じゃあるまいし、並んでる食べ物に差はたいしてないでしょ」


 せめてサラダがあればいいんだけど、無いしな。

 旅行に出て、ご当地の美味しいもの食べ過ぎて太るっていうのはあっても、まさか痩せる可能性が出てくるとは、思わなかったわ。

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