ねえ、どんな気分?
社交シーズンも終わり、学院が再開されたけれど、社交シーズン前と変わったことがいくつかあった。
それは、今まで見かけなかった教師の姿を見るようになったり。
今まで生徒でも自在に出入り出来るようになっていたはずの施設が、なぜか鍵がしっかりとかけられるようになり、その鍵を使ったり、施設に入る為には『必ず』教師の立ち合いが必要になることになった。
また、生徒の安全を守る為という名目で、『塔』で新たに開発された『魔力観測装置』という物が各所に置かれることになった。
この装置は、『個人の魔力を特定する』という物で、記録されている魔力がどこでどのように使用されたのかを観測するもの。
前世でいう所のマーカーのようなものだ。
問題点を上げるとすれば、何かしらに魔力を溜め、それを放った場合と、本人が魔力を放った場合の差を今のところ区別出来ないと言う所だろう。
こんな設定は乙女ゲームには無かったけど、よくよく考えると、攻略対象がどこにいるのかとか、広い校内にアイコンで出ていたから、明かされていなかっただけで実はそんな魔道具があったのかもしれない。
そうだよね、そうでもなければ、追跡魔法を使えないヒロインが攻略対象の現在地を知るとか、無理だよね。
ヒロイン補正かとも思ったけど、なるほど、こういう風に補完されて行くのか。
学院の変化をグレイ様に話したところ、何とも言えない微笑をかまされたけれど、なんか企んでいるのかな? 乙女ゲーム開始までまだ時間はあるんだよ?
わたくしは、日常に関わってくるから速足で色々やるけどね!
「ふむ、事業が増えたおかげで雇用の枠が増え、薬草の供給が増えたことで、病の早期治療が可能になっているな」
「わたくしは、衛生面も考えて、王都のスラム街なんかを再建するのにも着手した方がいいと思います」
「ツェツゥーリア様。貴女はまだ幼いので分からないかもしれませんが、そう簡単な事ではないのですよ」
グレイ様の膝の上で、大臣達が持ってくる報告書を何となく眺めつつ、意見を言ったら、内務大臣が馬鹿にしたように言ってきた。
簡単じゃないことぐらい、分かってますけど?
「簡単じゃない、というのは。金銭面でのことですか? それとも、人手の事ですか? もしかして、スラム街に住んでいる方々との話し合いの事ですか?」
「……全てです」
「なるほど。金銭面については、わたくし達もぜひともご協力させていただきます。他でもない王都の事ですもの、お手伝いしないわけがありません」
これで、各貴族が私的に金を出さない理由が一つ潰れたぞ? どうすんだ、おら。
「もちろん、財政面が厳しい方まで無理を、なんて陛下も言いませんよね?」
「もちろんだ。そんな無理をさせるような悪政をするつもりはない」
「流石は陛下です。それに、人手の問題ですが、仕事を与えるという意味も兼ねて、それこそスラム街の方に交渉してみてはいかがですか?」
「あのような者どもに交渉とは、良家のお嬢様は世間を知らないと見えますな」
「まあ! 内務大臣ともあろう方が、王都に住まう平民をそのようにおっしゃるのですか? 犯罪者であればともかく、行く当てもなく仕方がなく、スラム街に住んでいる方々を差別するなんて、まさかそんなことありませんよね?」
「それは……」
「それとも、もしかして内務大臣は、スラム街に犯罪者が居ると知っていて放置しているのですか? それは、陛下に対する裏切りなのではないでしょうか?」
「そのようなこと、あるわけがない。根拠のない事を言わないでいただきたいものですな」
「そうですか。それでしたら、同じ王都に住む平民ですから、十分に話し合いの席に着く権利はありますよね。ねえ、陛下?」
「そうだな。ツェツィの言う通りだ。罪人を放置するなど、ありえないのだからな。ああ、いい機会だ。前々から考えていた、貴族街と平民街の治安向上のため、騎士の巡回人数を増やす案も進めて行こう」
「その案件は、人手の問題でまだ手付かずのはずではっ」
「それなのだが、『貴族の子女出身』の騎士を基準に考えると確かに人手不足だが、『平民の実力者』も加えれば問題がないのではないか?」
「貴族と平民を同列に扱えと言うのですか!?」
「大切なのは実績と実力、そして仕事に対する信念と忠誠だ」
グレイ様の言葉に、内務大臣が顔を真っ赤にする。
内務大臣って、思いっきり平民を馬鹿にする貴族至上主義の人だからね、そうなるよねぇ。
そんでもって、自分の地位大好きな人だから、グレイ様の後宮に孫を入れてたりするんだよ。いやはや、権力者って怖いわぁ。
「内務大臣は、どうにも私と意見が合わないようだ。そう思わないか、宰相」
「そのようですね。陛下は、国民に心を配っていらっしゃいますが、内務大臣はどうにも平民を見下しているようにお見受け出来ます」
「それは嘆かわしいな。確かに、貴族と平民はしかるべき線引きをしなければいけないが、だからと言って、それに驕るようなことがあっては困る」
「まったくです。貴族とはいえ、いつ『平民になるか分からない』のですからね」
そうなんだよねぇ。実際問題、長子以外は爵位を継がないから、親の持っている余分な爵位を継ぐっていう方法と、長子に婿入りもしくは嫁入りしない限り、貴族じゃなくなるんだよね。
愛人っていう手もあるにはあるけど、あくまでも愛人であって貴族じゃないし。
功績を認めて、貴族の地位を与えるために士爵位とかあるわけだしね。
貴族の出生率は夫婦で一人か二人だよ。庶子は知らん。
ちなみに、国境に拠点を構える家程子沢山になる傾向にあったりする。命がかかっていることが多いからね、言い方は悪いけど予備は多い方がいいのよ。
「子供であるツェツィでも、有益な提案が出来るのに、長く生きている内務大臣がこれではな。人事の見直しをすべきかもしれない」
「そのような事をしては、国民に要らぬ不安をもたらしますっ」
「国民に? お前達のような、権力に固執する貴族に、の間違いではないか?」
「そのようなことは……」
「まあ、いいだろう。この話は後日改めて話し合いの場を設ける」
グレイ様がこんなことを、いきなり言うとは思えないし、前々から準備しているんだろうなぁ。
腹黒いわ、絶対に言うタイミングを見計らってるよね。
しかし、グレイ様の膝の上でこうしてお偉いさんや、文官の持ってくる報告を聞くのは慣れたけど、どう考えても異常な光景なんだよなぁ。
しかも、グレイ様も意見があるなら遠慮なく言えとか言うから、たまに口をはさまなくちゃいけない空気になるし。
宰相閣下なんて、面白いからもっとやれ、みたいに偉ぶった人がやり込められると、体を小刻みに震わせて笑いをこらえてるし。
子供の養育を失敗している親の姿とは思えないわ。
「それで、内務大臣は今後、王都の発展に当たり何か意見はあるのか?」
「それは、……やはり、各貴族の領地を繁栄させるべきかと」
「して、その方法は?」
「それに関しては、各家で考えるべきではないでしょうか」
「つまり、具体案はないという事だな」
ばっさり切り捨てるように言ったグレイ様に、内務大臣はぐうの音も出ないっぽい。
そりゃそうか、絶対に具体案とか持ってないだろうしね。
うちとか、リアン達の所とか、王都の新しい事業を真似しているけど、真似だけじゃあ、成果はたいして見込めないもん。
何もしないよりはましだけどね。
「そ、そういえば。陛下は最近、諸外国の商人との取引を活発にしていると聞きました。交易の幅を増やしてみてはいかがでしょうか」
「それに関しては、内務大臣よりも外務大臣の仕事になるのではないか? もしくは財務大臣あたりだろう」
「ぐっ……」
「諸外国との交易を重視するのも大切ですが、国内の各領地間での交易を充実させるのも重要だと思います。それこそ、内務大臣のお仕事ではないのですか?」
「……そのようなこと、子供に言われずともっ」
「そうでしたか。そうですよね、子供のわたくしにも分かることですから、政治に優れた内務大臣が分からないはずがありませんよね」
どんな気分? 子供にやり込められてどんな気分?
あぁっ、素の状態で話すことが出来れば「ざまぁ」って言ってやりたい。
「コホン。ツェツゥーリア様は子供なのでお分かりにならないかもしれませんが、大人の世界は厳しいのですよ」
「もちろん、子供には分からないことが沢山あるのでしょうね。けれども、まさか子供にも分かる事を大人が、ましてや国を動かす方々が分からないなんてこと、あるはずがありませんよね?」
「当たり前ですな」
「流石ですね。陛下もこのように素晴らしい重鎮がいて、幸せ者ですね」
「そうだな。優れた者に支えられ、時に正されてこそ、真の賢王になれるというものだ。今後も、私の周囲には『優れた者』を置きたいものだな」
おい、内務大臣の顔色が悪くなってんぞ。グレイ様が内面の読み取れない微笑を浮かべてるからだな、そうに違いない。
「ああ、そういえば内務大臣に一つ聞きたいことがあったんだ」
「なんでしょうか、陛下」
「そなたの孫だがな」
「カルディアがどうかしましたか?」
「随分ドレスを新調したり、装飾品を購入しているそうだが、その総額が私の妃として割り当てられたもの以上らしい。これは他の妃にも言えることだが、財務大臣とも話してはいるが、オーバーした分は法律にのっとり、実家に請求するという事でいいのだな?」
「もちろんでございます」
「そうか。父上の妃にも言えることだが、身の丈に合った暮らしをすれば問題ないはずなのに、なぜ必要以上に予算を使うのだろうな」
「……さて。それに関しては、同じ女性であるツェツゥーリア様がお分かりなのでは?」
お? わたくしか?
「予算ですか。わたくしはむしろ、お金が余ってしまって困っておりますので、分かりかねますね。お妃様達も、予算を費やすばかりでなく、増やすことをお考えになればよろしいのに」
出来る物ならな!
自称、商才があまりないリーチェだって、芸術家のパトロンになるっていう方法で、かなりの人脈構築と、それなりのお小遣い(?)を稼いでいるぞ。