お茶会での身分詐称はアウト
社交シーズン。
大人は毎晩のように、何かしらの社交行事に参加し、出世や保身、足の引っ張り合いなどを繰り返す。
もちろん、子供だからといって社交を疎かにするわけにもいかず、令嬢が開く小規模であったお茶会は大規模なものになり、それに従いおのずと増える令嬢の間には、それぞれの家を背景にした派閥争い、爵位の上下による歪みなども発生する。
そんな令嬢をまとめ、出来る限り揉め事を少なくしたままお茶会を終わらせる事こそが、主催者に求められる能力の一つでもある。
茶器の手配、茶葉の選定、茶菓子選び、会場のセッティング、招待状の管理、それらを行うのは、子供にとっては難しいものではあるが、こなさなければいけない立場の令嬢として、必然的に身に付いてくる。
もっとも、わたくし達の場合、四人で協力し合うため、幾分負担は少ないのかもしれない。
しかしながら、問題は起きる時は起きるものである。
「あの令嬢はだれじゃ?」
「わたくしは知りませんわ。ツェツィとリーチェはどうですの?」
「わたくしにもわかりませんね」
「私もです」
所在なさげにキョロキョロと周囲を見ながら、手近な席に座ろうとして、そのテーブルに居た令嬢の視線を受け、びくりと固まり、逃げるように他の席に行く。
そんな挙動不審な行動を繰り返す令嬢を見て、わたくし達は眉をひそめた。
「招待状の枚数は揃っておるとのことじゃ」
「…………ユリカージャル様の姿が見えませんね。今日ご招待していましたよね?」
「うむ」
「欠席の連絡は来ていませんのよね?」
「そうじゃな」
「そもそも、招待状の数は合っているという時点で、怪しいですね」
他の令嬢にも聞こえるような声量で、わたくし達は困った、と言うように扇子で顔を隠しながら、未だにうろうろする令嬢を見る。
年のころはわたくし達と同い年ぐらいに見えるけれど、線が細く、ドレスさばきもおぼつかず、肌の色も令嬢らしいと言えばそうかもしれないが、些か青白すぎる。
不審者として護衛に差し出せば済むのだが、問題は、正式に、彼女がこのお茶会の会場に入ってきていると言う事実にある。
定められた使用人以外、招待状を持っていない人間は入れないのだ。
つまり、彼女は誰かの、強いて言うのならユリカージャル様の招待状を使って、このお茶会に参加している可能性が高い。
リアンが主催するお茶会に於いて、身分の詐称は許されざるものだ。
もちろん、それはわたくし達だれもが開くお茶会でも言えることだが、王族の開くお茶会はまた一段と格が違う。
ぐるりと会場を見るが、誰もその令嬢を知っている様子はない。
「リアン、どうしますか? このままお茶会を開催しますか?」
「どうしたものかの。不審者を招いたままでは、他の者も落ち着けぬであろうしな」
リアンがそう言って立ち上がったので、わたくし達も立ち上がり、異例ではあるけれども、見知らぬ令嬢の所に向かう。
わたくし達が近づいたことに気が付いた令嬢は、パッと顔に笑みを浮かべた。
「主催者の方ですよね。私、こんなお茶会に参加するのは初めてで、どうしていいかわからなかったんです」
その言葉に、思わずわたくし達は目を見開く。
わたくし達が主催者側だとわかっているのなら、少なくともリアンが王女だと知っているはず。
それを踏まえて発言をしたのだとしたら、貴族としてのマナー違反になる。
「……私は、オズワルド侯爵家の次女、マルガリーチェ=オズワルドと申します。貴女はもしかして、スコレピル男爵家のナナルリーア様ですか?」
「はい。私の事はラッセルから聞いたんですか?」
「直接、貴女について詳しくお聞きしたことはありません」
「そうですか。ふふ、ラッセルってば本当に優しいですよね。私が一生に一度でもいいから、普通の令嬢みたいにお茶会に参加したいって言ったら、招待状を手配してくれたんです」
せっかくリーチェが名乗ったと言うのに、ナナルリーア様は名乗らないのね。
病弱で王立学院に通うことも出来ず、蝶よ花よと育てられているとは聞いたけど、まさか最低限のマナーも教わっていないの?
「そなた、今、ラッセルが招待状を手配したと言ったな? 他の令嬢宛の招待状を使ってここに入ったという事でよいのだな?」
「え? 誰宛とか、見ていません。ラッセルが用意してくれて、招待状を見せれば王女様のお茶会に参加出来るって言ってたから」
「貴女の持っている招待状を見せていただけますか?」
「ええ、どうぞ」
わたくしは悪気のない顔で差し出された招待状を受け取り、中身を改める。
「……間違いなく、ユリカージャル様に宛てた招待状ですね」
「ほう? つまり、妾のお茶会に身分を詐称して紛れ込んだというわけじゃな」
「そういうことになりますわね。ラッセル様は何を考えていらっしゃるのかしら?」
「あの方は何も考えていませんよ。きっと、大切な幼馴染しか目に入っていないのでしょう」
リーチェがそう言って呆れたようにため息を吐き出す。
ありえないわ。幼馴染のお願いを聞くために、他の家の令嬢の招待状を奪ったの?
そういえば、ユリカージャル様の家はラッセル様の家と親戚関係だったわね。
だからって、招待状を横流しするなんて、していい理由にはならないけど。
わたくし達の会話が聞こえたのか、近くにいる令嬢の冷たい視線がナナルリーア様に注がれる。
「え? なに?」
戸惑ったようにわたくし達を見てくるけれど、このまま楽しくお茶会に参加してください、というほど子供の社交界は甘くはない。
これが、仮にだけれども『ユリカージャル様の紹介』であり、『事前に報告』があれば別だ。
だが実際は、『ユリカージャル様の身分を騙った』のだ。
「身分を詐称する者を、お茶会に参加させるわけにはいかぬな」
「え?」
「この事は、正式にジュンティル侯爵家とケツェル伯爵家に抗議させてもらう」
「な、なんでですか。ラッセルは楽しんで来いって言ってたんですよ」
「正式な招待であれば、妾もそなたを歓迎するがの」
リアンがちらりと視線を向けた先には護衛がいる。
言葉一つで目の前の令嬢をこの会場から連れ出してくれるだろう。
「身分の詐称をするような不届き者と、お茶を楽しむつもりはないのう」
「そんな……」
悪意ある視線や言葉に慣れていないのだろう、ナナルリーア様の体がぐらりと揺れて床に座り込んだ。
なるほど、病弱で蝶よ花よと育てられているせいで、精神面は酷く脆いようだ。
「まあ、大変。体調が優れないようですね。これではお茶会どころではないでしょう、すぐにお帰りになった方がいいですね」
「そうですね。お家の馬車をお呼びしますか? それとも、ジュンティル侯爵家の馬車でいらしたのですか?」
「ラッセルの、馬車、です」
「ラッセル様が幼馴染を滞在させているというのは有名ですが、いつまでお邪魔になるおつもりなのかしら? 婚約者持ちの異性の家に長期滞在なんて、わたくしなら出来ませんわ」
「ラッセル様はお優しいのですよ。病弱な幼馴染を放っておけないのでしょう。婚約者である私よりも優先するぐらいですから」
トーンを落としたリーチェの言葉は、思いのほか会場内に響いた。
ひそひそと、各テーブルで令嬢達が話す声が聞こえてくる。
いつの間にかやって来た護衛が、ナナルリーア様を丁重に立たせると、支えるように出口に向かって歩いていく。
「気分が悪いようじゃ、馬車の所まで丁重に送り届けよ」
リアンがそう言って、これでこの件は終わりだと、元の席に向かったので、わたくし達もそれに倣う。
さて、彼女はわかっているのかしら。
正式に名乗り合っていない以上、彼女の素性はわかっているとはいえ、『知り合いではない』という事実に。
◇ ◇ ◇
Side ラッセル
突然、真っ青な顔で帰って来たナナリーを、俺は慌てて出迎える。
今にも倒れてしまいそうな体を抱き留めて、支える形でナナリーの部屋に向かう。
ナナリーがお茶会に行きたいと言うから手配したが、やはり慣れないことをさせるべきではなかったのかもしれない。
「ナナリー、大丈夫か? すぐにドレスを着替えよう」
そう言って、いつものように手早くナナリーを着替えさせ、ベッドに横にさせる。
一人じゃ何も出来ないナナリー。やはりお茶会に一人で行かせるべきじゃなかった。
俺も一緒に行けばよかったのかもしれない。
ベッドにたくさん置かれているクッションに、体を預けているナナリーの顔色は悪い。
「ねえ、ラッセル。私、何か良くない事をしてしまったのかしら?」
「なぜそんな事を?」
「だって、主催者の人が、身分の詐称だと言って責めてきたわ」
「なんだって!」
確かに、多少強引な手段を使って今日のお茶会の招待状を手に入れたが、身分の詐称?
なんて大げさなんだ。そんな事を言って、ナナリーを脅したのかっ。
くそ、なんて身勝手なんだ。ナナリーは社交に縁がないほど病弱なんだ、多少の事は目をつぶってもいいだろう。
「会場に居た人も、皆冷たい目で私を見てきたわ。すごく怖かった」
「ああ、ナナリー。可哀想に。俺が居たらそんな目に遭わせなかったのに」
「私、もうお茶会に出たいなんて思わないわ。すごく怖かったもの。ラッセルと一緒に居るだけで十分だわ」
「ナナリーっ」
健気に微笑むナナリーを抱きしめる。
そうだ、何も出来ないナナリーはこうして俺の腕の中に居ればいい。
この家に連れてくるのに、少々強引な手段を使ったが、ナナリーの為だ。
「俺が守るよ、ナナリー。余計なことは考えずに、ナナリーは俺の事だけを考えてくれればいいんだ」
「そうね。ラッセルが居てくれれば、心強いわ」
「今日は疲れただろう。ゆっくりお休み」
「ええ」
そう言って改めてベッドに横になり、目を閉じるナナリーの額にキスをして、部屋を出る。
医者の話では、ナナリーは持って後二年ほどの命だそうだ。
俺のナナリー。俺を信頼して、全てを預けてくれ、俺の全てを肯定してくれる存在。
ああ、ナナリー。お前が居なくなるなんて考えたくない。
俺には、お前のような存在が必要なんだ。俺だけを求めてくれる、そんな存在がな。