カロリーが必要
怒涛の社交シーズンも終わりが見え、久しぶりの純粋な女子会に、わたくし達はいつもの淑女らしさをかなぐり捨てて、部屋の中でぐったりしている。
「いい加減慣れてきたとはいえ、しんどぉ」
「普通でしたら、母親がサポートに入りますが……」
「リアンはお母様と離れて暮らしていますし、ツェツィはお母様がお亡くなりになっていますし。わたくしは次期女公爵だから、そのぐらいこなせと放置されていますし」
「私は、皆さんがこなしているのだから、やって見せろと言われていますね」
メイドとかからアドバイス貰っていたとはいえさぁ、無茶がすぎるんだよなぁ。
学院に入った時なんて六歳だよ?
前世だったら小学校に入った年齢だよ。親の庇護下でぬくぬくしてる年だろうがっ。
異世界厳しすぎんだろう! わたくし達が特殊なのか? そうなのか?
悪役令嬢補正なのかは知らないけど、確かに三人とも年の割に大人びているけど、無茶苦茶だよぉ。
っていうか、わたくし達にとってこの社交シーズン最大の山場である、リアンの誕生日パーティーが何とか無事に終わったのはよかった。
これに関しては、流石に王家主催という事なんだけど、メイド長は毎年頑張っているよね。
そういや、さっきからリアンが妙に静かだな。
って、無言で肉じゃが食べてるぅ。
「リアン、大丈夫?」
「……肉じゃがのおかわりを所望する」
「あ、うん。それはいいんだけど」
「リアン、やけ食いをしたくなる気持ちはわかりますが、そろそろ控えなさいまし。お腹が出ますわよ」
「妾は、ルーカスはまだましじゃと思っていたのじゃがな」
「そうですね。けれども、公衆の面前で自分が贈ったはずのプレゼントを、『粗末なドレスと髪飾り』なんて言うとは」
「ドレスと髪飾りについて、ばっちりルーカス様からの誕生日の贈り物ってお客様と話していたしね。どうせ侍従に適当に任せてたんでしょ。カードも代筆なんでしょ?」
「うむ、なんせ『貴女に似合うように、人気の店でドレスと髪飾りを特注しました』とあったからの。代筆でなければ、侮辱罪で訴えたいぐらいじゃ」
だよねぇ、貴女に似合うようにとか書いておきながら、粗末なドレスと髪飾りとか言っちゃったら、リアンには粗末なものが似合うって言ったようなものだし。
実際、参加者に聞かれてメッセージカードの事は話していたから、ルーカス様の失言はあっという間に広まったよね。
まだ、顔合わせを定期的にしている分ましだけど、贈り物一つ自分で選んでないってのが、一気に明らかになったわ。
宰相閣下が顔面蒼白になってたよ。
まあ、それでもなんとか誕生日パーティーは終わったんだけどね。
ルーカス様の評判は最悪になったけどな。
「侍従に選ばせるのはともかく、中身の確認とかはしておくべきだよね」
「そもそも、婚約者の誕生日パーティーで、『婚約者である自分に』恥をかかせるような『粗末なドレスと髪飾り』、なんて言うのがおかしいですわよ」
「そうですね。どこまで恥をかかせたいのか、とか言っていましたが、恥をかかされたのはリアンの方です」
「あ、リアン。肉じゃがのおかわりだよ」
「うむ。…………しひゃし、ひゃひふえふぁ」
「流石に食べたまま喋らないでくださいまし」
「……しかし、兄上が場を収めてくれて助かった。侍従が手違いで、贈り物を入れ替えてしまった、という事にしておいてくれたからの」
「まあ、その場の嘘だって皆わかってるけどね」
それでも、グレイ様がそういう事にしたんだったら、少なくとも表向きはそれで納得するしかない。
誕生日パーティー中、ルーカス様には冷たい視線が突き刺さっていたけど。
ちなみにルーカス様は、主役であるリアンをエスコートしなくちゃいけないのに、自分の失言のせいで居たたまれなくなって、終始会場の端でリアンを睨んでいた。
メイジュル様もラッセル様も、それぞれの婚約者をエスコートするわけでもなく、ルーカス様のフォローをするでもなく、それぞれ自由にしていた。
自分から恥をさらしていくスタイル。
あんなのが本当に乙女ゲームの攻略対象なの?
ヒロイン、逃げた方がいいんじゃないかなぁ。ハッピーエンドになってもろくなことにならなさそう。
乙女ゲームが始まって、ヒロインにより改心していくのかもしれないけど、パソコン版だとしたら、性根は絶対に変わらないと思うんだよね。
うわぁ、ヒロイン逃げて。超逃げてっ。
「そういえば、社交シーズンはツェツィは陛下とお会いしていないのでしたっけ?」
「そんな暇はない」
わたくしも忙しければ、グレイ様もいつもにもまして忙しい。
女子会に時間を取れるなら、グレイ様とのお茶会にも時間を取れそうなものだと思う?
ところがどっこい、グレイ様の方にそんな時間がないんだなぁ。
王家主催の夜会とかあるからね。それにこの時期は諸外国の大使も来るから、その対応に追われるんだって。
いやぁ、国王様って大変だわ。
正妃様が居れば、正妃様も対応する。正妃様が居なければ普通は他のお妃様が補助をする。
グレイ様のお妃様は全く役に立ってないけどね。
そういうのに向いていないのか、グレイ様がわざとさせてないのかは別として。
王太后に下手な権力を渡さないようにしているのもあって、そっちにほとんど仕事を回していないから、余計に社交シーズンは忙しいみたいなんだよね。
お父様に頼んで差し入れは届けてもらっているけど、毎年不安になるわ。
「この時期は、大人も子供も、普段とは比べ物にならないぐらいに忙しいですものね」
「そうじゃのう。それに合わせて、服飾関係や装飾関係も書き入れ時じゃな」
「この時期は臨時でお針子の募集が出ますからね」
「でも、どこの店でオーダーしたとかいうマウント合戦は、ぶっちゃけ面倒くさい」
「「「同意」」」
いやね、流行を追いかけるのは大切だってわかってるんだよ。
だからって、ドレスやら装飾品自慢はお腹いっぱいなんだよね。
さりげなく褒める技って難しいし、一人を持ち上げるわけにはいかないから、バランス取らないといけないし、本当に面倒。
「ツェツィ、おはぎがもうありませんわ」
「クロエ、食べ過ぎ。いくつ食べる気なの」
「疲れている時は甘い物を体が求めてしまいますの」
女子会とはいえ、皆やけ食いしてるなぁ。
リーチェも特大ハンバーグを食べてるし、淑女とはいったい。
まあ、こうなってるのは、わたくしの影響だけどね!
かくいうわたくしも、さっきからポテトフライをめちゃくちゃ食べてる。
心身共に疲れてるから、カロリーが必要なんだよ。カロリーが。
ドレスの関係上、食べたらその分どっかで消費しないといけないんだけどね。もしくは節制。
「皆、そんなに食べてドレスのサイズは大丈夫なの? 運動しないと太るんじゃない?」
「「「ダンスの練習」」」
「だよねぇ」
わたくしもそうだもん。
前世ではヨガもやってたけど、普段のドレスじゃかさばって出来ないから、寝る前にヨガをやろうと思って夜着で準備運動したら、メイド達がわたくしが頭を打ったとか言い出したんだよ。
いやぁ、あの時はお父様や兄達も出てきて、ちょっと騒ぎになったわ。
前世でかなり生理が重かったから、一抹の望みを託してヨガは継続してたんだよね。
わたくしにはあんまり効果はなかったけどね! あれは体の問題だから仕方がなかったんだけどね!
この体は生理が軽いといいな! かなり本気で!
鎮痛剤もそこまで発達していないんだよっ。漢方の材料も見つかってないよ!
あの苦しみを覚えているわたくしにとっては死活問題だよっ。
「ダンスは楽しいのですが、ちゃんとした席では婚約者と踊らなければいけないと考えると、気が重いですね」
「そうですわね。授業ですらわざとなのかはわかりませんが、相手をしたがりませんものね」
「わざとであろう。婚約者に相手にされないというレッテルを貼りたいのじゃろう。あやつらは自分の評価が悪いから、妾達の評価を下げるのに必死なのじゃ」
「馬鹿らしいですわ」
「自らの評価を上げる努力をなさればよろしいのに」
「それが出来たら苦労しないわ」
本当に、婚約者としての義務を怠るやつが攻略対象とか、運営しっかりしろよ。
よくある小説のように、悪役令嬢が婚約者に執着しないようにしたかったのかもしれないが、流石にこれは酷すぎるだろう。
あと数年後に始まる乙女ゲーム、本当に大丈夫かなぁ。
いろんな意味で心配だわ。